吐き出す息は白い。コートも、マフラーも、防寒対策はバッチリのはずなのに、歩くたびに制服のスカートから白い膝小僧がちらつく。笑える。いくら私はアイツらと違うと思っていても、気づかないところで他人に迎合している。たぶん、クラスの7割が髪を金髪にしてきたら私もするだろうし、スカートを膝下にしたら私もそうする。

マイノリティを否定する奴らを嫌い、馬鹿にしてる癖して自分はマジョリティの一部だとでも思ってるのかしら。こういう時、私は自分が心底嫌な偽善者だと思う。そして私は結局自分から声を上げることをしない。うやむやにして、いつか忘れて平穏な日々を送ってきたふりをする。


吐き出した息の向こうにぼんやり見えるのはコンビニの青白い明かり。11月のとんと深い澄み切った夜の街を照らすそれは、人工的な光にも関わらず胸をほっと撫で下ろすぬくもりがあった。

肉まんを買おう。いや、ピザまんがいい。そう思いコンビニの前まで歩いていくと、見覚えのある金髪の学生服の男がいた。目つきが悪く、制服も着崩していて明らかに関わりたくない不良である。不良はほかほかと湯気の立ったおでんのカップを抱えていた。ぼんやり流れていく車の群れを眺めていたが、私の存在に気付いて顔を上げる。ちょうど食べようとしていた煮玉子がつるりと落ちてカップの中の汁が跳ねた。でも、目は合いたくない。



「………」

「………」

「……オイ、無視してんじゃねぇよ」

「……べつに、」



無視なんか、と続けた言葉は小さく消えた。目を逸らして立ち去ろうとした私にわざわざ声をかけた不良は同じ中学の松野千冬。うちの学校で知らない奴はいないってくらいの有名なヤンキーだ。同級生だけど、1年の頃から上級生相手に喧嘩三昧ですぐに学校中の不良を制圧してしまった。つまり私のような一般生徒は関わってはいけないのだ。


「お前、なんか見たことある。隣のクラスの奴だろ」

「……はあ、まぁ………」

「コンビニ寄ってくんじゃねーの?」


明らかにコンビニを目指して歩いてきたのに急に方向転換した私を怪訝に思ったのかそう声をかけてきた。まさかあなたと関わり合いになりたくないから帰りますとも言えないので適当な返事をしてコンビニに入った。そしてレジ前ですぐにお目当てのピザまんを見つけた私は会計を済ませ、一刻も早くこの場を立ち去ろうと急ぐ。しかしそんな私の思いは簡単に打ち砕かれることになる。


「………じゃっ、」

「早。つか、思い出した。お前1年の時同クラだったよな。名前はーーー確か、ミョウジナマエ。」


なんとも素っ気ない挨拶でその場を立ち去ろうとした私に、まさかの松野千冬は私のフルネームを言い当てた。松野のような目立つ不良が、私のように地味なマジョリティの一部の名前を、それも去年のことを覚えているとは思わなくて思わず面食らう。不良といえば喧嘩やら気分が乗らないやらで授業をフケるのはしょっちゅうだから(松野は意外と普通に登校してた印象だけど)、こいつとはほとんど同じクラスで何かをした、という印象はないにも関わらず。


「……よく、覚えてたね。記憶力いいんだね」

「別に。…それ、食わねーの。隣座れよ」


座れよ、と言われても松野の座っているそこはただの車止めのアーチなんだけれども。この寒空の下、何を好き好んで不良とコンビニの前でピザまんを食べなきゃならないのかとか色々考えたけれど、なんだか面倒臭くなって黙って隣のアーチに腰を下ろした。


「んだよ、肉まんかと思ったらピザまんかよ。邪道だな」

「………別に、いいでしょ。私はこれが好きなの。松野くんこそおでんにロールキャベツは邪道だと思う」

「は!?お前このうまさを知らねーのか!!」


有り得ねえ……、と隣で嘆く松野を横目にピザまんに齧り付く。寒さのせいであったかさとピザソースの塩気が際立つ。すごく美味しい。そうだよ、何が普通だとか普通じゃないとか、なんで一々そんなこと気にしなくちゃならないの。どうして自分を押し殺して大衆の一部と化さなきゃならないの。そう思ってる癖に否定されるのが、奇異な目で見られるのが怖いよ。私だけなの?


「……松野くんは、いいよね。強くて、自由に振る舞えて。周りは松野くんの目を気にするけど、松野くんはそうじゃない」

「…は?なんだそれ」

「別に。ちょっと言ってみただけ」


負け惜しみのような捨て台詞とともに食べ終わったピザまんの紙をぐしゃぐしゃに握りしめてゴミ箱へ放った。立ち止まったまま冷気に晒されていた膝小僧が冷たい。感覚をなくしてる。なんだって女子は年中スカートを履かなくちゃならないんだ。それも膝上丈が常識なんて誰が決めたんだよ。


「なんかよくわかんねーけど落ち込んでんなら慰めてやっけど」

「そんなわけない」

「なら喧嘩売られてんなら買うけど」

「……それは、それも違う」

「わかりやすいなお前」


まさか学校一の不良に喧嘩を売るなんて滅相もないけど、松野に対して意地悪な気持ちがあったのは事実だから言い淀んでしまう。もっと言うとその事実を松野に知らしめたかったという気持ちも少しある。

だってこいつは初めて見た時からいつだって強く、自由に自分という人間を表現してきた奴だからだ。私がちまちまと空気を読んだり誰かに合わせて愛想笑いを浮かべるのなんてこいつが知ったら鼻で笑うだろう。自分と違った考えを否定して、クラスに馴染めない子をハブにして笑いものにして。そんな奴らも、それに迎合する自分も、もう本当にバカバカしくて嫌だった。それなのに。


「……俺がお前の名前を覚えてたのはーーーまあ、今の今まで忘れてたわけだけど」

「……(一言多い)」


「お前のことイイヤツだなーと思ったからだよ」


「…………は?」


「ま、そんだけだけど」


あっけらかんとそう言った松野千冬はいつの間にか食べ終わったおでんの容器をゴミ箱に捨てた。そしてひとつ伸びをして吸い込んだ息を吐き出すと、大きな白いモヤとなって冬の夜空高くに消えた。


私が松野を、松野千冬をただの学校一の不良としてではなくて、きちんと一人の人間としてフルネームを覚えていたのは、こいつは傍若無人な不良の癖して人の心の一歩踏み込んだその先を見抜く奴だと知っていたからだ。私は私のどす黒い偽善で溢れたこの心を見抜かれるのが怖くて、そして人を見る目を持っているにも関わらず自分らしく自由に振る舞う姿に嫉妬と羨望をいだいていた。認めたくはなかったけれど。


「あーーーなんかちょっと食ったら余計腹減ってきたな。ラーメンでも食いに行かねー?」

「…………松野の奢りなら行く」

「ざけんなじゃんけんで決めるぞコラ」


そう意気込んで始めたじゃんけんは永遠にあいこ続きで思わずお互い笑ってしまった。まあ、どっちが勝っても負けても、松野と一緒にラーメン食べに行くのは悪くないかもな、と思う中学二年生の冬だった。



07272020

bgm: マーチングバンド/アジカン



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