「やべえ、正論すぎてぐぅの音も出ねえ」


「ですよね!?俺も何も言い返せなかったっす!!」


翌日。例の女との出来事を場地さんに話すと、俺と同じ反応が返ってきて安心した。そして続けて「かわいくねー女っすよね」と言って、それにも肯定の返事が返ってくるとばかり思っていた。

ミンミンゼミの鳴き声がうるさい。場地さんは見慣れた坊主頭のガキが描かれたブルーのパッケージのアイスを食っていた。ざくりと八重歯で噛み砕いて咀嚼する。俺は横でぬるくなったスプライトを流し込んだ。



「そうかあ?なんもできねーで泣いてる女よりおもしれーと思うけどな」



場地さんはいつものようににっと意地悪そうに笑って答えた。俺はちょっと予想外の答えだったので不意をつかれたように目を丸くする。そして昨日の女を思い出す。

たしかに、あの女は終始冷静で礼儀正しく逞しかった。そして思った。もしあいつが男だったら俺は同じようにかわいくないだとか、そんな感情を抱いただろうか。男よりも力が弱くて脆い体の女は守るべき存在であり、傷つけたり喧嘩に巻き込むなんて以ての外だ。そこは男として当たり前に考えていること。だが女が男と同じ土俵に立って、ただ守られる存在でなくなった時、俺はそれを面白くないと思うのか?

あの時声をあげたのも、ただ弱い女を助ける強い男である自分を見せつけたかっただけじゃあないのか。



「………そ、すかね」

「まっ、お前はまだまだガキだからわかんねーかもしれねーがよォ」



ダハハ、と笑って頭をぐりぐりと撫でてくる。「なんすかもう!」と反抗すればまたおかしそうに笑うのでつられて笑った。そして頭の隅でそういやあの女、近くの進学校の制服を着てたな、と思い出す。まあもう会うこともねーし、どうでもいいけど。休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。









帰り道。今夜は母親が残業で遅くなるため夕飯は適当に作るか食べてきてと言われた。もちろん作る気なんて更々ない俺は今夜の晩飯は何にしようかと日の暮れてきた近所の商店街をぶらぶら歩く。すると某ハンバーガーチェーン店の新メニューのチラシが目に入った。

ボリュームがあってジャンキー。世の男子中高生にはそれだけ与えてりゃ丸く収まると思う。野菜なんてものはペヤングのかやくで摂取すればいい。


そんなことを考えながら誘われるように店内へ入った。軽く転がるような鈴の音が鳴ると笑顔の店員が数名挨拶してくる。金曜の夜だからだろうか。店内は思いの外賑わっていて、部活帰りの学生の集団や仕事帰りのサラリーマンが目立った。俺は席を確保しようと辺りを見回す。

大通りに面したカウンター席。ひとつだけ空いているのを発見した。俺はとりあえず、さっきコンビニで買ったペットボトルのジュースを置いて席を確保。不意に置かれたペットボトルに、隣の席の女が顔を上げた。



「「あ。」」



今まさに、厚さ10cmはあろうかというビックなハンバーガーにかぶりつこうとしているその女。俺の顔を見るなり声を発したその女。そいつはまさに昨日、正論とその逞しさで俺をヤキモキとさせたあのかわいくねー女だった。


「こんばんは。偶然ですね。昨日はありがとうございました」

「……あァ、どうも……」



こんな偶然って確率的には何パーセントだ??とか思いつつ相変わらず律儀に挨拶と礼をしてきた女に曖昧に返事を返す。まあ、女の制服から近所の中学に通ってるとはわかってたけど、それにしたって昨日の今日だぞ。

俺に挨拶を終えた女は再びビックなハンバーガーに向かい合う。トレイの上を見るとポテトLサイズとチキンナゲットにシェイク付きだ。時刻は夕食時。やっぱりこいつは俺の知ってる普通の女とは違う。クラスの女子はビックサイズのハンバーガーとポテトにナゲットを夕食になんて聞いただけでカロリーがどうとかうるさい。あとは一人でハンバーガーやら牛丼やらファストフード店に入るのは勇気がいるだとか。

それを聞いた時は、はあ、女って奴らはそうなのか、くらいにしか思わなかったが、今隣で大きなハンバーガーにかじりついてるこいつを見ればやはり少しズレてるのかなとは感じる。


「……注文、しないんですか。混んできてますよ」

「……ああ、するけど」


女の言うようにレジの方を見るとちらほらと人が集まり始めていた。それを見て俺もカウンターへ向かう。新メニューのハンバーガーはたしかにうまそうだ。だけど俺の注文はこの数分間ですっかり変わってしまった。ビックを超えるメガなハンバーガー。それを注文するべく俺は列の最後尾に並んだ。











「………」

「………」



……ああ、あのさっきからずいぶん人を待っていた男、ようやく相手が来たみたいだ。……今目の前を通った人のTシャツ場地さんのと似てたな。……て、何考えてんだ俺。

通行人の観察ばかりが上手くなる。向こう側からはもそもそと生気のない顔ででかいハンバーガーを食べる学生二人にしか見えないだろう。しかし俺たちは別に友達同士でも、知り合いと言えるほどの関係でもない。つまりただ隣に居合わせたただの他人。喋らないのは当たり前だ。


にも関わらず。




「………」

「………」

「………」

「………」

「……(すげー気まずい!!!!)」



くそっ、俺はただ晩メシ食いに来ただけなのになんでこんな気まずい思いしなきゃならねーんだ。そもそも、こいつあんなハキハキ喋る癖に食うのすげー遅い!!

またしてもこの女に対しヤキモキとした気持ちになっていたが、暫くしてようやく食べ終えたらしい女が空のトレイを持ち立ち上がった。それを視界の端で見てああ、ようやく落ち着いてメシが食える……、と感じていた時、何の因果かどうしても俺たちの前にはトラブルが舞い込むようで。



「だァから!!来た時には俺のジュース氷が溶けて水みたいになってたんだって!!散々待たせてこれかよ!?何?もしかして俺が嘘言ってるとか思ってんの??なら飲んでみろよ!!オラ!!飲め!!」



男の容赦ない罵声が店内に響き渡る。その声に客たちは皆視線を向けた。が、すぐにその顔を逸らす。またはヒソヒソと小声で囁き合ったり、SNSに投稿してる奴もいた。怒鳴られている店員は何度も謝罪の言葉を繰り返し、今にも泣きそうに肩を震わせている。しかし誰も、誰もこの状況を収めようとする奴はいない。それはそうだ。関わり合いになりたくないし、これは店と客のトラブルだし。確かにそれはどれも正論だ。けれど、言い訳をするための正論に過ぎない。



「なんでも謝りゃ済むと思ってんじゃねーーよ!!慰謝料持ってこい!!今後この店の商品はすべてタダにしろ!!さもなきゃ消費者センターに電話して……」



「何故謝罪の言葉じゃ足りないんですか?この店員さんの謝罪はとても真摯だと思います。それに被害に見合っていない対価を要求する時点でそれは脅迫です。電話すべきはあなたじゃなく、こちらの店員さんだと思います。もちろん、消費者センターでなく、警察に。」




今日も冴え渡る正論。しかし、場の空気は更に凍りついた。案の定、男は女が、それも自分より年下で小柄な学生風情に隙のない正論を叩きつけられたのだから、言葉で反論できなくなった男は激昴する。目の前で動揺の表情を浮かべていた店員が甲高い悲鳴を上げる。クレームをつけていた男は彼女の胸ぐらを掴みあげたのだ。この状況にはさすがに周囲も仲裁に入るべきではないかと焦った空気が流れる。



「んだこのガキ!?!?生意気な口聞きやがって、てめえの出る幕なんてねえんだよ!!すっこんでろ!!!」




「その言葉、そのまんまアンタに返すよ。」




気づけば足が動いていた。食べかけのハンバーガーを放り出して。もちろん絡まれているのがこの女でなくても同じことをしただろう。ただ、俺の気持ちは昨日彼女を助けた時とは違う。彼女は十分戦った。けれどやはり力では男に適わない。それも正面切っての喧嘩では。それを守るのが男だろう。もう単なる漠然としたチープな男の正義感ではない。


彼女の胸ぐらを掴みあげ、至近距離で睨みつけながら威嚇する男の、その腕を掴んでゆっくりと力を加えていく。初めは俺にも睨みをきかせていた男だったが、徐々に掴まれた腕の違和感に顔が青ざめていき、最終的には悲鳴をあげて店の床へ蹲った。つい昨日見た光景だなと既視感を覚える。




「ちゃんと謝れ。店員さんと、この子に。」




「すっ…………すいません!!!すいませんでしたァァァ!!!!」



もう少し粘ると思ったが男は案外すぐに音をあげた。言った通りに謝罪の言葉を口にした男に手を離してやる。解放された彼女はシワになった制服の胸元を手で伸ばしていて、男はといえば放された途端何やら捨て台詞のようなものを吐いて一目散に出入口へと走っていった。まるで漫画に出てくる最弱敵キャラみたいでちょっと笑える。


ややあって、店内のどこからともなくぱちぱちと拍手が沸き起こって、カウンターから出てきた店員さんは涙目で俺たちに何度も感謝の言葉を述べた。そして店の奥からハンバーガーやポテトの無料券が連なったものを出してきて、俺たちにそれぞれ渡した。正直それはめちゃくちゃ嬉しかったので俺たちはそのまま受け取り、そしてなんだか居づらくなったのもあり店を後にした。


なんだって俺は昨日からこの女と行動を共にしているのだろう。さっきまでは隣同士でも一言も会話せず黙々とハンバーガーを食ってたのに。

すっかり暗くなった商店街を何を言うでもなく女と歩く。夏の夜の心地よい風が頬を撫でる。


……場地さんが言っていた、『おもしろい』の理由がわかった気がした。そして、俺が感じたヤキモキの正体も。

こいつは俺よりチビでショボそうな癖して言い訳のための正論を使わない。こいつの言う正論は的を得すぎていて言われた時はイラッとくるかもしれないが、後に段々わかってくる。こいつはただ本当に、真面目に生きているだけなんだと。そして弱さを武器に臆したり、自分自身を守る責任を誰かに押し付けたりしない。けれど、だからこそ時々無茶で危なっかしくて、目が離せなくなる。



「“ちゃんと謝れ”って言ってくれたの、嬉しかった。ありがと」



ぽつりと彼女が言葉をこぼした。その声につられて顔を向けるとあのいつもの仏頂面が、ほんの少しだけやわらかく口元に笑みを湛えていたのだ。その笑顔にどこか、むず痒いような、今までとは違うヤキモキした気持ちが押し寄せてくる。



「そういえば名前聞いてなかったね。私はミョウジナマエ。淵中学の二年。君は?」

「……松野千冬。同じく中二。」


「そっか。千冬。また一緒にハンバーガー食べに行こうよ」


「…………おう(呼び捨てかよ)」



とりあえず長々と連なったハンバーガーの無料券の分だけ、こいつと、ミョウジナマエと会うことになりそうだ。夏休みを目前にした、ある夜の出来事。



20200731



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