・memoにて上げた受験生律くんと就職できないコンビニのお姉さん、の続きのお話です
12/25 21:36
「あざーしたー……」
サンタの帽子がヒサンだ。
何が悲しくてこんな白とブルーの寒々しいストライプの制服に身を包んで、それに不似合いな赤い帽子を被って接客せにゃならんのだ。クリスマスの夜に。
そりゃ挨拶もヤケクソになる。そんなやさぐれた気持ちでレジに立ってると、自動ドアが開いて、冷たい外気とともに来店したのは学ランの中学生。ネイビーのダッフルコートを着て、白いマフラーを巻いている。その子は見知った受験生だった。
「……イラッシャイマセー」
「こんばんは。この店員態度悪いんですけど店長いないんですか」
「あいにく今夜は私だけとなっております」
「カワイソウ」
「……」
張り倒すぞこのガキ、なんて思ってても口に出せない。受験生……律くんは時たま塾の帰りにこうしてうちのコンビニに来て肉まんとかを買ってく常連さんだ。私は夜に入ることが多いからなんとなく知り合いになった。
「……クリスマスの夜まで塾なの」
「あなたこそ。こんな日までバイトですか」
「それ以上言わないで泣きそうになる」
身も心も寒くて震える私を無視して、律くんは「肉まんください」と淡々と言った。血も涙もない中学生だ。君なんか受験当日滑って転んで……せいぜいいい学校に入れよチクショー!
「……120円になりマース」
「あの、ひとつじゃなくて、ふたつ」
「え?あ、ハイハイ、すみません……」
律くんは指を2の形にしてそう言った。珍しくふたつも食べるのか。さすが育ち盛り。とかなんとか考えつつ肉まんをもう一個保温庫から取り出して包んで袋に入れる。適当にレジを打っておつりを返した。
「ありがとうございましたーよいクリスマスをー」
我ながらひどい接客態度だと思いつつも商品を渡して彼を見送る。ちらりと外を見るとちらほら雪が降ってきてる。通りを歩く人も、この目の前の受験生も。今から家に帰ってあったかいごはんでも食べるんだろうなあ。あ、律くんは肉まんか。
「はい。」
「……えっ?」
「あげます。あなたがあまりにもカワイソウだから」
そんなことを考えて一人暮らしの部屋を想像して悲しくなっていたところ。目の前に差し出されたほかほかの肉まん。もう片方は律くんが持っている。ちょっとお客さん、店内での飲食はやめてくださいよ。
「……くれるの?」
「だからあげますって。いらないんですか?ならいいです」
「い、いる!……ありがと」
別に肉まんが食べたかったわけじゃないけど、このあったさが欲しかった。こんな独りぼっちのクリスマスの夜に、誰かに気にかけてもらえるあたたかさが。
受け取った肉まんは今保温庫から出したばかりで当然ほかほかだ。そんなことはわかっているのに、涙が少し滲む。
「うわ、いい年して泣かないでくださいよ。こんなことで」
「っ、だっで〜〜律ぐんが優じいどが嘘みだいだがら〜〜」
「失礼な人ですね。僕はいつだって優しいですよ」
泣く私にムッとした顔を向ける律くん。そしてそっと目をそらし、マフラーに口元を埋めてぼそりと何かを言った。
「……あなたが寂しいと思って、こうして会いに来たんだから」
「……え?なに?なんか言った?」
何やらぼそぼそと言ってたけどちょうど店の前を通ったバイクのエンジン音でかき消されてしまった。私が聞き返すと律くんはまたムカついたような、けれど少しほっとしたような顔をして「なんでもありませんよ。」と言った。
「律くん!!ありがとね!!大晦日は一緒にジャンプしようね!!ウルトラソウルかけて!!」
「しませんよ。ひとりで跳んでてください」
相変わらず冷たい反応だけどお姉さん、ちょっと……いやかなり嬉しかったよ。じゃ、と軽く手を振って帰る後ろ姿にささくれだった心も潤って、気持のいい挨拶が口から出る。
「ありがとうございましたー!」
誰もいなくなった店内。ガラスのドア越しに本降りになってきた雪を見ながら肉まんをかじると、今まで食べたどれよりも美味しかった。
12/27 14:18
「いらっしゃ……あれ、律くんまた来たの暇なの」
「あなたこそ相変わらずバイトばっかやってますね。就職決まったんですか」
「言わないでよ……決まってたらこんなとこいないよ……」
「まじでやばいですよ。いい加減ちゃんとしたらどうですか」
「中学生にガチ説教される私って一体……」
クリスマスから数日。あの時の天使のように優しい律くんはどこへやら、数日ぶりに来たと思ったら辛辣な言葉を投げかけてくる。そうでなくとも年末年始で追い込まれているというのに、もう心はズタズタだ。
仮にもお客さん相手だから表面上は笑顔を保ってるけど、内心血みどろの瀕死だから。誰か……あたたかい毛布と水をください……なんて言っても手を差し伸べてくれる人はいない。
「これ、ください」
「あ……まいど……108円です……シールでいいですか?」
「はい」
そんな傷ついた私の心なんて知らず、律くんは淡々と背後の棚からガムを取ってこちらに差し出す。それを受け取ってお会計をした。ガムはグリーンのパッケージのキシリトールのやつだ。どことなく爽やかな律くんの雰囲気に合っている。
「……それじゃあ、大晦日の夜も、バイトなんですか」
「……え?大晦日?」
「就職決まってないなら、地元も帰らないでしょう。ナマエさん、こっちで就職するって言ってましたよね」
「え、う、うん……言ったけど……よく覚えてるね」
律くんから受け取ったお金をレジに入れて、お釣りを手渡す。お客さんはまだ来ない。律くんはなおも話を続ける。
「……それなら」
「う、うん」
「…………それなら、大晦日の夜、年越ししませんか。一緒に」
少し言葉をためて、意を決したように言う律くん。その予想外の言葉に私は目を丸くしてしまう。
年越し?一緒に?
私と律くんって、ただのコンビニの店員とお客さん、ってくらいの顔見知りの関係じゃなかったの?いやそもそも、中学生と大学生だし。そんな疑問がぽつぽつと頭に浮かんでぽかんとしてしまう。そんな私に律くんは何かを誤魔化すように畳み掛けるように言った。
「お、大晦日も、ナマエさんが一人でさみしいかと思って」
「え……い、いやまあ……たしかにバイトのあとは予定なかったけど」
「バイト、何時までですか?」
「えっと、19時まで。クリスマスは深夜まで入ったからね」
「じゃあ大丈夫ですよね」
「で、でも律くんも……ほら、家族とか友達とかとカウントダウンしなくていいの?」
「もちろん年越し終わったらちゃんと家に帰ります。友達は受験でそれどころじゃないので誘えません」
「いやいや君も受験生でしょ!」
「……まあ、大丈夫なので」
「うっわムカつく!今年一番ムカつく!この優等生め!」
そんなやりとりをしていたらお客さんが入ってきた。慌てていらっしゃいませ、と声をかける。そして話を急かすように律くんは私の方をじっと見た。なんとなく話を逸らしてしまったけど、律くんはあくまで真剣だ。
たしかに、律くんの言う通り大晦日はバイトが終わったら近所のスーパーでちょっといいお寿司と酒を買って、ダラダラしながら家でガキ使見て年越す予定だった。しかも、面接先から合否の電話もないため地元にも帰れない。さみしい大晦日だ。それもこれも全部、律くんに見透かされてるみたいだった。
「……い、いく。」
「ですよね」
「ですよねってなんだ!私もそこそこ忙しいぞ!」
「じゃあやめときます?」
「…………行きます」
「良かった。」
そう言った律くんは、いつもよりほんの少しだけ年相応な、やわらかく笑った。まあ、こうして誘ってくれたんだから、一人より誰かと過ごす大晦日の方が楽しいだろう。そう思っているとどうやらさっき入店したお客さんがそろそろレジに来そうな雰囲気。律くんもそれに気づいたのか出入口の方に体を向けて要件だけ伝えた。
「それじゃあ、大晦日、バイト終わる頃に迎えに来ますから」
「わ、わかった……あ、そういえば一緒にジャンプしてくれるの?私調べたんだけど年越しから逆算したウルトラソウルの流すタイミングはね……」
「いや、だからしませんよそんなパリピみたいな年越し。一人で跳んでてください」
少し期待して訊ねたのに年越しジャンプの件はアッサリ却下された。絶対楽しいのに。
それでも年の最後に楽しみができるのはいいことだ。それだけ言って帰っていく律くんの後ろ姿に挨拶をすると、丁度品物を選び終わったお客さんがレジへやって来る。しかしそのまま会計に移ろうとしたところ、自分の手に握られたままのガムを思い出して慌てて大声で律くんを呼び止める。
いやいや君、これ買いに来たんじゃないのか。そんなツッコミを心の中で入れつつ、さすがに焦った様子で受け取りに来た律くんにくすりと笑った。
12/31 19:11
はあ、と吐き出す息が白くなる。目の前を通り過ぎてく家族連れ、カップル。クリスマスとは違う、どこか落ち着いた日本の雰囲気を感じる。街の装飾もどことなく和風だ。そんな大晦日の夜。
時計の針は午後19時を10分ほど過ぎた。店からナマエさんが出てくる気配はない。けれど、あまり早く迎えに行っても僕ばかり浮かれていると思われるし、遅すぎたらあの人のことだ、帰ってしまうかもしれない。そんなこんなでこうして時計を見返すのは何度目だろうか。
けれど、そろそろいい頃合のはず。そう思った僕はコートの襟元を正して、向かいのコンビニへと歩き出す。今夜は本当に冷える。もしかすると雪が降るかもしれないな、と考えて明るい光を放つ店内へと入った。
中へ入るとレジには数人、お客さんが並んでいた。さすがに大晦日だから少し混んでいる。慌ただしそうにレジをするナマエさんが、入店した僕へ視線を向けると「あ、」という顔をしてそれから口パクで「ごめん、もうちょっと待ってて」と言ってきた。僕はそれに頷いて通りに面した雑誌コーナーで待っていることにした。
やがて交代の人だろう店員がレジに入って、ナマエさんは奥へと引っ込んでいく。その様子を視界の端でなんとなく眺めていた僕だったけど、内心はすごく動揺していた。
なんだ、あの「ちょっと待ってて」、は。まるで彼氏を待たせてる彼女みたいだった。かわいすぎるだろ、ふざけるなよ。そんなことを思いながらこれからのことも相まって最早開いてる雑誌の内容なんて頭に入ってこない。
デートだ。ナマエさんと。夢にまで見た、デート。
そう考えると余計に心臓がドキドキと音を立てた。そもそも、オーケーされるなんて思ってなかった。だって高校にも上がってない中学生と就職間近の大学四回生だ。相手にされるわけない。そう思って当然だった。けれどナマエさんは年齢なんて関係なく平等に接してくれる。それが余計に僕にもチャンスはあるんじゃないかと思わせた。ずるい人だ。
「ごめん律くんお待たせ!」
そんなことを考えてたら、支度を終えたらしいナマエさんがガラス窓の向こうからひょっこりと顔を出す。それに雑誌を閉じて店の外へ向かえば、いつもの白とブルーの寒々しい制服を脱いだナマエさんがそこに居た。私服だ。当たり前だけど、新鮮で、見慣れない姿にドキドキと心音は高まる。
「……お疲れ様です」
「ありがと!お腹空いたね、何か食べに行く?」
「はい、」
そう言って寒そうに身を縮めながら白い息を吐くナマエさん。僕たちはどちらともなく並んで歩き出す。辺りには相変わらず家族連れとか、カップルとか、大学のサークルの群れ。その中で僕たちの関係はすごく異端だと思う。
就職を控えたコンビニのお姉さんと、受験を控えた中学生の僕。
ハタから見たら姉弟にでも見えるだろうか。それとも、恋人……には、見えないか。それでも今夜この人の隣を一緒に歩けたことだけで十分だと思う。そんなことを考えてたらナマエさんの「律くんは何食べたいー?」というのんきな声が聞こえてきて、ナマエさんの好きなものでいいですよ、と返した。
12/31 19:42
「えっと、じゃあリゾットとカプレーゼとマルゲリータとティラミスとプリンで!」
「……ボロネーゼとバジルチキン……食後にコーヒーで」
「かしこまりました〜」
注文を承けたウエイトは内容を繰り返して確認し、去っていった。結局、どこのお店も混んでいたため近くの某イタリアンチェーン店に来ていた。僕は彼女が入れてきてくれた水をお礼を言って口に含む。そんな僕に彼女の視線が向く。
「あ、律くんそんなに食うのかよって思ったでしょ」
「思いました」
「うん、素直!」
そう言うと彼女は「いいんだよ無礼講だから」と適当なことを言う。無礼講とか、この人は年中こんな感じだけどほんとに就職とか大丈夫なのか、と思う。
なんというか良く言えばおおらか、悪く言えばテキトーな感じの人なので心配になる。けれど、そんなどうしようもない人でも、なんだかほっとけないのだ。僕より7つも年上の癖して、どこか危なっかしくてチャランポランで、それでもあったかくて思いやりのある人だと思う。なんて、本人には絶対言ってやらないけど。
「……ふふっ、」
「なんですか気持ち悪いですよ」
「相変わらず辛辣だなあ。」
急に思い出し笑いをするナマエさんに冷たい視線を送るもヘラヘラと返される。なんというかナマエさんはどんなことにも靡かない。それは天性のマイペースさからなのか、意図的なのかはわならないけど、意を決して今日誘った意味とか、たぶん伝わってないんじゃないかと思えてちょっとムカつく。
そんな僕の気持ちなんてつゆ知らず、ナマエさんは話を続けた。
「いやね、さっき交代したバイトの子がさあ、律くんのこと彼氏ですかー?って。それ思い出しちゃって」
「…………」
「ちょ、そんな顔しないでよ。大丈夫、ちゃんと否定しといたから」
そう言って笑うナマエさんの背後から両手にお皿をたくさん乗せた店員さんが歩いてくる。そして僕たちのテーブルの前に立ち止まって料理名を言って並べていく。いいにおいがテーブルの上に立ち上って、早速ナマエさんは手を合わせてフォークを掴む。
ほら、やっぱり伝わってないじゃないか、そんな気持ちがむくむくと胸の中で膨れて押し黙る。それに彼氏?と聞いてきた店員もきっと冗談半分で言ったのだろう。そう思うと更に複雑な気持ちになる。
「……律くん、食べないの?」
「いただきます。」
今日一緒に過ごせるだけでいいなんて、やっぱり嘘だった。ほんとは僕のこと、ちゃんと男として見て欲しい。口に出せない言葉は巻きとったスパゲティとともに喉の奥へ押し込まれた。
12/31 22:35
「(払うって言ったのに……、)」
「ごはん美味しかったね」
食事を終えて少しして会計をしようとしたところ、払うと言ってるのにナマエさんは頑なにそれを拒否した。さすがに中学生に奢られるわけにはいかないとか大人のようなことを言って、結局割り勘で落ち着いた。僕としては相談所で手伝った時のバイト代とかがあるから、当然払うつもりでいたのに。さっきの話も手伝って、更に僕たちの大人と子供という溝を感じてしまう。
「この後どうする?なんだかんだ結構店にいたけど、年越しまではまだ時間あるし……」
「……この先の公園でイルミネーションやってるらしいですよ。見に行きます?」
「えっ、そうなんだ!行く行く……」
「あ、ナマエさん後ろ、」
さすがにこの時間になると営業してる店は飲み屋くらいで、辺りを歩く人もできあがってる人が多かった。この後の予定も、一応色々と調べてきた。夜でもやってる喫茶店、公園のイルミネーション。恐る恐る訊ねてみると、思っていた以上に嬉しそうな反応をされてほっとする。
そんなナマエさんの背後で、居酒屋から出てきた集団(サークルか何かだろうか、)が喋りながら歩いてくるのが見えた。盛り上がって前が見えてないのでそのまま行くとナマエさんとぶつかってしまう、そう思って手を引いたけどそれは少し遅かったようで。
「わっ、」
「あっ!?と、すみません……」
「大丈夫ですか、ナマエさん」
「うん、平気……って、あれ」
「おっ!?ミョウジじゃん!!」
ぶつかった相手も即座に謝ってくれて、そんなにガラの悪い人じゃなくてほっとする。けれどその男の顔を見たナマエさんは目を丸くして、男の方も驚いたようにナマエさんの名前を呼ぶ。どうやら知り合いらしい。
「お前、なにしてんのこんなとこで!?暇なら来いよ〜今日の飲み会。あ、今から2軒目行くけどお前も来る?」
「いや、だから今日はバイトだったんだって。今は終わって友達とごはん行ってたとこ」
「友達?」
ナマエさんの言葉に周囲にいた男女の視線がこちらに向く。「どうも」と挨拶すれば女の人の方からかわいい、だのいくつ?だの黄色い声が上がった。
「おま、どういう友達だよ!犯罪だけは起こすなよな!」
「起こすか!前言ってたバイト先の常連さんだよ!」
「ああ、……って、バイトって言えばお前就職決まったんだってな〜!!おめでとう!!俺らまじで心配してたんだよ!バイトも年明けには辞めんだろ?」
「……え、」
やたらと話しかけてくる女の人たちに適当な相槌をうっていると、男の人が嬉しそうに放った言葉に目を丸くする。そのまま激を飛ばすようにナマエさんの背中をバシバシと叩いた男は笑顔で仲間と顔を見合わせた。そんな男の言葉に周囲の人たちからも祝福の声が上がる。
知らなかったよ、おめでとう!!、就職はこっちで?、どんな会社なの?、ほんとに心配してたんだからね〜!!、そんなお祝いの言葉が、吐き出す白い息を隔ててどこか遠い場所のことのように思える。ナマエさんは突然のお祝いムードに困惑しながらもお礼を言ってみんなの質問に律義に答えてた。
就職、決まったんだ。おめでとう。そんなありふれた言葉と感情が、胸に浮かんで、このあとナマエさんがみんなと別れたら笑顔でそれを口にしなければならないとわかっているのに、喉につっかえて出てきそうにない。
もちろん嬉しい気持ちやほっとした気持ちはある。むしろ、やっとかという呆れにも似た気持ちも。
それでも、ナマエさんがあのコンビニに居なくなる。その事実の方が大きかった。
ラインも知らない、電話番号も、メールアドレスも。どんな音楽を聴くのかも好きなタイプも、これからどこでどうやって生きて行くのかも、わからない。(あ、音楽はB'zを聴くのか)。
歳も育った境遇も全然違うこの人と、結びつけてくれたのはあのコンビニだった。あそこにナマエさんがいなくなれば、僕たちの関係はあっという間になくなってしまう。今日が最後なのかもしれない、だから、ナマエさんは僕の誘いを受けてくれたのかも、しれない。
「……よかったんですか、付いてかなくて」
「……律くんは、やっぱり冷たいこと言うなあ、」
まるで祭りのあとの静けさのように、僕たちに手を振って2軒目のお店へ向かっていったサークルの集団。残された僕たちの間には肌を突き刺すような冷たい風と、言葉を紡ぐたび白む息と、人影もまばらになった静かな大晦日の街並みだけがあった。
僕の言葉にそう返したナマエさんは、いつものヘラヘラとしたかわし方じゃなくて、ほんとに少し傷ついたように、さみしそうな顔をして言った。その反応にじくり、と胸が痛む。僕は用意していた言葉を無理やり喉元へせり上げて、そして口に出した。
「就職、決まったんですね。おめでとうございます」
「ありがと。営業最終日にね、会社から電話がきて……。丁度、律くんが来た次の日だよ」
「いい会社ですか」
「フツーだよ。フツーの一般企業。フツーのOL。」
「そうですか、なんだか想像つきませんね」
ぽつぽつと会話をしながら、歩を進める僕たち。一応その足先はイルミネーションのある公園へ向かってる。でも着きたくないな。イルミネーションを見て、年越しをして、そうするとナマエさんと別れなくちゃいけない。たぶんもう、会うことはない。そんなのは嫌だな。
「……来年の、大晦日も、会いましょう。きっとナマエさん、さみしいと思うから。クリスマスも、夏休みも、誕生日も」
「はは、私どれだけさみしい人間なんだ」
「……嫌ですか?」
「……うーん、そうだなあ、」
公園へ入って、サク、サク、とナマエさんのブーツのかかとが芝生を踏む音がする。僕は内心、自分の言った言葉に心音が聞こえそうなほど緊張していた。視界の先には煌びやかなイルミネーション。ちらほらと家族連れやカップルたちもいる。
そのイルミネーションを見ながらきれいだね、と嬉しそうに言うナマエさんが、ふいにこちらに視線を移した。そして少し意地悪な笑顔を浮かべると探るように訊ねた。
「律くんが、もうちょっと素直になってくれたら、嬉しいんだけどなあ。」
「…………」
「私は律くんと会えなくなるの、すごくさみしいよ。律くんはどう?」
この後に及んでそんなことを訊ねてくる。ナマエさんの言葉に面食らって目を丸くして、言い淀んだ僕に彼女はくすりと笑う。やっぱりこの人、意外と強敵だった。チャランポランでどうしようもない人の癖して、こうして僕の気持ちを弄んでくるんだ。ぐ、と唇を噛んで視線を逸らす。そして大きく間をあけて小さく呟いた。
「…………さみしい、ですよ。わかってるだろ、」
そう言うと、彼女は嬉しそうに笑って「うん、私も」と答えた。すると公園の時計がボーン、と鈍い音を立てたから、見ると新年を迎えるまで残り一時間に迫っていることを知った。僕たちはともに時計を見ながら白い息を吐く。
「……ライン、交換する?」
「します。電話番号も、アドレスも」
「おお、急にガツガツくるねえ」
「ナマエさんこそ、急に大人ぶってムカつきます。クリスマスは僕のあげた肉まんで泣いてたくせに」
「いやああれは嬉しかったなあ。また来年も持ってきてくれるの?職場に」
「いえ、家に届けます」
「うわ、めちゃくちゃ厚かましくなってるよこの子……」
新年まで一時間を切った。連絡先を交換して、ナマエさんの会社とか、僕の志望校とか、色んな話をしてたら今年なんてあっという間に終わってしまうだろう。好きな音楽を聞こう、好みのタイプも、映画のどのワンシーンで泣くのかも。あと、どのタイミングでウルトラソウル流したらジャンプで年越しできるのかも。
「今年もお世話になりました。来年もよろしくね」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
とりあえず、僕たちの関係は来年も続きそうな予感です。