「……もー、デザート食べそこねたやん……牛乳プリン……」

「すまんて」

「さすがに食堂で喧嘩したらみんなの迷惑になるから……」

「はい。反省してます」


救世主アランくんの登場によりなんとか収束した稲荷崎名物双子乱闘イン食堂だったが、追われるように食堂を出たナマエはデザートに選ぶ予定だった牛乳プリンを食べそこねたと愚痴を言う。二人の喧嘩は後半ほぼほぼナマエの悪口大会だったこともありデザートの恨みも一入である。


「アイスおごるから許して」

「えっ…」

「購買の、あのちょっとリッチなやつ」

「あのラムレーズンとか宇治抹茶とかの……!?」


「おん」

「ええの………!?!?」


「まかせろ」


「神…………!!!」


「(チョロ)」



昼休みをあと二十分ほど残していた。二人廊下を歩くその足は治の提案により購買へと進む。アイス、加えてちょっとリッチな、そのラインナップもエスプレッソやらプレミアムチョコやらいわゆる大人の贅沢アイスは他のややレトロなアイスケースの中の商品とは一線を画していて、稲高生にとってのハーゲンダッツ的存在である。それを奢ってくれるという治の言葉に先ほどまでの不機嫌はどこへやら、心なしか鼻歌でも歌いそうな風情で隣を歩くマネージャーを横目に治はチョロ、と自分がしたことはさておき失礼なことを思う。


そうして購買で二人それぞれアイスを選び、律儀にも「ありがとうございます」と両手を合わせて袋を開けるナマエの隣で適当に返事をした治はすでに大口を開けて一口目を頬張っていた。
昼休みは刻々と過ぎていく。廊下をすれ違う生徒たちの戯けた冗談に逆行するように少し急ぎ足に教室へ向かう彼女の背中を治は少し後ろから見ていた。夏が過ぎて少し肌寒い季節に食べるアイスクリームというのも乙なものである。治は夏場や部活時は結ばれていた彼女の髪が今は冷たい風が吹く度はらはらと揺れるのを見てああ、夏が終わったのだなとぼんやり考えた。アイスクリームが溶ける速度も、あの頃よりゆっくりである。



「…なあ、そっちのクラス次の授業って、」

「それ、一口くれん?」


「え?」



校舎に入ると風が止んで一気に過ごしやすくなる。階段を登る途中、踊り場でナマエはふと思い出したように治に問いかけたその言葉を、治は意図してかせずか遮った。昼休みも終盤に入り教室へ戻る生徒たちの喧騒が階段を降りる忙しない足音とともに遠く聞こえる。


それ、と指さされたのはもちろんナマエが手に持つプレミアムチョコのアイスで、対して治の手にはすでにアイスの跡形も、いつ捨てたのかその棒すらない。ナマエはいつもながら「いや、食べるの早ッ!!」と突っ込んだが、治はなんだかしれっとしている。



「……い、いやや。治くん絶対ぜんぶ食べるやん。交換条件ならまだしも、あとちょっとしかないし……」


「一口だけやって」

「絶対うそ」

「………」

「そ、そんな顔してもあかん!」



宮兄弟特有の太眉を下げて加えて元々やさしい目尻が懇願する治の攻撃力を増強しナにナマエダメージを与える。が、プレミアムチョコアイスの防御力も負けていなかった。大体の女子(もしかすると男子も)を落とせるお強請りが効かず、そうとすると治は途端にその普段猫背気味の背中をすっと伸ばして見せた。アイスを死守するナマエはふと、頭上の引違い窓から入る光を遮り治の影が落ちてくるのを感じた。バレーボールという競技柄、普段背が高く体格もいい男子たちに囲まれているから特別気にしたことはなかったが、こうしてふと目の前に立たれるとやはり迫力がある、とナマエは少したじろいだ。
無意識に後ずさった足に、スリッパの踵がこつんと踊り場の壁に当たるのを感じた。



「………」

「な、なに」

「………」

「お、脅したってあげへんし」


先ほどまでのあざとさはどこへやら、作戦変更したらしい治は今度は圧力でアイスの強奪を狙うようだ。それに負けじと睨み返すナマエだったが、どもる声から簡単に動揺が伝わってしまう。
もうすぐ予鈴が鳴るから、それと同時に逃げよう、そう考えて階段の先に視線を移していたナマエの指先に不意に冷たい感触がした。この押し問答に待たされたアイスが溶けたのだ、と理解するや否やそれを握る手は目の前の男の大きな手によって覆われており、軽く持ち上げられたかと思えばほんの、熱く湿ったものがナマエの指に僅かに触れたのだ。それが何か、目の前の男が赤い舌先でアイスの垂れた柄を舐めるのを見て理解したナマエは途端に耳先から駆け上るように赤くなった。屈んだ治の視線が上目遣いにナマエを射抜く。



「……ほな、勝手に食うからええけど」



そう言って億劫そうに屈められた治の体が壁際で縮こまるナマエの体を覆って、その言葉が肌に触れるほど近づいた距離にナマエは堪らずぎゅっと目を瞑った。が、待てど暮らせどなんの刺激も感じない。ナマエは恐る恐る目を開けると、目の前でまるでお守りのように両手に握っていたアイスは忽然と姿を消し、そしてあれほど威圧感を持っていた男はしれっと普段通り満足そうにその頬をもごもごと動かしている。

呆気にとられるナマエをあざ笑うように間の抜けた予鈴が鳴った。それに治は「お、そろそろ急がな」と悠長なことを言う。そんな放心するナマエを振り返り耳元で内緒話をするように治は言った。



「あれ?何されると思ったん?」



その言葉に治はさらに顔を真っ赤にした彼女から重い(痛くも痒くもない)パンチを肩に食らったが、持ち前の飄々とした態度でのらりくらりと躱す。どうやらアイスで機嫌をとるどころかすっかり怒らせてしまったようだ、と治は自分を置いて前をずんずん進んでゆく彼女の後ろ姿を見て満足気に笑った。
あのポンコツが、バレーボール以外のものに興味を示すのを初めて見た。好きな音楽や、洋服や、食べ物に向けるそれとは少し違う。片割れの気持ちというのは奇しくも時に本人以上に敏感に感じ取ってしまうこともあり、そこで自分の抱くそれとは違うことを知る。好きの気持ちでは勝てない。バレーボールも、この子も。あのポンコツについていけるこの子も、アイツにとって大事な存在なんやないか、と兄弟心に思うこともある。でも、



「……もうほんま治くん知らん。豆腐の角に頭ぶつけてしね」

「ごめんて。今度サティーワン奢るから行こ。ダブルやで」

「………。…………」


「トリプル」


「………カラースプレーとチョコソーストッピングしたい」


「(チョロ)」



でも、俺の中の好きの気持ちもそこまで安いもんやないし、このまま“いい人役”になるのも惜しいから、ちょっとくらいは意地悪させてや。そう考える治はすっかり少し機嫌を直したナマエの横顔を見つめて、ついでにちゃっかり次のデートの約束も取り付けて、二人足早に教室へと歩くのだった。


12112022



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