「オイ女ァ、飯だぞ」



ノックや外からの声掛けもなく無遠慮に開けられた扉の向こうにはあの忌々しい双子がいた。監禁されて数日。一向に口を割らない私に業を煮やした双子が「よし爪を剥ごう。」と拷問を仕掛けてきたことがあったが前山という兵士の助けにより事なきを得た。見張りの兵を変えてくれと嘆願したこともあったが人手が足りないからと断られた。なんてブラック企業だ。

しかしそんな風に一等卒や二等卒、と呼ばれる下士官たちと言葉を交わす中で自分が置かれた状況や彼らの目的が徐々に浮き彫りになってきた。
彼らは帝国陸軍第七師団、北方からの攻撃や侵略から北海道を守る文字通り北鎮部隊と呼ばれているらしい。人手が足りないのは日露戦争にて多くの犠牲者を出したから。そんな彼らの目的はアイヌ民族の隠し財産を刺青人皮を頼りに見つけることーー……だがその目的が明治政府からの命令なのか彼らが単独で行動しているのか釈然としないのが問題だった。ああ、こんなことならもっと歴史を勉強すればよかった。とはいえアイヌの埋蔵金なんて話は授業でもきいたことがなかったが。



「………また麦飯と味噌汁とたくあん………」


「贅沢言ってんじゃねえぞ。テメーが口を割ればここに梅干しのひとつでもつくかも知れんがなァ」


「まァ俺らはカツレツ食ったけど」


「くっ………!!!(このクソ双子………)」



自慢話をしてくる双子を睨みつけながら木箱の上でたくあんをボリボリと貪った。あの日以来鶴見は一度だけ夜に私の元を訪ねた。双子に爪を剥がされそうになったこともあり警戒していたが、意外にもそのことを謝られ、津山についての質問もそこそこに少しの雑談をして部屋を去った。


「………」


男の軍服からは僅かに火薬と血のにおいがした。それが染み付いたものなのか、新たに誰かを殺めてきたのかはわからなかったが、男が小さなベッドの足元に腰掛ける背中は疲れ切っているようにも見えた。


「なァ洋平、この女が未来から来たってホントかなァ?」


「んなワケねーだろ浩平。ただのペテン師の戯言に決まってる」


「けどよォ洋平、鶴見中尉殿が押収した女の私物には妙なモンが山ほどあったぜ?」


「たしかになァ浩平……もしや他国の諜報員かもしれん」


「やはり殺したほうがいいのでは?」


「そうだそうだ、殺そう殺そう」



「…………」



こちらの様子を伺いながらお互いの耳元でヒソヒソと展開される物騒なコント。よもやこんなものを一日中見せられていては身の危険を感じるし気が滅入るというものだ。

しかしこの双子の言うとおり特別拷問もされず、ただ監禁され生かされているというのは妙でもあった。津山に関しては大体の目星がついているから捕まえられるという確証があるのかもしれないが、だとすると私の御役は御免だ。ならばやはり鶴見は私が持つ未来の情報に興味を持っているのだろうが、生憎彼が求めている金塊に関する情報も、刺青人皮の歴史も公にはならなかったようだ。



「……ねえ、それより今日の手紙届いてる?」


「あ?……ああ。ホラよ。」


「ったく、鶴見中尉殿もよくこんな面倒な頼み聞き入れたよなァ」



食事を終え二階堂……洋平と浩平、どちらかわからないが訊ねると一方が懐から一枚の紙切れを取り出し、もう一方はため息をついた。私はこれで数枚目となるわら半紙を両手に掴み、そこに記された文字をゆっくりと丁寧に読んだ。

『私は元気です。そちらはどうですか』。見覚えのある筆跡に少し胸の奥が熱くなった。そんな私を二階堂兄弟は面白くなさそうに眺めている。



「オラ、食ったなら片付けるからこちらに渡せ」


「大人しくしておけよ。また鉄格子の隙間から抜け出そうとして嵌っても今度は助けてやらんぞ」


「………」


そう言って双子は質素ながら私の唯一の楽しみの食事の時間をさっさと終わらせた。残されたのはがらんとした部屋に簡素なベッドと、小さなわら半紙の紙切れたちだけ。それは私が鶴見に一日一度、女将の無事を知らせるために簡単な手紙をしたためさせて私に寄越してほしいと頼んだものだった。
女将の七ツ屋には常時第七師団の兵士が監視役として滞在しているそうだ。津山が再び戻ってきたときのために、そして私が逃げ出さないために。


女将の問いかけにこちらから返事を書くことはできないが、私は毎日こうして彼女の無事を知ることでそっと胸を撫で下ろす。四ヶ月もの間、身元の知れない私に生きる場所を与えてくれた。ともにご飯を作り、それを食べた。たったそれだけの繋がりが人にとってはとても大切に思えるのだ。


私もこんなところでグズグズしていられない。ここから抜け出して、女将を安全なところへ避難させないと。


23082022



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