廊下に。黄色い。バナナだな。バナナの皮だなあれ。男子バレー部部室へ続く廊下の隅っこにバナナの皮が落ちている。
 それを見つけた時角名倫太郎は一瞬フリーズした。そうして思わず右手に持っていたスマホを構えようとしたが、やめた。こういうものは侑とか、侑とか侑がうっかり踏んづけて滑って「なんやねんコレェ!!」などと言っている姿が面白いのだ。バナナの皮が一人寂しく廊下に取り残されていてもポイ捨て良くないよね、くらいしか思わない。そしてどうせならこれを三年の廊下に置いて欲しかった。某圧の強い主将がまんまと転ぶ様はぜひともメモリアルにしたいものだ。


「………」


 そんなことを考えつつも角名は珍しく、本当に珍しく少しの良心が働いたのかそのバナナの皮を拾ってゴミ箱に捨ててやろうなどという気まぐれを起こした。その実、本当は「これ部室の入り口に置いといたら誰かしら転ぶんじゃね?願わくば主将であって欲しい」などという悪い企てを元にした行動なのだが、ともかくそれを拾って角名は部室の扉を開けた。


「あっ」


 が、次の瞬間角名のブルーの学校履きのスリッパのつま先が、扉を開いた先のサッシに引っかかりつんのめった。角名はリアクション薄くそう一言こぼしたのち、静かに部室の中へと倒れ込んだ。その衝撃で右手に摘まれていたバナナの皮が宙を舞い角名の目の前に落ちる。



「「ブアッハハハハ!!!!!」」



 途端、背後から聞こえた二人の男女の爆笑する声に角名は後ろを振り返ることなく無言で静かに体を起こす。その様子すら呼吸困難になりながら背後で爆笑する二人のことを角名はよく知っている。
 くっつくまで散々自分たちの手を煩わせたアホカップルだ。ついでに言えば、治と二人いつもいじっては愉快な反応をくれた奴らだ。角名はそんな二人にまさか自分の汚点を見られるとは思いもよらず一気に不機嫌になる。


「まさかバナナの皮で転ばんとドアに蹴つまづくて!!!天然か!!!」

「引っかからんかった時はガッカリしたけど、さすがスナ関西人の鑑やな!!!」

「アホ、こいつは関西出身ちゃうやろ」

「……」


「ホラ、見てみぃもう突っ込む気力もありませんて背中が言うとるわ、さっきほんま盛大に転け……ブッ」

「フッ……す、スナ……ゴミ箱に捨てようとか珍しいことするからそういうことに……ブフッ……」


 背後で好き勝手に宣っては思い出し笑いを堪えるところも不機嫌な角名の神経に障った。どうやらあのバナナはこのアホ二人が仕込んだものらしいが、まさかそれをあっさり回避したのち、何でもないところで蹴つまづくという醜態を角名が晒すとは思わなかったらしい。それはそうだ。角名自身も思いもしなかった。
 そんな予想以上の収穫にアホ二人ーー侑とナマエは嬉々とする。そしてどうやら決定的瞬間を逃すまいと構えていたスマホのカメラにすっ転ぶ角名は収められており、果たして今後それがどう使われるかと思うと角名が今すべきことは一つだった。


「あーー笑った……この写真どうしようか?さすがに消す?スナ、ごめんやで。でも普段のきみの行いを考えればこのくらい許して」


「お前いっつも甘いねん。新人マネージャーへのパワハラドキュメンタリー言うてSNSで動画流すわ、人のAVの趣味バラすわ密告するわコイツ前科めちゃくちゃあんぞ」


「それわりと侑にも問題あるような」


「ともかく!!!この写真は手始めにクラスラインで共有し……えっ」

「うわ陰湿……エッ」


「………」



 すっ転んでから今まで、無言を貫いてきた角名だったが、何やらいつものようにスマホを操作すると勝手なやり取りを展開する二人へくるりと体を向けた。
 そんな突然の角名の行動にもはや恒例となった漫才のような二人のやり取りは途絶える。そうして目の前に掲げられた一枚の写真。そこには今は懐かしくもある、夏合宿の帰り道、二人お互いの肩へもたれ掛かりながら同じ顔をして眠る無防備な姿が収められていて。

 二人はまさかそんな写真を撮られていることも、角名がそれを所持していることも知らず、加えて客観的に見た自分たちの目も当てられないような格好に暫しの沈黙ののち、またいつもの喧騒が部室を満たす。


「なななな何撮っとんねんお前!!!盗撮は立派な犯罪やぞ!!!」

「いいいいや侑吃りすぎここはお互い写真は消すということでおおおお穏便に解決ををを」


「いやお前の方やろ落ち着け!!!」


「見られて困るのはどう考えてもお前らの方だろ」


「「!!!」」



 「スナ!!!」「スナさん!?!?」命乞いをするような二人の声が部室に響く中、まんまと形勢逆転をした角名が勝ち誇ったようにスマホを掲げる。その足元に縋り付くアホ二人。
 まさかすでにその写真を男子バレー部二年組、そして「なんやそれは」と目ざとく発見した主将が何故か欲しがり(まるで孫の写真を見るように微笑んでた)、複数人の手に渡っているとは露知らず。結局一枚上手な角名にまんまとやられる二人は今後もいい玩具にされるのだろう。


15012022

お題:道端にバナナの皮が落ちていたが「滑って転ぶなんてギャグじゃあるまいし」と冷静に拾ってゴミ箱に捨てて段差につまづいて転ぶスナ(なんとなく可愛い)



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