「ナマエ大丈夫か!?!?もうちょいで終わるから家まで送ってくし待っとけ!!」

「ありがと銀……でも送ってく言うてもここ最近ほぼ毎日一緒に帰ってるし家隣やん……」


「細かいことはええねん!!安静にしときや!!」


「お、おん………」


なんだかギャグっぽく見えるけど、本気で心配してくれている銀の実直さにやっぱりいい奴だなあ、と思うしほっとする。そう言って急いで戻って行った銀の後ろ姿を見送り、再び手元に視線を落とす。


私が顔面レシーブののちに鼻血を出した事故から一時間と少し。部活も終盤だっこともあり、なんだかんだと言う間に練習は終わり片付けへと入っていった。私は邪魔にならないように体育館の隅にひっそり座り日誌を書いていた。そして個人的に新しく覚えたことや疑問に思ったことを書き留めたノートにもいくつか書き足し、ぼんやりしたところは過去の分を読み返す。

そうしていると何やら遠くで小競り合いをする声が聞こえて、それが段々とこちらへ近づいてくる感じがした。そちらに視線を向けようと顔を上げたと同時、180センチを優に超える大きな影が二つ、体育座りをする私の上に落ちてきた。相変わらず慣れないそのでかさと威圧感に一瞬びくりとする。


「ほら、侑、ちゃんと謝りなよ」


「……わーーっとる!!!………その、なんや………お前がボケッとしとるんが悪い!!!」


「うっわ最悪www」


「オイスナお前何撮ってんねん!!!撮りたいだけやろお前は!!!」


「あっ、やめろよシリーズ化してんだからこれ。ミヤアツム新人マネージャーへのパワハラドキュメンタリー。」


「なんのシリーズやねん!!!どこに流したお前!!!」


「………(ええ、なにこれ……)」



やってきたのは宮侑と……ええと、確か一組の角名くん。どうやら事故とは言え自分の打ったボールが当たったことに一応責任を感じてるらしい宮侑は謝りに来たようだけど、結果私が悪いことになったし、隣のスナくんは完全な野次馬目的だ。パワハラドキュメンタリーなんて撮ってるなら助けて。


「別にいいよ。宮侑の言う通り私の不注意だし」

「ぐっ、……」

「フルネーム呼び捨てwww」

「スナお前はちょっと黙っとけ!!」


「球拾いも、もっとスムーズにできるようになるから、もう少し待ってて」


「…………」

「さっきからなに読んでんの、それ」


宮侑にそう告げて過去に書いたバレー日誌に目を通していると、上から覗き込んできたスナくんがそう訊ねた。


「今まで覚えたこととか疑問に思ったことのメモ。」

「ふーーん。意外と字ィ汚いね」

「………」

「………オイ、ここ間違ってんぞ」


「えっ?」


「“リベロはアタックを打ってはいけない”。たまにそう思てる奴おるけど正確には間違いや」


「……あー、そうだね」


私がそれぞれポジション別に書いた仕事内容と注意点のページを指差して、むっつりとした顔で宮侑は言う。そんな彼の言葉にスナくんは少し考える素振りをしてから頷く。私は予想外の事実に目を丸くした。


「えっ、そうなの!?」

「おん。ほんまは“ネットを超えてのトスや攻撃をしてはいけない”が正解で、ポジションも前衛でもいける」


「ええっ!?」

「そうなの!?」

「スナお前ネタなんかガチなんかどっちやねん」


「オッホホ」


悪ふざけするスナくんにじとりとした視線を送る宮侑を横目に、言われたことを頭で整理する。………待って待って、そもそもネットを超えてのトスや攻撃って……なんだ???すべての攻撃はネットを超えるんじゃないの???


「あははは、めちゃくちゃ険しい顔」


「スンマセン……ネットを超えるの意味がわからなくなって……」

「……つまり、ボールが白帯に触れてるかどうかっちゅーことや。完全にネットの上、宙に浮いとるボールはアウトで、触れてるボールはルール上アリ。ただしこれはリベロが後衛の時。」


「そう。前衛の時はスパイク、ブロック、トスは禁止されてて、実質居ても意味がないからローテで交代する場面が多いってワケ。」


「………!!!はあああ〜〜〜なるほど!!!!」


今までぼんやりとしていたそれぞれのポジションの役割が、今一部しっかり繋がった気がした。なんていうか、バレーって。


「じゃあ、このリベロってポジションはネットより下が縄張りなんやね!」


「そんな感じ」


「ほしたら、もしかして後衛におる時にリベロがトス上げて、他の全員でスパイク打ちに行ったら、攻撃力マックス……言うこと?」


「!!」

「まあ、ルール上は問題ないけどブロックとかカウンター食らった時の守備が誰もいないから諸刃の剣ではあるよね」

「そうかあ」

「………(こいつ、こないだまでポジション名もろくに理解してなかった癖に)」


ゲームを楽しむためのルールがあって、その穴を掻い潜ったり、固定概念を逆手にとって新しい試みをしたり、頭と体を使って糖分を消費して、バレーボールって疲れるけど。


「昨日、攻撃専門やと思ってた宮治くんがトス上げててびっくりした。でも思えばセッターの宮侑もレシーブするし、ルールの範囲内なら誰がどう動いても繋げばええんやって」


「………」

「(フルネーム呼び捨て……)」



「バレーって、自由でおもしろいね」



自由にバレーを楽しむには、必要な知識をしっかりつけて、フィジカル、メンタルも相応に整えなきゃいけない。ほんの初めの一歩を知って、それがどれほど果てしないものなのか尊さを知る。それを毎日積み重ねている人たち。どれだけ罵られても、やっぱりその点は尊敬する。


「ありがと!また教えてな!」


「………………嫌や……」


「ブッホwww小学生かよwww」

「スナお前ほんまいっぺんしばく!!!!」



指さして笑うスナくんは宮侑が拳を握りしめると爆笑しながら逃げ出した。いや、ほんとに小学校なんだろうかここは。淡々と進んでゆく片付けの最中に、完全に遊んでいる二人に遠くから主将の鋭い視線が注がれる。ああ、そろそろ戻った方がええよ……。

宮侑とスナくんの助言で新しく書き足されたノート。その余白はまだまだ多い。これが一杯になる頃には、どんな自分になっているだろう、と考えて少しワクワクした。


16072021



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