「あの子、ツムのこと好きなんとちゃう」

「え?」


「あの子。向かいの渡り廊下歩いてる……あ、逸らした」



そう言って、隣を歩く片割れに視線で合図をすると、目があった女子は即座にぱっと逸らした。そうして渡り廊下を足早に歩いて行く。なんや、えらい純情な反応なこって。


「どの子やねん」

「もう行ってもうたわ。でもいっつも見とんでお前のこと。いつからか知らんけど」

「まあ〜〜俺モテるからなあ、ええ男は辛いなあ」


「いや、やっぱわからんわ。暗殺とか命狙われてる可能性あるからな。人の恨みを買った覚えは?」


「そんなの心当たりありすぎて困るよね、侑」


「お前ら人をなんや思てんねん」


調子に乗る片割れをいじってみれば即座に反対側で角名が乗ってくる。オッホホ、とか独特な笑い声とわかりやすく吠える侑の声を背後に、先ほどの女子が歩いていた渡り廊下を見る。

初めてその視線に気づいたのはいつだったか、部活中の体育館を横切る時の小さな目配せ、俯きがちにすれ違う廊下、試合の応援席の隅っこ。侑の隣にいる時、気づけばそこに彼女はいた。
名前も知らない、クラスも、どんな性格なのかも。一度我らがバレー部の主将、北さんと一緒に作業しているところを見かけたから、図書委員であることは知っている。その委員会のイメージ通り、けして派手でなく、むしろ地味で大人しそうな女。大衆に埋もれてしまえば見つけるのは困難だと思わせるような極々普通の女子高生。


真面目で堅実な男好きになりそうやのに、人は見かけによらんなあ。ツムの何がそこまでええのか知らんけど、気ィつけや。ファンに暴言吐くくせにアイツちゃっかり好みの子と乳でかい子は食うとるし、同性として双子の片割れとしてオススメできんナンバーワンやで。
そんな大して必死さもない忠告は当然届くことはなく、俺もツムのことを好きな女、という認識以上に彼女を知ろうとは思わなかった。









春高バレーが終わって約一週間が過ぎた頃だった。その日は月一回の風紀検査で、それも簡易の黒染めをしてしまえばものの数分で終わる形式的なものだった。体育館を出た俺は終わるまで時間を潰そう、と同級生でごった返す廊下を抜けて体育館裏に来ていた。
ふと窓に映った自分の姿を見ると、先ほど黒染めを面白がった角名から髪の毛分け目を変えられて、一瞬片割れと見分けがつかなかった自分にげんなりとする。そんなん、自分で間違うてたら世話ないわ。



吹き抜ける一月の風は冷たく、春の訪れはまだ先だと思わせる。そういや、一月やのに春高バレーてのも変な話やな、と今さらのことを考えた。
部活を引退した三年の進学組はつい先日センター試験を終えたようだった。特進クラスにも関わらず就職組の北さんは今月一杯は登校するようだが、それが過ぎれば次に会うのは卒業式の三月だ。


俺は春高が終わってすぐに、高校でバレーを辞めるとチームメイトに、そして侑に話した。
返ってきた言葉は案の定何アホなこと言うてんお前、という相手にすらしないもの。淡々と食い下がればいつものような喧嘩に発展した。今までとひとつ違うのはその冷戦が一週間を過ぎた現在でも続いているということ。




「………(なんや、アホらし)」




アホらしいのは、俺か、お前か、どっちや。散々今まで考えてきたこと。いざ口に出したら心のどっかにある不安を見透かされたようやった。だからお前が怒んねん。そんな自分自身の気持ちに俺が苛つくのと同じように。
なんだか冴えない気分を誤魔化すようにひとつ舌打ちを漏らせば、ぱたぱたとこちらへ近づく上履きの音とともに突然投げかけられた大声。ちょっと驚いて振り向くと、そこにいた人物に二重に驚くことになる。




「ーーーーあのッッッッ」




そこにいたのは例の“ツムのことを好きな女”で、慌てて走ってきたらしい彼女は俺の前で立ち止まると体を少し屈めながら深呼吸を繰り返していた。何故呼び止められたかわからない俺はとりあえず彼女の呼吸が整うのを待つ。


「宮、くん」

「はい」






「宮侑くん、きみが、好きです」







「………………え」



少し呼吸が落ち着いたと思ったら、顔を上げた彼女の瞳は力強く俺を見据える。そのギャップに一瞬たじろいだ。え、これなんかキレてる?俺今から説教されるんか?とその謎の威圧感に頭に疑問符が浮かぶも、ひとつ息を吸い込んだ彼女から放たれた言葉はその予想を遥かに超えてきて。
思わずこぼれた間抜けな声は仕方ないだろう。告白。こんな急に。この子がずっとツムのことを見とったんは知っとる。だからと言って告白できるタイプには見えなかったし、ましてや面と向かって、ここまではっきり言われるとは思わなかった。


そして何より俺治やし。


なんでよりによってこんな日に言うん。ややこしい見た目しとる俺も悪いけど(いやほぼ百パーセント角名のせいやけども)、告白にもTPOいうものがあるやろ???


「………」

「………」


顔は真っ赤。耳まで赤い。握られた拳は小さく震えている。でも目は逸らさない。そんな彼女から一度視線を外してあーー、と唸る。自分の中に芽生えた悪戯心というか、意地悪な感情にこんなんやったら俺も侑のこととやかく言われへんやんけ、と頬をかく。




「………それは、付きおうてってこと?」



「………えっ………?あ、いや、ええと………!!!」




質問をしてみれば予想外と言わんばかりに慌てふためく。その様子が面白くてちょっと笑う。たぶん俺今めっちゃ悪い顔してる。

顔はおんなし。おかんの腹の中から嫌になるほど隣におって、俺が決めることはアイツが決めることやし、その逆も然り。そこに疑問なんか感じてけえへんかった。呼吸をすることと変わりない。けど、そんな時間が永遠に続くわけもないことは知っていた。
なあ、アンタがそこまでしてツムに伝えたい気持ちの原動力ってなんなん?アイツにあって、俺にないものて、その逆も。俺にはもう、どこからどこまでが俺らの境界線なんかわからんねん。


「ええで」


「……………え?」


「ええで、付き合おうや」


「……………………今、なんて」


「お付き合いしましょう、俺ら」



わざとらしく丁寧に言い直すと人間パニックになったらこんなんなるねんなあ、って良い例のように赤い顔のまま口をぱくぱくする。言葉が出ないらしい。なんや、金魚に餌やっとるみたいやなあ、とぼんやり考えていると、彼女は必死に言葉を紡いで俺に疑問を投げかけた。



「え……………な、なんで…………???」


「なんでて、俺のこと好きなんやろ?」


「……………ハイ、」


「ほな、付き合おうや」



「…………………え、ええっ………」


「よろしゅう」



近づいて、一瞬びくりとした体を無視して左手をとる。無理やり握手をすれば緊張がこちらにまで伝わってきそうや。しかし、そこで彼女の纏う空気が固まったような気がした。
先ほどより近づいた距離、おずおずとこちらを見上げた黒い瞳は動揺のためかちらちら揺れる。




「………………きみ、宮、治くん……………?」





「あ、なんやバレてもうた」



でも気づくのちょっと遅いで。ほんまに好きなんやったら、ちょっとやそっと見た目変わったくらいで間違えたらあかんやん。そんなんで本気で好きとか言うたらあかんやん。いくら俺らがどえらいそっくりや言うてもさあ。



「え、な、なんで」


「あ、あかんでもう条約締結してもうたから」


「!?!?!?」


「ええやん、俺ら見た目おんなしやねんから」



俺らが初めて別々の道を行くて決めた高二の冬。片割れは未だふて腐れてろくに口も聞きやせん。
俺にあってアイツにないもの、その逆も然り。それぞれ別の道を行くにあたって、その答えをこの女の中に見出したいと思ってしまった。そんな傍迷惑で一方的な気持ちが、俺らの奇妙な関係を形作った一月の中頃のこと。


24052021



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