※ 単行本22巻のネタバレを含みます。
ミョウジさん、真面目そうだよね。
今まで二十数年生きてきて、何度その言葉を聞いただろう。真面目そう、大人しそう、優しそう、煙草は吸わない、お酒は弱くて男の影で控えめに笑ってるのが似合ってる。第一印象はいつも、そんなイメージを持たれる。
年配の上司には舐められる、セクハラパワハラ当たり前。そんな私が声を上げようものなら、自意識過剰だと嘲られる。同性からは弱さを傘に着るあんたのような女がいるから舐められるのだ、と目の敵にされ、そんな口に出さずともひしひしと感じる偏見という名の空気の中で生きてきた私はほとほと疲れ切ってしまった。
でもそんなこと、この世知辛いの世の中を生きる社会人なら一度は感じたことがあるはず。取り立てて騒ぐことでもない。
残業続きで弱った頭は時たまぼんやりと薄暗いことを考えてしまう。仕事帰りのサラリーマンでごった返した電車を降りると自宅へ向かう夜道をとぼとぼと歩く。ああ、何か癒しがほしいなあ。そう漠然と考えているとふと、いつもの通勤路に見知らぬ明かりが灯っているのに気づいた。思わず足を止めて看板を見れば……なんて読むんだろうこれ。
ペットショップ……ナントカランド。
ちらりとガラス越しに中を覗くと、ケージの中の一匹のトラ模様の猫と目が合う。その子はこちらを見るとにゃあ、と私を呼ぶように鳴いた(ように見えた)。その愛くるしい姿に気づけば自然と足が店内に向いていた。カランカラン、と子気味良い鈴の音と共に扉が開く。それを合図に背を向けていた店員さんが振り向く。
「いらっしゃいませー」
沢山のケージが並ぶ前で、一匹の猫を抱っこしていた店員さん。私の入店とともにかけられた挨拶を聞いてあれ、声、低い。と思った。というのもその後ろ姿は長い黒髪を後ろで束ねていて、更に屈んでいたものだからてっきり女性だと思ったけれどーー振り向き、立ち上がったその人は軽く見上げる背丈。更には髪に金のメッシュを入れたヤンチャそうなお兄さんだった。
「こ、こんばんは」
挨拶をされたので一応返す。お兄さんは少し笑みを浮かべて私と同じように頭を下げた。びっくりした、あんなに長い髪の男の人、実生活では初めて見たかも。
勢いでも入店できたのはガラス越しに見えていた店員さんを同性だと思ったからというのも大きい。明らかに仕事帰りのOL。冷やかし目的なのは明確。この派手なお兄さんが店員だと知っていたら踵を返していただろう。
少し戸惑いながらぐるりと店内を見回すもお客さんは私の他に居らず、控えめな有線だけがBGMとしてこの場に流れていた。
「なんか探してますか?」
ゆっくりと店内を見回していると不意に先ほどの店員さんに声をかけられた。抱いていた猫をケージに戻して接客モードだ。ペットショップのウィンドウショッピングほどハードルの高いものはない。
「あ…ええと、すみません。見てるだけなんです。たまたま通りがかったらかわいい猫と目があったもので……」
「あ、そっすか。全然大丈夫すよ。ゆっくりしてってください」
長い髪に金のメッシュ。よく見ると左耳にピアスの穴、黒いハイネックの襟元からは刺青が覗いている。そんな一見ヤンチャそうなお兄さんが、お世辞にもお洒落とは言えないお店のエプロンをつけてペットショップで接客をしているのだからギャップがすごい。なんだか私の関わったことのないタイプの人でやはり緊張してしまう。
「どいつと目があったんすか?」
「え…!?ど、どいつとは」
「猫っす」
急にガン飛ばしたの誰だ的なことを聞かれたのかと思った。焦りながらもこの子です、と指させば抱っこしてみます?と思わぬ提案。ひとつ頷くと店員さんは一匹のトラ模様の猫をケージから出してくれた。
「尻を抱えて体を自分の方に引き寄せるといいすよ」
「わあ、」
言われた通りに抱いてあげると腕の中に大人しく収まった。時折キョロキョロと好奇心旺盛に私や辺りを見回してはふよふよと尻尾を揺らす。ご機嫌みたいだ。かわいい。
「ふふ、かわいいですね」
「コイツ普段は結構人見知りなんすけど、おねーさんのこと気に入ったみたいすね。すげー甘えてる」
そんなことを言われるとこのまま連れ帰りたくなってしまう。さすが店員さんのセールストーク……いや、それがなくともこの子のかわいさに十分やられてしまってるけど。ともかく今日即決できる問題でもない。
店員さんにお礼を言ってトラ柄のかわいい子を泣く泣くケージへ帰した。
「ありがとうございます。…ちょっと疲れてたんですけど、元気出ました」
そう言うとお兄さんは少しきょんとした顔をした後、よかったっす。と言って小さく笑ってくれた。
それから私はせっかくなので愛犬家の友達へ何かプレゼントを買っていこう、と鮮やかなブルーのマドラスチェックのバンダナを購入した。初めは手堅く犬用のおやつなんかを買おうかと思ったが、アレルギーがあるかもしれないから知らないならやめた方がいいとアドバイスを貰ってのチョイスだ。
レジへ行くとプレゼント包装も可能とのことだったのでお願いするとかなり手こずりながらも可愛らしくラッピングしてくれた。厳つい見た目の店員さんがリボンや包装紙と神妙な面持ちで向き合う様子がおかしくて思わず少し笑ってしまった。
「すんません。自分不器用なんで」
「(どこかで聞いた台詞だなあ)いえ、そんな。可愛く包んでもらってありがとうございました」
「あ、それとこれオマケのストラップなんすけど好きなの選んでください」
「え!かわいい…!」
そう言ってレジの下から取り出された箱の中にはバンダナをつけた様々な種類の犬のストラップ。どうやらこのバンダナメーカーのノベルティらしい。豊富な種類に迷っていると、ちなみに俺はコイツにしました。と名札につけられたストラップを見せてくれた。シベリアンハスキー。それも気になるが私は名前の横につけられたかわいいトラのシールの方が気になった。
「(羽宮…ハネミヤさん、かな?トラ好きなのかな……)」
「……どうかしました?」
「えっ、あ、すみません。その名札のシール、かわいいなあと思って」
「げっ、え、ああ、そすか」
「(あれ、なにか触れちゃいけないことだった?)」
「近所のガ……小学生がよく遊びに来るんすよ。んで勝手に貼られたんす。俺の名前一虎っていうんで」
「…………へえ………仲良しなんですね…………」
かわいいかよ。
かわいいトラのシールが不満らしい店員……もとい羽宮さんはそれでもシールを剥がすことはしないらしい。近所の小学生と軽口を叩き合いながら遊ぶ彼の姿が目に浮かんでくすりと笑った。
「じゃあ、この子にします」
「どうぞ」
選んだのはバセットハウンド。ちょっと店員さんに似てるとか言ったら怒られるだろうか。
ノベルティと包んでもらったプレゼントを手渡され、ありがとうございました、とお互い頭を下げる。再び軽快な鈴の音と共に店の扉を開くと、店内ではBGMに紛れて気づかなかった小雨が降っていた。
「あ。傘あります?」
「いえ、でもそんなに降ってないんで」
「プレゼント濡れますよ。ちょっと待ってください」
そう言って店の奥に引っ込んだ店員さんは、少ししてビニール傘を片手に戻ってきた。私物だろうか、どことなく使い込まれてへろへろしている。店員さんはこの傘がなくて帰り道、大丈夫なのだろうか。
そんな考えが浮かんだけれど私は口に出すことなくお礼とともにその傘を受け取った。ほんの少し、この傘を返しに来たいと思ってしまった。
◇
「あ、なにそのストラップ。かわいー」
昼休み。先日もらったストラップをランチバッグにつけてみると、お昼を一緒にしている同僚から早速反応をもらった。ブルドッグ?と言われて違うよ、と否定する。
「この間ペットショップでもらったんだ」
「えっ、ペット飼ったの!?」
「ううん、友達へのプレゼントを買っただけ」
広げたお弁当は特に代わり映えしない。昨日の夕飯の残り物に冷凍食品。あ、でも今日はだし巻卵に桜えび入れてみた。おにぎりの具は奮発していくらの醤油漬けを入れたのを思い出してほっこりする。
「…ふふ」
「えっ、なに思い出し笑い!気持ち悪い!」
「えー、酷いなあ」
「やけにご機嫌だね。なんかあった?」
「うん。卵焼きに桜えびが入ってることと、おにぎりの具がいくらなことと……」
「ちっさ!!!」
「……あと、このオマケをくれたペットショップの店員さん、派手な見た目なのに近所の小学生と仲良しなんだって。もらったシール名札に貼ってんの。それ思い出したら癒された」
ブロッコリーを頬張りながらかわいくない?と同調を求めると、……男?どんな人?と質問で返された。
「どんな…ええと、黒の長髪で金メッシュ……左耳にピアス開いてて、首にタトゥーがある男の人……」
「えっ、待って待ってほんとにペットショップの店員それ!?」
「そうだよ」
首にタトゥーって、想像以上にヤンチャだわ……、とこぼす同僚を横目に先ほどレンジで少しあたためたおにぎりを頬張る。うん、最高。
「……やめといた方がいいよお、今まで付き合ったタイプと真逆じゃん」
「えっ、なにが。そんなんじゃないって」
「いやいや、見ればわかるよ。ちょっと浮かれてるもん」
「………そうかなあ、………そうかも。」
更衣室のロッカーの中にはあのビニール傘が引っ掛けられている。本当は翌日返しに行こうかと思ったが、これを返してしまえば私があの店に行く理由はなくなる。そう考えて気づけば数日経っていた。
「人は見た目じゃないって言うけどさ、やっぱり一番に目につくのは外見なんだよ。世間一般のものさしからズレた人は、やっぱり苦労すると思うよ」
「………」
なんだかやけに重みのある言葉にもしや経験がある…?と勘ぐりたくなったけど聞くのはやめた。同僚の言うことは最もだ。けれど彼女のその言葉を聞いて、彼に対する私の目線が、今まで自分に向けられていた偏見と同じだったことに気づく。たしかに第一印象は見た目が八割だ。大人しそう、真面目そう、ヤンチャそう、関わると苦労しそう。どれも主観でしかない。
無性にあの店員さんと、もう一度話してみたくなった。今度は偏見という名のフィルターを取っ払って、素の自分で。
◇
夜の降水確率は50パーセントだった。カバンに忍ばせた折りたたみ傘が役立った。残業を終え、いつもの時間に家路へ着く。エナメル素材のパンプスが控えめにアスファルトの小さな水たまりを踏んだ。
「いらっしゃいませ」
今日も以前と同じように灯った店の明かり。私は左手に例のビニール傘の柄を握りしめて、意を決して扉を開いた。あの軽快な鈴の音と共に再びかけられた挨拶。けれどあれ、声が少し低い。
入店し、声のしたカウンターの方を見ると、そこにはあの店員さんーー羽宮さんではなくてワイシャツネクタイにまたあのけしてお洒落ではない(失礼)デザインのエプロンを身にまとった黒髪の男性が佇んでいた。目が合うとそのクールな雰囲気をよそに優しい笑顔を浮かべてくれた。けれどどうしよう、まさか羽宮さんに会えないなんて。
「何かお探しですか?」
「いえ、あの……実は先日こちらの羽宮さんという店員さんに傘をお借りしたんですが……。今日はそれを返しに」
「ああ、そうでしたか。わざわざありがとうございます」
当然他の用事などない私はありのままを話すしかなかった。穏やかな表情と口調で対応してくれる店員さんはもう一度お礼を言って、本人に渡しておきます、と差し出したビニール傘を受け取った。ああ、やっぱり同僚の言った通り縁なんてなかったんだなあ。かと言って何か理由をつけてもう一度この店を訪れることはないだろう。
せめてもう一度、少しだけでも話がしたかったなあ、そう思いながら店員さんに頭を下げて、名残惜しくも踵を返そうとしたその時、店の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なーー千冬ーー。ここの猫缶持って帰っていい?こないだ拾った猫に食わせてやりたいんだけど……あれっ」
まるでヤンキー漫画のワンシーンみたいなことを言いながらバックヤードから出てきたのは、私がこの数日間どこか頭の隅でずっと考えていた店員さんその人だった。
私の存在に気づくと、千冬、と呼ばれたネクタイの店員さんへの言葉を切って少し笑顔を見せてくれる。その表情にまたほっと心が落ち着くのを感じた。
「こんばんは、おねーさん。こないだはどーも。今日も仕事帰りすか?」
「こ、こんばんは」
「一虎くん出る時は裏からっていつも言ってるじゃないですか」
「悪ィ悪ィ」
「すみませんお客さん」
「い、いえ全然」
接客時も砕けた敬語を使っていた羽宮さんだが、ネクタイの店員さんとずいぶんフランクに話す彼の姿に、私服姿も相まってまた全く知らない人のように感じる。
「傘返しに来てくれたんですよ。ボロボロのビニール傘。もうちょっとマシなのなかったんですか」
「まじか。すいませんわざわざ」
「いえ、ほんとにありがとうございました。助かりました」
ネクタイの店員さんの手から羽宮さんへ、借りていたビニール傘が渡される。もう一度面と向かってお礼を言えて、少しでもお話できてよかった。でも、ちょうど俺今日傘忘れたんで助かりました、と悪戯っぽく笑う顔にやっぱりほんの少しの名残惜しさを感じる。
「…...それじゃあ、私はこれで」
二人の店員さんへひとつ頭を下げて笑顔とともに踵を返した。少し開いた扉の向こう、まだ雨は止みそうにない。控えめなベルの音がからんと転がった。
「……一虎くん帰るならお客さん送ってあげてください。もう遅いし、この辺り人通り少ないですし」
「!!」
「えっ、あー、ウン。そうだな…」
一歩店の外へ踏み出した時、ネクタイの店員さんの思わぬ言葉にこっそり目を大きく見開いた。振り返ると羽宮さんも予想外だったのか目を丸くしてちらりとこちらを見た。しかしその視線はすぐに逸らされる。あれ、もしかして嫌がられてる……?
私としては願ったり叶ったりの提案にありがとうネクタイの店員さん!!と手を合わせたい気持ちだったが、どうなんだろう。そんな心配とは裏腹に羽宮さんはその提案に同意してこちらへ歩いてくる。
「……んじゃ、お疲れ様」
「はい。気をつけて」
軽い挨拶をネクタイの店員さんと交わして、羽宮さんは店の軒先で待つ私へ視線を合わせた。雨から遮られた小さな店先の屋根の下、至近距離で向き合った彼の身長はずいぶん高く感じられて、加えてほんのり香る香水のにおいに小さく胸が鳴った。
「じゃ、帰りましょうか」
「は、はい」
それぞれ傘を開く。雨の中に歩み出た私たち。私は少し後ろを振り返り、店の窓ガラス越しに目が合ったネクタイの店員さんへまたひとつ頭を下げて、少し先を歩く羽宮さんの背中を追った。
◇
微妙な距離、並んで歩く私たち。白線が引かれただけの歩道の横を時おり車が走りすぎてゆく。そのライトの明かりが羽宮さん越しに私の肌を滑って行った。
隣を歩く彼の左耳には先ほどまではなかったピアスが揺れる。その度リン、と小さく鳴る。まるい鈴の形をしたそれ。顔まわりを彩るハイトーンの金髪は顎先まで長く、歩くたび、風が吹くたび小さく揺れる。彼の私服はカーキのMA-1に上下黒のトップスとパンツという男性らしいものなのに、見上げた横顔はどこか中性的でドキドキする。
私の視線に気づいた羽宮さんがこちらを向く。通り過ぎるバイクのヘッドライトに照らされて、彼の右目の下に泣きぼくろがあるのだと気づいた。
「…家この辺すか?」
「はい、最寄り駅から歩いて15分くらいです」
「そっすか。……あー、いつも帰りこのくらいの時間なんすか?」
「そうですね大体……。繁忙期はもっと遅いです」
「まじすか。遅くまで大変すね」
少しぎこちないけど会話を続けてくれる。けれど嫌な感じはしない。話すテンポも、パラパラとお互いの傘を打つ雨の音も不思議と心地よかった。
ちらりともう一度彼を見上げると、先ほどまではハイネックに隠れていた首元が露わになっている。そこに見える刺青の全貌は、恐らく虎の模様。それを見て私も思い切って質問してみようと口を開いた。
「……タトゥーも、虎の模様なんですね」
「えっ!?あ、そか、俺今ハイネック着てねーから……」
そう問うと、羽宮さんは予想以上に驚いた表情で首元の刺青を隠す仕草をした。それを疑問に感じているとバツが悪そうに苦笑いする。
「すんません。怖いすよね。仕事中は隠してるんすけど…」
「い!!いえ!全然!ただ純粋にかわいいなーとか、彫る時痛いのかなとか疑問だっただけで……怖いなんて、そんな」
私の質問に余計な気を遣わせてしまったようで慌てて誤解を解く。あたふたする私を見て羽宮さんはまたひとつ驚いたような表情をして、けれど今度は吹き出すように笑った。まるでそんなこと言われたの初めてだ、というような笑顔。初めて見る無防備な表情にドキリとした。
「意外。刺青とか酒とか煙草とか、あんまり好きじゃない人なのかと思ってた」
「よく言われます。イメージ先行で、真面目そうとか大人しそうとか、いい人そうとか、そう思われるほどじゃないのに」
「………」
胸の内にくすぶる本音を、初めて吐露した気がした。けれどこの人の前ではイメージばかりが先行した自分でいたくないと思った。いいところもずるいところも、さらけ出した素の自分で向き合いたいと思った。
羽宮さんは少し黙って、そして口を開いた。足元では彼のブーツが水たまりを踏む音がした。
「俺も散々言われたっすよ。チャラチャラ髪伸ばして、染めて、タトゥー入れて、そんな奴にこの仕事が務まるか、とか」
「………」
「まあ事実だし。そう言われても仕方ないこと散々やってきたんすけど」
差し掛かった横断歩道、タイミング良くか悪くかたった今歩行者信号は止まれの表示を出した。間髪入れずに流れ始める車の群れ。いくつものタイヤが水たまりを突っ切って大きな飛沫を上げる。
雨音の向こうに彼の声が聞こえる。傘の中に少し反響して、まるで世界から切り取られたみたいに。
「おんなじっすね、俺ら」
にっと笑って投げかけられた言葉に、私は一瞬、時間が止まったように感じた。や、それは言い過ぎか。と付け足す羽宮さん。信号が青に変わる。水たまりを踏み越えて動き出す私たちの脚。不意に今、誰かの目から見た私たちという人間をぶち壊したくなった。
「知りたいです。一虎さんのこと、もっと知りたいです。……駄目ですか?」
ハッキリと告げた言葉は雨の中でも彼の耳に届いていただろう。振り向いた彼の、くたびれたビニール傘越しに目を丸くした表情がうかがえる。そんな彼の顔が、じわじわと赤らんだのはきっと点滅を始めた信号機のランプのせいではないはず。
そんな彼を見て私もまた、私の中の彼というイメージをぶち壊してやりたいと思って、笑った。
20042021
「お前いい加減にしろよ千冬。何断りにくい空気作ってんだよテメー」
「いいチャンスだったじゃないですか。いい加減仕事外でもフツーに女と話せるようになってください」
「話しとるわ!!」
「見た感じあのお客さんも満更でも無さそうでしたし」
「…………」
「……なんですかその反応。結局どうなったんですかあの後」
「別に何もねえし。言わねー」
「………(彼女が来た時また聞き出そう)」