!少し下ネタの要素が含まれます。苦手な方はご注意ください。







高校時代、密かに憧れていたバレー部のキャプテン、北さんが結婚するらしい。


一週間前、話があるとおにぎり宮に集められたアツム、銀島、そして私の稲荷崎関西二年組は、久々に会った元主将に急な結婚の報告をされた。おばあさんの紹介で知り合った二歳年下の女性らしい。実際に会ったことのあるオサムによれば気立ての良さそうな綺麗な人だったそうだ。


高校を卒業して四年。私はこの春無事に社会人となった。とは言っても一般企業の平凡な事務職だ。弱冠22歳にして個人店のオーナーや、プロバレーボール選手などバケモンのような人間がごろごろ周囲にいる自分にとっては、何か言い様のない焦燥に駆られるものだ。


それは北さんに対してもそうだった。雨の日も雪の日も、毎日自分が定めたことを滞りなくこなす。それを確かな自分の糧とする。それがどれほど困難で果てのない道であるか知った。それを淡々とこなす姿に胸を打たれた。私もこの人のように強くありたいと願った。
そんな尊敬と畏怖が入り交じった恋心をこじらせた私は、ついぞこの胸の内を彼に伝えることはできなかった。


「ちょお、お前さっきからショッボイ面してんなや。せっかくの飯不味なるやろが」

「………」

「なーーにが結婚やねん。どいつもこいつもなんや近頃ケッコンケッコンて、流行っとるからするもんちゃうねんぞ」

「お前店でクダ巻くんやったらその発言録音して北さんに聞かせんぞ」

「すんませんでした」


閉店間際のおにぎり宮はそれでも座敷に数組お客さんが残っているくらいには繁盛している。最近雑誌でも少し取り上げられた、と嬉しい報告も聞いた。そんな同級生にして立派な店主は私たちが座るカウンターの向こうでぼちぼち片付けを初めている。

オサムの脅し文句を聞いて大人しく熱いお茶を啜っている隣の男は、現在シーズンオフ中のプロバレーボール選手。それも今期Vリーグ最上位の強豪チームのセッターだ。


そんな彼らとはいわゆる腐れ縁というやつで、幼なじみである銀島に勧められて高校時代は似合わないバレー部のマネージャーなんかをやっていた。強豪校であり、加えて当時高校ナンバーワンセッターと謳われていたアツムや、その兄弟のオサムは特にアイドル的な人気を誇り色々な面で大変だったことも今となってはいい思い出だ。


特にアツムとは出会った当初は散々な扱いを受け犬猿の仲にも近かったけれど、なんだかんだ長い時間を共に過ごす中で今日のように暴言を吐きながらもおいしいごはんを食べたり、酒を飲んだり、付かず離れずの関係が続いている。


「……でも、やっぱええやん、結婚。自分以上に大事にしたいなあとか、守りたいなあって思う存在がおるって、すごいパワーになるやんか」

「……おっまえ結婚に夢見すぎやねん。少女漫画の世界か」

「うっさいねん。……北さんはそういう相手を見つけたってことやねんから、祝福せんとあかんよなあ」


居酒屋とバーをハシゴして、たどり着いたおにぎり宮の贅沢なお茶漬け。やっぱシメはこれやでえ、とアツムと二人意気揚々と入店したはいいが、少し酔いの覚めた頭は冷静さとぼんやりとした現実感を取り戻す。
いつもはあんなに美味しくて感動してたはずのお茶漬け、今日はあんまり味せえへん。さっきまで居酒屋でアツムと何が結婚や、ファッキン結婚ラッシュ!!!と騒げていたのに今はできない。

家帰って寝て朝が来て、酔いが覚めて頭痛だけ残った頭でまたああ、私もう北さんのこと好きでおったらあかんのやなあ、とぼんやり考えて残酷な現実に泣きそうにならなあかんのかなあ。



「悪いけど、もう店仕舞いや。ツム、お前ちゃんとナマエ家まで送ったれよ。ほっといたら道頓堀に身投げすんぞ」


「いや、せんわ。阪神優勝した時ちゃうねんから」


「いや、もう一件行くぞナマエ!!!」


「ええ??何言うてんのアツム、いくらシーズンオフやからて飲み過ぎは……」

「お前がシケた面しとるからやろが!!カワイソーな嫁き遅れの女に付きおうたる言うてんねん、感謝しいや!!!!」


空になったお茶碗と小皿と湯呑みをオサムが下げる中、まだアルコールの残った少し赤い顔で私を指差し豪語するアツム。完全な酔っ払いやしえらい言われようにその指、反対方向に曲げたろかな思ったけど大事なセッターの指であることを思い出してやめた。


「嫁き遅れはアツムもやろ」

「俺はバレーボールと結婚するんですぅぅぅ〜〜〜」

「うわイッタそんなん言うてる間に気づいたら一人ぼっちやで」

「ええねん、そん時はどーせお前も一人ぼっちやろから、またこうして飲んだるわ」


「アーーーソレハムッチャシアワセヤワーーー」


「オイ棒読みゴラ」


言うて二人で吹き出して笑い合う。あかん、お酒の力も相まってくだらんことが楽しーわ。楽しいついでに涙も出てきて、小さく言ったありがとうの言葉は意外にもちゃんと聞こえていたらしくおん、とぶっきらぼうな返事だけが返ってきた。

さて、カウンターの向こうではいい加減にせえよと言わんばかりにこちらを睨んでくる店主が怖いから、そろそろお暇して四軒目に行こか。













なんか長い夢を見てたような気がする、そういえば今日は何日でここは何処やろ、と眠気眼でぼんやり考えてしまうのは社会人の性か。頭の奥に鈍い痛みを感じながら徐々に現実感がはっきりしてきた思考は、あれ、この天井見たことあるようなないような、と考える。

それに気づいたなら怒涛の情報の波が脳内に押し寄せ、同時に段々と脈拍を上げる心臓に手のひらは嫌な汗までかいてきた。ひとつ生唾を飲み込んでそろりと体に掛けられた薄いシーツを捲ると、そこには予期していた最悪の光景が広がっていた。さあっと体の血の気が引いていくのを感じつつ、静かに上体を起こして浅い呼吸でゆっくりと背後を振り返る。



「……………」



思わず叫びたくなる衝動をなんとか抑える。そこには見る限り上半身裸のアツムが眠っていて、ぐるりと見渡したそこは先月一人暮らしを始めたばかりの彼の部屋で、そしてその寝室のベッドで目を覚ました私もまた一切の衣服を身につけていなかった。



ちょっ………待って待って待って!?!?!?!?い、一切なんにも覚えてないんやけど……!?!?!?


昨晩はあの後さらに二軒ハシゴして、そろそろお開きにしようかとタクシーを呼んで二人で乗り込んだのは覚えている。ただそこからが記憶にない。なんだか段々頭痛がひどくなってきた気さえする。頭を抑えながらぐるぐると考えを巡らせていると隣から聞こえていたいびきが急に止まった。

びくりとして振り返ると魘されながら寝返りをうつアツム。ひとまずほっと息をつくがそのシーツの下を確認する勇気はない。

とりあえずここでこいつが目を覚ましたら私たちの関係は終わりだ。いや、もう終わってるのかもしれないけど、とにかく彼が目を覚ます前に服を着てここから退散しなければ。



そろりとベッドから抜け出て窓から射し込む朝日を頼りに散らばった衣服をかき集める。


「………(ちょ、これ………)」


ふと、体の奥に残る甘い痺れや汚れた下着を見て生々しさに頭を抱えたくなる。そんな時ふと壁に立て掛けられた姿見に映る自分の胸元にいくつかの赤い花が咲いているのを視認した。途端、自分の顔が耳まで真っ赤になるのを感じる。居ても立ってもいられず残りの洋服を手早く身につけると床に放置されていたカバンを引っ掴んで慌てて部屋を出た。



MSBY本拠地からほど近い場所に佇む単身者向けマンション。その最上階がアツムの部屋だった。約一か月前、四年間の寮生活義務を終えたアツムは意気揚々とここへ引っ越してきた。ナントカと不良は高いところが好き、なんて引越しの手伝いに来たオサムや銀島とからかっていた頃が懐かしい。まさかこんな風にこの部屋をもう一度訪れることになるなんて。


私の心中とは裏腹に見晴らしのいい景色と時折吹く春風が爽やかで心地いい。朝のにおいがする。私は自分のアホさ加減にちょっと泣きそうになりながらとりあえずやることやらな、とマンションを後にするのだった。



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