長編2 | ナノ
偶然の出会い



トリグラフ中央図書館は、エレンピオスで一番の蔵書数を誇っている。
トリグラフ育ちの私にはピンとこないけど、エレンピオスで探し物がしたければ大抵はここに来れば解決する……らしい。

黒匣工学のエリアは、今日も閑散としていた。
小説だとか雑誌だとかのエリアはいつもたくさんの利用者がいるけれど、専門書に用事がある人はそんなに多くないみたい。
トリグラフは黒匣で栄えた"黒匣工都市"なんて言われているけど、その仕組みを知らずに使っている人が大半だから仕方ないのかも知れない。

そんなことを考えながら目当ての本を探していると、本棚のあちこちが虫食い状態になっているのに気付いた。
と言うのも、あまり人気のないコーナーなので目当ての本が見つからないことはほとんどないはずなのに、今日はそのどれもが見当たらないのだ。

「おかしいな……これもない」

何冊かリストアップしてきた資料はどれも棚には無いようだった。
確かに私が探してるくらいだし、誰かがまとめて借りる可能性もあるんだけど。

資料が無いとレポートは書けないから、テーマを変えるしかないかな……
考えていても仕方ないので、私は他のテーマを再設定する為に隣のコーナーに移ることにした。

とその時、隣のコーナーから本の山が飛び出してきた。

……正確には、本の山を抱えた人だったんだけど。

「きゃー!」
「うおっ!」

ドサドサッと音がして、私の周りにも本が散らばる。

私は本の山にぶつかってしまったらしい。
考え事をしていたから、とっさに避けられなかった。

「いたたた……」
「ご、ごめん!」

尻餅をついてしまった私がぶつけた所をさすっていると、頭上から慌てた声色が降ってくる。

顔を上げると、そこにはさっきまで本の山だったと思われる人が、とても申し訳なさそうな顔をして手を差し出していた。

「まさか他に人がいたとは思わなくて……本当にごめん」

年は私と同じか少し上くらいに見えるその男の人の手を、私はありがたく取らせてもらう。
引き起こしてもらうと、彼は辺りを見渡して溜息を付いた。

それもそのはず、当たり一面に本が散らばっていたから。

よく見ると、私の探していた本もその中にあって。
もしかしなくても、全部この人が借りようとしていたのかも。

「手伝いますよ」

そう言って私は、手始めに自分の足元に落ちた本を拾う。
しばらく呆然としていた彼も、私に釣られて慌てて本を拾い始めた。

「黒匣の研究か何かされてるんですか?」

最後の一冊を彼に手渡しながら、私はそう聞いてみる。
これだけ黒匣関係の本を集めてるなら、そうなんだろうなと思いつつ。

銀髪のその男の人は、拾った本をとりあえず近くの机に積み重ねた。
そして、一段落して安心したのかまたひとつ溜息をついた。

「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「えっ。なら何でこんなに沢山?」

意外な返事に、つい失礼かもしれない返し方をしてしまった。
けど、学生に見えたけど違うのかな?
もしや、ただの黒匣オタク……?

「就職試験の対策だよ」
「就職試験?」

私が首を傾げると、彼は少し恥ずかしそうに笑った。

「俺、クラン社のエージェント試験を受けようと思って。
そしたら黒匣のことも勉強しないと駄目だぞ!って兄さんに脅されてさ」
「クラン社と言えば黒匣ですもんね。
シェアもダントツ一位ですし」
「そうなんだよ。けど今まで全く興味なかったから、とりあえず片っ端から本を借りようと思って」

この人、あんまり勉強得意じゃないタイプなのかな……?
いきなり専門書を読み漁っても、訳が分からないと思うんだけど。

「えっと、もし良かったらもう少し分かりやすい本を教えましょうか?」
「えっ!もっと簡単なのがあるのか!?」

この反応、多分彼も数ページは目を通したに違いない。
それでも諦めないで借りようとする姿勢は立派だけど……

「こっちのコーナーのは割りと読みやすいと思います」
「助かるよ!正直、頭が混乱するかと思った。
けど、君は随分詳しいんだな」

入門書のある本棚に案内してあげると、彼はやっと元気を取り戻したみたい。
数冊の本を手に取って、これなら読めそうとか呟いていた。

「私は黒匣工学が専攻で。さっきあなたが借りようとしてた本、実は探してたんです」
「そうだったのか……それは悪いことをしたな」
「けど、逆にまとめて見つかったので手間が省けました。さすがに全部は持てないので借りないですけどね」

そう言って笑ってみせると、彼はまた安堵の表情を浮かべる。
なんだか、人の良さそうな人だな。

「俺はルドガー。ルドガー・ウィル・クルスニク。えっと……君は?」

どうやら彼、ルドガーさんはクルスニク一族の人らしい。

クルスニク一族と言うのはエレンピオス創世の賢者の末裔……と言っても、このエレンピオスには沢山いる、ポピュラーなファミリーネームなんだけどね。

ちなみに私も、そのクルスニク一族の遠縁らしい。

「セレナ・ロザ・カトリアです。
私もクラン社を目指してます!」

この事はあんまり人には言わないんだけど、同じ目標を持っているらしいルドガーさんには親近感を感じて、話してもいいかなと思ったりして。

「そうなのか!セレナももうすぐ就職?」
「私は来年です。だからルドガーさんの1年後輩ですね」
「そうか。じゃあ、セレナに教えてもらったこの本を読んで、俺頑張るよ!」

ルドガーさんは『やさしい黒匣のしくみ』を得意気に掲げて笑った。

クラン社のエージェントは狭き門だ。
エージェントとは、エレンピオスのトップ企業クランスピア社の、その中でもトップ社員たちのこと。

うちの両親はそのエージェントなんだけど、だからと言ってその娘の私がなれる確約は全く無い。
実力だけが全ての、華やかだけど厳しい仕事だ。

「じゃあ、早速帰ってこれを読むことにするよ。ありがとうセレナ!」
「はい。来年クラン社でお会いできることを祈ってます」
「はは、お互い様だな」

そう言って笑い合ってから、私達はその場から離れた。

この広いエレンピオスでは、こんな風に偶然誰かと知り合うことも無いことは無い。

けどそんな出会いは大体が一期一会。
ルドガーさんとも、私が無事にエージェントになれたらまた会えるかも、くらいにしか思わない。

この時の私は、まだこの出会いがただの偶然だと思っていたのだから。


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