長編2 | ナノ
不幸の先には何がある



その日、世界は変わった。

一部ではお伽噺の存在とも言われていた『リーゼ・マクシア』。
異国と言うのかなんなのか、とにかく俺達の住むエレンピオスとは生きている物の種類まで違うらしい。
そこには『精霊』という不思議な存在と、その力を借りて不思議な術を使うことのできる人間がいると言う話だ。

異界省がずっと捜索していて、どうやらどこかに実在しているらしいと言う説は、ここ最近よく耳にしていた。
そのリーゼ・マクシアに住む生命のエネルギーをエレンピオスで利用するとかいう、途方も無く壮大で残酷な案を訴える政治家も少なくない。

けどそんな話もテレビのニュースの中の話で、エレンピオスの中心トリグラフに住んでいても、若い奴らにはあんまり関心があることではなかった。
どっちかと言うと大人達……特に政治家とか、大企業のお偉いさんとか、そういう人達だけが盛り上がってるのかと思っていた。

でもそれは突然現れた。

国と言うよりは大陸とでも呼んだほうがいいのかも知れないけど。
とにかくその名をリーゼ・マクシアと言う、これまでの俺達の常識を超える存在が。

すぐにエレンピオス中が大騒ぎになった。
兄さんは大企業のお偉いさんに近い位置にいるからか、すぐに会社に呼ばれてあちこち調査したり会議に出たりしているらしく帰ってこない。

テレビはどのチャンネルにしてもリーゼ・マクシアの事ばかりやっていて、そのくせまだ詳しいことはほとんど分かっていないときたものだ。
エレンピオス中が浮き足立っていて、そのくせ俺達の生活は普段と変わらず大人達だけが忙しそうにしている、そんな状態が続いた。

そんなある日、俺にとてつもない不幸が訪れる。

「えっ、どう言う事だよ兄さん!」

何日か振りに顔を見た兄さんは酷く疲れていた。
それもその筈、禄に食べも寝もせずにあちこち飛び回っていたらしい。
その兄さんが帰宅して開口一声、信じられないことを言ったのだ。

「今年のエージェント採用は無いって、本当なのかよ!」

兄さんはどかっとソファに腰を下ろして、深い溜め息をついた。

「……ああ、本当だ」

俺はしばらく動けなかった。
ずっと頑張ってきたのに。
ずっとずっと、目指してたのに。

「リーゼ・マクシア人は俺達が想像していた以上に不可思議な力を持っている。
黒匣も無しに火を放ったり風を操ったりする、危険な存在だ。
しかも彼等の国はかなり大規模な軍隊を保持していた」

海を渡った向こうに突然現れた世界。
兄さんは既にその中に入り込んだらしい。

「なら、対抗手段が必要なんじゃないのか? クラン社の戦闘エージェントは戦いのプロじゃないか!」
「彼等は俺達との戦いを望んでいないらしい」

こんな状況なのになぜクラン社がそんな決断をしたのか分からず苛つく俺を、諭すかのように兄さんは語る。

「向こうの『国王』がコンタクトを取ってきた。
しかし互いに手の内が分かりきっていないからな、腹の探り合いをしている状況と言っていいだろう」

俺は兄さんの言葉をただじっと聞くしかなかった。

「あんな得体の知れない力を持った軍とはこちらも無用な争いは避けたい。
そこでクラン社は対リーゼ・マクシア政策において穏健派のマルシア議員を首相に推すことになった」

そう言えばニュースで、この混乱の中で選挙があるとかなんとかって言ってた気がする。
政治は詳しくないけど、クラン社がマスコミや政治家達に圧力をかければこうなるだろうという事は簡単に想像できる。

「マルシア議員……次期首相は、もう水面下で向こうの国王に会っているんだ。この事態に早く収拾をつけるためにな。
そこでだ、ルドガー」

兄さんはやっと本題に入るのだろうか、ソファの背もたれから背中を離し、俺に向かって振り向いた。

「要は互いに、この状況において戦闘要員を増やすことはしない……と言う事だ」
「なんだよ、それ」

俺は精一杯、そうとしか返すことができない。

「向こうも今後軍隊を縮小していくことを約束した。
リーゼ・マクシアは二国が一つになって間もないらしく、内乱がある以上いきなり無くすことはできないと言うことだったが。
それに魔物がいる以上、一定数の戦闘要員が必須なことは互いに理解している」

じゃあなんだ。
突然現れたお伽噺の世界と仲良くするために、エレンピオス随一の戦闘のプロ集団であるエージェントをこれ以上増やさないってことなのか?

「そんなことの為に、俺の夢を諦めろって言うのか……?」

かろうじてそう問いかけると、兄さんは苦い顔をした。

「すまない、ルドガー。お前がずっとなりたがっていたことは分かっていたんだが……」

兄さんはそれきり黙って、窓の外に視線を向ける。

ずっと、危ない仕事だからって兄さんには反されてたけど、最近はそう言うことも言われなくなったから、やっと認めてもらえてきたのかと思っていたのに……。

俺は居たたまれなくなって家を飛び出した。
兄さんが止める声は聞こえない。

一体俺が、何をしたって言うんだよ!
自分の力ではどうにもならない、まるでこれがお前の運命だって言われている様な仕打ちだ。

家を飛び出したところで行くあてなんて無いのに。
友達だってみんなそれぞれ頑張ってる。

行き場の無いこの気持ちをどうにかしたい。
誰かにこの気持ちを聞いて欲しい。
この気持ちを分かってもらいたい。

俺は立ち止まって、GHSを開く。

『もしもし』

数コールの呼出音の後に聴こえてきた声が、僅かばかり緊張を解いてくれた気がした。

『……何かありましたか?』

何も言い出さない俺を気遣う声が耳に優しい。

「ごめん、セレナ。もう行き詰まっちゃってさ、俺……」

就活が上手く行かなかったときは話し相手になってくれるとは言っていたけれど、まさかこんなに早く要請が来るだなんて思いもしなかったんだろう。
セレナは慌てた声色で、今俺がどこにいるのか尋ねてくる。

セレナのその様子を他所に、何故か俺の方は落ち着いてしまった。
自分より慌てた人を見ると冷静になるって事はたまにあるよな。
今いる場所を伝えると、待ってて欲しいと言うセレナ。
俺は素直に彼女を待つことにした。

GHSを開いた時どうして真っ先にセレナの名前を押していたのか、考えもせずに。


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