長編2 | ナノ
律儀なふたり



週末になると、俺はクエストを受けて魔物を討伐している。
小遣い稼ぎにもちょうど良いし、何より訓練になるから。

最近は前よりもっと訓練に力が入るようになった。
もうすぐ俺達の代は大きな試練……就職活動の荒波に揉まれることになる。
そこでこの訓練の成果を出せないと、俺は希望通りの職につけなくなってしまうのだ。

「行ってくるよ、兄さん。昼飯はそこに置いてあるから、ちゃんと温めるんだぞ」
ついさっきようやく起きてきたユリウス兄さんに向かって言う。
兄さんはまだ寝ぼけまなこで、俺が淹れた珈琲を飲んでいた。

「気をつけるんだぞ、ルドガー。すぐに走って街に戻れる場所までしか行くな。それから……」
「一度に引き受ける魔物は3体まで。困ったことがあったらすぐ電話する、だろ?」

毎週末投げかけられる同じ言葉。耳にタコが出来るっていうのは正にこういう事だな。

「……分かっているなら良い。本当に気をつけるんだぞ。油断は命取りだ」

兄さんは咳払いを一つすると、困ったように笑った。
なんだかんだ兄さんは俺の我儘を聞いてくれる。けど、本当に心配症だ。
今日だって任務で明け方に帰ってきたのに、俺が心配でこうして起きてきたんだから。

早く一人前のエージェントになって、兄さんを安心させたいんだ。
俺はもう、守ってもらうばかりの子供じゃないんだ、って。
兄さんがいつも以上にやる気満々な俺を不思議に思っていたなんて、気づきもしなかったけど。

斡旋所に行こうと通りに出たところで、GHSが震える。
メールの着信画面を開くと、セレナ
の名前が表示された。
もしまた武器の試験とかがあれば俺に頼んで欲しいと話した時に、連絡先を交換したんだ。

『無事にレポートが通って単位がもらえました!本当ありがとうございました』
末尾には可愛らしい絵文字が添えられていて、自然と頬が緩む。
人の役に立てるって、やっぱり嬉しいことだよな。

おめでとう、と返信すると程なくまたメールが届く。

『もしよかったら、お礼になるかは分かりませんがあの銃を貰ってくれませんか?
私には使う機会がないと思うので』

これは願ったりだった。
俺の手によく馴染んだ初めての銃型黒匣は、魔物によっては双剣よりも戦いやすい。
エージェントになるには手数は多い方がいいだろうし。

俺からもぜひお願いしたいと返信すると、受け渡しの予定を決めようということになった。
今日だってクエスト受けに行く以外の予定もなかったからその旨を連絡すると、セレナも学校が午前中だけで終わるようなので、ランチをすることにした。

「すみません、突然」
「急がなくていいよ、セレナ」

待ち合わせ場所のカフェに先に入っていると、小走りでセレナがやってきた。
俺の前の席に座ると、彼女は軽く頭を下げる。

「本当に助かりました。お陰で進級できます」

ランチセットを注文すると、そう言ってセレナは早速約束の物を渡してくる。
勿論、袋に入ってるけど。

「お役に立てたらいいんですけど……」
「すごい嬉しいよ。むしろ本当に貰っちゃっていいのか?」
「はい!私が持っていても仕方ないですし、黒匣は使ってもらうために作るんですから」

セレナがどこか誇らしげに言う。好きなんだな、黒匣を作ることが。
それならありがたくいただくとして、俺はあの日の報酬も貰ってるし得しすぎじゃないか?
ここのランチをご馳走しても、やっぱり俺の方だいぶ得してると思う。

「お待たせしました、セットのパスタでございます」

そこへウェイトレスが二人分のクリームパスタを運んでくる。
俺達は二人共ここのおすすめのパスタランチセットを頼んだのだ。

「美味しそう!いただきます」

そう言ってセレナはパスタを食べ始める。
俺も同じようにいただきますをして、まずは一口。
うん、評判通りの美味さだ。セレナも喜んでるようで何より。

「これ、なんの香りでしょうね。とってもいい香り」

セレナが深く鼻で息を吸いこむ。

「きのこだな。三種類使ってるんじゃないかな、えっと……」

味わいながら、思いつく三種類の名前を口にする。
するとセレナは目を丸くした。

「すごい。ルドガーさん、ソムリエ?」
「はは、合ってるかわからないけどな。料理が好きなんだよ」

そう答えると、セレナは意外そうにへ〜と頷いている。

「あんなに戦えるのにお料理もできるなんて凄いですね!」

褒められるのはくすぐったいけど、嫌いじゃない。

「料理どころか家事も全部やってるんだぜ? 俺、兄さんと二人暮しなんだ」

まあ、兄さんが忙しいことに加えて壊滅的に家事ができないから俺がやるしかないんだけど。

「すごい尊敬……」

セレナは大真面目な顔でそう言うから、ちょっとおかしくなって笑ってしまった。

「武器の扱いもすぐ飲み込むし、食材は匂いで分かっちゃうし、ルドガーさんって何でも極めちゃうタイプですか?」
「そう言われてみれば、そういうとこあるな。料理は結構拘ってるかもしれない」
「何が得意なんですか?」
「兄さんが好きだから、よくトマトソースパスタを作るよ。トマトスープも作るし、マーボーカレーとかも」
「お腹いっぱいな筈なのに、想像するとお腹がなりそうです……」

セレナはうっとりとした表情になる。意外に食いしん坊なのか?

「今度食いに来るか? 今日のお礼もあるし」
「えっ、そんなお礼だなんて。これが私からのお礼なのに」

セレナは顔の前で手を振って遠慮しながら、俺にくれた黒匣を指す。

「それなら俺は報酬を貰ってさらに黒匣まで貰ってるじゃないか。これ、売ったら結構高くなるだろ」
「試作品ですよ?」
「けど普通に使えるし、安い武器よりも性能良いじゃないか」

そう言い返すと、さすがに自分の武器の価値は分かっているらしいセレナはうーんと腕を組んで考え込む。
律儀な性格なのは、なんとなく分かってたけど。
俺も貰いっぱなしじゃ気が済まないから、頑固なのかもしれないけど。

「ルドガーさん」

セレナが考え込みながら口を開いた。

「甘いものも、作れますか?」

あんまり披露する機会はないものの方が、腕が鳴るな。

「ケーキでも、お菓子でも」

俺がそう答えると、セレナはこの前と同じ、屈託のない笑顔で頷いた。

俺の胸の内に、言われようのない気持ちがこみ上げてきた。


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