長編2 | ナノ
分からないまま、気付いてしまった



相変わらず、列車の立てる音は続いている。
ふと目が覚めて辺りを見回すと、言葉に表すことができないけれど異様な雰囲気が漂っていた。

「私ひとりだけ……?」

おかしい。全くと言って良いほど人気が無い。

「ルドガーさん?」

さっきまで一緒にいたはずの彼の姿も見当たらなかった。
名前を呼んでみても、返事は無い。
車窓から見える景色は、トリグラフの近くみたいだけれど。

様子を伺おうと立ち上がってみると、同じ車両には人っ子ひとりいなかった。

「やっぱり何かおかしい……」

こう言う時は、むやみに動いてはいけない気がする。
けれど、不思議と引き寄せられる様に先頭車両へと足が進んだ。

誰もいない車両を幾つか通り抜けた後、どうやら先頭車両まで辿り着いたらしい。
この先は運転席のあるエリアの様で、立ち入り禁止と書いてある。
でも私はほぼ無意識に、その扉に手をかけた。

こう言う時は危機感を持たないといけないと、頭では分かっているのに。
どうしてか、絶対に進まなければならないと言う意識が私を突き動かした。

扉を開けた瞬間、幼い女の子の叫び声が響く。
他にも何人かの男の人が対峙しているようだった。

私の視界の先で、本当なら隣にいた筈のルドガーさんが突然眩い光に包まれて苦しみもがき出す。
その姿を目にした時、私は無我夢中で叫んでいた。

「時計を使っちゃだめ!」

どうしてそんな事を口走ったのか自分でも分からない。そもそも時計って何?
けど考えている暇もなく、やがてルドガーさんは見たこともない異形の姿に変わる。

その時私はまたしても、さっき以上に強い声で叫んでいた。

「一度力を使ったら後戻りできなくなる!」

私の呼びかけは聞こえていないのか、はたまた聞き流されているのかは分からない。
ルドガーさんは私には目もくれず、手にした長い槍で相手を貫いた。

刺された相手の断末魔がこだまする。
それはただの人間のものではないような、おぞましい音色だった。
それを全身に受けながら、ルドガーさんは何とも言えない驚きと悲しみを含んだ顔をしている。

「ルドガー!!」

私はもう一度、力の限りの声で叫んだ。

その力は使わないで!

そう伝えたかった。
けどその理由は、何故か記憶に霞がかかった様に思い出すことができずにいる。

ただ、どうしても止めなければいけないと言う気持ちだけが私を動かす。
もう一度彼の名を呼ぼうと大きく息を吸い込んだ瞬間、列車が大きく揺れて私は思わず目を強く瞑った。

「セレナ、トリグラフに着いたよ」
「……っ!! あれ……ルドガー、さん?」

列車の揺れが収まったかと思うと、穏やかな声に意識を呼び戻される。
慌てて目を開くと、目の前にはシャツにネクタイ、パンツスタイルのルドガーさん。
物騒な槍なんて持っていなくて、少しだけ困ったように微笑んでいた。

「終点だよ。よく寝てたな」

そう言われて車内を見回すと、他の乗客は次々に列車から降りていく。

「あれ……?」

左右を見渡して状況を整理していると、ルドガーさんはからからと笑った。

「もしかして寝ぼけてるのか?」

そう言われて初めて、私は夢を見ていたことに気が付く。

は……恥ずかしい!

爆睡してしまったことですら恥ずかしいのに、寝起きに呆けてるところまで見られた。
確かにGHSで今日採ったデータを見ていたところで記憶が途切れているから、途中で寝てしまったみたい。

「降りようセレナ。この列車は車庫に入るみたいだから」

顔を覗き込まれて、私は更にある事に気が付く。
私達の距離がやたら近い事に。

「もしかしなくても、私ずっと寄っかかってました!?」

見ればルドガーさんのシャツの袖には不自然な皺がついている。反対側の腕にはついていないのが一番の証拠だ。

「ごめんなさい!ほんとにごめんなさい!」
「別に気にしなくて良いよ。
それより早くしないと。車庫行きはさすがにゴメンだ」

そう言って立ち上がるルドガーさんに、私も慌てて着いていく。
そう言えばどんな夢を見てたかは忘れちゃったな。

「夢なんてそんなものかな」
「ん?どうした?」
「いえ、なんでもないです。けど恥ずかしいとこ見せちゃいましたね」

私が苦笑いでそう言うと、ルドガーさんは気にしていないと首を横に振った。

「あんな目に遭ったから疲れたんだろ。無理もないさ」

魔物に追い回されて逃げ回ったから、確かに体中くたくただ。今日はよく眠れそう。

「……まあ、実は俺も少しだけどセレナに寄っかかって寝てたんだ。だからおあいこだ」

改札を抜けたところでルドガーさんが気恥ずかしそうに言った。
そうだったのか……気が付かずに寝てたけど、気がついたらついたでどうしたら良いか分からなかっただろうからこれで良しとしよう。

「セレナが余計に疲れてたら多分そのせいだ。ごめんな」
「全然気が付かなかったから大丈夫ですよ」

多分魔物に追い回された疲れに比べたらそんな疲れなんて微塵も無いものだし。

「ごめんセレナ、ちょっと」

立ち止まったルドガーさんに呼び止められる。
何だろうと振り返ると、ルドガーさんの指が私の髪の毛を一筋梳いた。

「変な癖がついちゃってるな。俺のせいだ」

寄っかかってたと言うより、もしかして頭乗っけてた……?

「これで大丈夫。けどごめん」

申し訳なさそうにしているルドガーさんのシャツの袖には皺がついたままで、私の方が更に申し訳ない気持ちになった。

そっと手を伸ばして袖を引っ張ってみる。

「そんなことじゃ伸びない、皺は」
「ですよね」
「洗ってアイロンかければ元通りだから」

そう言って笑うと、ルドガーさんはまた歩き始める。

「けど、今引っ張られたから素材が伸びたかも」
「えっ!?」

さらっとそんなことを言われて、これは取り返しのつかない事をしてしまったかもしれないと焦る私。

「これ、気に入ってるんだけどなあ」
腕を上げて皺になった部分を見ながら彼はそう呟く。
ますます不味いことになった。

「ごめんなさい……あの、新しいシャツ買いますから!」
「冗談だよ。これくらいじゃ伸びないって」
「えっ」

ルドガーさんは声を上げて笑う。

「からかったんですか!」
「ごめんごめん、つい」

シャツが伸びてないなら良かったけど、そんなに笑わなくても……

不満そうな顔をしているのが伝わったのか、ルドガーさんはまだ笑いながら言う。

「ほんとごめん。けど、元気そうで良かった」
「元気そうって、私がですか?」
「ああ。なんか、うなされてたみたいだったから」
「あ……」

さっきの夢のことだ。
確かに、良い夢では無かった気がする。

「ありがとう、ございます」

夢の内容を思い出そうと頭を捻りながら感謝を伝えると、ルドガーさんはまたゆるく首を横に振った。

「よっぽど怖かったんだなと思って。あんな思いさせて悪かった」
「そんな、さっきも言いましたけど私が依頼したことで……」
「次は、さ」

真面目な顔に見つめられて、私は次の言葉を飲んだ。

「次はもっとちゃんとやるから。
絶対にセレナを守ってみせるからまた依頼してくれよな」

そう言いながらルドガーさんは握った拳に目を落とす。
相手が相手とは言え、逃げなければいけなかったことが相当に悔しかったんだろうと言うことは私にも伝わってきた。

「はい。次は指名しますからね」
「もちろん。それまで特訓しておくよ」

私の返事に満足したのか、ルドガーさんは歯を見せてにっと笑う。
それがなんだか子供っぽくて、私もつられて自然と笑みが溢れた。

そして私は気付く。

この人に、惹かれているかもしれないって。

その時、強く吹いた風が私の髪で遊ぶ。
港から吹いてくる風には、時折こうしてトリグラフの女の人たちの髪の毛をぐしゃぐしゃにして楽しむ趣味があるみたい。

「せっかく直したのに」

さっき癖がついたところと同じ場所だったのだろうか、ルドガーさんは相変わらず笑いながら乱れてしまったところを手櫛で直してくれる。

さっきはそれどころじゃなかったというのもあるけれど、今は触れられているところがまるで熱でも出してるかのように熱く感じる。
髪の毛には体温なんて無いはずなのに。

やっぱり、私はこの人の事が好きなんだ。

どこか懐かしい、優しい表情が。
時々強い意志の宿る目が。
不思議と落ち着く、心地良い声が。

そう気付いてしまったらもうお終いで、緊張して固まってしまった私につられて突然恥ずかしくなったルドガーさんが慌てて手を引っ込めるまで、あと数秒。


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