長編2 | ナノ
どこか懐かしいのに、あるはずがない



「はぁ……なんとか、着いたな」
「はい、なんとか……ですね」

ドヴォールは雑多な街だ。
あまり治安は良くない代わりに、ちょっとやそっとの事では注目を浴びない。

土埃まみれで息を切らす男女も、特に気にされない。
有り難いと言えば有り難いから、逃げ込んだのがドヴォールで良かったのかも……

「けど、ごめんなセレナ。キツかっただろ」

簡単に土を払いながら、ルドガーさんが申し訳なさそうに眉を下げた。

「違います、謝るのは私の方ですよ!
私のせいで、あんな目に遭わせちゃって」
「そんなことない、俺が弱かったからだ」

謝られたのが嫌だったのか、余計にルドガーさんは自分が悪いと言う。
けどルドガーさんが悪い事は一つもないから、私は首を横に振った。

「元々私が軽はずみにクエストに出したのが悪いんです。
こんなに危険なら、ちゃんとエージェントに依頼していれば……」
「俺だってエージェントを目指して訓練してるんだ。
そんなに劣ると思うか!?」

ルドガーさんが意外にも声を荒げる。
そうだ。この人は本当に、本気でエージェントを目指してるんだ。

それなのに、私はとても失礼な事を言ってしまった。

「ごめんなさい。そんなこと無いです。
ルドガーさんは、ほんとに強かったですから」

なんとか伝わって欲しくて、必死の思いでそう絞り出す。
守ってもらった上に傷付けちゃうなんて、最悪だ。

「……俺こそ、大声出してごめん。セレナの武器がなかったらどうなってたか分からないのにな。ありがとう」

少しして、ルドガーさんが困ったような、けど優しい表情でそう言ってくれた。
それを見た私は安心したのと張り詰めていた気が緩んだのとで、その場にへたり込んでしまう。

「大丈夫かセレナ!どこか打ったりしてたか!?」
「すいません、腰が抜けちゃって……」

魔物からは一撃も喰らわなかったから。
ルドガーさんのおかげで。

「え?腰……?」

ルドガーさんは私の答えが予想外だったのか、唖然と口を開けた。
正直、間抜け面だと思う。

「ぷっ……はははは!」

間抜け面をしていたかと思ったら、今度はお腹を抱えて笑いだした。
もしかして、私を見て笑ってる……!?

「ごめんごめん、なんか俺も安心して気が抜けちゃって」
「私が腰抜かして安心したんですか!?」

それはちょっと傷つくんですけど!

「違う違う……くくっ……!って、ごめんセレナ」

ルドガーさんは笑いを噛み殺しながらだけど、私を抱き起こして立たせると、背中を支えてくれる。

「大変だったけど、無事で良かった」

立ち上がった私がなんの気無しに顔をあげたら、柔らかく微笑むルドガーさんと目が合ってしまった。

淡い翠色の優しい瞳に吸い込まれてしまいそう。

「ちゃんと守り抜くって、約束したから」

そう言ってくれる優しい声が響くのに。何か言いたいのに。

何故か、私は瞬きすら忘れてただルドガーさんの瞳を見つめていた。

どうして、懐かしい感じがするんだろう……?

その色が、その声が。
泣きたくなるくらい、懐かしい。


ドヴォールにはあまりくつろげるようなお店もないから、簡単な食事を取って少し休んで、私達は列車に乗りこんだ。

二人とも気持ちは元気だったけど、さすがに身体はクタクタで。
必要以上に会話を交わす余力も無く、とにかく家に帰ろうと言うのが私達のミッションだった。

並んで椅子に座ると、どっと疲れがこみあげてくる。
人もまばらな車内は静かで、ガタンガタンと列車の音だけが響いていた。

「これであとはトリグラフに着くのを待つだけだな」

車窓の外を眺めながら、ルドガーさんが言う。

「着いたらクエスト完了の報告をして、ようやく終わりですね」

私が開いたGHSの画面には、今日取ったデータが映し出されている。

それ以降は二人ともおしゃべりに花を咲かす元気はなくて、私はトリグラフまでまだ時間があるから、データを眺めていようかとそのデータを目で追っていた。

けど疲労感と絶妙な揺れの仕業で、だんだんと瞼が重くなってくる。
ねむい、と思った時にはもう抗うことはできなくなっていた。

僅かに触れる肩の温もりが気持ち良い。

そう言えば、頭が重くなったような気がする。
けど目を開けることが億劫で、それが何でかを考える余力も無い。

落ちていく意識の中、私はただ、遠くにガタンガタンと言う規則正しい音だけを聴いていた。


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