放たれし弾丸は、貫く
私の試作品銃型黒匣のモニタリングテストは、予定していたよりも順調に進みつつある。
と言うのも、ルドガーさんは武器の扱いがとても上手で、次々と新しい機能を使いこなしてくれたからだった。
「だいぶデータが集まったので、もう何匹か魔物を倒してもらったら終わりにしましょう」
「分かった。無事に完了できそうで良かったよ」
「ルドガーさん、すごい飲み込みが早いから。びっくりしました」
黒匣の方も特にトラブルも無く、私はほっと胸をなでおろした。
これから考査も問題なくパスできる。
そう思っていた時だった。
「セレナ!後ろ!」
「えっ?」
突然ルドガーさんの声色が変わる。
私が振り向くより先に、頭の上に大きな影が覆いかぶさってきた。
「危ない!」
ルドガーさんが咄嗟に手を引いてくれたおかげで、私は命拾いした。
振り向くと、私がつい何秒か前まで居た場所に、魔物の鋭い爪が突き刺さっていたのだから。
「ギガントモンスター!?」
ルドガーさんが信じられないと言った表情で叫ぶ。
目の前の魔物は、これまで見てきた他のどんな魔物よりも数倍大きく、圧倒的な存在感を放っていた。
「これが、ギガントモンスター…?」
その名は私も聞いたことがある。
何百といる魔物の中でも数種類しかいない、凶暴な個体。
その強さは普通の魔物と比べるまでもなく、腕の立つ戦闘エージェントでも苦戦するらしい。
それが今、私達の目の前に立ちはだかっているのだ。
「くそっ、こんなところにギガントモンスターが出るなんて……」
私の手を引いたまま、ルドガーさんは次にどう出るか考えあぐねているようだった。
緑色の、巨大な虫のようなそのモンスターの双眼が私達を捉えている。
全身の身の毛がよだち、私の足は震えていた。
「とにかく、逃げよう」
ルドガーさんはそう呟くと、魔物が動くよりも早く走り出す。
勿論、私の手を引いてくれたまま。
「セレナ、後ろを振り返るなよ!とにかく走ることだけ考えるんだ!」
私は全力疾走しているせいで声を出すこともできず、かろうじて頷くことしかできない。
ルドガーさんは時折後ろを振り向いて、私を掴んでいる方とは逆の手で銃弾を放っているようだった。
「少し怯ませるくらいしかできないから、その間に少しでも距離を離すぞ!」
「それなら私を置いていってください!私に合わせてるとルドガーさんまで追いつかれちゃう……」
そもそも、これは私が出した依頼だし。
戦うこともできない癖に武器を作りたいだなんて思った私がいけなかったんだ。
魔物と戦うことの危険さが、良く分かっていなかった。
だからせめて、無関係なルドガーさんだけでも助かってもらわないと……
「何言ってんだよ!依頼人を見捨てて、戦闘エージェントになんかなれるか!」
心が折れそうになった私に、ルドガーさんが半ば叫ぶようにそう言った。
さっきよりも、引かれる手に力が篭る。
「それに、女の子を魔物の目の前に置いていけるわけないだろ!」
魔物はそこまで足が速いわけではないらしく、まだ少し距離がある。
けど人間の全力疾走の速さ以上は出せるようで、みるみると迫ってきていた。
「でも、このままじゃ……」
二人して魔物の餌になるなら、せめて片方は。
怖いけど、人を巻き込んでしまうよりはマシだよね……?
恐怖感と疲れから、段々と走れなくなってくる。
ルドガーさんは体力あるみたいだから、きっと一人なら逃げ切れるはず。
『だから私に構わず逃げてください!』
……そう言おうとした瞬間、掴まれていた手が離された。
「うおおおお!」
私を後ろへ追いやって、ルドガーさんが魔物に向かって走り始めたのだ。
「ルドガーさん、何して……!?」
けど私の叫びには答えず、彼はいくつもの銃弾を魔物に撃ち込んでいく。
その度魔物は怯むものの、すぐに持ち直してまたこっちに向かってくる。
「セレナ!今のうちに逃げろ!」
「えっ!?でも!」
「良いから!早く!」
魔物と対峙しながら叫ぶルドガーさんの気迫に押され、走らなくてはと震える足を叩く。
そしてなんとか奮い立たせて、私は走り出した。
ごめんなさい、足手まといになって……
そう、心の中で繰り返しながら。
無我夢中で走りながら、背中にルドガーさんの放つ銃声と魔物の雄叫びを受ける。
繰り返される破裂音と、その度に聞こえるおぞましい叫び。
息が上がって、何度も足が止まりそうになるけど、体を張って守ってくれている人の事を考えると、この足を止めてはいけないし、止められなかった。
「セレナ!もうすぐドヴォールだ!」
後ろから走ってくるルドガーさんの声に、私はハッと顔を上げた。
ずっと夢中で走っていたから気が付かなかったけど、遂に街道の端まで来られたらしい。
街には大きなモンスターには通れない幅の入口があって、周りは高く頑丈な壁に囲まれている。
それに黒匣によって魔物が嫌いな電波を出しているから、彼らが近付く事はできないのだ。
「さすがに倒すのは……無理そうだから……街に……逃げ込む……ぞ!」
そう教えてくれるルドガーさんも、戦いながらだからさすがに息が上がってきている。
魔物の方はまだ疲れを知らないようで、彼らの距離は縮まりつつあった。
(このままじゃ追いつかれる!)
あと少しでドヴォールの門。
この距離なら、私はおそらく間に合うだろう。
けどルドガーさんは、このペースだとかなり危険だ。
(どうしよう、私はどうしたら…)
足を緩めないようにしながら、なんとか打開策はないか必死に頭を働かせる。
元はと言えば私のせいなんだから、何とかしないと……!
「うわあっ!!」
その時、バシィン!と言う音と共に、私の目の前にルドガーさんが飛ばされてきた。
魔物の腕に弾かれて、勢い良く地面に叩きつけられてしまっていた。
「セレナ、逃げろ……」
「ルドガーさん、しっかり!」
思わずルドガーさんに駆け寄り、助け起こす。
けどその間にも魔物はジリジリと近づいてきて、遂に獲物を捕らえたと言いたげにこっちを見ている。
「く、そ……っ」
ルドガーさんが吐き捨てるように言った。
片手で握りしめた私の試作品が、わずかに震えているのが見える。
「あと、少しなのに……」
あと少し走れば、街に着く。
けどそれは、あと少し"走れれば"なのだ。
「なんとか隙をつかないと、走り出した途端に飛びかかってくるぞ……」
ルドガーさんの額に汗が流れる。
なんとか隙をつく。
この絶望的な状況で、一体どうしたら……?
カチャ。
恐怖で身じろぎした私のカバンの中で、小さく硬い音がした。
(そうだ……!)
私は魔物に気取られないようにゆっくりと、片手をカバンに入れる。
触れた冷たい感触が、少しだけ頭を冷静にさせてくれる気がした。
「ルドガーさん」
小さな声でルドガーさんを呼ぶと、彼は魔物から目を離さずに顔をこっちに向けてくれる。
「あいつの目、狙えますか?」
「目…?狙えるけど、片方だけだとすぐ立て直される」
多分、さっきからやっていたんだろう。
ごめんなさい、もっと早く気づけばよかった。
「両目なら、どうでしょうか……?」
「時間は稼げると思うけど、そんな機能ついてるのか?」
目と目の間が結構離れているから、散弾モードにしてもダメなんじゃないかと言いたげなルドガーさん。
そんな彼の後ろ手に、そっとスペアの銃を渡す。
「遅くなってすみません。
こっちはかなり機能が劣るんですけど、それでも」
「これなら、時間を稼げる……!」
受け取ってくれたルドガーさんが、力強く頷いた。
そして魔物を刺激しないようにゆっくりと立ち上がると、また私を背中に庇ってくれる。
(なんて頼もしい人なんだろう)
そんなに背は高くないし、どっちかと言うと細身に見えるルドガーさん。
けど、今の彼はすごく大きくて、頼もしい。
いよいよ目の前に迫ってきた魔物が、鋭い爪を振り上げる。
その瞬間、ルドガーさんは両手に構えた二丁の銃の引き金を引く。
「セレナ!今だ、走れ!」
「はい!」
止まっていたことで息が整えられていた私は、思い切り走り出す。
「うおおおおお!」
「ギャアアアア!!」
倍になった銃声とルドガーさんの猛々しい声。
そして、それに続く魔物の絶叫。
振り返らなくても何が起こっているか分かった。
けど不思議と怖さはなくて、大丈夫だって信じて、ただ前だけ見て走ることができる。
「あと少しだ、頑張れ!」
いつの間にか追いついたルドガーさんが、また私の手を掴んでくれた。
力強い手に引かれて、無我夢中で走る。
そうして私達は、遂にドヴォールへとたどり着いたのだった。
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