1万hitお礼企画作品 | ナノ

潮風に消えた本音、水面に映る本音


「それ、ルドガーの書いた手紙?」

手元に視線を落としたまま真一文字に口を結ぶ青年を、エルが見上げた。

「ああ。」

ルドガーは短く返事をすると、手紙を折りたたんでポケットにしまう。

分史世界のカラハ・シャール。

今回の任務先であるこの世界は、正史世界の未来にあたる時間軸にあるらしい。
この場所でローエンとルドガーの掘り返した彼らのタイムカプセルの中身により、その事実が明らかとなった。

「とにかく、ウプサーラ湖に向かおう。
エレン港から列車に乗るぞ。」

先程彼らの目的地となったその地名を口にし、ルドガーは皆を先導する。
カラハ・シャールからウプサーラ湖までは、まずマクスバードを経由しエレンピオスへ渡らなければならない。

その後を追いながら、エルはルドガーの発する重い雰囲気に悲しげに顔を歪めた。


サマンガン海停から出る船に乗り込み、一行はしばしの休息を取ることとなった。

「ジュード、ちょっと見てくれるかな?」

食堂で飲み物を飲んでいたジュードの元へなまえがやってくる。

「どうしたの?なまえ。」
「今やってる仕事で、精霊術の術式を組み込みたいものがあるんだけど資料でわからないところがあって。」

ジュードの気持ちの良い笑顔を肯定と取り、なまえは彼の横に腰掛けGHSを開いた。

「あぁ、これはね…」
「ふたりとも、エルもここにいていい?」

と、そこへ遠慮がちにエルが近寄ってくる。

「ん?勿論だよエル。」

なまえがエルに視線を合わせて微笑む。
ジュードも、どこか気落ちしているような少女を気遣いながら問いかけた。

「僕も構わないよ。けどさっきまでルドガーと一緒じゃなかった?」

するとエルは、ちらりとなまえを見上げてから足元に視線を落とした。

「ちょっとひとりになりたいんだって。
カンパンに出てくるって行っちゃった。」

ジュードの視界の端で、なまえが膝の上で拳を握りしめた。

「そっか…たまにはそう言う時もあるよね。
エル、何か飲み物でも買いに行こうか。」

ジュードは努めて明るくそう言うと、エルの背中を軽く押してカウンターの方へ向かって行く。
残ったなまえは、詳しい事情を話していないにも関わらずジュードに気を遣わせてしまったことに罪悪感を感じつつ、黙ってジュードとエルの背中を見送っていた。


「はあ…」

今日何度目か分からない溜息をついたルドガーは、手摺に肘をついて水平線を眺めていた。

まとまらない思考を落ち着けるように、冷たい空気を肺いっぱい吸い込んで一息に吐き出す。

それからポケットの中に手を入れ、タイムカプセルから掘り返した手紙を開いた。

−−未来の俺へ。

実際に自分がこれをしたためたのはウプサーラ湖畔の遺跡から帰ってきた後のことで、今の自分は果たして"未来の俺"と言える存在なのか。

そう思いつつも、一度読んだはずのこの手紙をどうしてもゆっくりと読み返したくて、ルドガーはわざわざエルに一人にして欲しいと頼んだのだった。

先程中身を確かめた時は、途中から読み続けることができなかったから。

手紙の冒頭は、ありきたりな挨拶から始まる。

今が何年の何月何日で、自分は20歳であること。
就職に苦労したことや色々な事情でエージェントになったこと。
それから、エルやジュード達と出会って共に行動しているという内容が綴られている。

正直言ってまだ手紙を書いてから日の浅いルドガーは、掘り返して中身が同じものかさえ確かめられれば手紙を最後まで読む必要など無い。

しかしハッキリと覚えているはずのそこから先の内容は、書いてから少ししか時間が立っていないはずなのに彼の心に重くのしかかった。
それなのに、読まずにはいられなかった。

ーーなまえにはちゃんと告白できたか?

その一文に、ルドガーの手紙の文字を追う目が止まる。

ーー上手くは行かなかったかもしれないけど、後悔はしてないだろ?

そこから続く文字が視界の端に写り込んで、くっと奥歯を噛み締めた。

この手紙を書いたのは、ルドガーがなまえへの気持ちを自覚して間もない頃。
この頃の自分は、その先に訪れるミラとの別れも、なまえとのあの夜の苦い出来事も想像していなかった。

手紙に書いたとおり、なまえに告白はした。

しかも、彼女も自分に好意を持ってくれていることを確かめていた上で。

けれども想いは通じることなく、あの夜なまえは抱きしめたルドガーの腕をすり抜けたのだった。

「"俺は今、なまえを好きになって良かったと思ってるよ"…か。」

どうして後先考えずこんなことを書いたのだろうか。

続く文を呟きながら、ルドガーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

確かにこれを書いた時はこの気持ちに気付いて、舞い上がっていたように思う。
自分を支えてくれるなまえの存在が、愛おしくて仕方なかったのだ。

「…馬鹿だな、俺は。」

ーー辛いことが沢山あったと思うけど、この手紙を読んでる未来の俺はきっとそれを乗り越えられたって信じてる。

「馬鹿だよ…ほんとに…」

この先だって、この頃の自分が思いつきもしない程の辛いことがあるかもしれないのに。

事実、ミラが消えて、なまえに拒絶されて。
そんな辛い出来事が立て続けにあったのだから。

ルドガーは手紙をくしゃりと握り潰す。

たがそれを破ることも、投げ捨てることもできずにいた。

「それでも、好きなんだよ…」

波の音に掻き消されたその言葉は、誰にも届かない。
メッシュの入った銀色の髪が、強い潮風になびく。

「好きなんだよ。
俺はどうしたら良いんだよ?なまえ…」

拒絶されて傷付いたのは確かだ。
けれど、だからと言ってすぐにこの気持ちを消しさすことなど出来はしない。

今すぐ彼女に問いただしたい。
しかしそんな度胸はルドガーには備わっていなかった。

彼は、ただひたすら奥歯を強く噛み締めるだけだった。


「はあ…」

コーヒーの湯気が立つカップを手に、一人食堂の窓際の席で溜息をついたなまえ。

ジュードやエルが戻ってきたところにミラとローエンも加わったのだが、今は仲間達と和気あいあいと過ごす気になれず、仕事をするからと理由をつけて一人になったのだった。

実は、カラハ・シャールに着いて早々ミラがルドガーに放った言葉が頭の中から離れないなまえ。

『ドロッセルが気になるなら紹介しよう。年も近いし良いのではないか。』

それは、ローエンが勤めていたというカラハ・シャールの領主邸に向かう道中での事だった。
現領主はドロッセルという女性で、エリーゼの友人らしい。

ローエンの話によると大層可愛らしい女性で、しかし芯の強い立派な領主だと言う。
彼女を知るミラやジュードも、性格も穏やかで非の打ち所がない人物だと言っていた。

発端は些細なやり取りからだった上にミラは何の気無しに言ったようだったが、ともかくそう言った話になったのだ。
なまえは気にしないようにしていたつもりだったがやはり心に引っかかったままになっていた。

「私も、そう言う人の方が良いと思う。」

カップの中のコーヒーに映った自分に向かってなまえはひとりごちる。

「私、傷つけちゃったから…」

せっかく好きだと言ってくれたのに。
なまえは心の迷いから、素直になれずルドガーの想いを受け入れることができなかった。

「ミラのせいにしようとしてたけど、そうじゃないんだよ…」

確かにミラの事は未だになまえの心の奥にもやを残している。
彼女の最期の言葉がなければ、ルドガーの気持ちは自分に向けられることはなかったのではないかと思うこともあるからだ。

だがそれ以前に、なまえはルドガーのその言葉を信じて彼を受け入れることのできなかった自分自身の弱さに嫌気が差していた。

「支えようとしていた人を傷付けるなんて、最低だよね。」

水面に映った自分にすら責められている気がして、なまえは顔を上げた。

カウンター席に座っているなまえの前は窓になっており、甲板が見渡せる。

ふとその光景の隅に、銀色の髪が風にそよいでいるのが見えた。

「ルドガー…」

こちら側に背中を向けているため彼の表情は伺えない。

しかしエルから聞いた彼の様子や、どこか一点を見つめて動かないその背中を見るに、明るい気分でいる事はなさそうだった。

もしルドガーが振り返ったら見つかってしまうかもしれないと思いつつ、なまえは席を離れることができないでいた。

「ごめんね。それでも、好きなの…」

この想いは届かなくてもいい。
これ以上ルドガーを傷つけたくないから。

そう思うのに、なまえは背中を向けたままの青いシャツから目を離せないでいる。

「本当は、他の人のことなんて好きにならないで欲しいよ…」

気付けばいつも自分を励まし、支えてくれた存在。

そんな彼への想いに、簡単に蓋をすることなどできずにいた。


「そろそろマクスバードに着くね。
ローエン、ルドガーを呼んできてくれる?僕はなまえを。」
「かしこまりました。エルさんもご一緒して下さいますかな?」

時計を確認したジュードがローエンにそう頼むと、ローエンは傍らにいたエルにウインクしながらそう言う。
そんなローエンの申し出にエルも頷き、二人は甲板へと出ていった。

「ジュード、いいか?」

ジュードが席を立つ前に、ミラが真剣な眼差しで彼に問いかける。

「何?ミラ。」
「私もなまえを迎えに行こう。」
「いいけど、どうしたの改まって。」

首かしげるジュードに、ミラは視線を窓際のなまえに向けながら答えた。

「いつか…なまえに"彼女"からの伝言を伝えたいと思う。」

その言葉に、すぐにジュードはそれが誰からの伝言か気付く。

「だが今はその時ではなさそうだな…」
「そうかもしれないね…二人とも、すれ違っちゃってるみたいなんだ。」

ミラも、ジュードの言わんとするところを理解し頷く。

「人間の気持ちとは難しいものだな。
押し付けがましくなく、しかし応援したいんだ、私は。」
「それは、どっちのミラの気持ち?」

確かめるようなジュードの目を見つめ返し、ミラが少しだけ微笑む。

「どっちの"私"も、だよ。
ずっと"視て"いたからな、私も。」

ミラは再びなまえの後ろ姿を視界に捉える。

"彼女"の願いは自分の願いだ。

今はすれ違っている二人だが、きっと互いの力で乗り越えることができると信じている。

ただその最後のピースを彼らが探すとき、ミラは必ず"彼女"の言葉を伝えようと思っている。

ーー後は任せるわ。

ミラの心の中で、もう一人の自分の声が響く。

(ああ、きっと…必ず。)

二人が運命を乗り越えようとする、その時に。


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「長編ヒロインでルドガー相手の切ない話」のリクエストで書かせていただきました。
あのタイムカプセル、実際にはどんな手紙が入っていたのでしょうか。ローエンの分も、気になります。

さて、お話の方は絶賛すれ違い中の二人の心境を綴ってみました。
それでも心の中ではちゃんと思っていたということを書きたくて。

ユニ様、リクエストありがとうございました!

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