優しい君へ
二つの神殿でなんとか試練を越えたスレイ達一行は、しばしの休息を取るため今日一日は自由行動にしようと決めた。
ロゼはセキレイの羽の仕事の様子を見に出掛け、デゼルはそれに着いていった。
エドナとライラは宿でゆっくり過ごすと言い、おやつを作らせるためにミクリオも付き合わせると言う。
「えーっ、ミクリオは一緒に遺跡探検しに行かないの?」
エドナに捕まったミクリオに向け、なまえが残念そうに言った。
スレイとなまえは近くで見つけた遺跡を探索しに行こうと意気込んでいたのだが、一緒に行くものと思っていたミクリオがやれやれと肩を諌めているのを見て事情を察する。
「後々うるさそうだし、二人で行ってきなよ。」
「うるさい?一体誰がかしら?」
「いてててて、やめてくれ…!」
ミクリオの頬を引っ張り、早速朝のおやつを作らせようと宿のキッチンを借りに行くエドナ。
それを苦笑で見送り、スレイ達は宿を出た。
「二人で出かけるの、初めてだね。」
「そう言えばそっか。楽しみだね!」
スレイもなまえも嬉しそうに笑い合う。
ミクリオと一緒に行けないのは残念だが、図らずしも今回の探索は、二人が両想いになってから初めてのデートということになったのだ。
「わあ、中はこんなに広かったんだね!」
薄暗い石造りの遺跡。
その通路になまえの声が響き渡った。
「なまえ、足元気をつけて。」
「うん、スレイもね。」
二人はランタンを手に、広い通路を進んでいく。
憑魔の気配は今のところ特に無いようだった。
「今まで見た遺跡の中でも古い時代のものみたいだ。
気配もないし、憑魔すら見つけてないところだったとか?」
辺りを伺いながら、興奮気味にスレイが言う。
確かにこの遺跡の入り口はとても分かりづらいものだった。
スレイ達もエドナの怪力で入り口を塞いでいた大きな石を割らなければ見つけられなかっただろう。
「じゃあ、そんなすごいところに今私達はいるんだね。」
壁に掘られた装飾をなぞりながら、なまえがしみじみと頷いた。
「作られてからずっと日が差し込むことなんて無かったと思うから、こんなに寒いんだね。」
触れていた壁の冷たさに、なまえがぽつりと零す。
すると横から伸びてきたスレイの手が、なまえの冷たい指先をそっと握った。
「風邪引くよ、なまえ。」
そう言うとスレイは前を向き、何事もなかったかのように歩き出す。
しかしなまえの手を握ったままの彼の横顔がランタンの明かりに照らされれば、心なしか赤くなっているように見えた。
「行こう、もっと奥まで!」
それをなまえに指摘されるより早く、スレイは足を早める。
なまえは恥ずかしさと嬉しさで込み上げる笑みを隠さず、ニコニコと笑いながら手を引かれるがままスレイに続いた。
しばらく進むと、重厚な扉の先に開けた空間があった。
「ここは…」
スレイがぐるりと周りを見渡す。
「部屋…?みたいだけど。」
なまえも同じ様に周囲を見渡し、思ったままを口にする。
正方形のその空間は、壁にくぼみがあって棚のようになっている。
そしてそこには数々の石の杯や金属の装飾品のようなものが置かれていた。
部屋の奥には、より一層頑丈そうな石の扉がある。
宝飾がなされており、一目でその奥が重要な部屋であることが分かった。
「この扉は…開かないか。」
スレイはそのきらびやかな扉を押すも、びくともしなかった。
「ここは何の遺跡なんだろうなあ。」
開かない扉を前に、スレイは腕組みした。
おそらくその答えはこの部屋の先にあるのたが、扉が開かないことにはどうしようもない。
しかも、今は天族が誰も一緒にいない為に壁を壊したり空中を駆け抜けたりして先に進む道を探すこともできない。
「まさか、誰かの墓だったりして。」
「えっ!?や、やめてよスレイ…」
スレイの言葉になまえが身震いする。
しかしもう一度辺りを見回してから、なまえはふと思いついた。
「でも確かに、古墳みたいかも。」
「コフン?」
聞き慣れない単語をスレイが聞き返す。
なまえはあっと小さく声を上げてから、少し歯切れ悪く答えた。
「えっと、私の居た世界にある、お墓の遺跡のこと…かな。」
「なまえの世界にも遺跡があるんだ!?」
その返答に、スレイは目を輝かせる。
どうやら彼の遺跡好きは筋金入りらしい。
しかし問われたなまえはと言えば相変わらずどこか戸惑いがちに答える。
「あ、うん。私も生で見たことはないんだけどね。
学校で…私の世界では子どもはみんなそこで勉強を教えてもらうんだけど、その学校で習ったんだ。」
「へえ、遺跡について教えてくれるんだ!
すごいなあなまえの世界は。」
しかしそこまで言って、スレイもあっと声を上げた。
「なまえ、ゴメン…」
彼は目の前にいるなまえが、どこか寂しげな表情をしていることに気がついたのだった。
「思い出しちゃったよね…自分の世界のこと。」
そう言って彼はバツが悪そうに頬を掻いた。
それを見たなまえは、慌てて首を横に振る。
「ううん、大丈夫だよ。気にしないで。」
なまえが暮らしていた世界へ戻る術は、まだ手掛かりすらない状態だった。
「こんなことならちゃんと授業聞いとけば良かったな。
そしたらもっとスレイの役に立てたかもしれないのにね。」
(世界史の先生、元気にしてるかな?)
なまえは再び壁に刻まれた文字をなぞりながら、懐かしそうに目を細める。
思い出されるのは教室の喧騒、友達と笑い合いながら駆けた渡り廊下。
ありふれた、何気ない日常。
いつ戻れるかも分からない、そもそも帰れるかも分からないその日々が、なまえの頭の中を巡っていた。
その時、なまえの思考を呼び戻した暖かい感触。
「なまえ、絶対にちゃんと帰れるようにするから。」
そう言って真摯な瞳を向けてくるスレイは、なまえの両手をぎゅっと握っていた。
「絶対に、なまえが帰れる方法を見つける。」
しかしその言葉とは裏腹に、スレイの表情はどこか悲しげで。
それに気づいたなまえが、不安げにスレイを見つけ返した。
「ごめん。オレ、なまえを困らせたくはないんだけど…」
スレイは困ったように眉を下げる。
「本当はずっと一緒にいたい。
けど、なまえを故郷に帰してもあげたいんだ。」
「スレイ…」
なまえはスレイの手を握り返す。
「私は、この世界をスレイと一緒に救いたい。」
それは、導師となった彼を近くで見てきたなまえの一番の願いだった。
勿論元の世界を思い出さない日は無い。
けれど、今一番なまえが望んでいることは、今や生まれ育った世界と同じくらい大切なこの世界を、災禍の顕主から救うこと。
大切なスレイや仲間たちの住むこの世界に、再び平穏をもたらすその手伝いをしたいと心から願っているのだった。
「だから、スレイと一緒にいさせてね。」
そう言ってなまえは笑ってみせた。
「その先は、それから考えても遅くないよ。」
「なまえ…」
何の為に突然この世界に飛ばされてしまったのか、まだ分からないなまえ。
しかし何かしら意味があるはずだと信じているし、何も無かったとしても自分がここにいるからには何かをせずにはいられなかった。
「オレ、なまえのそういう所が好きだな。」
照れたように頬を掻きながら、スレイは視線を反らす。
恥ずかしいのだろう、告げた言葉は語尾が消え入りそうだった。
「勿論、他にも好きなところたくさんあるけど。」
「本当?」
「本当だよ。」
首を傾げたなまえに、スレイは熱のこもった視線を向ける。
目が合った瞬間、いつもと違った雰囲気になまえは何も言えなくなった。
「オレ、人間の女の子って片手くらいしか知らないけど…
なまえだけだよ、こんな気持ちになるのは。」
手を握られたまま、ゆっくりと近づいてくるスレイに思わず目を瞑るなまえ。
僅かな間があって、唇に温かい感触があった。
そして数秒後、名残惜しそうに離れるスレイ。
「言葉にするより伝わるかと思って。」
はにかみながらそう言うと、優しく微笑んだ。
「うん…」
なまえはただコクリと頷く。
優しいキスから伝わってきたスレイの気持ちが、じんわりと胸のうちに広がっていくのを感じていた。
「あのさ、なまえ…」
「ん?なに?」
なまえが聞き返すと、スレイは再び恥ずかしそうに視線を彷徨わせている。
「えーっと、その。」
歯切れの悪いスレイだったが、やがてなまえの目を見つめた。
「もう一回、キスしてもいい?」
だって、普段なかなかするチャンスがないから…
そんな呟きを付け加えて。
(ホントは帰したくない。
けど、君は優しいからそれを言うと困らせてしまうかな。)
(ホントは離れたくない。
優しい君はそれを言わせてくれないかもしれないけど。)
どちらからともなく手を繋ぎ、帰り道につく二人。
今は、ただ互いを想い合う。
優しい二人が世界を救う、その時まで。
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「トリップ夢主で遺跡デート話」のリクエストで書かせていただきました。
スレイ、等身大の男の子と言った部分と導師として自分を捨てても世界を守る覚悟を決めている大人びた部分とがあって深いですよね。
甘いデート話のつもりが切ない感じになってしまったような…すみません…
しかも思い立った日本の遺跡が古墳しか無いという私の頭。なんてこったい。
愛美様、リクエストありがとうございました!