1万hitお礼企画作品 | ナノ

アテンションプリーズ?


時刻は21時を回り、既に空が暗くなってから数時間経つ。

なまえがクランスピア社のエントランスを出ると、予想以上に冷たい空気が頬を撫でた。

コートのポケットに手を入れて、はやる気持ちを抑えつつ足早に目的地へと向かう。
自然と緩む頬は、彼の待つ部屋に着くころにはすっかり冷え切って赤くなっていた。

合鍵は貰っているものの、家主が在宅しているのは分かっているのでインターホンを鳴らす。
はい、と聴こえてくる声は機械越しなのに、なまえの心臓を小さく跳ねさせた。

「ごめん、遅くなっちゃた。」

すぐにドアが空き、なまえは顔を出したルドガーに向け両手を合わせる。

「俺は平気だよ。おつかれなまえ。」

ルドガーはそう言って微笑んで見せると、なまえを部屋の中に促した。


今日は珍しくルドガーが早く仕事を切り上げられたので急遽なまえに連絡すると、なまえの仕事が終わり次第会おうということになった。

なまえの仕事の終わりが読めなかった為、久々に二人でゆっくりしたいのもあってルドガーの部屋になまえが遊びに来ることにしたのだった。

「なまえが見たがってた映画、借りておいたよ。」
「本当に!?ありがとうルドガー!」

ルドガーが映画のディスクが入ったパッケージを出すと、目を輝かせたなまえが彼女にしては珍しく興奮気味にルドガーに抱きつく。

「観に行く暇無い間に終わっちゃったって言ってたから、一緒に観ようと思って。」

得意気なルドガーは、片手にディスクを持ったままもう片方の手をなまえの腰に回した。
それから軽く額にキスをして、今度はダイニングテーブルの上に置かれた皿を取りに行く。

そこにはフライドポテトやサンドイッチ等の軽食が載せられている。

「観ながら食べられるものにしたんだ。」

更に冷蔵庫を開けて見せれば、コーラやビールの缶が並んでいる。

「すごい!映画館みたい!」

なまえはより一層目を輝かせ、歓声を上げた。
映画館などいつから訪れていないだろうか。

二人はソファに並んで座り、ルドガーがセットしてくれた映画を再生する。
部屋の明かりは間接照明だけになり、更に映画館の様な雰囲気になった。

なまえが観たがっていた映画は、有名なスパイ映画の新作だった。
アクション有り、サスペンス有り、ロマンス有りの特に若者に人気のシリーズである。

序盤からスリリングなアクションシーンが続き、二人はしばし無言で軽食を食べながら画面に釘付けになった。


壁掛け時計の針が23時を指す頃、ルドガーは空いたビールの缶を流しに置いてなまえの隣に戻る。
ふと隣に視線をやれば、なまえはそんなルドガーには目もくれず未だ映画に夢中である。

それもそのはず、今は主人公である一匹狼のスパイとヒロインであるライバル組織の女スパイが禁断の恋に落ち、後ろ髪を引かれながらも愛を語り合うという重要なシーンの真っ最中だ。

勿論ルドガーも映画の展開だって気にはなる。

しかし久しぶりに自宅とは言えデートの時間なのに、なまえと言えばすっかり映画の世界に浸っているからルドガーは面白くない。
自分が映画を借りてきた癖に、と言うのは分かっているのだが。

なまえの横顔の向こうで、主人公の男が女スパイを抱き締めていた。

どうやら彼女は、やはり自分達は結ばれてはいけない立場だからと身を引こうとしているようである。
しかし主人公はそれを良しとせず、彼女を行かせまいとその背中を抱き締めて呼び止めたのだ。

なまえはそれを息を呑んで見守っている。
ルドガーがじっとその横顔を見つめていても、全く気づかない位に。

その内に、男は振り返りもせず立ち尽くす女スパイの首筋に口づけ、赤い痕を残す。
彼女が組織に帰っても、自分のものだという印になると言って。

それから男は身をよじって逃げ出そうとする女を壁際に追い詰め、腕の中に閉じ込めキスをした。

長いキスが終わり、すっかり動揺しきった女スパイがようやく男の腕の中から抜け出し走り去る。

そこで暗転し、そのシーンは終わった。


画面が次の場面に移り変わったその時、突如なまえは背中に温もりを感じ、意識を呼び戻される。

あまりに熱中していたため、それがルドガーに後ろから抱きしめられているせいだと気付くのに数秒を要してしまった。

しかしその腕に収まったまま、少しだけルドガーに体重をあずけて再び画面に意識を戻す。

すると思ったより返ってきた反応が薄かった為、ルドガーはむうっと眉間に皺を寄せた。

(少しは俺にも構ってくれよ!)

そう心の中でぼやいてから、少しの間思案するルドガー。
既に映画の内容からは取り残されつつあるが、もはやそれどころではなかった。


映画は更に次のシーンに移る。
相変わらずなまえは食い入るようにそれを見つめていた。

(このあと二人はどうなっちゃうの!?)

予想外の展開になまえが今にも身を乗り出しそうになったその時、首筋にチクリとした痛みが走った。

「ルドガー!?」

確認するまでもなく、それは未だになまえの首筋に鼻を埋めるルドガーによるもので。
何事かと抗議の声をあげる間もなく次々とその小さな痛みが走っては消える。

「な、何してるの?」

慌てて問いかけると、僅かに顔を上げたルドガーが悪びれなく答える。

「何って…真似?」
「真似?」

一体何の真似なのか。
なまえは怪訝な顔で思考を巡らせる。

するとルドガーがもう一度、今度は軽くなまえの首筋に唇を寄せた。

「俺のものだって印をつけてる。」

吐息が触れて、なまえは肌が粟立つのを感じる。
同時に、その言葉でようやくルドガーの言わんとすることに気づいた。

「俺には構わないで続き観てろよ。」

ルドガーはそう言ってまたしても"印"をつけていこうとする。
しかしなまえにはそんな状態で映画に集中することが出来るわけもない。

「ちょっと、落ち着いてルドガー?ちゃんと観ようよ。」

なまえがそう言うと、ルドガーは心外だと言わんばかりに不満げな表情を浮かべた。

「ちゃんと観てるってば。」

言いながら、ルドガーは腕から抜け出そうとしていたなまえの肩に手を置き突然立ち上がる。
そしてあっという間にテレビとなまえの間に移動したかと思うと、なまえをソファに押し倒した。

「それで、次はこうだろ?」

その言葉が耳に届くや否や突然視界が反転したなまえは、何が起こったか理解するよりも早く唇を塞がれ、文句の一つも言うことはできなかった。

代わりに、段々と深くなっていくキスに少しずつ思考が停止していく。

抵抗されなくなったのを良いことに、ルドガーは何度も何度も深く口づけていく。

テレビからはおそらくクライマックスのシーンと思われる音声が聞こえてくるが、もはやどうでも良くなってしまったなまえも、次第にルドガーに応えていった。


何度目かも分からない長いキスが終わり、ルドガーがようやく上体を起こす。
まだ余韻の残っているなまえは、ぼうっとその姿を見上げていた。

「ここで逃げないと。」

ルドガーはそう言って笑った。

どうやら先ほどの映画のワンシーンのことを言っているらしい。

「ルドガーは、逃げて欲しいの?」

なまえも笑いながら返す。

ルドガーの意図に気付いてはいたものの、映画のヒロインのようにここから逃げ出そうなどとは微塵も思わなかった。
彼もそれを望まないのは火を見るより明らかなわけで。

「逃げたって、捕まえるけどな。」

ルドガーがテレビの画面をちらりと観て答えた。

ちょうどラストシーンで、主人公から逃げていた女スパイを彼が見つけ出したところが映し出されている。

「な?ちゃんと観てただろ?」
「今のとこだけじゃないの。」

そう言い合って、再び二人して笑った。

黒い背景のエンドロールが流れ始め、一層部屋が暗くなる。

ルドガーが、今度はゆっくりとなまえに唇を寄せた。
なまえもそれに応えるべくルドガーのシャツの胸元を握る。

二人の影が重なり、しばしの甘い時間が流れ始めた。


結局その後、しっかりと全部観直すことになるルドガーであった。

「ね、眠い…」
「駄目だよ、あとちょっとだから。」
「ぐー…」
「ルドガー!寝ちゃダメー!」

なまえが秘書に首筋を指摘され、焦ってスカーフを巻くことになるのは、翌朝のこと。


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「長編の設定で、二人が恋人になったあとのお話」のリクエストで、おうちデートのお話を書かせていただきました。
忙しい社会人カップルの王道デート(?)と言えば自宅で借りてきた映画鑑賞だと思いますがいかがでしょう?(笑)
夢主がなんでこんなに熱中していたかというと、結ばれてはいけないのに惹かれてしまったヒロインになんとなく一時期の自分を重ねていたからと言うことで。

アンナ様、リクエストありがとうございました!

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