1万hitお礼企画作品 | ナノ

陰日向を照らす陽


常に黄昏に染まっているダングレストの街も、今では遥か頭上に不気味な星喰みが広がっている。

「えーっと、まずはグミとライフボトルと…」

そんな空の下、両手に持ったメモ紙とガイドマップを交互に眺めながら、なまえはメモの内容を復唱する。

しばしダングレストに滞在することになったなまえ達一行の内、ユーリとカロルはユニオン本部に用があると朝から出掛けていった。
他の仲間達はそれぞれ自由に過ごすことになり、なまえは新しい武器を物色するついでにとアイテムの補充を引き受けたのだった。

「ええっと、ここは…」

武器をゆっくり見たかったのもあり一人で大丈夫だからとガイドマップを借りて出てきたなまえだったが、ダングレストは他の街に比べて特に雑多な造りとなっている。
気付けば細い路地に入り込んでしまっており、一度立ち止まって現在地を確認しようと辺りを見まわした。


「よぉお姉さん、迷子かぁ?」

その時、後から聞き慣れない男の声が投げかけられる。
なまえが振り返ると、二人組の男がそこにいた。

「どこにいくつもりだよ?ん?」

もう一人の男が舐めるようになまえの頭からつま先までを見る。
その品の無い行為に、なまえは本能的に嫌悪感を露わにしてしまう。

「なんだよお姉さん、せっかく俺達が親切に目的地まで連れて行ってやろうとしてるってのにそんなカオしちゃってよぉ。」
「そうだぜ。見たとこ他所モンみたいだし、こんな細っこい路地で地図なんか見てたって無駄だと思うけどな〜。」

二人は代わる代わるそう捲し立てる。
一見してガラの悪い男達は、言葉とは裏腹になまえを目的地まで送ってくれる様には到底見えなかった。

「一人で大丈夫です。」

なまえは素っ気なくそう答え、さっさとその場から立ち去ろうとする。

しかし男の一人に腕を掴まれ、それは叶わなかった。

「いたっ…!」

なまえは苦痛に顔を歪める。
男達は気にも留めずニヤニヤと下劣な笑みを浮かべだした。

「まあまあそう急ぐなって。」
「そうだよ、店は逃げないぜ。」
「離してよ!」

もう一人の男には目の前に立たれ、なまえはいよいよ身の危険を感じた。
必死に腕を振り払おうとするが、強く握られていて解くことができない。

「さ、俺達と遊びにいこうぜ〜。」
「楽しい所に連れてってやるからよぉ?」

「そんなに楽しい所なら、是非一緒に連れてってくんない?」

突然、どこからともなく聴こえてくる声。

なまえだけでなく男達もその声のした方を見ようと振り向いた瞬間、なまえの腕を掴んでいる男の頬を何かが掠めた。

「ってえ…!」

弾かれたように男が自分の右頬に手をやると、僅かにではあるものの一筋の切り傷が出来上がっている。

そして次の瞬間、上から降ってきた影がたちまち男の手を捻り上げた。

「いでででででで!」
「ほら、とっとと楽しい所とやらに連れてってちょうだいよ。」
「レイヴン!?」

男の手から解放されたなまえの目には、共に旅をする仲間の一人、紫色の羽織を纏った男が映る。

「てめえ、ユニオンの…!」
「あーら、俺様有名人?」
「ふざけやがって!何のつもりだぁ!?」

腕を捻り上げられた男が信じられないと言った表情を浮かべる。
刺すような視線を受け流しながらレイヴンが飄々とそう返せば、もう一人の男が食って掛かった。

「おっさん真面目よ?超真面目。」

しかしレイヴンはその男に軽く足払いをかけ、難なく地に沈める。

「今は、ふざけてる余裕ないんだわ。」

彼の呟きは男の耳には届かない。
頭を打ったらしいその男は、気を失ってしまったようだった。

そして今度は腕を掴んだままだった男の眼前に顔を突き付け、いつもより数段低いトーンで耳打ちした。

「この子に手出ししようなんざ、もう二度と考えない方が良い。」

その眼差しは冷たく、普段の彼を知る者からすればまるで別人の様に見える。

「とっとと消えな。」

それだけ言うと、レイヴンは男の腕をパッと離した。

男の方はと言うと凍りついてしまったかのようにその場から動かず、やがて無言でずるずると座り込んでしまった。

「さ、行こっか。買出し、まだなんでしょ?」

一連の流れをただ呆然と見ていることしかできなかったなまえに、いつもの調子でレイヴンが声をかける。
しかしなまえは何が起こったのか整理しきれておらず、立ち尽くしたままレイヴンに視線を向けた。

「なまえちゃん、怖かった?
おっさんもちょっとやりすぎちゃったわね。驚かせてゴメン。」

バツが悪そうにレイヴンが頭を掻く。

その内に座り込んでいた男が気を失ったままの仲間を引きずり、逃げるようにその場から去って行ってしまった。

「その…助けてくれて、ありがとう。」

ようやくなまえが、おずおずと口を開く。

レイヴンの顔を伺いながら、なまえは頭の中でもう一度起こったことを思い返していた。

迷い込んだ路地裏で、知らない男達に絡まれたなまえ。
危うく男達に連れて行かれそうになったところをレイヴンが助けてくれたらしい。

何と言って男を追い返したのかまでは聞き取れなかったが、その横顔はなんと冷たい目をしていただろうか。

それはまるで、あの遺跡で剣を交えた"もう一人の彼"を彷彿とさせるような…

しかし彼は自分を助けれくれたのだ。
それなのにそんな風に思ってしまった自分に、なまえはいけないと一人頭を振る。

(レイヴンはレイヴンなのに。私の好きな、レイヴン…)

なまえは、いつからか目の前の男に思いを寄せるようになっていた。


ひょんなことからユーリ達と共に旅をするようになって、その中で出会ったレイヴン。

初めはなんと掴み所のない調子のいい男なんだと最悪な印象を抱いていたものの、時々見せる彼の優しさや、どこか影のあるところから目が離せなくなっていた。

それは彼が"シュヴァーン・オルトレイン"としてなまえ達の目の前に現れ、そしてシュヴァーンとしての死を迎えた後も変わることはなかった。
むしろ彼の抱える闇や本当の姿を知り、より一層愛しく感じるようになったのだった。

だが先ほどのあの冷たい目や、普段の彼ならすぐに武器を出したりしないだろうに突然矢を放ってきた光景などが、なまえの脳裏に焼き付いて離れなかった。

しばらく無言だったなまえに思うところがあったのか、レイヴンは突然くるりと背中を向けた。

「この路地をまっすぐ行ったら突き当りを右。
その先の角まで行けば大通りに繋がる道に出るから。」

そして困ったような苦笑をこぼすと、なまえに示したのとは反対の道へ歩き始めた。

なまえはその背中を見送ってしまいそうになるが、彼が一瞬だけ見せた寂しげな表情に気付き、我に返ると慌ててレイヴンに駆け寄った。

「待ってレイヴン!」

振り向いたレイヴンは、まさか呼び止められると思わなかったのだろう。
驚いたように目を見開いていた。

「助けてくれたのにごめんね、レイヴン。
あまりにいつもと違ったら驚いちゃっただけなの。」
「なまえちゃん…」

ヘラクレスで再会したあの時から、なまえはもうレイヴンに悲しい表情なんてして欲しくないと思っていた。

彼女達が垣間見ることのできた彼の過去だけでも相当に壮絶なもので。
しかしレイヴンは今までそれを背負い込んだまま、死人の様に生きてきてのだ。

だからこれ以上もう悲しい顔をして欲しくない。
絶対に辛い思いをさせない。
彼が"レイヴン"として生きることを決めたあの日、なまえはそう誓ったはずだった。

それなのにいま目の前にいるレイヴンは、傷ついたような顔をしているではないか。

彼は隠しているつもりかもしれないが、なまえには分かるのだ。

(分かるよ。ずっと、見てたから…)

なまえは足を止めたレイヴンの羽織をそっと掴む。

レイヴンは更に驚いたようになまえのその指先に視線を落とした。

「レイヴン、行かないで。」

なまえがそう呟くと、レイヴンはハッとなまえの顔を見た。

「正直言うと、さっきのレイヴン…ちょっと怖かった。
けど、助けに来てくれたことは本当に嬉しかったの。」

なまえは、羽織を握りしめる自分の手を見つめながら言う。

「さっきのアレは…本当に悪かった。」

今度はレイヴンがぽつりぽつりと話し始めた。

「この街に慣れてないなまえちゃんが心配で様子を見に来てみたら、変な奴らに絡まれててさ。
つい頭に血が上っちゃったのよねぇ…」

それで、彼はわざと掠るように矢を放ったのだ。
相手に恐怖心を与え、そして痛みを与えるために。

「でもそれでなまえちゃんを怖がらせちゃったね。
反省してるよ、ほんとに。」

「心配して見に来てくれたの?」

レイヴンの言葉に、なまえの胸が少しだけざわめいた。

「レイヴンが、私のことを?」

するとレイヴンはしばらく気まずそうに視線を泳がせたが、意を決してなまえの目を見つめた。

「なまえちゃん。おっさんの話、聞いてくれる?」

なまえは突然改まったその様子に息を呑む。
しかし真摯に見つめてくるその視線に、コクリと頷いた。

「俺はね、なまえちゃんのことが好きなんだよ。」

告げられた言葉に、なまえの心臓がドキドキと高鳴った。
うるさいくらいの鼓動とレイヴンの言葉が、なまえの頭の中をリフレインする。

「一度死んだ身の良い年したおっさんの癖に、いつの間にかなまえちゃんのことが好きになってた。
なまえちゃんのことになるとあんな風にカッとなっちゃうくらい、ね。」

「レイヴン…」

なまえはしばらく言葉を発することができないでいた。
まさか自分の想い人から自分を好きだと告げられるとは夢にも思っていなかったからだ。

だが、彼がせっかく想いを告げてくれたのだから、自分もきちんとこの気持ちを話さなければならない。
いや、この想いを伝えたかった。

「あのね、私もレイヴンのことが好き。」

なまえはしっかりとレイヴンの目を見据えて答える。

するとレイヴンはまた少しだけ頭を掻きながらバツが悪そうに返した。

「おっさん実は、思い上がりじゃなければもしかしてそうかなって思ってたんだわ。」
「えっ!?」

なまえは先程までの胸の高鳴りを忘れる勢いで声を上げた。

「なまえちゃんが俺様のこと見てるの、なんとなく気付いてて…」
「まさか、バレてたの…?」

気まずそうに視線をそらすレイヴンに、なまえは頭を抱えたくなる。

気付かれていた。
しかも好意を寄せる本人に。

しかしレイヴンはそんななまえの様子を見て優しく微笑む。
少し前の彼なら、決してこんな表情を浮かべることなどなかっただろう。

「それを意識してる内に、逆にみるみるうちにこっちがなまえちゃんに嵌っていっちゃったってわけ。」

そう言ってなまえの髪を撫でるレイヴン。

「なまえちゃんのそういう真っ直ぐなところが、俺の心をほぐしてくれる気がしてね。」

恥ずかしさと同時に嬉しさで熱の上がったなまえは、思い切ってレイヴンの胸に飛び込んだ。

「わっ!なまえちゃん!?」

驚きで上ずったレイヴンの声。
なまえは少しだけ仕返しできた気持ちになり満足すると、レイヴンの背中に腕を回す。

彼の生きている証、心臓魔導器の動作音が微かに聴こえてくる、そんな距離。

「なまえちゃん…」

レイヴンが、両手を宙に彷徨わせながら問いかける。

「その…抱きしめても、いい?」

彼は少しだけ怖がっていた。

大切な人を作ることを。

「そんなこと、聞かなくてもわかるでしょ?」

けれどレイヴンの腕の中でそう答えたなまえは、既に彼にとって大切な人になっていた。

なまえからの言葉で、レイヴンはそのことに気付かされる。
いつからか自分を見てくれるようになった彼女は、こうも真っ直ぐに自分を受け入れてくれるから。

「なまえ、好きだよ。」

壊れ物を扱うように優しく、けれどしっかりと、レイヴンは腕の中の大切な存在を抱きしめた。

「レイヴン、もう絶対一人で悲しい気持ちになんかさせないからね。」

照れ笑いを浮かべながらなまえが言う。
レイヴンはまたもや驚かされつつも、その言葉に込められた温かい想いがじんわりと胸の内に広がっていくのを感じた。

その胸に埋められたのは機械じかけの心臓だけれども、そこに広がる気持ちは紛れもなく本物で。

「…ありがと、なまえちゃん。」

レイヴンは今度は強く、溢れんばかりの想いを伝えるようになまえを抱きしめた。

「なまえちゃんを好きになって、良かった。」
「これから、もっともっとそう思ってもらえるようにするから。」

なまえが自信満々にそう答えると、レイヴンはくすりと笑いながら言う。

「なまえちゃんこそ、もっともっと、もっーと俺様のこと好きにさせるからね。」

髪に軽い口付けを落とされ、驚いて顔を上げるなまえ。

そうすれば今度はその唇に、優しい口付けが落とされる番だった。


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「レイヴンが絡まれている仲間夢主を助けに来てくれるお話」のリクエストで書かせていただきました。
どうしても一歩引いてしまいがちなレイヴンには引っ張ってくれるくらいのヒロインがちょうどいいかなと思い、少し積極的な夢主になりました。
いかがでしたでしょうか?

ユウヒ様、リクエストありがとうございました!

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