桜色の世界に彩られて
風が吹いて、桜の花びらがまるで雨みたいに舞う。
どうか明日も、晴れた空に桜の雨が降り注ぎますように
。
本当の雨は、降りませんように。
そんな事を考えながら、少し歩く速さを緩める。
桜は毎年同じこの季節に、同じように綺麗に咲くなぁなんて思って、少し寂しくなった。
まるで、明日が終わったって何も変わらない、いつもと同じ毎日が続くだけだと言われているような気がして。
私にとって、明日までと明後日からは大きく違う。
彼のいない通学路に、彼のいない学校。
これから1年間、そんな毎日を過ごさないといけないんだから。
「あれ、なまえじゃないか。」
やっぱり、会えた。
感傷に浸っていた私の意識を、落ち着いた声が呼び戻した。
「お疲れ様です、先輩。」
振り返ると、相変わらず肩に学ランをかけたルドガー先輩が立っている。
明日はきっと、クラスの人達とかと打ち上げだろうから。
会えるなら今日が最後かなって思って、こうして待ってた甲斐があったな。
「桜を見てたのか?」
「はい。今年も綺麗ですよね。」
私がそう答えると、先輩も私の隣に並んで頭上を見上げた。
「明日まで散らないといいなあ。」
「流石に大丈夫ですよ。明日も晴れみたいですし。」
「そっか、それはありがたいな。」
未だに桜の木を見上げる先輩。
その横顔は、新しい生活への希望で満ちているみたいで。
「なんか、眩しいな。」
「ん?そうか?」
陽はもう落ちかけているし、そんなことは無いだろうと不思議そうに首を傾げるルドガー先輩。
眩しいのは、先輩のことだよ。
いつだって前を向いて、私の先を歩いていくルドガー先輩。
学年が上だから当たり前だろうと言われれば、そこまでなんだけど。
1歳の壁は何よりも分厚くて、どんなに頑張っても超えられない。
何回そのことで凹んで、どれだけ泣いたのか、もう思い出せないよ。
「来年も、満開だといいな。」
ルドガー先輩は、そんな私の心の中なんかきっと知ることも無い。
今だって、屈託の無い笑顔でそんなこと言うんだから。
そんな顔でそんなこと言われたら、来年なんて別にどうでもいいんですなんて言えなくて。
「3年間、あっという間だったよ。」
黙ったままの私の横で、先輩が遠くを見つめるように目を細めて言った。
私の残り1年も、あっという間に過ぎてくれるのかな。
「特に、この2年間は本当にあっという間だった。」
先輩の視線の先で、ひらひらと1枚の花びらが舞う。
「毎日、楽しかったなぁ。」
「なんかお年寄りみたいですよ?」
あんまりしみじみ言うから、なんだか可笑しくなってしまって。
私がそう言うと、先輩はこっちに視線を移して笑った。
「確かにそうだったな、はは。」
「まだ若いんですから。」
「そうだな。まだまだ学生だもんな。」
進学することが決まっているルドガー先輩は、確かにまだ学生のまま。
けど、高校生のままの私と大学生になる先輩では、世界が全然違うんだろうと思う。
「楽しいと良いですね、大学生活。」
そんな月並みな言葉だけど、言えただけ褒めてほしい。
本当は、置いて行かないでって叫びたいのに。
「楽しいと良い、か。そうだな。ありがとうなまえ。」
先輩はまた遠くを見るみたいに視線を上げて、そう答えた。
なんとなく気まずくなってしまって、私も先輩みたいに遠くを見る。
同じ部活で、偶然家の方向が同じで。
そんなルドガー先輩と出会った頃は、まさかこんな風にこの人を好きになるなんて思ってもいなかったけど。
優しくて、前向きで、ちょっと苦労性で。
そんな先輩が、私は大好き。
「一緒に帰るのも、今日が最後ですね。」
舞ってきた1枚を手のひらに乗せて、私は言う。
毎年同じように満開になるけれど、この花びらは、来年ここに咲くものとは違うんだよね。
「…そうなるな。」
先輩は、少し間を開けてからそれだけ言った。
私は手の中の花びらを握り締める。
それから地面に向けて手を開く。
さよなら。
ひとひらの桜は、くるくると舞いながら、敷き詰められたピンク色の絨毯の中に溶けて行った。
さよなら、私の恋。
きっと先輩は新しい世界で、素敵な人と恋に落ちるんだろうなあ。
残される私が、そんな先輩を引き止めるなんて出来ない。
そんな勇気、無い。
「けど。」
俯いた私の視界で、先輩のつま先がこっちを向いた。
「俺は、そうしたくないと思ってるよ。」
「先輩…?」
顔をあげたら、先輩の翠色の瞳と目が合った。
「俺は、これからもこうしてなまえと話したり、一緒に帰ったりしたい。」
冗談かと思ったけど、先輩の目は真剣そのもので。
「帰り道が一緒とか、同じ部活だからとか。
そういう口実が無くても、なまえと一緒にいたいんだけど…」
私があまりに何も言わないからか、先輩は段々と気不味そうに視線を逸らして、頭を掻く。
えっと…つまりどう言うこと?
先輩、今何て言った?
「ごめん、突然こんなこと言われても困るよな?」
ルドガー先輩が、悲しそうに笑った。
それを見た私は、やっと我に返る。
先輩にそんな顔させるなんて、私としたことが…!
「違うんです!」
無意識に出た声の大きさに、私も先輩も目を丸くした。
「あ…あの、すみません。頭が追いつかなかっただけで、その。」
恥ずかしいけど、幸い周りには誰もいない。
多分先輩の言葉は、嘘じゃないはずだから。
私の思い違いとか、私が勝手に都合よく捉えてる訳じゃないんだよね…?
「それは、俺の都合良い方に捉えていいの?」
先輩の声は、この2年間聞いた中で一番優しいトーン。
柔らかくて、けど芯があって。
それが私にだけ向けられている。
「…はい。」
私は、ゆっくり頷いた。
「今日を逃したら言えなくなるかもしれないから、急いで帰ってきたんだ。
この時間なら、会えるんじゃないかと思って。」
先輩がそう言いながらはにかむ。
もしかして、私と同じこと考えてたの?
会いたい、って。
先輩も、私に会いたいって思ってくれてたの?
「なまえ、聞いてくれるか?」
先輩の手が、私の両肩に乗る。
向かい合う形になって、自然と目が合う。
先輩の目に、見上げる私が映っていた。
「なまえ。俺はなまえの事が好きだ。」
桜が舞い散る中で、夢みたいな言葉が優しく響く。
幻想的な景色のせいで、夢なんじゃないかとさえ思うけど。
「私も、先輩のことがずっと好きでした。」
触れられた掌の感触も、目の前で少し赤くなっているルドガー先輩も、どうやら現実みたい。
「今も、大好きです。」
私がそう付け加えると、先輩は自分の頭から学帽を取って私にかぶせる。
先輩の使ってるものだから、私の頭には少し大きくて、目の前が真っ暗になった。
「先輩?あの…」
「ごめん。今の顔、見せられないから。」
そんな先輩の声は、いつもより上ずっていて。
そんな事ないのにって言おうとした瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「まだ1年高校生活を楽しめるなまえに、好きだって言おうか迷ってた。
けど、やっぱりこのまま会えなくなるなんて考えられない。」
先輩、そんなこと考えてくれてたんだ…
置いていかれることに、少し拗ねてた私とは違って。
「残りの1年、たくさんイベントあるだろ?
そう言うので他の奴に取られるんじゃないかと思ったら、やっぱり我慢できなくてさ。」
顔は見えないけど、声色から先輩は多分照れてるんだと分かる。
そんな事、あるわけないのに。
でも、なんだかすごい嬉しい。
ずっと片思いだと思ってたのに、こんなに想ってもらえてたなんて。
そう思ったら、涙が出てきた。
丁度いいことに、目深に被った先輩の学帽のおかげで、私の顔は隠されてる。
「好きだよ、なまえ。」
もう一度ぎゅっと抱きしめられる。
桜の雨の中で、私はそっと、先輩の背中に腕を回した。
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京夜様のリクエストで、学パロのルドガー夢を書かせていただきました!
卒業シーズンということもあり、このようなお話にしましたがいかがでしたでしょうか?
ルドガーの学園コス、双銃との相性抜群ですよね。
ハンマーはちょっと窓ガラスとか割ってまわりそうでこわいです(笑)
京夜様、リクエストありがとうございました!