1万hitお礼企画作品 | ナノ

一歩前へ


その日のファブレ公爵邸は、日が傾きかける頃になっても騒々しいままだった。

それもそのはず、ファブレ公爵の一人息子ルークが、昼間邸に現れた一人の少女とともに突然消えてしまったのだ。
屋敷中どころではなく、街中を探し回っても、ルークとティアと言う名の少女の姿はどこにも見つからなかったのである。

もともと身体の弱い公爵夫人は床に臥せってしまい、ファブレ公爵も苛立ちを隠せない様子でいる。
そのため、屋敷に仕える者達も慌ただしく行き来しながら、張り詰めた空気を肌に感じていた。

やがて夜になり、今日の捜索は打ち切られることになった。
ルークが消えてしまった現場にいた神託の盾騎士団主席総長ヴァンが、ルーク達はかなり遠い所に飛んでしまった可能性があると言ったこともあり、皆今日中の発見は難しいと判断したのだった。

そしてそれから数日経っても、キムラスカ中にルークの姿は見つからなかったのだ。

その間も、使用人達の間ではルークの行き先についての話題で持ちきりだった。
しかし誰一人として、あの外の世界を知らない御曹司が飛んで行ったなど見当もつかなかった。

そんな中、一人の使用人にルーク捜索の白羽の矢が立った。

ファブレ公爵家の使用人にしてルークの幼馴染であるガイは、明朝からルーク捜索に出発することになり、自室で旅支度を整えている。

その部屋前の廊下の片隅で、先程から一人のメイドが、右往左往していた。

「うーん、どうしよう…」

そのメイドは名をなまえと言い、手には小さな袋のようなものを握り締めている。
なまえは数分程、ガイにあてがわれている部屋に近付いては溜息をつき、廊下の隅に戻ってを繰り返していた。

「なまえ?そんなとこでどうしたの?」
「きゃっ!…って、びっくりさせないでよー!」

そんななまえの後ろ姿を不審に思い声をかけたのは同僚のメイドだった。
なまえは肩をびくりと震わせから、声の主を確認してため気をつく。

「別に何でもないよ、ちょっと休憩してただけ!」
「休憩?なまえ、今日は夜まで自由時間じゃなかった?」

しどろもどろになるなまえに首を傾げながらそう聞いたメイドの視界の向こう側で、ドアが開いたのが見えた。

ガチャリと言う音を背中に受け、なまえが硬直する。
そしてなまえは僅かに首を動かし、その音がどの部屋からしたものか確認しようとした。
しかしそれより早く、同僚のメイドの口から出た名がなまえの動きを止めさせる。

「あれ、ガイだわ。
そう言えば彼、明日からルーク様の捜索に出かけるらしいね。」

部屋から出てきた人物を確認して、メイドはそう言った。

「えっ!ごめんね、私もう行くから!」
「あ、ちょっとなまえ!」

なまえは同僚の言葉には返事を返さず、挨拶もそこそこにその場を後にした。
残されたメイドは、その意図がわからずに首を傾げたのだった。


一方ガイは荷造りも一段落し、明日からの旅に向けて少し剣の稽古をしようと思い外へ出た。

ルークがあの少女と共に消えてしまった場所までやってきて、愛用の剣を握りしめる。
その様子を、なまえはまたしても中庭の隅を行き来しながら盗み見ていたのだった。

「どうしよう、このままじゃダメだよね…」

相変わらず汗を流し続けるガイを遠目に見つつ、なまえは両手で包んだ袋に語りかける。
勿論それは返事をしてれる訳もないので、なまえははあと溜息をついて、壁に寄りかかった。

なまえは、かねてからガイに淡い思いを抱いていたのだった。
しかし使用人同士とは言え彼となまえにはそれ以上の接点は特に無い。

その上ガイは極度の女性恐怖症なので、不用意に近付けば彼を困らせ、果てには嫌われてしまうかもしれないとなまえは考えていた。

「けど、やっぱり素敵だなあ。」

打開策は思い浮かばなかったが、剣を振るい続けるガイの姿は、なまえに彼を諦めることをさせてはくれないようだ。
何度も何度もこの思いは胸の内に秘めておこうと思ったなまえだったのに、いつもこうして鍛錬に励むガイを見る度に、それが揺らいてしまう。

「同じ使用人でも、ガイはルーク様の幼馴染だし、私はただのメイド。
けど、せめて片思いくらいは続けていいよね…?」

屈み込んで、小さく誰にも聞こえない声でなまえは足元の花々に語りかける。
老庭師が丁寧に世話をしている花壇は、いつもなまえの心を癒やしてくれていた。

「なまえか?そんなところで何してるんだ?」

そこへ、なまえの頭上から明るい声がかけられる。
頭上とは言っても、何歩分も開けた距離からだったが。

なまえはその声に驚き顔を上げる。
そこには、未だ額に汗を光らせたままのガイの姿があった。

「花に話しかけてたのか?そんなに植物が好きだとは知らなかったよ。」

ガイはあくまで爽やかに、笑いながらそう言った。
一方なまえは見られていたことに顔を赤くし、また何を語りかけていたか聞かれていなかったかと同様を隠せなかった。

「が、ガイ!お疲れ様です!私はただ、キレイだなーと思って見てただけですから!」

あまりの剣幕に押され、ガイはなぜそんなになまえが慌ててるか分からなかったがとりあえず首を縦に振る。

「そ、そうか。ペールが聞いたら喜ぶぞ。」

そして沈黙が訪れ、二人の間に気まずい空気が流れる。

「じゃあ俺は部屋に戻るよ、なまえは休憩中か?お疲れ。」

そう言ってガイはこれ以上話す話題も無いと思いその場を後にしようとする。

なまえはそれを黙って見送りそうになったが、心地よいそよ風が吹いた瞬間我に返り、手の中の袋の存在を思い出した。

(今渡さなきゃ、もう渡せない!)

「あの、ガイ!」
「ん?何だ?」

勇気を振り絞って声を出すなまえ。

いつもはただ見ているしかできなかったけれど、そよ風に揺れる足元の花達が、背中を押してくれる気がした。

「ルーク様の捜索に出掛けるって聞きました。それで…」
「それで?」

段々と語尾が小さくなるなまえを不思議に思いながら、ガイはなまえの手元に目をやる。
なまえは握り締めていた手のひらを開き、ガイに見えるように差し出した。

「長い旅になるかもしれないって噂に聞いて、たくさん魔物と戦うことになるかもしれないと思って、それで!」

あくまで彼に近づき過ぎないように気を付けながら、なまえは少しだけ前に踏み出す。

「お守り、作ったんです。
魔物が嫌う香りの草花を乾燥させて、中に入れました。」
「お守り?俺の為に?」
「迷惑じゃなければ…貰って、ください。」

話している内にまた自信がなくなって来て、最後にはなまえは下を向いてしまった。
足元の花達は、今はただ静かに見守っているようだった。

再び沈黙が訪れ、少しの間二人とも動かなかった。

しかし芝を踏みしめる音がしたかと思うと、俯いたままのなまえの視界に、ガイのブーツのつま先が映る。

なまえが慌てて顔を上げると、今にも逃げ出しそうな体勢ではあるものの、すぐ目の前にガイが立っていた。

「あ、ありがとうなまえ!悪いがこれ以上近付けなくてな…
けど、そのお守りを俺にくれないか?」
「えっ、もらってくれるんですか!?」
「勿論だ。だって俺の為にせっかく作ってくれたんだろ?」

ガイの言う通り、なまえはわざわざ草花に詳しい庭師に魔物の嫌いな植物を聞き、この数日でそれを買い揃えてお守りを作ってのだった。
 
「日にちがなかったから完成しないかと思ったけど、なんとか間に合いました。」
「よく見たら隈ができてるじゃないか。
この距離に近付いてやっと分かったけどな。」

ガイはなまえの顔を見て、呆れたように、しかし優しく笑った。
そしてなまえの指先から少し開けたところに手を伸ばす。

「なまえは優しいんだな。
俺なんかのために、わざわざありがとな。」

なまえはそのままの距離から少しだけ投げるようにしてお守りをガイの手のひらに乗せる。
それからなまえは、空になった手をきつく握り締めて勇気を振り絞った。

「ガイの為じゃなきゃこんなことしないです!」

そして脱兎のごとく走り去り、後にはぽかんと口を開けたガイだけが残されたのだった。

「困ったな…これは、戻ってくるまでに女性恐怖症を克服しないと。」

ガイは手の中の、人間にとっては優しい香りのする小袋を眺めながらそう呟いた。

元々、女性に近付くのは大の苦手だが女性自体が嫌いなわけではない。

そんな中で、一所懸命に自分の為を思ってお守りを作ってくれ、顔を真っ赤にしてそれをくれたなまえ。
ちゃんと自分に触れないように気を使ってくれたその優しさも、ガイの心をほぐしてれるようだった。

「まずは、出発前に二人で話すくらいは頑張ろう。」

そう言って屈み込んだガイは、再びそよ風に揺れる花達に微笑みかけた。


翌朝、宣言通り出発前なまえの前に現れたガイ。

大きく深呼吸をしてから、昨日お守りを受け取った時ほどの距離に近づく。

突然の出来事になまえが硬直していると、ガイはお守りを握りしめながらなまえにだけ聞こえるくらいの声で言った。

「必ずルークを連れて帰るよ。
そしたら、なまえに触れてもいいか?」

ーーそれが例え預言されていないことだとしても、必ず。


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ガイに憧れるファブレ公爵家のメイドの甘夢のリクエストで書かせていただきました。

ガイは男前ですよね、色々あってもあの爽やかさ。そして華麗に参上。
女性恐怖症が全面に出ているキャラなので甘くするにはどうすれば!?とネタの貧困な私は試行錯誤しましたが(笑)

タイトルは、夢主が一歩前へ踏み出して、今度はガイが踏み出す…というお話にしたかったのでそのまんまストレートに名付けました。

WY様、リクエストありがとうございました!


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