1万hitお礼企画作品 | ナノ

それでも、また


『新たな分史世界が発見されました。座標をお送りしますので対応願います。』

いつも通り、淡々と告げられるヴェルからの任務連絡。
送られてきた座標を頼りに、ルドガーはいつも通り分史世界に侵入した。

目を開けば、そこは先程までいたのと同じ、見慣れたトリグラフの商業区だった。

ルドガー達一行は辺りを見回し、何か変わったところが無いかと探り始める。

「僕らの世界と同じ時代みたいだね。」

通りの隅まで見に行って帰ってきたジュードが言う。

「こっちも、特に変わったところはなさそう。」

反対側から戻ってきたレイアもそれに続けた。

ルドガーも生まれ育った街に特段違和感を感じることなく、その言葉に頷き返した。

しかし彼は顔を上げた瞬間、通りの向こう側から視線を感じ、そちらに視線を向ける。
するとその先では、一人の若い女性が明らかにルドガーを見つめ、立ち尽くしている様子だった。

「ルドガーさん、お知り合いですか?」

ルドガーの視線の先を追ったローエンが問いかける。
ルドガーは彼女の顔に見覚えがあるような気がして、記憶を辿ろうと首をひねった。

しかし彼の思考は、その女性によって遮られたのだった。

「ルドガー!おかえりなさい!」

彼女はルドガーの前まで駆け寄ってくると、まるで安堵したかのように自身の胸に手を当てる。

「良かった。ずっと待ってたんだからね。」

「やっぱりお知り合いのようですが…」
「ルドガー、まだ思い出せないの?」
「うーん…」

ローエンとエルがルドガーに耳打ちするも、突然のことにルドガーは思考を中断され、ただ微かな記憶から彼女のことを確かに知っているような気がするとだけ答えた。

しかし彼女はそんな彼らの様子には気付いていないようで、先程からずっとルドガーを見つめている。

「この人たちはルドガーの知り合い?」

どうやら彼女がこの世界のルドガーと知り合いなのは確かなようだが、ジュード達とは初対面らしい。

「ここはとりあえず話を合わせるしかないんじゃない?」

レイアがそう小声で伝え、他の仲間もそれしかないだろうと頷いている。

「ああ、そうだよ。
ジュードとレイア、ローエンに…こっちはエル。」

ルドガーは努めて普通に、仲間たちを彼女に紹介した。
すると彼女はにこりと笑い、彼ら一人一人を見ながら自己紹介する。

「はじめまして、私はなまえです。
いつもルドガーがお世話になってます!…なんてね。へへ。」

彼女の名はなまえと言うらしい。
そう言ってなまえは恥ずかしそうに手を後ろで組み、ルドガーの顔を見上げた。

「ルドガーがみんなに私のこと話してくれてるか分からないけど…」

ルドガーはなんと答えたものかと悩んだものの、反応を返さないのもおかしいと思い、困っている様子を装って言う。

「ごめん、なまえ。機会がなくてまだジュード達にはなまえのことは何も。」
「そっか…そうだよね、ルドガー忙しそうだったし。」

なまえは少し寂しそうにルドガーから視線をそらして呟いた。
ルドガーは、自分のせいではないとは言えその様子に罪悪感を感じていた。

なまえは再びジュード達に向き直ると、気を取り直して再び笑顔になる。

「じゃあ改めて自己紹介するね。
私はなまえ。ルドガーと付き合ってるんだ…一応。」

その言葉に一同が驚く。

「ルドガー、カノジョいたの!?」

特に驚いたのはエルで、予想外だと言いたげにルドガーを見上げた。
その態度は腑に落ちないルドガーではあったものの、事実彼に恋人はいない。
しかしこの場はなまえの話に合わせるしかないと、ルドガーは困ったような笑顔を作ってそれに答えた。

「失礼だな、エル。なまえはれっきとした俺の彼女だよ。」
「へー、ルドガーも案外やるじゃん!」
「そうですね、こんな素敵な女性とお付き合いされているなんて、ルドガーさんも隅に置けませんな。」
「エル、そういう事みたいだよ!」

素直なエルがボロを出してしまわないよう、仲間たちもルドガーを援護し始める。
エルは上手く丸め込まれたようで、難しい顔をしながらもそれ以上何も言わなかった。

「とは言っても、最近ルドガー忙しいからあんまり会ってなかったんだよね?」

なまえがそう言ってまたしても寂しげな表情を浮かべたのを見て、ルドガーの胸が痛む。

それは同情からくるものだった。
この世界の自分は、こんな風に思っていてくれる恋人を放って何をしているのだろうか、と。

すると黙ってしまったルドガーに何を感じたのか、なまえは突然彼の手を取った。

「ね、ルドガー。もしこの後空いてたら久しぶりに買い物でも付き合ってくれない?」

ルドガーは突然触れられたことに驚き声を上げそうになったものの、なんとか堪える。
そして、期待を込めたなまえの眼差しを受け、断ることもできず首を縦に振った。

「行ってきてあげてたら?この世界のルドガーは忙しいみたいだし、それに…」

その言葉の続きを、ジュードは紡ぐかどうか迷っている。
それに気づいたルドガーは、嬉しそうに歩き始めたなまえの背中を見つめて呟いた。

「この世界はもうすぐ無くなるからな。
…俺が、壊すから。」

ジュードもレイアもローエンも、エルでさえ何も言葉を返すことができずにルドガーを見る。
彼は心配無いと言いたげに微笑んて見せ、時歪の因子の手がかり探しを皆に任せてなまえの後を追った。


「えへへ、嬉しいな。」

スキップでもしだしそうな勢いで、少し前を行っていたなまえが振り返る。

「ルドガーとデートなんて、何日ぶりだろう。」

それからなまえは、いち、にい、さん…と指折り数え、指が足りないと笑った。

「まずどこに行く?」

それを複雑な心境で見ながら、ルドガーはなるべく優しい声色で問いかける。

あまり詳しい話をすると、自分が本当はこの世界の人間ではないことがバレてしまう気がして、当たり障りのないことしか言えないのはもどかしかった。
それほどに、なまえは寂しそうに笑っていたのだった。


なまえはルドガーを連れ、数件の服屋を見て回っていくつか気に入った洋服を買った。
買う前に必ず似合うかどうかルドガーに聞いては、彼が頷くと嬉しそうに笑った。

それからなまえは、レコードショップにルドガーを連れて行った。
そこで二人はいくつかの新譜を試聴し、どの曲が好みか教えあったりした。

その間も常に話題はなまえが提供し、ルドガーはそれに最低限の反応を返すのみに留めた。
恋人だから互いのことはよく知っているはずなので、余計なことを言っては怪しまれてしまうからだ。

しかし、沈黙が訪れるとすぐに話題を切り替えてまた話し始めるなまえは、必死なようにすら見えた。

これもまた、ルドガーの胸を痛めた。

どうやらなまえは、トリグラフにはありふれた、そこまで大きくない商会で働いているらしい。
ベリオボーグまで荷を運ぶのに同行しただとか、マクスバードまで商船に乗って行って船酔いしただとか、そんな話をルドガーに聞かせたのだった。

対するこの世界のルドガーは、どうやらここにいるルドガーと同じようにクラン社のエージェントらしい。

「会えない間もね、クラン社の商品を入荷する度にルドガーのことを思い出したよ。」

そう言って笑うなまえの横顔は、やはりどこか寂しげだった。


歩き疲れた二人は、通りから外れたところにある公園にやってきた。

並んでベンチに座り、ルドガーは持ってやっていたなまえが買った洋服の紙袋を丁寧に隣に置いた。

「荷物持ってくれてありがとう。紳士なルドガーくん。」

それを見たなまえが、照れ隠しなのかおどけたように軽くお辞儀をする。

「これくらいなんでもないよ、紳士だからな。」

ルドガーもなまえに釣られてそう返す。

それがどこかおかしくて、二人は顔を見合わせて笑い合った。

「ああ…楽しかったな、今日は。」

ひとしきり笑ってから、なまえがぽつりと呟く。

その目はどこか遠くを見つめていた。

それからなまえはルドガーに向き直ると、今度は真面目に、深く頭を下げた。

「今日一日付き合ってくれてありがとう。
…どこかの世界のルドガーくん。」

その言葉に、ルドガーははっと息を飲む。

彼女は気付いていたのだ。
ルドガーが、この世界のルドガーではないことに。

なまえは顔を上げ、ルドガーをじっと見つめる。

「久しぶりに、"ルドガー"と会えたみたいで嬉しかったよ。」

「この世界の、俺は…?」

ややあって、ルドガーはようやくその言葉を発することができた。

ルドガーが別人だと分かっていた事と言い、なまえの態度が、ただこの世界のルドガーが忙しくて会えていないだけのように思えなかったのだった。

「もういない。
私が好きだった、私を好きになってくれたルドガーは、もういないんだよ。」

予想はついてしまっていた。
しかしなまえが言葉にしたことにより、ルドガーの仮定は事実に変わる。

「あなたは、この世界を壊しにきたんだよね?」

そして続くその言葉に、ルドガーはぐっと奥歯を噛み締めた。
この世界のルドガーもエージェントだったなら、そして恋人だったなら、なまえがそのことを知っている可能性もあると思っていた。

だがこれも、なまえから問われたことにより、ルドガーに現実として突きつけられたのだった。

なまえは、今日1番悲しげな表情を浮かべて、遠い空を見上げる。

「"彼"とはね、仕事がきっかけで付き合うことになったの。
クエスト受付に私が任された荷物の輸送の護衛を頼んだら、ルドガーが来てくれてね。
それで、危ないところを魔物から守ってくれたんだよ。」

懐かしそうに目を細めながら、なまえは話し続ける。
その独白を、ルドガーはただ黙って聞くことしかできないていた。

「けどちょうど2ヶ月前に、"彼"はいなくなってね…
殺されたの、クラン社に。」
「なっ…!?」

黙って聴いていたルドガーだったが、それを聞いて思わず声を上げる。

「クラン社に、俺が?」
「うん、そうだよ。けど詳しいことは私にも何も…
圧力がかかって、世間的には事故ってことにされてるから。」
「そんな…」

言葉を失ったルドガーの隣で、なまえは俯いてしまう。

「『もう、これ以上人を殺したくない』って、そう言ってた。」
「…っ!」

弾かれたようになまえを見るルドガー。
しかし顔を上げないまま、なまえは続ける。

「ルドガーの仕事は、世界を壊してそこに暮らす人たちも全部消すことなんでしょ?
"彼"は、もうそんなことはしたくないって言って、世界を壊すのをやめて、でもそしたらクラン社が…」

その先を紡ぐ前に、なまえは口元を抑え、嗚咽を堪えようとした。
だがそれも虚しく、やがて彼女の頬には堰を切ったように涙が流れ始める。

ルドガーはなまえの背中を擦ろうと手を伸ばしたが、彼女に触れる寸前でその手を宙に留めた。

自分には彼女を慰める資格も、言葉も持ち合わせていないということに気がついたから。

しばらくの間、ただひたすらに咽び泣くなまえ。
その隣で、ルドガーは差し出してやめた掌をじっと見つめていた。


ようやく落ち着きを取り戻したなまえが、首から下げている鎖を引き上げる。

ルドガーはずっと、それはネックレスだと思っていた。
しかし彼女が服の中から取り出したのは、真鍮の懐中時計だった。

「それは…」

ルドガーが言いかけた瞬間、懐中時計から黒い靄が立ち昇る。

「まさか!」

ルドガーには分かった。
その時計が、この世界の時歪の因子であるという事を。

この世界のルドガーとの契約がなくなった、役目を果たせなかったこの時計こそが。

「やっぱり、この世界を壊しに来たんだね。」

なまえには、何故ルドガーがこんなにも驚いているのか分からない。
しかし生前の恋人から聞いていた断片的な情報から、ルドガーがこれから何をしようとしているかは容易に想像することができた。

「ごめん、なまえ。」

ルドガーはゆっくりと立ち上がり、なまえに背を向けたまま俯く。

短い間で、しかも成行きではあった。
しかしなまえに対して情が湧いてしまったのかもしれないが、その感情には蓋をしなくてはならない。

これ以上なまえの顔を見ていたら、それが揺らいでしまうかもしれなかった。

「いいよ、壊して。」

そう決めたばかりだったのに、なまえの予想外の言葉にルドガーは反射的に振り返ってしまう。

「ルドガーが言ってた。偽物の世界を壊さなきゃいけないんだって。」

なまえは、意志の強い瞳でルドガーを見つめていた。

「この世界も、偽物の世界だったんだね。」

ルドガーは何も言うことができず、俯いたままだった。

「ねえ、別の世界のルドガー。」

なまえは一呼吸置いてからルドガーに問いかける。

「あなたの世界では、私達は付き合ってないんだよね?」
「…そうだよ。」
「そっかあ…そうだよね。」

辛い事実ばかり突きつけられているはずなのに、なまえは何故か落ち着いているようだった。
ルドガーの方が動揺したままで。

「偽物の世界じゃないと、私はルドガーの彼女になれなかったのかなって思うと悲しいけど…
でも、私は全部の世界の私の中で、1番幸せな私だと思うな。」

なまえは首から下げた懐中時計を握り締める。
それは"彼"の遺した、唯一彼女の元に返ってきたものだった。

「ルドガー、何年か振りにあったのに全然私の事覚えてなくて悲しかったもん。
確かに、話したことなんて数えるくらいしかなかったけど。」

いち、にい、さん…と指折り数え、今度は片手で足りたよと、なまえははにかむ。

その言葉で、ルドガーはようやく思い出すことができた。

「そうだ、なまえって確か…」
「やっぱり、君も同じだったんだ。」

なまえがくすりと笑う。

「私は、ずっと片思いしてたのに。
ずっと何もできなくて、卒業するとき諦めたんだけどね。」

なまえはルドガーの同級生だった。
しかし接する機会はほとんどなく、クラスも違った為ルドガーの記憶に残っていなかったらしい。

「頑張れなかった私に神様がチャンスをくれたのは、ここが偽物の世界で、いつか壊されちゃうからだったのかもね。」
「なまえ、そんなこと…」

「さ、早く壊して、ルドガー。
この世界を壊さないと元の世界に帰れないんでしょ?」

ルドガーの言葉を遮って、なまえは洋服の入った紙袋を手に取る。

「もう二度と着ることできないって分かってたけど、似合ってるって言ってくれてたから買っちゃった。
話、合わせてくれてありがとう。」

柔らかく笑ったなまえの顔を、ルドガーは見ることができなかった。

そこへ、エルとジュードが駆けてくる。

「ルドガータイヘン!この世界の…」
「エル、駄目だよ!」

「大丈夫だよ、私は分かってるから。」

この世界のルドガーがもういないことを知ったエルたちが、ルドガーに知らせに来たのだ。
捲し立てるエルを止めようとするジュードにを、なまえが制した。

「えっ?なまえさん、それってどう言う…」
「ルドガー、お願い。」

ジュードには答えず、なまえはルドガーを促す。

「…くそっ!」

ルドガーは断腸の思いで、自分の時計を握り締めた。

槍を構え、なまえに向き直る。

「やっぱり、私の好きなルドガーとは違う人なんだね。」

「なまえ、俺は…」

「おんなじ顔で、おんなじ服の趣味で、おんなじ音楽が好きで。
だけど私の大好きだったルドガーは、世界を壊すことができない、弱くて優しい人だったから。」

ルドガーが、一段と強く歯を食いしばった。
そしてクルスニクの槍の切っ先が、なまえの胸元に迫る。

「待っててね、ルドガー。」

最後にルドガーの耳に届いたその言葉が掻き消えると同時に、いつも通り、世界が割れて消え去った。


トリグラフ商業区の片隅で、ルドガーは立ち尽くしていた。
その傍らで、ジュードとエルが静かに彼を見守っている。

その時、ルドガーのGHSが着信を告げる。
彼が渋々通話ボタンを押すと、いつも通りの借金の督促だった。

「なあ、ノヴァ。」
『んー?なになにー?』
「なまえって子、いたよな?」
『なまえって、隣のクラスにいた?』

突然出てきた懐かしい名に、通話口の向こうでノヴァが首を傾げたのがルドガーにも分かった。

「そのなまえが、今どうしてるか知ってるか?」

友人が多く顔の広いノヴァならと、僅かな期待を込めて問うルドガー。

『うん、知ってるけど…どうして?』
「ほんとか?知りたいんだ、なんでもいい、教えてくれないか?」

しかし、返ってきたのは予想もしない答えだった。

『あの子ね、確か商会で働いてたんだけど…仕事で荷物を運搬してるときに魔物に襲われて…それで…』

珍しく歯切れの悪いノヴァの口調とその言葉に、ルドガーの手からGHSが滑り落ちる。

『ちょっと、ルドガー?大丈夫!?』

−− ここが偽物の世界で、いつか壊されちゃうからだったのかもね。

ノヴァの焦ったような声の代わりに、ルドガーの耳にはなまえのやたら明るいその声だけが響いていた。

−− 私は全部の世界の私の中で、1番幸せな私だと思うな。

そう言って笑った、彼女の笑顔はもう二度と見ることができないのだ。


"彼女の世界も、俺が壊した。"

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ルドガーでシリアス、内容お任せとのリクエストで書かせていただきました。

唐突に暗い…!
設定資料に、ボツになった分史世界でルドガーが分史世界の破壊をやめた世界…というのがあって、なんでそれ実装されなかったのか問い詰めたい衝動に駆られた私です。
観月様、リクエストありがとうございました!

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