1万hitお礼企画作品 | ナノ

もうキミしか見えない


年季の入った木戸が、軽快なリズムでノックされる。

何をするわけでもなく窓辺にもたれ掛かり空を眺めていたユーリには、その音の主が声を聞かずとも分かった。

「やっぱり部屋にいた。」

すぐにドアを開けると、小さなバスケットを抱えた少女が顔を覗かせる。

「悪かったな、ヒマ人で。」
「ラピードは?」
「さあな。散歩じゃねえの?」
「そっか。ラピードも自由気ままだもんね。
入るよ?お邪魔します!」

ドアに手をかけたまま口を尖らせたユーリに悪びれる様子もなく、その少女なまえは部屋の中に入ってきた。

「女将さんから差し入れ。」

はい、となまえは腕の中のバスケットをユーリに差し出す。
反射的に受け取ったユーリが中を確かめると、焼きたてのパンが数種類入っていた。

「昨日の夜酔っぱらいの騎士を追い払ってくれたんだってね。」

ユーリは、そう言えばそうだったなと思い出すように天井を仰ぎながら応える。
確かに昨夜、彼は下町の噴水の前でくだを巻いていた騎士の首根っこを掴んで市民街に向けて放り出したのだ。

なまえがその様子を見てにこりと笑う。

「ありがとう、ユーリ。」

その笑顔に、ユーリの胸の奥が静かにざわめいた。

「けど、相変わらず困った騎士ばっかりだね。」

いっぺん変わって怒ったような表情で、窓の外に目をやるなまえ。
その視線の先にそびえ立つザーフィアス城となまえの横顔を交互に見てから、ユーリが言う。

「フレンみたいな奴はなかなかいねえよ。」

彼の友人の名が出た瞬間、僅かになまえの肩が跳ねる。
実際には気のせいかもしれないが、ユーリにはそう見えた。

「ユーリだって…ごめん、何でもない。」

ついそう言いかけてやめたなまえは、しかし本当は言ってしまいたかった。

ユーリだってそんな騎士になれたのではないか、と。

しかしそれは二人の間ではもはや禁句となっていた。
一年前、フレンと共に入団したはずだった帝国騎士団から一人退団してこの下町に戻ってきたユーリ。

しばらくしてフレンもこの街に戻ってきたものの、彼とユーリ、二人の道は大きく別れてしまっていた。

「何だよ、言いかけてやめるなんて気持ちわりぃだろ。」

ユーリが不機嫌そうに言う。

なまえが何を言いたいか、敏い彼は分かっている。
しかし言いかけてやめられたこと自体が面白くなかった。

騎士団を辞めてから、フレンへの劣等感や目標も無く過ごす日々の虚無感などが少なからずあって、ユーリも時々は鬱々とした気持ちになることもあった。

しかし幼い頃からこうして変わらず接してくれるなまえの存在は、彼にとって救いであり心の拠り所である。

「オレも、フレンみたいにはなれねぇよ。
そう…あの酔っぱらいの騎士と同じだ。」

言いかけてやめられた言葉への返事を告げれば、なまえは驚いた後に悔しそうに顔を歪めた。

「そんなことないよ。
ユーリはフレンとは違うけど、あんな騎士とも違うもん。」
「ああ、お前の大好きなフレンとは違うな。」

その言葉に、更に驚いたなまえが目を丸くする。

「知ってんだよ。お前、昔からわかりやすいからな。」
「ユーリ、何言って…」
「はぐらかすなよ。好きなんだろ?アイツのこと。」

言いながら、ズキリと、ユーリの胸の奥が今度は痛んだ。
だがそれを顔には出さない。

自分はなまえとは違う。
あんな風に気持ちを顔に出しはしない、と心に誓って。

黙り込んでいたなまえがようやく、小さくゆっくりと首を縦に振った。

「いつから知ってたの…?」

その言葉は、ユーリの先ほどの質問への肯定だ。

なまえは知られていたことが恥ずかしかったからなのか、ぎこちなくそう聞き返す。

「いつからだったっけか?
ああ、アイツが帝都に帰ってきてからしばらくした頃だったか。」
「どうしてわかったの?」
「最初のうちは街でアイツに会ったって大喜びしてた癖に、その内会ってもはしゃがなくなってなんかよそよそしくなったなと思ってよ。」

それは確かに理由の一つだった。
しかし実際には彼はもっと簡単に、確信を持ってなまえの気持ちに気付いていた。

「そっかあ…けど、うん。ユーリの言う通りだよ。」

だがそんなユーリの気持ちには気付かないなまえは、頬をだんだんと赤くしながらはにかんだのだった。

「けど、フレンには内緒だよ?」

また、ユーリの胸の奥がざわつく。

「ユーリは一番の友達だから、いつか話すつもりだったんだけど…」

一番の"友達"。

なまえは、まさか自らの告げたその言葉が、目の前の青年が一番聞きたくないものだとは知る由もない。

「ほんとユーリは昔からすごいよね。なんでもお見通しって感じ?
誕生日プレゼントもいつも渡す前にバレちゃうし。」

口を尖らせながらも笑うなまえ。
彼女にとっては、ユーリには隠し事ができないのは昔から当たり前のことで。

だからその理由まで考えたことなどなかったのだった。

「お前のことは、何だって分かるぜ。」

しばらく黙っていたユーリが、静かに口を開く。

「この後フレンが見張りの交代をする時間に合わせて、城の近くまで行こうとしてることもな。」

窓の向こうの、少し火が傾きかけてきた空に目をやり、ユーリは独り言のように呟いた。

「そんなことまでバレちゃってたんだ。恥ずかしいな。」

相変わらず照れたように笑いながらなまえは答える。

しかしユーリは、先程までと比べるとその表情は固い。

「そうなんだ、今は遠くから見てるだけでも満足だから。」

ユーリの視線の先、ザーフィアス城を同じように見やってからなまえが柔らかく微笑む。

今まさに自分の親友に恋をしている少女の横顔を間近にし、ユーリの中で箍が外れた音がした。

「じゃ、そろそろ行こうかな。」

窓の外から視線を戻したなまえが、部屋を出ようと歩き出す。

しかしユーリの隣を通り過ぎる瞬間、突然なまえの視界が反転した。

「きゃっ!」

ドサ、と言う音と共に背中に柔らかい衝撃。
次の瞬間、垂れ下がるユーリの長い髪がなまえの頬を撫でた。

「ユー、リ?」
「行かせねぇよ。」
「えっ…?」

身体を起こそうとするも肩を押えられていたなまえは、為すすべなく突然のことに呆然としている。
気付けば、ベッドに倒されてしまっているようだった。

「なまえはここにいればいい。」

覆いかぶさるユーリは、淡々とそう告げる。
彼が片膝を乗せたベッドの、古いスプリングが軋んだ。

その理由がわからず、なまえはますます混乱した。

「どうしたの?急に…」
「急、だって?」

ユーリが僅かに口の端を上げた。
彼が少し動くたびにその長い髪がなまえの頬をくすぐり、なまえが小さく身じろぎする。

それを心底愉しそうに見下ろしながら、ユーリは話し始めた。

「オレはずっと、お前を見てきた。」

親友に向けるものとは違った種類の、たった一人なまえにだけ向ける目で。

「好きだ、なまえ。お前を愛してる。」

「え…?」

ユーリの片手がなまえの額から頬、顎をなぞっていく。
その間も、もう片手はなまえの肩を押さえている。

「なのにお前はずっと、アイツのことばっか見てた。」

−−一番の"友達"だから。

頭の中に響く、その言葉がユーリの心を抉る。

「けど、一番お前のこと分かってるのはオレだぜ。」

それを振り払うかのように、ユーリはなまえの鼻先に顔を近づける。
ユーリには、なまえの瞳に映った黒髪の青年が優しく微笑んだのが見えた。

「なまえのこと一番分かってるオレが、一番幸せにしてやれる。」

「ユーリは私にとって大切な人だよ。だけど…」

ようやく口を開くことのできたなまえは、ユーリから告げられた言葉に戸惑っている。

彼はなまえにとって大切な幼馴染で、一番の友達のはずだった。
いつの間にか向けられていた想いに気付くこともなく、ずっとこの先も変わらない関係だと思い込んでいた。

「だけど、私、は。」

柔らかい笑みを浮かべたまま、ユーリはすらりと伸びた長い指でなまえの顎を持ち上げ上を向かせる。

「心配すんな、すぐ分かる。」

そしてそのままなまえの唇に近づく。

「ユーリ、やめて!」

しかしなまえが顔を背けたことによりその動きは止まった。

「ユーリは大事な友達、だから。」

「…あいつのせいか?」 

なまえそう呟くと、ユーリの顔色が曇る。

「フレンより、オレの方がお前のことよく分かってやれるぜ。」

親友がなまえをどう想っているか、そこまではユーリにも分からない。
大切な存在であることは確かだが。

視線を彷徨わせるなまえに苛つきを感じだしたユーリは、片手でなまえの肩を押さえたままもう片方の手を自らの後ろに回す。

「一緒にいれば、お前にもすぐ分かるよ。」

そして器用に腰帯を解くと、普段は帯に締められていたユーリの服がなまえを覆った。

「だから、分かるようになるまでオレだけ感じてろ。」

「ユーリ、どういうこと…」

なまえが最後まで言い終わるより早く、その視界が闇に包まれた。
ユーリは外した彼の帯で、なまえの目を塞いだのだ。

「ねえユーリ、やめてよ、こんなこと。」

「聞こえねえな。」
「…っ!」

なまえの耳元で、一層声を低くしたユーリが囁く。

視界を覆われたなまえには、静かな部屋の中でその声だけがやたらと大きく聞こえ、思わず息を詰まらせた。

「オレのことしか考えられないって言葉以外は、聞こえねえよ。」

その声と、身体を押さえられた感覚だけがなまえの五感を刺激する。

やがてそこに、唇にゆっくりと触れる柔らかい感覚が加わった。

(キス、されてるんだ。)

なまえは状況に理解が追いつかないまま、ただ今起こっていることを頭の中で反芻することしかできないでいる。

(ユーリの手が、熱い。)

彼の片手に掴まれた手首に、じんじんと熱が伝わってきた。

次第に深くなる口付けに抵抗しようと身をよじるも、押さえられていて叶わない。

「なまえ、愛してる…」

上手く呼吸が出来ず酸素が足りなくなり始めたなまえの頭に、時折囁かれるその言葉だけが響く。

「愛してるよ、オレだけのなまえ。」

段々と、その言葉がなまえの意識を支配するようになってくる。

(ユーリが私を、あいしてる…?)

「オレだけを見て、なまえ。」

(わたしは、ユーリだけを、みる…?)

「愛してる。」

(あい、してる。)

暗い闇の中、ユーリの熱に冒されながら薄れる意識。

なまえは弱々しく、はだけたユーリの胸元を握り締めた。


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シリアスなお話で、ユーリがヤンデレというリクエストで書かせていただきました。
ヤンデレ、初めて書きました。偽物になってないでしょうか。

騎士団辞めてから原作開始までの間、ユーリには少なからず葛藤があったと思うんですよね。
その辺りの負の部分がこのお話に繋がるように書いてみました。

怜様、リクエストありがとうございました!

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