帰るべきところ 




またここに戻って来ることができて、本当に夢みたいだ。
少し前まで、僕の周りではもっと夢の中みたいな出来事ばかり起こっていたのだけれど。

またタリム医学校で学ぶことができる。

それは僕にとって本当に本当に嬉しいことで。

もちろん勉強や研究ができるからなんだけど、それ以外にももうひとつ、理由がある。


見覚えのあるような顔も、見たことない顔も、皆通路の端でヒソヒソと話しながら僕の様子を伺っている。
お世辞にも居心地が良いとは言えない。

こうなることは想定していたし、覚悟もできていた。
それでもやっぱり復学したいと思っていたし、せっかくガイアス達が便宜を図ってくれたんだから。

けどどういう顔をして歩けば良いのか分からなくて、とりあえず自然と浮かんでくる苦笑いのまま学生課へ向かう。

すると角を曲がったところで、向かい側から歩いてくる一人の女の子が目に飛び込んできた。

その子の姿を確認して、僕の心臓が小さく跳ねた。
あの日、僕が最後にここを出た日と変わらない君の姿。

…まさか、もう会えるなんて。

向こうも僕に気付いたみたいで立ち止まる。

あ、かなり驚いてる。
目を見開いてるし、口も空いたままだ。

それもそうだよね。
戻るって連絡してなかったし。

どう伝えて良いか分からなくて、迷っている内に今日を迎えてしまったから…

「ジュード!?」

数年会わなかったとかそう言うわけでもないのに、君の声をこんなに懐かしく感じるなんて。
それだけこの日が待ち遠しかった。

「▼、おはよう。」

とりあえず片手を挙げて挨拶してみる。
復学するって決まってからずっと考えてたのに、結局上手い言葉は何も用意できなくて。

情けないと思いつつも、▼には自然体の僕のままで接したいと思ってるんだ。

僕の名を呼んでからしばらく黙ってしまった▼。
僕を見つめながら、君はよく回るその頭で何を考えているんだろう。

「それから…ただいま。」

そう付け加えると、▼の目から突然涙が溢れた。

「…ずっと待ってたよ、ジュード。」

君の震える声が僕の耳に届く。
その言葉だけで、さっきまで感じていた居心地の悪さなんてあっという間に消え去った。

長いようで短かったあの旅の中でも、ずっと君からその言葉を貰える日のことを支えにしてたんだよ。

「あの日からずっとずっと心配してて、でも復学するって聞いて…」

ひとつひとつの言葉を、自分自身で確認するように▼が話し始める。

やっぱり、心配してくれたんだね。
優しい君のことだから、僕の代わりにたくさん傷ついたかもしれない。
僕がいない間、僕と仲が良かった君はきっと周りから色々言われてただろうから。

僕は▼の前まで歩み寄ると、周りにも▼自身にも構わず抱き締めた。

ずっと仲は良かったけど、こんな風にしたのは初めてで。

「ジュード?」

また驚かせちゃったね。
君が小さく身じろぎしたのが伝わってくる。

けど、今はこうしていさせて?

「▼、ごめんね。」

君の温もりを感じることができて、やっと現実に帰ってこれた気がするんだ。

「ホントだよ。ばか…」

返ってきた言葉はいつもの君らしいものだったけど、それとは裏腹に僕の背中に腕が回ってくる。
その反応に、酷く安堵している僕がいた。

少しだけ、ほんの少しだけ怖かったんだ。

もしかしたら、君も他の学生達みたいに僕を遠巻きにしか見てくれなくなるんじゃないかって。

けど、そんな心配は杞憂だったみたいだ。

嬉しさで胸がいっぱいになる。

「ジュード、なんか変わったね。」

そんな▼の声に意識を呼び戻される。
不思議そうに僕を見上げてくる▼。

「そうかな?」
「うん。上手く言えないけど…少し、大人っぽくなった。」

そう言う▼の頬が少しだけ、赤く見える。
僕の勘違いかな?

いや、きっとこれは勘違いなんかじゃないよね。

「色々、あったからね。」
「…うん。」

本当に色んなことがあった。
これから、君にも全部話すよ。

「けど、変わってないこともあるよ。」

そう言って微笑んでみせれば、▼はきょとんとした表情を浮かべた。

僕の好きなその顔、全然前と変わってなくて安心する。

ミラが、ガイアスが、みんなが教えてくれたこと。

揺るぎない意思を貫くこと。

あの旅は終わったけど、僕の中にもうひとつ残っていたこの想い。

「▼、好きだよ。」

自然と口をついた言葉に、僕の腕の中の▼はみるみる赤くなっていく。

分かってた癖に。

前までの僕たちは、付かず離れずの関係のまま進むことができなかったけど。

「…ジュード、やっぱり変わったね。」
「うん。そうみたいだね。」

あの旅を終えて、色んなことを学んで。
少し成長した僕なら、その壁を破ることだってできるよ。

「▼の気持ちを聞きたいな。」

そう問いかければ、赤くなり切った頬を恥ずかしそうに膨らませる▼。
僕だって分かってたんだ。
けど、やっぱりちゃんと確かめたい。

「…好き、だよ。ジュードが。私も好き。」

ずっと欲しかった言葉。

やっと聞くことのできた言葉。

嬉しくて、ぎゅっと腕に力をこめた。

「ジュード、苦しいよ!」

とんとんと僕の胸を叩く手の力は弱くて、照れ隠しなんだろうなと結論付け、無視する。
ずっと待っていたこの瞬間を、もう少し噛み締めていたいから。

周りからまたヒソヒソと声が聞こえてくるけど、やっぱり気にしないでおく。

確かに僕は変わったんだろう。
けど、君へのこの気持ちは変わらないよ。

これからやることは山積みだ。

けど、▼がそばにいてくれるならもっともっと頑張れるから。

無駄な抵抗をやめて僕の胸に頬を寄せた▼が、おかえり、と呟いた。



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ジュード君からジュードさんに変わった瞬間、でしょうか(笑)
ジュードが無事に復学できて卒業できたという話がX2で聞けたので一安心しました。



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