虹色よりもカラフルな 



一年中、一日中黄昏時である、この街ダングレスト。
目に馴染んだ夕陽を浴びながら、黒髪をなびかせた青年は煉瓦造りの階段に足をかけた。

階段とは言っても数段しか無いそれをあっという間に登り終えると、ガラスの扉をゆっくりと開く。
一瞬にして鼻をくすぐるのは、彼がこの上なく愛する甘い香り。

「いらっしゃいませ。」
「おう、邪魔するぜ。」

耳によく馴染んだ声に迎えられ、黒髪の男ユーリ・ローウェルは片手を軽く挙げてそれに応えた。

「今日も一日お疲れさま。」

ユーリの視線の先で柔らかく微笑んでいるのは、先程彼に歓迎の挨拶を述べたこの製菓ギルドのパティシエール、▼・△だ。

彼女は来客がショウケースの中身に視線を移したのを確認し、そっとエプロンの皺を伸ばした。
先程の挨拶では声が上ずらなかっただろうかと気にしながら。

「明日からまた遠征なんだと。」

ショウケースの下段まで隈なく物色為る為、その長身を屈めて真剣な眼差しを向けながら、ユーリはそう言った。

「遠くまで行くの?」
「ヒピオニア大陸までちょっくらな。」
「ちょっくら、って距離でもないでしょ。」

▼はユーリがさも何でもないように言ってのけたその目的地の予想以上の遠さに苦笑を零す。
彼は、この世界テルカ・リュミレース中で活躍する新進気鋭のギルド“凛々の明星”のメンバーなのだ。

▼は彼の詳しい仕事内容などはよく知らない。
元々は凛々の明星に仕事を依頼したことで知り合ったのではあるが、彼らのギルドは他とは違い様々な内容の仕事を請け負うことで有名なのだ。

しかし陸路か海路を行くしかない他のギルドたちよりかは、どんな遠い大陸であろうと彼らの方が遥かに早く辿り着けるであろう事くらいは知っていた。

いつの間にかユーリは焼き菓子の棚の前まで移動しており、あれでもないこれでもないと物色しながら腕組みしていた。

「それなら日持ちする方が良いってこと?」

なかなか決められないらしい彼に▼が助け舟を出せば、ユーリは大真面目な顔で唸った。

「向こうに着いちまえばそんなにかからないはずなんだよ。
ただ空の移動が長いから、揺れるフィエルティア号の中でも食べやすいのが良いかもな。」

ユーリは自己解決しらしくぽんと手を打つ。

スイーツが絡むと普段以上に真剣な表情を見せる彼を可愛いとさえ思う▼は、ショウケースの影に屈み隠れて笑みをこぼした。

「それなら今日のオススメはこれかな。」

立ち上がるついでに、ケースの中から商品を取り出す。

カラフルな可愛らしい丸い形の菓子に、ユーリは目を大きく開いた。

「マカロンか。美味そうだな。」
「小分けになってるから旅の途中でも食べやすいと思うし、数日なら日持ちするから。」

いつも仕事で遠くへ赴く時にはクッキーを持って行くことの多かったユーリ。
しかし今日は、初めてこの店のマカロンを目の前にして僅かに気分が高揚していた。

「随分色んな種類があるんだな。」
「色々味見してみたらどれも美味しくできたから絞れなくてね…」

感心するユーリに、▼は困ったように眉を下げる。

経費のことを考えれば特に売れそうな数種類だけ売る方が良いのだろうが、▼は作っている内にどうしても食べて欲しい味がどんどん増えてしまい、収集がつかなくなってしまったと言う。

「オレは色んな味が楽しめた方が良いけどな。」

ユーリのその言葉には、▼が嬉しそうに微笑んだ。

「そう言えば、今までマカロンなんて置いてたか?」

そう問われれば、▼は気恥ずかしそうにはにかむ。

「お店に出したのは初めてだよ。」

試行錯誤の末、やっと納得するものが出来上がったのが今日だった。
そう付け加えれば、ユーリは数秒の間思案顔になる。

「これじゃ毒味役にしようとしてるみたいだよね、ごめん。」

その様子を見て、押し付けがまかしくなってしまったと、慌てて▼が色とりどりのマカロンが入った箱を下げようとする。

しかしそれよりも早く、ユーリの両手が▼の手を掴んで箱を押さえた。

「おい、誰がいらないなんて言った?」

そして▼が驚いて手を引っ込めるのを止めたのを確認するとフッと笑った。

「これ、くれよ。勿論全種類な。」
「ユーリ…いいの?まだ他のお客さんの評価も全く無いのに。」
「だからだろ?」

もうマカロンをしまおうとはしないもののユーリの様子を伺いながらそう念押しする▼に、ユーリは当然だと胸を張った。

「いいじゃねーか、毒味第一号。光栄なこった。」

その言葉はいつもの彼らしい返答だ。
それでも▼にはユーリの優しさがきちんと伝わってきている。

「ありがとう、ユーリ。」

だが彼は、何も感謝されることなどないと首を横に振った。

「なんつーか▼みたいだしな、マカロン。」
「えっ?」

真意がわからないと怪訝な顔をした▼には構わず、ユーリは彼女の持つ箱の中から一粒つまみ上げる。

そしてそれをまじまじと眺めてから、箱の中の他の粒に視線を移した。

「色んな色があるってのがいいじゃねえの。」

ラズベリーの赤。
ピスタチオの黄緑。
パッションフルーツの橙。
レモンの黄色。

他にも色とりどりの可愛らしいマカロンたち。

「色んな表情するのに忙しい、▼みたいだろ?」

そう言ってユーリは笑った。

▼は少しの間魂を抜かれたかのように立ち尽くしていたが、顔を赤くして反論しようとする。

「私、そんなに忙しそう!?」
「おう。今日は一段と忙しそうだぞ。」

しかしユーリは彼女の反論にもからからと笑うだけだった。

▼は不服そうにはしていたものの、やがてマカロンを小箱に詰め直すとユーリの差し出したガルドコインと引き換えに手渡す。

「…はい、どうぞ。」
「どういたしまして。」

▼とは対照的に満足そうなユーリは、包みを受け取ると再び満足そうに笑った。

それから▼に背を向け、入って来た時と同じようにガラスの扉に手を掛ける。

扉を開ける直前に少しだけ振り返ると、包みを掲げて口の端を上げて見せた。

「オレは…その方が、好きだぜ。」

それだけ言うと、今だに夕陽に照らされたままの路地へと出て行ってしまった。

「ありがとうございます」を言うことすら忘れた▼は、ただ呆けたように、ショウケースに並べたやけに気合を入れすぎて何度も失敗した紫色のブルーベリーのマカロンを眺めていた。



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連載ではなく同一夢主のシリーズものということで、甘党なユーリくんとパティシエールちゃんのお話です。

マカロンは色々な味があって目にも舌にも美味しいですよね。
ちなみに私はピスタチオが1番好きです。



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