君が虜になる甘さ 



天気の良い穏やかな日。

開け放した窓の向こうに広がる青空には、雲ひとつ無い。

広場で走り回る子どもたちのはしゃぎ声や、露店の主人が客引きをする声など、相変わらず賑やかな帝都ザーフィアスの下町。

次の仕事への出発を明日に控え、ユーリ・ローウェルは特に何をするでもなく自室で休日を過ごしていた。

昼寝中のラピードがたまに体を動かす以外は、時折ユーリの口の中で小気味よい音が鳴らされるだけ。

久々に帝都に帰ると言ったら、▼が帰省の供にこれはどうかと差し出した品。

何粒目かのそれにユーリが手を伸ばした時、彼の部屋のドアが規則正しいリズムで叩かれた。

「いねぇよ」

ユーリが気怠げにそう返すと、間を開けずにドアが開かれる。

顔を覗かせたのは、彼の幼馴染であり現在では帝国騎士団の団長を務めるフレン・シーフォその人だった。

「やあ。帰ってきてるって聞いてね」

フレンは眉をしかめるユーリには構いもせず、勝手知ったる狭い彼の部屋に上がり込む。

「ったく、誰だよ余計なこと言ったのは」
「たまたま近くまで来たんだ。あいにく今日は僕も非番でね」

彼らしい爽やかな笑みを浮かべて、フレンは窓の外に視線をやった。
相変わらず外からは子供達の笑い声が聞こえてくる。

おそらく、彼らがフレンに教えたのだろう。

「忙しいみたいだね」

フレンは傍らで寝そべるラピードの背に触れながら言う。
ラピードは特に気にしない様子で、久々の再開に無表情のまま一度だけ喉を鳴らした。

「お前に言われたくねぇけどな、騎士団長閣下」

この街どころではなく、この世界でトップクラスの多忙な人物に向け、ユーリは皮肉を返す。

フレンは肩をすくめたが、ユーリの手元で目を止めた。

「それは何だい?ユーリ」

彼が指したのはユーリがつまみ上げようとしている小さな菱型の物体である。
"カリソン"と言う名らしいその菓子は、見た目も楽しめる逸品だ。

テーブルの上に置かれた紙製の箱には、それがいくつも入っていた。

「それ?ああ、こいつか」

ユーリはフレンに手を出すように言うと、つまみ上げた一粒を彼の手に置く。

「食ってみればわかる。つっても一個しかやらねぇからな」

大事に食えよと付け加えると、ユーリは自分も一粒、彼にしては丁寧に口に放り込んだ。
それを真似て、フレンはさらに丁寧に口に含む。

すぐに溶けるような物ではなかったので歯を立てれば、砂糖のコーティングが軽快な音を立てた。

その後には、予想外に柔らかい食感。
そして果物のみずみずしい香りが鼻を抜けて行く。

「これは、なかなかに美味しいじゃないか」
「だろ?」

フレンは口の中の余韻を楽しんだ後、幼馴染を見た。
ユーリは何故か得意気に、口の端をあげて笑う。

「もう少し辛さと酸味があれば、最高だね」

フレンは真面目に考えて、そう素直に感想を述べた。

そこでユーリの得意気な顔が心底嫌そうに歪んだが、フレンは特に気に留めない。
それが彼らの日常だったからだ。
フレンにその理由まではわからなかったが。

「しかし、一体どこのパティスリーで買ったんだい?
君にしては上品な店みたいだけど」

フレンは箱の体裁を見ながら聞く。
彼の友人は、小洒落たパティスリーに出入りするタイプではないことを知っていたからだ。

「帝都にある店ではないよね?」
「相変わらず目敏いな、フレン」

またも心底嫌そうな顔をしたユーリがそう返す。
フレンの視線の先には箱にかかっていたと思われるリボンがあって、店の名前が刻印されていた。

ユーリはそれをすぐに取り上げると、ズボンのポケットにねじ込む。

「あっ、読めなかったじゃないか」
「そりゃ好都合だなあ」

いけしゃあしゃあと言ってのけるユーリに、フレンは溜息をついた。

「陛下が客人をもてなす時の茶菓子にでもと思ったんだけどね」
「なら、なおさら教えられねぇよ。
お抱えにでもされて、店たたまれちゃあ困るんでな」

フレンはそう語るユーリの様子を伺いつつ、それ以上追求はしなかった。

「大体、菓子屋なんてどこにでもあるじゃねえか。とくに帝都には」

ユーリはそう続けたが、フレンは追求しないと決めた以上心の中だけで反論する。

(なら、君こそどうしてそんなにその店に固執するんだい?)

しかし、今度こそヘソを曲げてしまわれそうだったのでそれは口には出さなかった。

「じゃあどの店かは諦めるから、どんな人が作ったのくらいは教えてくれないかい?」

いつも通りの爽やかな笑顔を浮かべ直し、フレンはそう言う。

「どんな人が作って、こんな味になったんだろうと思ってね。
僕も料理をするだろう?同じ料理好きとして純粋に気になるんだ」

「お前と同じにされたと知ったら、世界中の料理人が反乱起こすぜ」

ユーリはそう呟くが、それに対する反応はラピードがあくびをしただけだ。

「けど、そうだな」

また新しい一粒を噛み締めながら、ユーリは思いを馳せた。

万が一でも▼を城のお抱えにされたら困るとは本気で思うものの、目の前の親友に彼女の人となりを話すくらいはしても良いのかもしれないと思うユーリだった。

納得できない部分はあっても▼の菓子が褒められたことが、彼の気を良くさせている。

「菓子作りが心から好きで、菓子作り馬鹿って言ってもいいのかもな」

手元の粒を眺めながら、穏やかな口調でユーリは話し始めた。
フレンは興味深そうにそれを聞く。

「食べた人に喜んでもらいたいって一生懸命でさ。
オレとは正反対な、真面目で熱い奴だよ」

改めて彼女の人となりを思い浮かべると、そんな感想が浮かんできた。

「あの世界じゃまだ半人前なのかもしれねぇが、あの一生懸命さが作ったものに表れてるし、それが心に響くんだろうな」

(味だけじゃなくて、心に、ね)

フレンは親友の言葉に真摯に耳を傾けつつ、心の中でだけそう相槌を打つ。
うっかり言葉にすれば、この天邪鬼な幼馴染はこの話をやめてしまうかもしれない。

(君にそこまで言わせるなんて、大した人じゃないか)

フレンは微笑ましい気持ちでいっぱいになる。
ユーリは『自分とは正反対』と言うが、フレンからしてみればその人は随分とユーリに似ているような気がした。

ユーリが、手の中で持て余していた一粒をまた口に運ぶ。
さっきまでよりもゆっくりと、優しく噛み締めると、いつも以上に甘く感じられる気がした。

「……眩しいと思うんだけどよ」

口いっぱいに広がる甘美な味わいを堪能してから、ユーリはぽつりと呟く。

「なんでか、目が離せねぇんだわ」

落とした視線の先には、ズボンのポケットからはみ出たリボンの先。

自分用だからいらないと言ったのに、大事なお客様に違いないからと笑顔でリボンを箱に掛けた▼が思い浮かぶ。

自分には無いものを持っていて眩しいくらいに輝いていると思うのに、目が眩むどころか目を離したくないと思ってしまう気持ち。
その理由についてなんとなくの結論は持っているものの、まさか自分が……と認めきれないでいる。

相変わらずの素直でない自分の性格に呆れつつ、この距離感を楽しんでいるのも事実で。

もうしばらくこのままでいいか、と彼は頭の中でそう結論付けた。

それと同時に、ユーリは自分の発した言葉の気恥ずかしさに我に返った。

(余計な事考えてる場合じゃねえんだった……!)

気を許した親友の作り出す空気のせいか、ついうっかり余計なことまで言ってしまったと彼は後悔する。

「今のは砂糖の甘さにやられただけって言いたい顔してるね、ユーリ」

顔を上げ切らないユーリに向け、フレンが笑った。

「……うるせぇ」

珍しく何も言い返せないユーリだったが、それは相手がフレンだからに違いなかった。

「さ、僕はそろそろお邪魔するよ。
非番とは言えいつ何が起こるか分からないからね」

ひとしきり笑ったあと、フレンは立ち上がるとズボンの皺を伸ばす。

「じゃあまた、ユーリ、ラピード。
いつも言うけど、無茶しすぎないでくれよ」
「はいはい。お前もな、フレン」

そう言葉をかわしてから、フレンは頷いて見せると部屋を出ていった。

「君がそこまで本気なら、やはり城のお抱えにするのは諦めないといけないね」

宿屋『箒星』の外階段の途中で、一度だけユーリの部屋を振り返ってフレンはそう微笑んだ。

いつもどこか一線引いてしまう性分の親友にあんな顔をさせた、顔も名前も知らない人。
興味が沸かない訳はないが、いつか親友から紹介してもらえる日を楽しみにすることにして。

「ユーリを頼んだよ、"天使のおやつ〈グーテ・ド・アンジュ〉"のお菓子馬鹿なパティシエールさん」

実はちゃっかりリボンに書かれた店名は読んでいたフレンだったが、それは彼の胸の内だけに秘めておくことにしたのだった。

一方、親友の前で珍しく動揺してしまったユーリはだらしなくテーブルに突っ伏している。

ラピードからの同情の眼差しを背中に受けつつ、一人ごちる。

「ホント、菓子屋なんてどこにでもあるのにな。
パティシエだってそれだけいる」

最後になってしまったカリソンを、大事そうに指先で摘む。

「それなのに、もうどこでもじゃあ……
誰でもじゃ、ダメになっちまった」

噛み砕かずに丁寧に味わう最後の一粒は、今までで一番甘く感じられた。


どうしてもやりたかった、第三者に向けて無意識に惚気(?)る話でした。

カリソンはフランスの砂糖菓子なのですが、とにかく甘い(けど美味しい)と言うのが
個人的な感想です。
カラフルで目にも美味しいのですが、日本にはあまり売ってないのが残念。

ユーリのキャラがイメージ違ってたらすみません……

[back]

×