C3-01
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ルドガーは濡れた髪を適当に拭きあげると、Tシャツとスウェットのズボンに着替え、タオルを首にかけバスルームから出た。
喉はカラカラに渇いており、冷蔵庫から冷たい水を取り出してはグラスにそれを注いだ。
エルをセレナに任せシャワーを浴びている間、1人で流れる湯に打たれていると頭は悪い方にばかり考えて行ってしまいそうになった。
エルがあんな顔でバスルームから出てきた気持ちが分かったルドガーは、それを流し込むように一気にグラスの水を飲み干す。
(エルはもう寝たのか?)
あの様子では今夜は夜中に起きてきても仕方が無いな、などと考えながら、ルドガーは今ではすっかり少女のベッドルームとなってしまった自室のドアの前に立った。
Character episode3 すれ違う気持ち
中からはセレナとエルの話し声が微かに聞こえてくる。
声を掛けるか考えあぐねていたが、もうしばらくセレナに任せた方が良いかもしれないという結論に至る。
しかし一応どんな様子かだけ確認しようとドアの横の壁に背中を凭れ、2人の話し声に耳を澄ました。
(盗み聞きしてるみたいだけど、様子を確認するだけだからな)
誰かに責められたわけでもないのに、ルドガーは頭の中でそう言い訳をした。
どうやらセレナとエルはルドガーが想像していたよりも明るいトーンで話しているらしい。
(何の話をしてるんだ?)
ルドガーは腕組みし、目を瞑って聞こえてくる音に集中した。
部屋の中ではセレナとエルが、相変わらずミラとの思い出話に花を咲かせていた。
エルはその話をしている間側にミラがいてくれるような心地がして、これがセレナの言っていた“忘れない限りここにいる”という事なのだと感じていた。
「あのときのミラ、エルよりびっくりしてたよね!」
「そうそう。すごい可愛い反応だった」
「ミラ、なんだかんだいって女の子らしいもんね!」
「そうだね、ふふ」
セレナは微笑みながらふとドアに目をやった。
エルはセレナの顔を覗き込むために、寝ながら少し頭を動かした。
「……ううん、ごめんなんでもない」
セレナはそう言って何でもないように笑ながら首を横に振るが、エルには一つだけ心当たりがあった。
「ルドガーのこと?」
突然自分の名前が出てきたことにドアの向こうでルドガーが息を飲んだが、それには2人は気付いていなかった。
その言葉を受けて、セレナはエルに視線を戻した。
「……うん」
そしてセレナは困ったように眉を下げながらはにかんだ。
「辛い思いさせちゃったなって」
「……うん。エル、ルドガーが一番つらいと思った」
エルもセレナに同意した。子供である自分と違い、しかも男性であるルドガーはなかなか泣いたりしてその悲しみを表にできないだろうことは少し考えれば分かることだ。
ミラの手を最後まで離さなかったのにミラ自身がそれを振りほどいてしまったことで、結局彼女は帰らぬ人となってしまった。
そのことがルドガーに重くのしかかっているだろうことも、想像に難くない。
「こんなとき、ミラならどうしたのかな」
セレナは、ミラとルドガーの2人が並んだ姿を思い描く。
「ミラならきっと、ルドガーのこと支えてあげられるんだろうな……」
ルドガーはドアの向こうから聞こえてくるセレナの悲しげな声色に驚き目を見張った。
セレナがそんなことを考えていたとは思いもよらなかったのだ。
それから続く2人の会話に、彼はさらに驚くことになる。
「エル、セレナがルドガーのこと支えてあげればいいと思うよ?」
「私が?」
「だって、セレナはルドガーのこと……」
少し間が空いて、ルドガーは次の言葉を待った。
「……うん。好き、だよ」
「えっ……?」
ルドガーはまず自らの耳を疑い、それから小さく声を漏らした。
幸い中の2人にまでは届いていないようで、特に反応は返ってこなかった。
(今なんて言った?セレナが、俺のことを……?)
「なら、セレナが支えてあげればいいと思う」
ルドガーの考えを他所に、2人の会話は続いていく。
「パパがね、大切な人のことはあきらめたらダメだって言ってた。パパは昔、あきらめちゃったときあってすごく後悔したんだって」
「……そうなんだ……」
「だからセレナがルドガーのことが好きで、大切な人なら、あきらめないでそばにいてあげなきゃダメだよ」
「エル……」
「その方がミラもうれしいと思う」
幼い少女の熱のこもった声がルドガーの思考を何とか現実に繋ぎ止める。
しかしルドガーは、突然明かされた予想外の事実に、ずるずるとその場に座り込んでしまった。
ルルが怪訝な目で見ているが、彼にはそんなことを気にしている余裕が無い。
熱の集まる顔を左手で覆い、片膝を立ててそこに顔を埋めた。
(セレナが俺を、好きだって……?)
しかし次に聞こえてきた言葉に、ルドガーはハッと顔を上げた。
「ミラがいなくなったからって、じゃあ私が、なんて……できないよ」
「セレナ……」
エルの、どこか悲しげな声が聞こえてくる。
「私はミラがいなくなった悲しみを分かち合うことはできても、ミラにはなれないから……」
「でも、ルドガーは……」
エルはその続きを言ってしまおうかと思ったが、切なげに微笑むセレナの顔を見て、口を噤んだ。
今のセレナにエルの口から本当のことを話しても、慰めにしかならないだろうと感じたからだった。
少女は少女なりに、人の気持ちをちゃんと理解している。
セレナはエルが心配そうに自分を見つめていることに気付き、慌てて笑顔になる。
「エル、眠れそう?」
そして、この話は終わりだと言った風にエルの頭を撫でた。
「うん、たくさんのミラのはなししたからかな、眠くなってきた」
そう言われて考えれば、エルはだいぶ瞼が重くなってきたことに気付いた。
セレナはエルにブランケットを掛け直してやる。
「眠れるまでここにいるね」
「うん、ありがと……セレナ」
エルが瞼を閉じるのを見てから、セレナは規則正しいリズムでその頭をゆっくりと撫でる。
それから、幼い頃よく母が歌ってくれた子守唄を口ずさみ始めた。
その歌詞の無いメロディーは、未だ部屋の前で座り込んでいたルドガーにも、目を閉じたままのエルにもよく聴き覚えがあるものだった。
「エル、この歌きいたときある……パパがよく歌ってくれた……」
「これは、クルスニクの一族に伝わる古い歌なんだって。エルはマータ家の子みたいだから、私と同じ、クルスニクの分家の血を引いているんだろうね」
セレナの生家であるカトリア家も、現在の家であるバクー家もクルスニク一族の分家の末裔だ。
マータ家という分家があることも聞いているが、エルの親らしき年齢の夫婦はまだ見つかっていない。
「エルも……セレナやルドガーとおなじ……」
「多分だけどね。クルスニクの血を引く人間は沢山いるから」
そう言って、セレナは鼻唄を続ける。
「そっかぁ……パパもママもルドガーもセレナも……エルもみんないっしょ……」
そう呟きながら、エルはだんだんと意識が心地よい波に溶けて行くのを感じた。
ルドガーはただ、兄の声を思い浮かべながら、その懐かしい歌を黙って聴いていた。
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夢主がなんだか頑固な感じになってしまっております……
大切な人を無くしすぎて、自分に自信がないんですね。
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