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ホール内を眩い光が包む。
しばらくしてそれが収まると、そこには豊かな金髪を靡かせた女が立っていた。
セレナ、ジュード、アルヴィンの3人は、突然身体が楽になったのを感じた。
ジュードはよろめきながらも立ち上がると、中央に凛として立つその女に近寄る。
「ミ……ラ……」
ジュードは震える声で彼女のことを“ミラ”と呼ぶ。
しかし呼ばれた方はジュードの口元に指を当て、その続きを遮った。
「やっとおでましだね、ミラ=マクスウェル」
リドウの言葉と先程のジュードの呟き。
それに何よりその容姿から、セレナは彼女が正史世界のミラだということを理解した。
見れば、彼女の後方には見たことのない不思議な存在が四つ控えており、恐らくそれが四大精霊だろうということも想像に難くない。
ミラ=マクスウェルはリドウには目もくれずエルの前まで歩み寄り、エルが抱えていた“ミラ”の剣を貸してくれと声をかけた。
エルがおずおずと剣を差し出すと、ミラは礼を言ってそれを丁重に受け取る。
そして振り向いてリドウに剣先を向けた。
「相応の礼をさせてもらう」
ミラの凛とした声が響く。
セレナはその一連の光景をしばらく惚けたように眺めていたが、リドウがナイフを構え直して走り出したのに気付きエルの元へ走った。
「あ、そう。大精霊って、寝起き悪いんだ?」
「エル、こっちよ!」
エルはショックが大きすぎたせいなのか、ただミラを見つめているだけで微動だにしない。
セレナはエルを抱き上げると、マルシアと同じところまで連れて行く。
「セレナ……ミラは……?」
エルが虚ろな瞳でセレナを見上げた。
セレナは返す言葉が見つからず、ただエルをきつく抱き締める。
「ごめん……私、また何もできなかった……」
その言葉にエルが目を見開く。
恐らく分かってはいるのだろうが、受け入れられていないのだ。
そう簡単に受け入れられるはずがない。
セレナはマルシアとエルにその場で隠れているように告げ、銃とワイヤーを取り出してルドガー達の元へ駆けて行った。
ルドガーの横まで追いつき、間髪入れずに交互に銃弾を撃ち込んでいくセレナ。
その目には、四大精霊と精霊の主の強大な力が織りなす精霊術の嵐が映っていた。
対するリドウは数人のエージェントを従えていた。
セレナには見覚えの無い顔ばかりだが、その兵装からおそらく戦闘部門のエージェントだということが分かる。
骸殻化したリドウをミラやジュードにまかせ、セレナはエージェント達の方に照準を変えた。
「どうしてあなた達まで!」
セレナはエージェントの1人の腕をワイヤーで拘束した。
エージェントは苦痛に顔を歪めながら吐き捨てるように言う。
「……逆らえば殺されるだけだ。あなたのように“守られて”はないのでね!」
「……っ!」
その言葉を聞いて、セレナは悔しさとやるせなさで一瞬手を緩めてしまう。
しかしエージェントが拘束を解くより早く、アルヴィンが横からその脚を撃った。
「相手に呑まれるな!こいつらはただ逃げてるだけなんだよ!」
(……昔の俺と同じで)
心の中でだけそう付け足したが、それは誰にも届かない。
「アルヴィン、ごめん!」
「良いって。お礼はデート一回でどう?」
アルヴィンがウィンクしながら言えば、セレナは戦闘中と言うことを一瞬忘れてしまうくらい面食らって瞬きを繰り返す。
商人はそんなセレナの様子を見てニヤリと笑うと、別の標的の元へと走り出した。
その時、ミラがイフリートを従えて放った強大な焔がリドウを襲う。
リドウはなんとかそれを受け止めたが、骸殻化は解け、その場に膝をついた。
「……ありがとう、もう1人のミラ」
ミラ=マクスウェルが自分の掌を見つめて呟いた。
エルが駆け寄ってきてミラの姿をしばらく見た後、ジュードに問いかける。
「ジュード、この人……だれ?」
しかしジュードは言葉に詰まり、何も答えられなかった。
するとリドウがよろよろと立ち上がって、相変わらず不敵な笑みを浮かべた。
「強いなあミラ=マクスウェル。ファンになってしまいそうだよ」
そう言いながらリドウは少しずつ後ずさった。
「その調子で、道標集めもよろしく頼むぜ」
「待て!」
そう言って右手に黒匣を掲げたリドウに、ルドガーが詰め寄ろうとする。
しかしその黒匣に見覚えのあるセレナが制した。
(あれは逃走用黒匣……!)
「下がってルドガー!」
ルドガーが反射的に足を止めた瞬間、ボン!という音がして辺りに煙が広がる。
すぐに煙は引いたが、もうそこにリドウの姿は無かった。
セレナ達はすぐさま手分けして人質に取られていた乗客達の縄を解いた。
その間にマルシア首相はルドガーの前に歩み出て、手を差し出した。
「ありがとう。あなたはクランスピア社のエージェントね」
ルドガーは握手に応じようとしたが、差し出しかけた自らの手を見て、固まったように動かなくなってしまった。
その手にはもう、離してしまった彼女の温もりは、無い。
首相はなんとなく事情を察し、ルドガーの非礼を非難することは無かった。
そこへ最後の人質を解放したセレナが歩み寄ってくる。
「危険な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした、首相。もう少し早く私が辿り着いていれば……」
セレナは深く頭を下げた。
しかしマルシア首相はセレナの両肩に手を起き、上体を起こさせた。
「いえ、あなたが来てくださらなければ皆どうなっていたことか……感謝します、ミス・バクー」
それからマルシアは微笑む。
「あの紅いスーツの男性の身元については、あなた方にお任せして構いませんね?」
「首相……」
「あなたのお父様にはこれだけでは返しきれない“借り”がありますからね……これで少しは足しになるかしら?」
マルシアの言葉にセレナは押し黙ってしまった。
確かに、クランスピア社の後押しがなければ彼女は首相の地位を得ることができなかったであろう。
事実、断界殻解放まではビズリーはあの異界炉計画推進派の政党を支持しており、そちらが政権を握っていたのだ。
だが断界殻解放により養父は外交に対して穏健派のマルシアを推し始めた。
セレナは当時まだ学生だったこともありその理由については知らされていなかったが、おそらくリーゼ・マクシアを巨大な市場と見越してのことだろうと考えていた。
何も返さないセレナの目を見つめもう一度微笑みかけてから、マルシア首相は共に救出された部下の男性に伴われて去っていった。
(彼女も、綺麗事ばかりでは生きられない1人……)
セレナはマルシアの背中を見つめながら、心の中でそう呟いた。
その後程なくして、解放された航海士達のおかげで無事ペリューン号はマクスバードに到着した。
セレナ達が船から降りると、ガイアスやローエンをはじめしたいつものメンバーが揃って待っていた。
レイアがいち早く、セレナ達の後ろから降りてきた人物の顔を確認して駆け寄ってくる。
「ミラ!」
それに続いてガイアスやミュゼも言葉をかけた。
「現れたか」
「ああ……ミラ!無事でよかった!」
「心配かけてすまない」
ミュゼに抱きつかれたままのミラが、かつて共に旅をした仲間達の顔を次々と見た。
皆口々にミラとの再会を喜ぶ。
しかしそれを遮るかのように、エルが叫んだ。
「心配なんかしてないし!エルが心配なのは違うミラだし!」
その声に全員がエルを見る。
堪らずにルドガーがエルを抱き締めた。
そしてセレナもその横に膝をつき、ルドガーに抱き締められたまま泣きそうな顔のエルの頭を、自らも泣きそうになるのを堪えて優しく撫でた。
その口からは、謝罪の言葉しか紡がれない。
「ミラ……またスープ作ってくれるって言ったのに……」
「エル……ごめん……ごめんね……」
それを見たガイアスがジュードに鋭く紅い目を向けた。
「何があった?」
ジュードは簡潔に、中であったことを説明した。
リドウがマクスウェル召喚の為にアルクノアのテロ計画を利用していたこと。
分史世界のミラをおびき寄せ、生贄にしたことでミラ=マクスウェルがこの世界に戻ってきたこと。
そして、分史世界のミラはもうここにはいないということを。
「そんなことが……」
エリーゼが呟いた。
先程までミラとの再会を喜んでいたレイアやミュゼも押し黙る。
そこへ、後から船を降りていたマルシア首相が現れた。
「事情は分かりました。
あの女性……ミラさんのおかげで、無事に調印式が行えるのですね」
マルシアの姿を認めたガイアスとローエンが彼女へ歩み寄る。
「ガイアス王、ローエン宰相。この度は危ないところをお助けいただき本当にありがとうございました」
「ご無事で何よりです」
マルシアの言葉にガイアスが首を横に振る。
そしてなんとマルシアは、この場で和平条約に調印してしまおうと提案したのだった。
驚くローエンがマルシアの真意を探るような目で問う。
「エレンピオスの政府高官には反対派も多いと聞いていますが、よろしいのですか?」
マルシアはそれに、いたずらっぽく笑って答えた。
「ご心配なく。これを機に反対派に攻勢をかけます。アルクノアと繋がるものも多いでしょうし……証拠がなければ、でっちあげてでも」
ローエンは驚いた様子を見せたが、すぐにニヤリと笑い返して見せた。
「今のは聞かなかったことに」
「勿論オフレコのつもりですけど、この発言をどう使うかはお任せしますわ」
「よろしいのですか?」
「“借り”を作るのは嫌いなのですよ。それに、綺麗事ばかりの相手は信じられないでしょう?」
マルシアは微笑み続けながら、一瞬だけセレナを見て、またローエンに視線を戻した。
セレナは目を細め、ガイアスとマルシアが握手を交わすのを眺めていた。
マルシアはその後ルドガーに御礼だと言って愛用のものと同じコサージュを渡した。
本人曰く買収ではないらしいが、彼女のお茶目な趣味なのだろうか。
それからセレナにも同じものをくれたのだった。
「お近付きの印に差し上げるんですのよ」
そう言って彼女はまたいたずらっぽく笑い、部下を伴って去っていった。
セレナはその小さなバラのコサージュを掌に乗せ、気高く咲き誇るのに棘がある……まさにバラはマルシア首相そのものだな、とぼんやり考えていた。
ローエンが署名を綺麗に巻いて大事にしまいこむのを見届けると、ガイアスはミラに向き直った。
「ミラ、早速だが現状を説明してもらおう」
「分かった」
「ミラって言わないでよ!!」
ミラが皆に向き直った瞬間、エルがその目に涙を浮かべて叫んだ。
「エル、聞きたくない!」
「エル!」
そしてエルは人ごみに向かって走り出してしまった。
それを反射的にルドガーが追いかける。
セレナも追いかけようか迷っていると、ミュゼがセレナの肩に手を起き、問いかけた。
「一つだけ教えて?“あの子”の最期は……ひとりぼっちだった?」
一瞬にしてセレナの脳内にそのシーンが再生される。
リドウに詰め寄るエル。
ルドガーの絶叫。
そして、最期までエルを心配していたミラの声。
セレナは目を閉じながら、ゆっくりと首を振った。
「ミラは、エルを助ける為に……」
「……そう」
ミュゼは悲しげに微笑む。
「もう一人妹が出来たみたいで、楽しかったわ……」
そしてミュゼはセレナの頬に手を当てた。
「妹を亡くすって……こんなに辛いことなのね」
セレナはミュゼの言葉にはっとした。
ミラはミュゼの妹で、分史世界の存在とは言えやはりその死は耐え難き辛いものだ。
それはセレナも経験済みだった。
「2人を追おう」
ミラが声をかける。
そして歩き出す前にセレナに振り向いた。
「“ミラ”の分まで、私は為すべきことのために歩き続けねばならない」
セレナは少しの間ミラを見つめ返してから、静かに頷いた。
そして歩き出した仲間達の1番後ろにつく。
最後に一度振り返れば、そこには停泊中のペリューン号がある。
警察やクラン社の制服を着た人達が忙しなく船内を行き来しているのが見えた。
ペリューン号に顔を向け、目を瞑って大きく深呼吸をする。
彼女の照れたような笑顔が浮かんだ気がした。
そしてセレナは目を開くと前を向き、仲間たちの背を追った。
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原作プレイ時に、マルシア首相がリドウの素性を調べない訳がないと思い、全く触れないのでおかしいなーと思っていました。
ので、私なりの解釈をしてみました。
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