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「その方から離れて下さい!」

セレナは銃を構え、前方に向かって叫ぶ。
銃口の先では、紅いスーツの男が中年の女性の腕を掴んで無理矢理立たせていた。

「おやおや……まさかお嬢様にお越しいただけるなんて」
「あなたは……」

紅いスーツの男リドウは、つまらなそうにそう言ってセレナを見る。
掴まれている女性の方はセレナの顔を確認して目を細めた。

「マルシア首相に何をするつもりですか!」
「お友達はご一緒じゃないんですかねえ?」

リドウはセレナの問いには答えない。
彼は中年の女性……エレンピオス首相マルシアの腕を掴んだままニヤついている。

(やっぱり狙いはミラ……!)

セレナはリドウを睨みつけた。

「あいにく私1人ですが」
「それは残念。お友達を連れて来てくれてたら、“社会科見学”に百点満点さしあげても良かったのに」

リドウはそう言って、大袈裟にため息を着いてみせた。

「これじゃ及第点にもならない」
「リドウさん!」

セレナが銃を構え直し、再び叫ぶ。

「何故こんなことを!」
「何故って……もしこれが“誰か”の命令だったら、ご納得いただけるんですか?」

“誰か”の部分をイヤに強調し、リドウがセレナを見下したように口の端を上げて笑う。

セレナはそれを見て彼女にしては珍しく舌打ちした。
この男は、セレナが養父に逆らえないことを知っている。
ただしそれはリドウ本人も同じだったが。

「ご安心下さいお嬢様、お父上は知りませんよ。
私は社長の顔色を伺ってしか動けない人間ではありませんので」

その言葉にセレナはギリリと奥歯を噛み締めて、怒りに任せて引き金を引きそうになるのを耐えた。

その時後方で、中央ホールの扉が勢い良く音を立てて開かれた。
それと同時にマルシア首相が叫ぶ。

「近付いてはいけません!」
「余計な発言はお控えを」

リドウはマルシアの頭を押さえ込んだ。
セレナは自分の後ろに複数の足音がせわしなく近付いてくるのを聞いていたが、リドウから視線を外せない為に振り向いて確認することができない。
おそらく自分の予想は当たっていると確信を持っていたが。

「セレナ!?」

(来てしまった……)

「おや、お嬢様。やっぱりお友達連れじゃあないですか」

セレナは後ろからかけられた少女の声を聞き、より一層リドウを睨みつけたが、リドウはそんなことを微塵も気にしていない様子だった。

「では、お約束通り満点を差し上げましょう」
「リドウさん!どうしてあなたが!」

リドウがそう言い終わるか終わらないかのうちにジュードが叫んだ。
それに対してリドウはまたしても嫌味な笑みで答える。

「どうしてって……マクスウェルの召喚を手伝ってあげようってのに、そんな顔するなよ」
「リドウ!!!!」

セレナがリドウの言葉を遮ろうと叫んだが遅く、リドウの言葉はしっかりとジュード達に届いてしまった。
リドウはセレナに視線を移した。

「おや?お嬢様はご存知でしたか。ああ、社長が話したのかあ」

そして再びニヤニヤと妖しく笑った。
セレナの方は何も答えなかったが、後ろからルドガーが声をかけた。

「セレナ、どういうことだ……?」

セレナは今だ両手で銃を構えたまま視線だけ斜め後ろにやった。

「リドウさんはここに、ミラ=マクスウェルを召喚する気なのよ」
「マクスウェルの召喚!?そんなこと!」

リドウが人質にしてある乗客の1人を蹴り飛ばした。
ジュードが堪らずリドウに殴りかかる。

「ジュード!煽られてはだめ!」

セレナが焦って叫ぶがジュードは止まらない。
ミラは後ろで目を見開いていた。
振り向いたリドウは、一瞬にして骸殻化する。

「我が社にはその術式がある」

リドウは軽々とジュードをいなす。
その横から今度はアルヴィンが斬りかかった。

「ハッタリにしちゃあ三流だな!」

リドウはアルヴィンのことも、いとも簡単に蹴り飛ばす。

「クランスピア社が、マクスウェルを最初に召喚した人間……クルスニクが興した組織でも?」

その言葉に、今度はルドガーが目を見開いた。
セレナは銃を片手に持ち替え、マルシアに駆け寄る。
その表情には隠し切れない怒りと焦りが現れていた。

ルドガーは走っていくセレナの横顔を見て、リドウの言葉が真実だと悟った。

「条件はやかましいんだが……まずは、生体回路」

リドウはそう言いながら、同時に飛び込んできたジュードとアルヴィンを弾き飛ばした。

二人がそれぞれ別の方向へ飛ばされ術式が描かれた壁にぶつかると、黒匣による精霊術、算譜術が起動される。

「うわあああああああっ!」
「……ぐはあっ!!」

ジュードとアルヴィンが苦痛に叫ぶ。
セレナはマルシアを後方へ逃がすと、今度は2人を助け出す為走り出す。

しかしその前にリドウが立ち塞がった。

「付け合わせに一族の人間を、っと」

そう言いながらセレナの後ろに回ると、片腕を掴んで柱へ向かって投げ飛ばした。

「きゃあっ!」
「セレナ!!!」

ルドガーが叫ぶが、セレナも怪しげな黒匣に囚われてしまい苦痛に顔を歪める。

セレナは全身を貫く痛みに絶えながら目を開いた。
すると、正にミラがリドウに斬りかかろうとしているところだった。

「ミラ……!逃げて……!!!」

セレナは叫ぼうとするが、力を吸い出されてしまっており、掠れた声にしかならなかった。
迷いのある剣さばきだった為か、遂にミラは剣を弾かれてしまう。

「で、隠し味は……」

そこでリドウが手を上げると、ミラの足元で術式が起動し光が溢れた。

「生贄だ」

「きゃああああっ!」
「うおおおおおおおおおおおっ!」

ミラは術式により空いた大穴に落ちていく。
それを骸殻化したルドガーがすんでのところで手を掴み引き留める。

「ミラ!ルドガー!!」

エルが悲痛な声を上げた。

「リドウーーーーーーーーっ!!」

ジュードも苦しみながらも声を上げた。
リドウはジュードに一瞬だけ視線をやる。

「素直になれよ、ジュード・マティス。
会いたいんだろ?愛しのマクスウェル様に」
「くっ……」
「ジュード!」

リドウに核心を付かれたのか、ジュードは歯噛みして押し黙ってしまう。
セレナがそれを非難する声を上げた。

(ミラだって……ミラなのに……!)

セレナは気づいていた。
ジュードがミラを“ミラさん”と呼び続ける理由。

ミラとミラ=マクスウェルの違い、別人だからと言えばそれまでだ。
しかし彼にとっての“ミラ”は特別な人物だからこそ、ジュードは今ここにいるミラをミラと呼んでやれなかったのだろう。

それは責めることのできないことだ。
ミラはもとより分史世界から連れて来てしまった存在だ。
この世界には元々別のミラが存在していたのに、それが原因で彼女はここに戻ってくることができないのだから。

(でも、そんなのあんまりだよ!)

マクスウェルを知らない者にとっては、ミラとはこのミラなのだ。
セレナにとってだけではなく、あんなに懐いているエルや、ルドガーにとって。

分史世界のミラのせいで正史世界のミラが戻って来られないということを認めてしまうと、ここにいるミラは“偽物”だということをも認めてしまうことになる気がした。
そうなってしまえばミラは自らの退場を受け入れざるを得なくなってしまう。

(エルはどうなるの?ルドガーは……!?)

セレナは泣き出しそうな顔でルドガーと、その手に掴まれてはいるものの今にも奈落の底へ落ちて行ってしまいそうなミラを見た。
身体に力が入らず、叫びたいのに声も出ない。

ふと、視界の端を少女の姿がよぎった。

「このっ!これ!止めてよ!!」

ミラが落とした剣を拾ったエルが、両手でなんとかそれを持ち上げてリドウを切りつけていた。
しかし、勿論骸殻化したリドウはそんなことを気にも留めない。

「大人気だな、ニセモノ」
「ニセモノじゃない!ミラはミラだよ!!!!」

リドウは鼻で笑うが、エルは必死に叫ぶ。

セレナからはミラの姿は殆ど見えない。
ミラは今どんな表情なのだろうか……セレナはそれが気になって仕方がなかった。

「諦めちゃダメ!ミラー!」
「お前は諦めろ」

エルはミラになんとか戻ってきてもらいたいという気持ちで叫ぶが、剣を弾かれ、腕をリドウに踏みつけられてしまう。

「エル!やめてリドウさん!」

セレナはやっとの思いで叫んだ。
しかしさらにリドウはエルに向け、両手に何本ものナイフを翳した。

その時ルドガーが叫んだ。

「しっかりしろ!誰がエルのスープを作るんだ!」

ミラがルドガーに、エルを助けるため手を離せと言ったのだ。
しかしミラは悲しげに笑ってそれに答えた。
その表情は、ルドガーからしか見えない。

「ごめん……あなたが作ってあげて?」
「おい!ミラ!」

「それから……あの子にちゃんと伝えないと、いつか離れていっちゃうわよ……そんなの、私が許さないから」
「ミラ!!!!」

ルドガーはミラの名を叫び続ける。
しかしミラはそれには答えず、殆ど聴き取れない程小さな声で呟いた。

「……嫌いじゃなかったわ」

そして、ルドガーの手を振り払った。

「お願い!エルを!!」
「ミラァァァァァァァ!!!!」

ミラの最期の言葉と、ルドガーの絶叫がホール中に響き渡る。
ルドガーが奈落の底へ向けて手を伸ばす。
しかしもうそれを掴む手はいつまでたっても伸びて来なかった。

セレナの目にはそのルドガーの姿が、まるでスローモーションを見ているようにゆっくりとコマ送りで、しかしはっきりと映っていた。

そして、ほどなくして辺り一面に光の洪水が溢れたのだった。



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ミラの最期の言葉、何と言っていたと思いますか?



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