11-02
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ルドガー達はアルヴィンのかつての仲間のマルコという男を半ば脅迫する形で、なんとかペリューン号に辿り着くことができた。
乗り込んで早々アルクノア兵と戦闘になり、その中でミラがやたらに無茶して戦っていることにルドガー達は気付いていた。
先程も1人でアルクノア兵に突っ込んでいき、返り討ちになりそうになったところをルドガーが助けたのだ。
「無茶するなって。死んじまうぞ?」
「その方が……良かったんでしょ」
「そんなはずないでしょ!ミラさんはその方が良かったって思ってるんですか!?」
アルヴィンがミラの肩を叩くが、ミラはそっぽを向いて吐き捨てるように言った。
それを受けたジュードが珍しく怒りを露わにしてミラに詰め寄る。
しかしミラは言葉に詰まった後、振り返ってその光景を呆然と見ていたマルコに尋ねた。
「……首相たちは?」
「あ、えっと、中央ホールに集められてるはずだよ」
「そう……行きましょう」
マルコが答えれば、ミラは歩き出してしまう。
ジュードはその様子を無言で見ていたが、やがてアルヴィンやルドガーに促されてその後ろに続いた。
船内にはそこかしこに争った形跡が残り、倒れている乗客達がいた。
ジュードはその中にまだ息がある乗客を見つけるとすぐさま治癒術を施こす。
何回かそれを繰り返しながら、ルドガー達は奥へと急ぐ。
ミラは黙って先を歩いた。
しかし幾つ目かの扉をくぐった時、倒れている乗客の死体に足をとられ倒れそうになる。
「きゃっ!」
「気を付けて、ミラさん」
しかしミラが倒れる前にジュードがそれを支えた。
ミラは無言で自分の足元に横たわる、数十分前までは当たり前のように生きていたであろう男の姿を見た。
「ねえジュード、ジュードはなぜ私を“ミラさん”って呼ぶの?」
「なぜって……ミラさんはミラさんでしょ?」
「そうね。あなたたちのミラの“偽物”ね」
「偽物って……そういう意味じゃ!」
「じゃあどういう意味なの?」
ミラはだんだんとヒートアップしていきジュードに食ってかかる。
ルドガーは二人の間に割って入った。
「ケンカしてる場合じゃないだろ!」
「でも……!」
ミラが抗議の声をあげるが、ジュードがそれを制した。
「僕にとって“ミラ”は“ミラ”だけだから。
本物とか偽物とかじゃなくて、“ミラさん”は“ミラ”とは違う人なだけです。だから……」
「分かったわ」
ジュードが言い終えるより先に、ミラがジュードに背を向け頷いた。
それからジュードとアルヴィン、ルドガーが歩き出した後ろ姿を見たミラは再び小さな声で、よく分かった……と呟いた。
と、ミラの横からエルが顔を出した。
「あのさ……エルのミラは、ミラだけだよ。セーレーのミラなんて会ったときないし」
「慰めてくれてるの?」
エルの言葉にミラは少し表情を緩め、呆れたように笑った。
「別に!エルはミラのスープとかすきだから言ってみただけ!セレナもそう言うと思う」
エルは照れ隠しなのか、早口でそう言った。
少し頬が赤い。
ミラは、胸の中にあった靄が少し霞んでいく気がして、エルを見下ろした。
「じゃあこれが終わったら、またスープ作ってあげる。今度はあの子にもね」
「じゃあ食べてあげる。セレナもよろこぶよ」
二人は微笑み合い、手を取って歩き始めた。
ミラの微笑みは、少しぎこちないままだったが。
一行が連絡通路に出ると、そこにはアルクノア兵の死体が複数転がっていた。
「これは……!?」
「仲間割れか?」
ジュードが眉を寄せて辺りを見回す。
アルヴィンが死体の一つを確認するが、何か細いもので切られたような傷と銃弾による致命傷が与えられていること以外に詳しいことは分からなかった。
するとその時、死んでいたと思っていたアルクノア兵が1人よろよろと起き上がった。
しかしかなり傷ついており、もう立っているのもやっとという感じである。
「……お前は、マクスウェル……?」
「だったら何よ!」
ミラは気丈に言い返す。
「やっと会えた……!」
そういいながらアルクノア兵は手にした装置を起動させる。
ジュードは微かに辺りのマナが揺らぐのを感じた。
「下がって!」
「あの小娘に邪魔されなければ!!」
ジュードが仲間たちを下がらせたのと、アルクノア兵が叫んだのはほぼ同時だった。
辺りを光が包み、爆発音がする。
しばらく顔を覆っていた一同は光が収まるのを待って腕をどかしたが、そこにはもうアルクノア兵はいなかった。
「まさか自爆するなんて……」
「ミラさん、怪我はない?」
「アルクノアのミラへの怨みはハンパないからな」
アルヴィンが苦い顔をしながら言うと、ミラはそれを受けて吐き捨てた。
「この世界のミラが、壊滅しそこなうからよ」
ミラは自分の世界のアルクノアを壊滅させたのだ。
それなのによりによって“正史世界”のミラ=マクスウェルがそれをし損なっていたことに歯噛みした。
しかしジュードの次の言葉に、ミラは耳を疑った。
「僕にとってはよかったんだけどね」
「え?」
「僕の父さんは、元アルクノアなんだ。リーゼ・マクシアで母さんに出会って、僕が生まれたから足を洗ったみたいなんだけどね」
「えっ!?ってことは!」
ミラはジュードに問いただそうとする。
しかしその瞬間、船内に警報が響いた。
アルヴィンが一同を先へと急がせる。
たがミラは一瞬立ち止まり、愕然とした表情を隠せずにいた。
「……私は、私の世界でジュードの父親と赤ん坊のジュードを殺したってこと……?」
ミラは自らの掌を見つめた。
「おい、早く行くぞ!」
しかし前から飛んできたアルヴィンの呼び声に、ただ走り出すことしかできなかった。
「ねぇ、さっきのアルクノア兵、最後に気になることを言ってたけど……」
ジュードが頭を指で押さえながら言う。
一行は中央ホールを目指しながらも、アルクノアの目を掻い潜りながらの為になかなかすぐには辿り着けないでいた。
「『あの小娘の邪魔がなければ』って言ってたよな?」
ルドガーが確認すると、ジュードは頷く。
「あそこで倒れていたアルクノア兵たちは、たぶんその人の仕業なんだろうね」
「あれだけの人数を“小娘”が1人で倒したって言うのかよ?」
「でも、複数いたらあんな言い方しないと思うんだ。それにあの傷の感じ……」
アルヴィンの問いにジュードが答える。
ルドガーもそれにはどこか思うところがあった。
その時、視界の先に生きている乗客の姿が映った。
ジュードが駆け寄ると、座り込んでいた乗客が顔を上げる。
「大丈夫ですか!?」
「私達はなんとか……」
「今治癒しますね」
「ああ、ありがとうございます……」
「この辺にはアルクノアはいなかったのか?」
ジュードが治癒術を施す間、アルヴィンは辺りを見て乗客に聞いた。
「少し前に女性の方が1人来て、アルクノアを引きつけて私達を逃がしてくれたんです。ここにいた兵達は皆その人の後を追って……」
「さっきの兵が言ってた人のことじゃないかな」
「若い女性でしたが、確かあれはクラン社の制服だったような……」
「それってまさか!」
乗客の言葉にミラが声を上げた。
ルドガーはGHSを開く。
実は、後から合流すると言っていたセレナとはあの後連絡が取れていなかったのだ。
しかし待っているわけにもいかず、メールだけ送ってペリューンに乗り込んだのだった。
「セレナなのかな……」
エルが不安そうにルドガーの顔を見上げた。
しかしここはかなり陸地から遠いせいか、GHSの電波は圏外になっている。
もしかしたらセレナはあの後メールを見て、連絡を入れてくれているかもしれない。
だがそれを確認する術はなかった。
ルドガーはじっとGHSの画面を見つめる。
「中央ホールはもうすぐだ。そこまで行けば分かるぜ」
アルヴィンがルドガーの背中を軽く叩いた。
ルドガーはそれに頷き返すと、GHSを閉じてポケットにしまった。
その思い詰めた横顔を、ミラが横目で見ていたのだった。
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ジュードの気持ちも分からなくもないのですが……
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