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ルドガー達がビズリーに呼ばれ、時空の狭間にいるミラ=マクスウェルについて聞かされている頃、セレナは仕事でトリグラフ港に赴いていた。
新しく開発した武器の初期出荷分を船に載せ、取引先へ送る手配を終えたところだった。

実はセレナも今朝自宅で会ったビズリーから、ミラの件については聞かされていた。

ミラ=マクスウェルと四大精霊が障害になっていることによって時空の狭間を通ることができず、最後のカナンの道標があるとされる分史世界に侵入できないと言う。

どうもあのリドウが弾き返されてしまったらしい。
そうなるとルドガーですら難しいだろうし、ユリウスは別として、他にハーフ以上の骸殻能力を持つエージェントはいない。

ビズリー曰くその理由は不明で、ミラ=マクスウェルは故意に戻ってこないのか、何らかの理由によりこの世界に戻ることができないのかすら分からないと言う。
しかし頭の良いセレナには心当たりがあった。勿論養父には悟られないよう無知な振りを装ったが。

そんなセレナに、ビズリーはクランスピア社とマクスウェルの関係を話し、意味深に笑ったのだった。

(分史世界のルルが正史世界のルルの前で消えた話と照らし合わせると、ミラ=マクスウェルがこの世界に戻らないのは、多分故意にじゃない)

そもそも時空の狭間と言うところは生身の人間なら存在することすらできない場所らしい。
いくらマクスウェルが精霊の主とは言え、わざわざそんなところに留まるだろうか。
しかもミュゼが探していることからも、ミラ=マクスウェルはこの世界に来ようとしていたはずだ。

(ミラ……)

セレナは、分史世界から連れてきてしまったミラの顔を思い浮かべる。
セレナの知るミラは、彼女だけだ。

(エルも、それにルドガーだって……)

どうやらジュード達はこの世界のミラと懇意らしい。一年前の、断界殻の解放と関係があるようだ。
しかしセレナやルドガー達はそうではない。
あの、意地っ張りで照れ屋で優しくて料理上手なミラのことしか知らないのだ。

セレナは次にルドガーの顔を思い浮かべ、それからミラとルドガーとエルが仲良く手を繋いで笑い合っている風景を思い浮かべた。

「ミラ、いなくなっちゃだめだよ……?」

エルの為にも、そしてルドガーの為にも。
セレナの呟きは、風に流されて消えた。


Chapter11 ミラ=マクスウェル


(いくらクラン社とマクスウェルに関係があったって、それだけでは“ミラ”を押しのけてマクスウェルをこの世界に呼び出すなんてできないはず)

「ミラ!」

その時セレナの耳に、今しがた思い浮かべていた彼女の名が届いた。声の主はおそらくあの少女だろうと予想する。
振り返ると、視線の先でその人物、ミラが思いつめた表情で水平線を見つめていた。

「ミラ……?」
「セレナ……どうしてここに」
「仕事だよ。今ひと段落ついたところだけど」
「そう……」

セレナが駆け寄ると、ミラはそれだけ受け答えして黙ってしまった。
そこへエルが走ってくる。

「ミラ、どうして急に行っちゃったの?」

エルが心配そうにミラの顔を覗き込んだが、ミラは俯き口を固く閉じて何も返さなかった。

セレナはその様子にただならぬ物を感じ、エルの顔を見た。
エルは無我夢中で走ってきたらしく、そこで初めてセレナの存在に気が付いたらしかった。

「セレナ!なんでここにいるの?」
「ちょっと仕事でね。エル、何があったのか教えてくれる?」

しかしエルがセレナに説明するより先に、ルドガーとジュードが追いついてきた。

「セレナ!」
「2人とも。一体何が……」

ジュードが驚きの声を上げる。
セレナは再び同じようなことを問うしかできなかったが、ルドガーが息を整えながらミラをじっと見つめているのを見て、やはりただならない事が起こっていることが分かった。

そしておそらくそれは、セレナが今朝ビズリーから聞いた話と関係があるだろうと言うことは想像に難くない。

「ルドガー、ミラの様子がヘンなの……」
「ナァ〜……」

エルが心配そうにルドガーの袖を引く。
その足元でルルも悲しげにひと鳴きした。

「気付いてるんでしょ」

ミラがぼそりと声を発した。
その言葉にルドガーが眉を険しく寄せる。

「……マクスウェルを復活させる方法だな」
「そうよ」

ルドガーがいつもより低い声でゆっくりと答えた。
ミラがそれを肯定すれば、ジュードとセレナは息を飲む。

「正史世界では同じモノは同時に存在できない。
“あなたたちの”ミラ=マクスウェルがこの世界に戻る障害になってるなら、私を殺せばいい」

ミラは矢継ぎ早にそう告げた。しかし誰とも目を合わそうとせず、その拳は震えるくらい強く握り締められている。
セレナもルドガーもジュードも、その事実に言葉を発することができない。

(まさかとは思ってたけど、やっぱり……)

セレナは奥歯がギリギリと音を立てるのも厭わず噛み締めた。

予想はしていた。
しかしミラ本人が口にしたことで、現実として突きつけられてしまった。

「ころす……?」

エルがゆっくりと小さい声で聞き返す。
まだ8歳だ。その意味を受け止められるわけがない。

「子供の前でやめろよ」

後ろからやってきてそう声をかけたのはアルヴィンだった。
ミラはアルヴィンを睨む。

「事実だから仕方ないじゃない」
「ミラさん……!」

それをジュードが諌めようとする。
しかしアルヴィンが片手で2人を制すると、険しい表情で告げた。

「揉めてる場合じゃないんだよ」

その声色は深刻そのものだ。

「ガイアスから、アルクノアがテロを計画してるって連絡があった」
「ガイアスから?」
「まさか……和平条約の調印式を!?」

ルドガーが首を傾げると、心当たりのあるらしいジュードがハッと顔を上げた。
それにアルヴィンが頷く。

「大事になる前になんとかしたい、力を貸して欲しいだと。どうする?」
「行こう」
「俺も行くよ」

アルヴィンの言葉にジュードとルドガーが続けた。
それからジュードは俯いたままのミラに顔を向ける。

「ミラさんも、お願い」
「……いいわ」

ミラは少し渋る素振りを見せたが、ここで留まっているよりは気が紛れると考え、ジュード達に同行することにした。

「テロ対策なら、私も行くよ」
「エルもルドガーのアイボーだから、勿論いっしょに行くよ!」
「ナァ〜!」

セレナ、エル、ルルも続けた。
アルヴィンは仲間達の顔を見回してからGHSの画面に目を落とす。

「場所はマクスバードだ」
「私は会社に連絡してから追いかけるね。一秒を争うし先に行ってて」
「分かった。じゃあ、行くぞ!」

セレナが言うと、アルヴィンが他のメンバーを連れて走り出した。


セレナはGHSを開きながら、人目につかない場所を捜す。
電話の内容が内容だけに、一般市民に聞こえないようにしたいからだ。

ちょうど船から降ろされてきたらしい積荷の箱が高く重ねられている場所を見つける。
その影に身を潜めた瞬間、セレナの耳に聞き覚えのある声がかすかに聞こえてきた。

「……アルクノア……つなぎを……」

(今、アルクノアって……)

セレナは声のした方へ少しだけ身を乗り出し目を凝らした。
すると近くにある柱の影に、紅いジャケットが映った。

(あれは、リドウさん!)

リドウはセレナの方に背を向けている。
その為向こうはセレナの存在に気付いていないようだが、声も聞き取りづらい。
どうやら電話をかけているらしいことは分かった。

セレナはなんとかその内容を聞き取ろうと、見つからなそうなギリギリのところまで近付き、耳をそばだてる。

セレナは男性のエージェント達よりも小柄な分身軽なので、隠密行動は割と得意だと自負している。
しかし相手はトップエージェントだ。
どんなに息を殺し音を立てずに移動しても、ハッキリと全ての内容を聞き取れるほど近付くことはできなかった。

「……ああ……召喚…………術式は………………」

(召喚?術式?)

セレナは聞き取れた単語に首を傾げる。
しかしそこから導き出した自らの予想に、ハッと顔を上げた。
その間もリドウは声を低くして電話を続けている。

「そのまま……俺が…………ペリューンだ………………いいな?」

そしてリドウは電話を切ると、ポケットから白金の時計を取り出し、一瞬にしてその場から消えてしまった。

「ペリューンって……まさか!?」

セレナの頭の中に、ジュードの言葉が蘇る。

『和平条約の調印式を!?』

今日行われるエレンピオスとリーゼ・マクシア両政府による和平条約調印式は、マクスバードで開催される予定だ。

しかしまだ開催までに少し時間がある。
先程アルヴィンに連絡があったというガイアスの無事は分かっているが、エレンピオス側の代表であるマルシア首相は現地に着いていないかもしれない。

セレナは弾かれたように立ち上がると港に目をやった。
ペリューンというのはクランスピア社が所有する豪華客船のことだ。
リドウが消えたということからおそらくもうペリューン号はこの港にはいなく、空間移転でそこへ移動したことが予想される。

セレナは港に向かって走り出すと、先程自分が積荷を引き渡した商船の元へ急いだ。
幸い商船はまだ停泊しており、出港のための最終確認を行っているところだった。

「すみません!!」
「あれ?あなたはさっきの」

商船の責任者の男がセレナを見て不思議そうに尋ねる。
しかし彼女のただならぬ様子に気付くと怪訝な顔をした。

「何かおありで?」
「この船、マクスバードのエレン港行きですよね?」
「そうですが?」
「申し訳ありませんが、乗せていただけないでしょうか!」
「えっ!?」

男は突然の申し出に驚く。
その時男の部下がやってきて、出港準備が整ったことを告げた。

「事情は中でご説明します!お代が必要ならばお支払いしますので、お願いします!」
「う、ううむ……しかし贔屓にしていただいているクラン社の方を無下にするわけにもいきませんからね……」
「では!」
「仕方ありますまい。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます!」

男は困惑しながらもセレナを中へ案内した。
ほどなくして商船は出港する。


「で、事情を説明していただけますかな?」

セレナは事務室を兼ねている操縦室に通され、男に向き直った。

「マクスバードで和平条約の調印式が行われるのはご存知ですか?」
「え?あ、はい。リーゼ・マクシアのガイアス王とうちのマルシア首相が揃うってんで、有名ですからね」

男は、未だに話が見えないと言った表情でセレナの次の言葉を待った。

「そこを、アルクノアが狙っているという情報がありました」
「なんだって!?」
「……このことは、ご内密に。しかし既にマクスバードにてガイアス王一行が対処しているようですのでご安心を」

セレナもガイアスの人並外れた強さは知っている。
なので、これからマクスバードに寄港しようとしている船の責任者に必要以上の心配は与えまいと説明した。

「表沙汰にはせず対処するそうなので、下手に船を止めて混乱させないようにしました。しかし驚かせてしまい、重ねて申し訳ありません……」
「ちゃんと対処してくれてるなら良いですが……しかし、そのことを伝えるためにわざわざ?」
「いえ……」

男にそこまで答えると、セレナは操縦席に目をやる。
そして副操縦士の男性に声をかけた。

「今、我が社のペリューン号がどの辺りを航海しているか分かりますか?」
「え?ええっと……あ、これですね、マクスバードから約10キロといったところでしょうか」

副操縦士は目の前の海上レーダーを見ながら答えた。
セレナは少し考え込んでから再び問いかける。

「この船がマクスバードに着くどのくらい前にペリューン号はマクスバードに到着するでしょうか?」
「えーっとですね……現在のスピードだと……って、ん???」
「どうした?」

レーダーを凝視して副操縦士が疑問の声をあげた。
隣で操縦している艦長が副操縦士の顔を見た。

「ペリューン号のスピードがどんどん遅くなっていきます」
「本当ですか!?」

セレナは思わず副操縦士に駆け寄る。

「このペースのままですと、あと数分すればこの船から見える位置まで追いつきますよ」

副操縦士はレーダー上の一つの点を指差してセレナに説明した。

指し示された点はおそらくペリューンの物で、そこから少し離れたところにある大きなマークがこの商船らしい。
確かに点はほとんど動いておらず、二つのシンボルは少しずつ近づいていく。

「すみません!救命ボートのようなものはありますか?」
「あなた、まさか……!」
「恐らくアルクノアの本当の目的はペリューンではないかと思うんです」

セレナは責任者に向き直る。
男は驚きに声を上げたが、セレナは固い表情で頷いた。

「そんな、危険すぎますよ!」
「しかしペリューンには、マルシア首相が乗っていらっしゃいます」
「向こうにだって警備の者がいるでしょうに!」

「……おかしい、無線に応答がない」

やりとりをしているうちにだいぶペリューンに近付いたらしい。
無線での通信を試みた航海士が呟いた。

「やっぱり……」

セレナは決意を込めた目で責任者を見る。

「何度もお願いを聞いていただき本当に申し訳ありません。
ですが、マルシア首相に何かあればエレンピオスどころか世界中の問題に繋がります。そうなっては貴社や弊社の不利益どころではすまされません」

責任者の男は考え込んでしまった。
セレナがこんな遠くから一人で行くのは危ないとは思うものの、この船は今は少しでもペリューンに近づかないようにしなくては危険だ。
セレナの要求を飲めば、救命ボートで渡れる距離まで近付くことになる。

それを見たセレナは懐から一綴りの紙を取り出し、そこにペンで何かを書き込むと一番上の一枚を破りとって男に手渡した。

「これは……!」
「私が担当する商品の優先納入確約書です」

男は受け取った紙の書式と内容を確認して驚きの表情でセレナを見た。

「エージェントですから、このくらいの権限はあるのですよ」

セレナはニコリと笑った。

「それにこの署名、セレナ・ロザ・バクーって……まさかあなたは!?」

セレナはその言葉には曖昧に頷き返すだけにした。
この名前の威を借りて相手を説得するのは嫌いだった。
しかし背に腹は変えられず、少し大きめに記名したのも事実だった。

「ボートを貸していただけるでしょうか?」

世の中綺麗事ばかりではやっていけないのは知っている。
セレナはそんな世の中を渡り歩く手段も知っていた。
使ったのは、初めてだったが。

しばらく手元の紙とセレナを見比べていた男だったが、やがてセレナと目を合わせ、ゆっくり頷いた。

「動力付きのものがありますので、こちらを」

男が用意してくれたのは動力黒匣付きの救命ボートだった。
これはセレナにとって嬉しい誤算である。
手で漕いで近付くことを想定していたが、正直時間的にも体力的にもキツイと思っていたからだ。

「本当に何から何までありがとうございました。助かります」
「いや……あらゆる手段を使ってこの国を守る。それがあなた達エージェントなのですね」

セレナがボートに乗り込みながら男に例を言うと、彼は眉を下げて答えた。
しかしセレナはゆるりと首を横に振る。

「皆がそうならよいのですけれど。
あいにく私達は正義の味方ではなく、一企業の社員に過ぎませんから」

むしろその社員が起こそうとしている事態を止めにいくのだ、とは言わなかったが。

そうしてセレナの乗ったボートは海上に降ろされ、だいぶ近付いてきた豪華客船ペリューン号に向かって出発した。



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この夢主は別行動が多いですね。



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