C2-5  [ 36/72 ]



「じゃあ、私はこれで。ルドガー、ごちそうさまでした」

片付けが全て終わると、セレナは改めて両手を合わせてから、玄関の扉に手をかけようとする。
それをルドガーが慌てて制した。

「送ってくよ」

しかしセレナは首を横に振った。

「大丈夫だよ、まだそんなに遅くないし」
「エルなら大丈夫だよ?ミラもいてくれてるし」

エルがルドガーの後ろから顔を出す。

「それなら、むしろミラを送ってあげなよ。私はずっとトリグラフで育ったから平気だけど、ミラはまだここにきてそんなに長くないでしょ?」

ミラはクラン社の計らいで、トリグラフ港にある宿をしばらく借りているのだった。
しかしミラは腕組みし、眉を寄せて心外だと言う顔をした。

「私は精霊の主よ?夜道を一人で歩いたからって問題無いわ。
それよりあなたの方こそ今日は色々あって本当は疲れてるんでしょ?素直になってルドガーに送らせなさいよ」
「そうだよ。セレナに何かあったらエージェントをクビにされそうだ」

ルドガーは半分冗談で言ったつもりだったが、横ではエルが大きく頷いていた。
セレナは少し考えたが、おもむろにポケットからGHSを出した。

「そっか。今までしたことなかったから頭に無かったけど、私は家に連絡して誰かに迎えに来てもらえばいいんだ。
ルドガーはミラを送って来てあげて?戻ってきたら私も帰るから」
「だから私は……」
「遠慮しないで、ミラ。ルドガー、あんまり遅くなる前にちゃんと送って来てあげてね」

固辞するミラを制して、セレナはルドガーにそう言った。
ルドガーは困惑した様子を見せたが、その間にセレナは素早く屋敷に連絡を入れてしまったのだった。

「帰るときまた連絡くれればいつでも迎えを寄越すって。だからもう心配いらないよ」

あっという間に通話を終え、GHSをたたみながらセレナが言った。
エルは呆れたようにルドガーを見上げたが、さすがに何も言わなかった。

ルドガーが観念したようにミラに目線を移すと、ミラは溜息をついて腰に手をやった。

「そこまで言うなら、そうするしかないみたいね」
「うん。やっぱり一人で帰るのは危ないと思うから。最近は港の方、夜になるとガラの悪い学生が溜まってるって聞くし」

ターネット達のことか?と、ルドガーは最近ガイアスと共に巻き込まれる形で知り合った青年達のことを思い浮かべた。
しかしセレナはそんなことを知る由も無い。

3人のやり取りを見ていたエルはソファに座ると、膝に乗って来たルルを撫でた。

「ルル、ルドガーはカラマワリしてばっかりだね」
「ナァ〜」

しかしルドガーは聞こえないフリをし、ミラは再び溜息をついた。
セレナだけは何のことか分かっていない様子で、ルドガーとミラの顔を交互に眺めていた。

「……ミラ、行くか」
「ええ、遅くなるとセレナの家の人が心配するわね」

そう言うとルドガーはセレナにエルをよろしくと言い残し、ミラは2人に軽く手を振って外へ出ていった。


「セレナ、ほんとによかったの?」

セレナがエルの隣に腰掛けると、エルが顔を覗き込んでくる。

「え?何が?」

セレナの返答に、エルは余計なことを言ってしまわないように少女なりに気を使いながら続ける。

「えっと……ルドガーに送ってもらえばよかったのになって。
エル、この前は1人で待ってたよ?ルルもいるから全然大丈夫だし」
「ああ、あの時だね。うーん」

しばらくセレナは答えなかった。
黙り込むセレナを、エルのエメラルドの瞳が見つめている。

ややあって、セレナは困ったように笑いながら口を開いた。

「ねぇ、エルはあの2人がお似合いだと思わない?」
「え?あの2人って、ルドガーとミラ?」

エルは予想外の回答にぽかんと口を開けてしまう。
しかしセレナは真面目なトーンでそれに返した。

「そう。私は、すごくいいと思うんだけど」
「え……」
「強くて、料理が上手で、綺麗で、本当は優しくて、すごく女の子っぽい。
私の憧れなんだ、ミラは。……ルドガーと、すごくお似合い」

エルは何と返していいか分からず、固まってしまった。

何せルドガーには、絶対にセレナに余計なことは言わないように念を押されていたからである。
少女としては、早く想いを告げてしまえば良いのにと思っているのだが、ルドガーには『大人はそんなに簡単じゃない!』と言われてしまったのだった。

口を開けたまま微動だにしなくなってしまったエルの様子に気付き、セレナは慌てて首を横に振った。

「って、何言ってるんだろうね私。本人達に確認したわけでもないのに勝手に……あはは……」

そして困ったように頭を掻いた。
エルは眉を八の字にし、セレナの表情を伺いながら首を傾げた。

「エルは、セレナとルドガーがお似合いだと思うけど……」
「えっ、私……?」

エルは、セレナはもっと驚くかと思っていたが、意外にも彼女は小さくそう呟いただけだった。

「私と、ルドガーが……?」
「うん。エルはそう思うけどな」
「エル……」

そう言うと、セレナはまた困ったように少しだけ微笑んだ。
エルはその様子をじっと見つめている。

セレナはソファの上で膝を抱え、自分の膝に頭を付けた。

「あのね、エル。
私……ルドガーのことが、好きなの」

突然の告白にエルは驚きを隠せず、ついルルが膝に乗っているのを忘れて突然立ち上がろうとした。
……しかしルルの重みによってそれは未遂に終わったのだが。

セレナは構わず続ける。

「でも、それよりもミラにはルドガーが必要だと思うの」
「ミラに?」

エルはセレナの意外な答えとそのあまりに深刻な表情に先程の衝撃を忘れて、自らも真剣な顔で次の言葉を待った。

「ミラの世界は私達が壊してしまったでしょう?今のミラには、他に頼るところが無いんだよね」

そう言いながら、セレナは膝を抱えていた腕を解いて足を床に下ろす。

「ルドガーが、誰よりも1番ミラを支えてあげられるんじゃないかな……これは私の考えだけど。2人を見てるとそう思うんだ」

エルは黙ってセレナの話を聞いている。

「ルドガーは優しいから、私が好きだって伝えたらきっと応えてくれると思うの。でも、私はそれよりもミラを支えてあげて欲しいって思ってるんだ」
「どうして……?」
「どうしてなんだろうね……自分でも不思議なの。でも、2人を見てて自然とそう思うようになったんだよ」

本当のところエルは、ルドガーが好きなのはセレナなんだよ!と叫びたかった。
しかしセレナが余りにも切なげで、しかし優しく微笑んでいるものだから、何も言うことができなかった。

「エルには分からないよ……どうして好きなのに他の人にゆずるみたいに思うの?」

その純粋な質問に、セレナはまた困ったように眉を下げた。
実は自分でも上手くこの感情を説明できないのだ。

しかし一つだけ言えることがある。

「私はルドガーのことが好きだけど、ミラのことも好きで、大切な仲間……友達だと思ってるから、かな」

心の底からの正直な気持ちだった。

勿論、もしこの想いがルドガーと通じ合えばそれはとても嬉しくて幸せなことだろうと思っている。

しかしそれにはそもそもルドガーの気持ちがセレナに向いていることが前提な上に、セレナにはルドガーの想いはミラに向いているという確信があるのだった。

「ルドガーも、ミラには他のみんなに対してよりも本音で話せてると思うんだよね。勿論エルにもだけど。だから、2人は支え合える関係になれると思うんだ」
「セレナ……」
「だからね、エル。このことはみんなには内緒だよ。ルドガーにもミラにも、絶対にね。2人に変な気使わせたく無いし」

そう言ってセレナはふわりと笑うと、エルに向き直った。

エルははじめ納得いかない様子だったが、セレナが憑き物が落ちたように穏やかな表情を浮かべたことに思うところがあったのか、やがてこくりと頷き右手の小指を差し出した。

「うん、ちゃんとやくそくするね」
「ありがとう、エル」

そう言ってセレナはエルの瞳を見つめた。
エルがいつも、“大事な約束は目と目を合わせてするんだよ!”と言っているからだ。

(綺麗な目。純粋で、真っ直ぐだな)

見上げてくるエメラルドの大きな瞳を見ていると、だんだんと吸い込まれそうな感覚に陥った。

(あれ?この瞳……どこかで……)

しかしセレナがそれ以上の思考に渦に陥る前に、玄関の扉が開いたのだった。

「ただいま」
「ナァ〜!」
「ルドガー!おかえりー」
「あ、おかえりなさい」

ルドガーが苦い笑いを浮かべて家に入ってくる。
余談だがルドガーはミラに、どうしていつもそう押しが弱いのかと散々呆れ尽くされてきたのだった。

ルルがルドガーの足元へ駆け寄り、エルとセレナは指切りをやめて2人ともソファから立ち上がった。

「何してたんだ?」

ルドガーが2人の様子に首を傾げる。
しかしエルとセレナは顔を見合わせてただ笑いあっただけだった。

ルドガーは今日はよくこの光景を見るなと思いつつも、釣られて微笑むのだった。

その後セレナが連絡を入れればあっという間に迎えの者が来るという。

セレナはさすがにルドガーの家まで来させるのはルドガー達に悪い気がして、マンションの近くで迎えと待ち合わせることにし、すぐに2人に挨拶すると帰って行った。

残ったいつもの2人とルルはリビングで寛いでいる。
カン・バルクへ発った日から数えると数日振りの我が家に、ルドガーは最近の忙しい日々を振り返っていた。

「ねぇ、ルドガー?」

するとエルがゆっくりとルドガーの前に立ち、顔を見上げる。
ルドガーが何かと視線を落とすと、エルは真面目な顔で言った。

「ルドガーは、セレナのことが、好きなんだよね?」

一つ一つの言葉を確認するように紡ぐエルに、ルドガーは不思議と恥ずかしい気持ちは湧かなかった。

「ああ、そうだよ」
「そっかあ……」

ルドガーが穏やかに答えれば、エルは何故か思案顔。
しかししばらくするとエルは目を輝かせてルドガーの手を握る。

「ルドガー、あきらめちゃだめだよ!セレナは優しすぎるから、なかなか伝わらないと思うけど!」

突然のエルの応援にルドガーは面食らった。
しかし留守の間に何かあったのかと聞いても、エルは秘密だと言って教えてくれない。

(絶対何かあったな。エル、変なこと言ってないと良いんだけど……)

ルドガーは溜息をつく。エルはそれに心外だと言って両腰に手を当てた。

「エルはルドガーを応援してあげてるんだからね!」
「……はいはい」

エルはきちんと、セレナとの約束を守っている。
ルドガーとの約束も勿論だ。

(もう、2人ともめんどくさいし!でもエルはオトナだから、ちゃんとやくそくは守るもんね)

少女の気苦労は、いつか晴れる日がくるのだろうか。



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エルの気苦労、ちゃんと完結するまでにはむくわれるようにしますので……(笑)

次回からはまた原作沿いに戻ります。



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