C2-4
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「メガネのおじさん、いっちゃった」
「ユリウスさんなら、きっと大丈夫だよ」
数秒前までユリウスがいた所を見つめてエルが言えば、ジュードがそれに相槌を打った。
エルはふとリュックサックを開けて、中身を探った。
「あった!セレナのパパのハーブ!ルドガー、これでおいしいもの作ってよ」
「……ああ、そうだったな」
エルがその手に分史世界から持ち帰ったバジルの束を掲げれば、ルドガーは眉を下げて微笑んだ。
「ありがとう、ミラ」
「倒れなかっただけマシだけど、本当に大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫」
セレナはミラに礼を言って支えを外し、ルドガーに歩み寄った。
「私も……食べたいな」
「ああ、勿論だ」
「じゃあ決まり!ミラも行こうよー!ジュードも!」
「仕方ないわね」
「ごめん、僕このあとヘリオボーグに戻らないといけないんだ」
エルの誘いに、ミラはやれやれと両手を上げながらもどこか嬉しそうだ。
ジュードは本当に残念そうだったが、どうもまたバランに呼び出されているようだった。
街道の入り口までジュードを見送った一行は、ルドガーのマンションへ向かった。
「ジェノベーゼでいいか?」
ルドガーがエプロンを着けながら聞く。
エルは何故か偉そうにソファに踏ん反り返って答えた。
「セレナのパパのだし、セレナが決めていいよ!」
「あなたね……それ、当たり前だから」
「いーの!細かいこと気にしないの!」
「もう!言うことだけは一人前なんだから」
「ナア〜」
「ふふふ。うん、じゃあルドガーのオススメでお願いします」
相変わらずのエルとミラのやり取りに呆れたルルが大あくびをする。
セレナは堪らず笑い声を上げながらルドガーの方を見た。
それから立ち上がると、キッチンに立つルドガーの横にやってきた。
「少し、お手伝いしてもいい?」
「ん?良いけど、どうした?」
ルドガーが聞けば、セレナは照れたように笑った。
「お父さんの育てたバジル、私も料理してみたいな」
その言葉にルドガーも微笑み返すと、戸棚からもう一枚エプロンを取り出してセレナに手渡した。
「ルドガーとセレナ、イイカンジだね!」
エルがソファでテレビを見ながら、隣に座っているミラに耳打ちした。
「それ、大きい声で言ったらダメだからね。ルドガーは別にどうでもいいけど、セレナが可哀想」
「エルだってわかってるよー!昨日ルドガーにこっそり聞いたら、絶対言うなって言われたし。でも、なんで可哀想?」
ミラはチラっとキッチンの方を横目で見た。
そこではルドガーがパスタの入った鍋を掻き回している横で、セレナが細かく刻んだバジルの葉をチーズや木の実と和えてソースを作っている。
ルドガーはセレナの手元を見ながら次々と指示を出しているが、時折その横顔を盗み見ては、なんとも優しげな表情を浮かべていた。
ミラは視線をエルに戻すと、呆れたように笑いながら耳打ちした。
「ちゃんと本人から伝えさせないと、嬉しさが半減するでしょ?」
「ミラ、オトナー!」
エルが目を輝かせる。
ミラはそれを見て、元マクスウェルを舐められては困る、と得意気に胸を叩いたのだった。
一方キッチンでは、着々と夕食が出来上がりつつあった。
「ルドガー、ビネガー使ってもいい?」
「ん。冷蔵庫の右側にあるよ」
「ありがとう。本当に私がドレッシング作っちゃって良いの?」
セレナが自信なさげに問う。
ルドガーは彼女に、サラダのドレッシング作りを任せることにしていたのだった。
「勿論。お抱えシェフ仕込みの味、気になるんだ」
「ルドガーの作ったやつの方が美味しいと思うんだけどなあ……」
「いいからいいから。ほら、俺はパスタ仕上げちゃうからさ」
そう言ってルドガーはセレナを促し、自らは茹で上がったパスタの鍋を流しに運びながら一人考える。
(セレナが嫁に行くために習った味、気にならないわけないだろ……)
正直、お抱えシェフ仕込みかどうかはどうでもよかった。
そうこうしているうちにサラダとジェノベーゼパスタ、人参のポタージュが出来上がった。
「ルドガー、スープの器ってどれかな?」
「そこの右の扉の手前!」
「了解。フォークはこれでいいよね?」
「オッケー。ありがとう助かるよ」
そんなやり取りをしながら、2人は全ての料理をテーブルに運んだ。
「なんか、楽しい」
セレナがフォークとスプーンを並べながら言う。
ルドガーは、そうか?と微笑みながらセレナの顔を見た。
「家では食事の準備は全部やってくれるから、私は食べるだけなの。こういうの子供の頃を思い出して、懐かしくて楽しい」
その言葉に、ルドガーは分史世界での出来事を思い出し視線を落とした。
しかしセレナはそれに気付き、明るい声で言った。
「最後はあんなになっちゃったけど、久しぶりに会えて嬉しかったよ。だから、ありがとう」
「セレナ……」
「さ、終わりだね。エル!ミラ!できたよー!」
ルドガーが何か言う前に、セレナはエルとミラに呼びかけた。
ルルにエサをやっていたエルとソファで雑誌を読んでいたミラが席につく。
セレナも座り最後にルドガーが席につけば、全員で手を合わせていつもより少し賑やかな夕食の時間が始まった。
「んー!緑色のパスタはじめて食べたけどおいしー!」
「なかなかね」
「サラダも、いつもとなんか違うけどおいしー!」
「このドレッシング、初めて食べた味だけど良いわね」
エルとミラが口癖に感想を言いあう。
セレナとルドガーは満足気に顔を見合わせて笑いあった。
「みんなで食べるのも、楽しいね」
セレナが言うと、エルが首を傾げた。
「セレナはごはん、いつも一人なの?」
「お父様は忙しいから、家で一緒に食事とることはあんまり無いんだよね。使用人は皆別に食べてるし……」
「そっかあ。まあエルもパパと2人っきりだったけど、パパがもし一緒に食べれなかったらさびしかったかも」
「あの社長と2人ってのも疲れそうだけど」
「あはは……確かに緊張はするよね」
エルは悲しげにセレナの顔を見ていて、ミラは眉間に皺を寄せている。
セレナは苦笑しながら、ルドガー、ミラ、エルの顔を順々に見ると嬉しそうに目を細めた。
「子供の頃は両親ともエージェントで忙しかったから、家族全員で食事ができた日は嬉しかったな。
お父さん、お母さん、妹……なんだかここにいると思い出すよ」
「ルドガーがパパで、ミラがママ?」
エルもセレナの言葉に2人の顔を順番に見ると首を傾げた。
「なっ……!」
「な、何言ってるのよ、もう!」
ルドガーとミラはそれぞれ慌ててそれを否定した。
2人とも恥ずかしくなり顔を赤くしている。
セレナはその様子に一瞬だけ眉を八の字にしたが、すぐに嬉しそうにエルに笑いかけた。
「そんな感じ!それにエルが妹って、なんかいいね!」
「エルも、セレナがおねえちゃんだったら楽しいかも!」
「あなたたち、変なこと言ってないで早く食べないと冷めちゃうわよ」
ミラは照れ隠しなのかエルとセレナを急かし出す。
2人は顔を見合わせると、ミラに向かって片手を挙げた。
「はーい!ミラママ」
「はーい!ミラお母さん」
「もう!やめなさいよ!」
それを諌めながらミラがそっぽを向く。
ルドガーはその様子を笑いながら見ていた。
エルとセレナも楽しそうに笑い合い、ひと時の楽しい夕食の時間が流れていった。
「ごちそうさまでした!」
最後に食べ終わったエルが行儀良く両手を合わせれば、ルドガーが立ち上がって食器を流しに片付け出す。
セレナとミラもそれに続き、エルも飲み物を飲み終えて皿を手に取った。
「洗い物は私がやるわ」
ミラがルドガーの横に立った。
「作ってもらって食べるだけじゃさすがに悪いじゃない。嫌ならやらないけど」
「いや、じゃあお願いするよ」
そう言うとルドガーは相変わらずのミラの言い方に苦笑しながらも、それが照れ隠しなのを分かっているためミラにスポンジを手渡した。
ミラは手際良く食器を洗い、それをルドガーが受け取り布巾で拭きあげていく。
その様子を見ていたエルが、自分の運んだ食器ををミラに手渡しながら言う。
「なんか、ほんとのパパとママみたいだね」
「はあ!?」
「ええっ!?」
ミラは素っ頓狂な声を上げて、ルドガーは危うく持っていたサラダボウルを落とすところだった。
「エルのママはエルがまだ小さかったときに死んじゃったからよくかんないけど……」
そう言いながら、突然昔を思い出したようでエルの声はだんだんと小さくなっていく。
ミラは困ったような表情で、スポンジを置くとエルに振り向いた。
「私は精霊の主だったから元々母親なんていなかったわよ」
「ミラにもママいないんだ……」
「ママだけじゃなくてパパもね」
「俺も同じだ」
ミラに続けてルドガーもそう言った。
「父親は知らないし、母親も小さい頃死んで、ほとんど記憶に無いんだ」
「ルドガーも……そうだったんだ」
エルはミラの顔をしばらく見た後、次にルドガーの顔を見た。
それからセレナに振り返る。
「みんな一緒なんだね。エルにはほんとのパパがいるけど、離れ離れになっちゃったし……」
「そうだね。エルがパパに会えるまでは、ルドガーがパパの代わりかな?」
「俺!?」
セレナは屈むとエルに目線を合わせてその頭を優しく撫でた。
ルドガーはセレナの言葉にまたしても驚く。
エルはそれを見てけらけらと笑い声をあげた。
「ルドガーよりパパの方がかっこいいもん!ルドガーはアイボーだし」
そう言いながらもエルはルドガーとミラの間まで行くと、2人の服の裾を両手で握り、照れながらも二カっと笑った。
「でも、セレナがさみしくなったら、たまには家族ごっこしてあげてもいいよ?」
エルに釣られてセレナはふわりと笑った。
それを見たミラは真っ赤になって抗議し、ルドガーは相変わらず苦笑を浮かべていた。
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こどもは無邪気です。
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