07-01
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その電話は、ルドガー達がトリグラフ商業区で思い思いの時間を過ごしていたところにかかってきた。
「ヴェルです。分史世界への侵入点が確認できましたので、本社ビルまでお越しください」
ルドガーがGHSを耳に当てると、凛としたヴェルの声が聴こえてくる。
「分かった」
「セレナ様にはこちらから連絡致しました。では、お待ちしております」
淡々と告げるとヴェルは電話を切った。
「任務の連絡?」
ルドガーと一緒にアイテムの補充をしていたジュードが聞く。
「ああ……本社ビルに来るようにって。セレナも来るらしい」
「セレナさんね。彼女は信用できる人だと良いけど」
ジュードは腕組をして少し考え込んだ。
リドウやビズリーのせいで、クラン社に対してどうも信用しきれないところがあるのはルドガーも同じだった。
しかし先日紹介されたセレナというエージェントはどうだろうか。
緊張からなのかどこか恐縮した態度と言い、初対面で借金返済の援助までしてくれたことと言い、彼女が悪い人間とは思いたくないが。
ルドガーは答えの出ない思考を中断し、他の仲間に連絡を取るため再びGHSを開いた。
Chapter7 分史世界破壊命令
セレナは、ヴェルに集合場所として指定されたクランスピア社本社ビルエントランスにやってきた。
セレナがエレベーターから出てくると、すれ違った社員達がハッと佇まいを直し挨拶をしてくる。
日にちが経っても慣れないそれに居心地の悪さを感じながら、セレナは微笑み挨拶を返しつつ、ヴェルを探した。
受付カウンターの前にその姿を見つけたセレナは少し安堵し、ヴェルに声をかけようとする。
しかしどうやらヴェルは誰かと話し込んでいるらしく、セレナが後ろから近づいて来ることに気付いていないようだった。
いつも通り凛とした態度でどこか険しい表情のヴェルと、探るように彼女の顔を覗き込む相手の女性。
どこか見覚えのある制服に身を包んでいるその女性は、顔も誰かに似ている気がした。
声をかけられないままセレナがどうしようか考えあぐねていると、ルドガーが数人の同行者を伴ってやってきた。
そのままルドガー達も二人の会話に加わる。
セレナは今だに後ろでどうしようかと声をかけられず立ち止まっており、一同が話している内容まではよく聞き取れなかった。
「ノヴァ、仕事だから」
「はいはい、邪魔者は退散しますね〜」
ヴェルに睨まれて、ノヴァと呼ばれた女性はひらひらと手を振って出口へと体を向けた。
しかしノヴァはルドガーの前で一旦足を止める。
「ルドガーおめでとう!エージェントになったんだってね?
今度お祝いしようね〜!」
それだけ言うと今度こそ行ってしまった。
(賑やかな人だな)
セレナがそう思いながらノヴァに話しかけられていたルドガーに目線を遣っていると、その視線に気付いたルドガーが、苦笑いしながらエルと一緒に歩み寄ってきた。
「ノヴァって言って、俺の同級生なんだ」
「ヴェルのふたごの妹なんだって!でも今は、トリタテの人なんだよねー!」
「それでは、任務についてご説明します」
雑談はそれまでだと言った調子のヴェルの言葉で、セレナは思考を引き戻した。
ヴェルの話はこうだ。
ルドガーの骸殻能力を使ってまず分史世界へ侵入する。
そして分史世界で時歪の因子と呼ばれる"正史世界と最も異なるもの"を見つけて破壊する。
それがルドガーに課せられた任務だった。
「ルドガー様のGHSに任務先分史世界の"座標"をお送りしました。
準備が出来次第向かって下さい」
ヴェルがそう言いながら自分のGHSをたたむと、ルドガーのGHSが着信を告げた。
そしてヴェルは一礼し、次の仕事があるからと言ってその場を後にした。
「セレナ、2人を紹介するよ」
ヴェルを見送った後ルドガーがセレナにそう申し出た。
セレナがルドガーの連れを見渡せば、確かに見たことのない2人が加わっている。
「エリーゼとローエンだ」
「ルドガーから聞きました、よろしくお願いします」
「セレナ・ロザ・バクーです。こちらこそよろしくお願いします」
可愛らしくお辞儀をしたエリーゼに釣られ、セレナも笑顔を返す。
しかしすぐに、エリーゼの横にふよふよと浮かんでいる紫とピンクのぬいぐるみのような物に目を奪われた。
「ぼくはティポだよ〜」
「ティポは私の友達なんです」
セレナはしゃべるぬいぐるみのような物に驚き戸惑ったが、ルドガーが横から小声で「すぐ慣れるよ」と言ったことで我に返る。
よくよく見るとつぶらな瞳や垂れた耳が愛らしく、大きな口もチャームポイントと言えるだろうと感じたセレナは、ティポに近寄った。
「初めて見たので驚いてしまって。ごめんなさい。
よろしくお願いしますね、ティポ。
……どうやって動いているのかはとても気になるけど」
「いやーん!ぼくのフシギはナ・イ・ショ〜♪」
セレナが口の中を覗こうとすると、ティポは逃げてしまった。
技術者の血が騒いだセレナは少し残念そうな顔をしていて、ルドガー達は彼女の意外な一面を垣間見た気がする。
もう1人ルドガーが紹介したのはセレナにも見覚えがある人物で、しかし何故こんな所にいるのか、本当に本物なのかとセレナは頭を捻るのであった。
「ローエン・J・イルベルトです。
貴女のお名前は存じておりましたが、このように素敵な女性だったとは驚きです」
そう言って上品に微笑みながら右手を差し出すローエン。
「リーゼ・マクシアのローエン宰相でいらっしゃいますよね?
まさかこんな所でお目に掛かるとは……あなた様の名声は伺っています」
セレナはルドガーの人脈に驚きつつ、ローエンの手を握った。
「そういえば、僕達もまだちゃんと自己紹介してなかったですね。
ジュード・マティスです」
「ジュード・マティス……って、マティス博士でいらっしゃいましたか!」
ジュードと握手を交わしながら、セレナは再びルドガーの人脈に驚くこととなった。
「昨日は気付かず、失礼致しました。
博士の源霊匣実用化に向けた基礎研究の論文、読ませていただきました!
素晴らしいアイディアで、いつかお会いしたいと思っていたのですが、まさかこんなところで……」
「あ、ありがとうございます……は、はは……」
「あっ、すっすみません!!」
セレナは感激したようで、無意識に握手した手を上下に振ってしまっていた。
驚いて固まってしまったジュードを見てすぐそれに気付き、慌てて手を離すと平謝りしたのだった。
「セレナさんは開発部門のエージェントでしたよね。
だから僕の論文を読んでくれたんですか?」
「卒業論文で黒匣の研究をしたんです。
その時に参考文献として読ませていただきました。私、これでも技術者の端くれですしね」
気を取り直したジュードがセレナに問い、彼女はそれに答えた。
「今のエレンピオスにはまだ黒匣が必要ですが、源霊匣が実用化されれば、この国にとって……いえ、この世界にとって大きな一歩になるでしょう」
熱のこもった目で語るセレナに、ジュードは圧倒されながらも嬉しさを隠せなかった。
「ありがとうございます!やっぱり期待してくれてる人はいるんだ……頑張らなくちゃ。
あっ、レイアとアルヴィンとも昨日会いましたよね」
早く自分たちも紹介してくれと言わんばかりの2人の視線に気付き、ジュードは慌てて話を戻す。
「改めまして、デイリー・トリグラフのレイア・ロランドです!」
「デイリー・トリグラフ紙ですか、毎朝拝見してます。
リーゼ・マクシア人の新人がいるとは聞いていましたがレイアさんのことだったんですね」
「おっと、次は俺の番だぜ?俺はアルヴィン。
今は商売やってんだけど、ウチが扱ってるリーゼ・マクシアの新鮮なフルーツ、おたくのところで扱ってくれない?」
「リーゼ・マクシアのフルーツって、もしかしてスヴェント家の方ですか?
お噂だけ聞いたことがあります。しかし、フルーツは私の管轄ではないので……」
「アルヴィン、セレナが困ってるぞ」
「冗談だって。さすが天下のクラン社の令嬢、何でも知ってるんだな」
セレナがアルヴィンの言葉に断わりをいれられず困っていると、ルドガーが助け舟を出した。
アルヴィンは両手を肩の横で挙げて、冗談であることをアピールしている。
「ナァ〜」
「こっちはルル!そんで、エルはエル!」
忘れられては困るという様子でルルが鳴き、エルが元気良く続けた。
「ルルちゃんに、エルちゃんですね。私の方こそよろしくお願いします」
セレナはしゃがむとルルの頭をひとなでし、エルにも笑顔を向けた。
「セレナ、エルにもケーゴ?ルドガーにはケーゴじゃないのに?」
「俺が敬語はいらないって言ったんだ。新人同士だし、歳も近いから」
「ふーん。じゃ、エルにもケーゴはいらないよ!歳は近くないけど!」
「僕も、普通にジュードって呼んでください。ドクターとか博士とか、堅苦しくて」
「私も私もー!で、こっちもセレナって呼んでも良いかな?」
「良いのか?エレンピオス一の大企業のお嬢様だぞ?」
エルの後にジュードとレイアも続け、アルヴィンがレイアを小突いた。
「あ、私からもお願いします。あんまり特別扱いされるの好きじゃなくって……
アルヴィンさんも、お願いします」
そう言ってセレナがぺこりとお辞儀をすると、アルヴィンは頭を掻きながら頷いた。
「ま、おたくがそう言うなら。俺のこともアルヴィンって呼んでくれて構わないぜ、セレナ」
「アルヴィンずるいです。私のこともエリーゼって呼んでくださいね!」
「ぼくもティポでいいよ〜!」
「ほっほっほ。ジジイのことも、ローエンと呼んでくださって構いませんよ」
「も〜、エルが最初に言ったんだからねー!」
「ナァ〜!」
賑やかな一同にセレナは始め呆気にとられていたが、次第に可笑しくなってきて遂には耐え切れず声を上げて笑ったのであった。
「あはは!みんな、面白いね」
笑い涙を浮かべながら、セレナは隣にいたルドガーに言った。
「そうかな?……いや、そうだな」
ルドガーが苦笑いでそれに答えた。
笑われた一同も、皆照れ笑いを返すのだった。
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自己紹介回。
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