C2-01  [ 32/72 ]



『新たな分史世界が発見されました。ご対応をお願いします』

ヴェルからの電話に出てみれば、予想を裏切らない決まり文句。
ルドガーは終話ボタンを押し、仲間達に振り返った。

「……また新しい任務だ」
「場所は?」
「侵入点は……マクスバードか」

ジュードが聞き返せば、ルドガーはGHSの画面を見ながら答える。

一行は現在、カン・バルクからシャン・ドゥを経由し、ラコルム海停に到着したところだった。
ミュゼだけは、しばらくリーゼ・マクシア内でミラ=マクスウェルを探すと言ってルドガー達と別れていた。

ジュードはルドガーの言葉を受けて、大きく頷いた。

「ならこれから一緒に行こうか」
「悪いなジュード。ミラとセレナはどうする?」
「行くわよ。どうせ他にすることないし」
「私も。急ぎの仕事は片付けて来たからね」

ルドガーが2人に問えば、ミラもセレナも着いて来てくれるらしい。
エルは心強いと言って喜んでいる。

「でもセレナもジュードも大変だよね。ルドガーを手伝いながら、普段はケンキューもしてるんでしょ?」

エルはセレナとジュードの顔を交互に見た。
2人とも同じで、困ったように笑って返した。

「私は研究というよりも、外に出て開発した武器や黒匣の実践をしてることの方が多いから平気だよ」
「僕はずっと研究所にいてもなかなか進まなくてね……」

「2人とも苦労してるんだねー」
「どこまで分かってるんだか」
「ちゃんと分かってますー!」

エルがしみじみと言うと、それに呆れたよう見ながらミラが片手をひらひらと振った。
それに対してエルがムキになって言い返す。
2人のやりとりはここのところのお決まりで、他の3人はそれを微笑ましく見守っている。

セレナは、この日常がいつまで続けばいいのに……と、そんなことはおそらく無いとは分かりつつも、そう願わずにはいられないのであった。


ラコルム海停から船に乗り、一行はマクスバードのリーゼ港に到着した。
人目に着きにくい路地を選び、早速ルドガーは分史世界に侵入しようとする。

と、そこへ一匹の猫が上から飛び降りてきた。

「ニャー!」
「ネコがふってきた!?」
「……って、この猫、確か……」

エルが驚いて飛び退くと、ジュードは猫をまじまじと見ながら首を傾げた。

「なんとか三世!」
「ユリウス=ニャンスタンティン三世だ!」

エルとジュードの声がかぶさる。
セレナとミラは、聞き覚えのない名に怪訝な顔をした。

「ユリウス……?」
「ニャンスタンティン……?」

白い猫はよく見れば、首輪の代わりにユリウスがしているものと似たループタイをしている。

「この前ユリウスさんが捕まえてたよね……?
「ああ、そのはずだけど……」

「おーい、どこいった?」

ジュードがルドガーに問いかけていると、聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。

「ここにいたのか。ってお前達……」

路地に顔を覗かせたのは、なんとルドガーの兄ユリウスだった。

「兄さん!?」
「ルドガー、どうしてこんなところにお前がいるんだ」
「こっちのセリフだろ、兄さん!」

ユリウスとは分史世界のキジル海瀑で別れてしまった後、この猫を捕まえたときにほんの少し会っただけだった。

ルドガーはユリウスに聞きたいことが山程あったが、ぐっと堪えてユリウスを見つめる。
この兄はおそらく何も答えてくれないだろう……そう考えながら。

その視線を受けながら、ユリウスは困ったように眉を下げた。

「こいつを見かけたから追いかけてきてみれば、またお前たちに会うなんてなあ……」

ユリウスはそう言いながらしゃがみこんで、ニャンスタンティン三世に手を伸ばす。
あと少しで触れそうなところで、ニャンスタンティン三世は素早い身のこなしでユリウスの横をすり抜け、大通りの方へ走り去っていった。

「逃げられたか……」
「今回はメガネのおじさんでもだめかー」
「自由に外出できるようになったらしいからな、散歩の途中だったのだろう。捕まえる必要は無いが、つい話してみたくなってなあ」

エルが残念そうに言うと、ユリウスはお手上げだといった風に両手を挙げた。

しかしほどなくして、ユリウスは一変して鋭い目付きに変わりルドガーを見た。

「こんなところでコソコソしてるってことは、分史世界に行こうとしてるんだな?」
「……そうだよ」

ルドガーが肯定すれば、ユリウスは一瞬だけセレナを見て、またルドガーに視線を戻す。

「……俺も行こう」
「えっ!?」
「弟の活躍を、一度くらいこの目でちゃんと見届けてもいいだろう?」
「ジャマしないでよねー?」

ユリウスの予想外の提案に、その場にいた全員が驚く。
エルは疑り深い目でユリウスを見上げた。

「はは。どこまでも信用されないな」
「止めないのか?」

肩を諌めたユリウスにルドガーが問う。

「止めて欲しいなら止めるが、お前の覚悟は前に見せてもらったからな。兄貴の一度きりのワガママだ。聞いてやってくれ」
「……わかった」

ユリウスの言葉にルドガーがゆっくりと頷いた。
しかしセレナはユリウスが“一度きり”という言葉を強調した気がして、引っ掛かりを覚えていた。

やがてルドガーは時計を握りしめ、ユリウスを含めた一行は分史世界に侵入した。


「ここは……トリグラフ?」
「そうみたいだね。ここは住居街だよ」

ジュードが辺りを見回していると、セレナが確信を持って答えた。

(間違いない。だってここは……)

セレナは懐かしそうに目を細め、通りの角に面した一軒の家を見る。
正史世界には“あるはずのない”それ。

そして、セレナに並んだユリウスもその家をじっと見ていることに、ルドガーだけが気付いていた。

「とっとと時歪の因子を探すわよ」

ミラがスタスタと歩き始めた。エルもそれに続く。
それを見たジュードも、街の中を探そうと提案して歩き始めた。

「見に行くんだろう?」
「……え?」

ユリウスがセレナに小さく問いかける。
セレナは何故ユリウスが“それ”を知っているのかと驚きを隠せなかった。
まじまじと見つめられたユリウスは苦笑する。

「そんなに見つめられると穴が空く」
「でも、どうしてご存知で……」

ユリウスはセレナが先程まで見ていた家を見やった。

「君の“お父さん”は、俺の上司だったからな」

その言葉にセレナは驚いたが、少し考えると思い当たるところがあったようだった。

「確かに、“父”は分史対策エージェントでしたもんね」
「ああ。俺の前の室長だった人が、君の本当のお父さんだ」

それにはセレナ以上にルドガーが驚いた。
彼女の両親が骸殻能力者ということは知っていたが、まさか兄と接点があったとは考えもしなかったからだ。

ユリウスは続ける。

「ちなみに、君のお母さんも俺の先輩だったよ」
「そう……ですよね。父が亡くなった後も所属してましたから、不思議じゃないです」

セレナが悲しげに呟くと、今度はユリウスも何も言わなかった。

そこでセレナはふとあることに気付く。

「ここって、時間軸はいつなんだろう」

過去ならば、あの家があってもおかしくはないからだ。
ちょうどいいタイミングで、ジュードが新聞を手に戻ってきた。

「ここは僕らの世界よりも3年先みたいだ」
「未来の分史世界なのか」

ジュードがルドガーに新聞を渡すと、ルドガーも日付を確認した。
一面には、“リーゼ・マクシア、選挙による議会制へ移行!”とある。

そのやりとりを聞いていたセレナは俯いてしまった。
ユリウスがセレナの考えを代弁する。

「確か君の家は、あの後取り壊して売りに出したんだよな?」

ややあってからセレナが小さく答えた。

「あんなことがあったから、そのままでは売れなかった……と聞きました」
「えっ、あれってセレナの元の家なの!?」

ジュードが驚いてセレナを見る。
未だに俯いているセレナの代わりにユリウスが頷いた。

しかしセレナはしばらくすると意を決して顔を上げ、務めて元気よく告げた。

「行こう。多分時歪の因子はあそこにあるはずだよ」

しかしその顔は今にも泣き出しそうで、誰もすぐには返事ができなかった。


「でも、3年後ってことは私がちゃんと生きていれば22歳?
普通に帰っても怪しまれるかな……そもそもこの世界の私と鉢合わせるかもしれないけど」

セレナは家に向かいながらルドガーに聞く。
歩いているうちにいくらか平常心を取り戻しつつあった。

ルドガーはうーんと頭を捻りながら、セレナの顔をまじまじと見た。

「年上には見えないな」
「だよね……」

ルドガーの素直な感想に、セレナはがくりと項垂れる。
実はそのことについて少し気にしていたのだった。

「あっ、でも、化粧の感じとか変わってなければ大丈夫じゃないか?」
「いいよ……大人っぽくないってはっきり言ってくれて……」
「まあまあ、すぐに若く見られる方が嬉しくなるさ」

ルドガーの慰めが効かなかったセレナを、今度はユリウスが慰める。
それからユリウスは、一度皆を立ち止まらせた。

「室長が生きているとしたら、あの人も分史対策エージェントだから下手すると面倒なことになるぞ」
「……確かに。分史世界のことを知っているということですもんね」
「しかもここが正史世界だと思っていて、俺たちのことを分史世界から来た人間と思うかもしれない」

ジュードとユリウスが相談をはじめた。
その間にミラとエルが、特に大通りの方には変わったことは無さそうだと言いながら戻ってきて、ルドガーが簡単に今の状況を説明した。

セレナは1人、ぼうっと“生家”を眺めていた。
生まれてから11歳まで暮らした懐かしい家。
子供の頃は、父と母と妹……4人で過ごす楽しく明るい毎日だった。

時歪の因子はおそらくそこにあるだろう。
しかし“タルボシュの月”を確認する気になれなかった。

そんなセレナの様子に気付いたルドガーが、そっと彼女の頭に手を伸ばす。
そしてぽんぽん、と優しく撫でたのだった。

「ルドガー……ごめん、大丈夫だよ」

セレナが顔を上げ、ルドガーの目を見つめた。
エメラルドの瞳は悲しげで、セレナはルドガーが心から心配してくれている事に気付いた。

それを見ていたユリウスが思いついたように言う。

「そうだ、ルドガーなら室長に顔を知られていない可能性が高いな。
万が一顔見知りだとしても、成人した男の3年じゃ顔も変わってないだろう。怪しまれても、俺の名前を出せば納得はしてくれるだろうし」

それには全員が納得した。
ユリウスはよく知られているだろうし、下手したら死んでいる可能性がある……というのはユリウス本人の弁だった。
セレナ達はそんなこと無いと言いたかったが、それは本人が頑なに否定した。

「実際他の分史世界で任務中に死んでたことがあったからなあ。室長相手に事を荒げない方がいい。ルドガー、頼んだぞ」
「……わかった」

苦笑いするユリウスに背中を叩かれ、ルドガーは渋々承知した。

他のメンバーを残してルドガーが1人、教えられた家の前まで歩いていく。

(ここがセレナの生まれ育った家か……)

いくら分史世界とは言え、想いを寄せる相手の実家というのは少し緊張した。しかもこの世界のセレナに会う可能性もある。

だがルドガーが家の前に差し掛かると、ちょうど庭の手入れをしていたらしい男性と目があってしまう。

「あれ?ルドガー君じゃないか」

(げっ、知られてるじゃないか!)

ルドガーはまずいと思ったが、焦る気持ちをなんとか抑え笑みを作った。

「こ、こんにちは」

すると人の良さそうな男性は、ニコリと笑い返してくれた。
よく見れば髪と目の色がセレナと同じで、品の良い笑い方もそっくりだった。

「こんにちは。ユリウスならセレナと一緒に打ち合わせに行ってしまったよ?」
「あ、そうだったんですか」

(兄さんとセレナが……?仕事の打ち合わせか?)

こちらから出すまでもなくユリウスの名前が出てきた事に再び驚くルドガーだったが、なんとか話を合わせようと必死に頭を働かせた。

「えっと、兄さんはここに寄ってから行ったんですか?」
「そうだよ。わざわざ迎えに来てくれるなんて、本当にあの子は良い花婿に出会ったよ」
「は、花婿!?」

その言葉のあまりの衝撃に、ついルドガーは驚きを声に出してしまう。
しかし、おそらく今の会話からセレナの父親と断定されたその男性は声を出して笑うと、家庭菜園のハーブたちを間引きしていた手を止め目を細めた。

「ごめんごめん、お兄さんのことをそんな風に呼ばれたら恥ずかしかったよな。
俺も可愛い部下と大事な娘の結婚が決まって、ちょっと浮かれちゃってるんだ。許してくれ」

それから男は隣に茂っていたバジルを数束刈り取ると、ルドガーに手渡した。

「君みたいなプロの料理人からしたら質の悪いものかもしれないが、沢山生えて困ってるから良かったら持って行ってくれないか?」
「……あ、ありがとうございます」
「これからは君もうちの家族みたいなものだ。セレナとだけでなく、妻とも下の娘とも……もちろん俺とも仲良くしてくれな」

ルドガーはしばらく何も返せず、手に持ったバジルの束を見つめていた。
セレナの父は謙遜していたが、立派に育ったそれはとても良い香りがして、普段のルドガーならトマトソースパスタに入れようなどと考えたであろう。
今はそんなことを考えている余裕など皆無だったが。

「ああすまない、そろそろ昼食の支度をしないといけないんだ。妻がまだ本調子じゃなくてね」
「……そうなんですか」
「聞いてるかもしれないが、しばらく伏せっていてね。式までに元気になってくれないと困るんだが……と言うわけでルドガー君、また近いうちに」

セレナの父親は立ち上がって膝についた土を払った。

「良かったらユリウスと一緒に夕食でも食べに来てくれ。あ、でも君に俺の手料理を食べてもらうのははちょっと恥ずかしいなあ」

そう言いながら、彼は手を振って家の中へ入って行ってしまった。

その場に残されたルドガーは、しばらく玄関のドアを見つめ動けずにいた。

「打ち合わせって……結婚式の打ち合わせかよ……」



----------------------------
またオリジナル展開となります。



[back]

  


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -