M-02  [ 29/72 ]



「相変わらずここは寒いわね……っくしゅん!」
「やっぱり正史世界でも雪は降ってるんだね」

カン・バルク居住区の入り口についた一行は、とりあえず暖を取る為に食事処に入った。

ミラは相変わらず寒くなるとくしゃみがでるらしい。
セレナは一応分史世界での教訓を活かし、ストールを巻いたり暖かいインナーを着込んだりして来てはいたが、やはり寒いことに変わりはなかった。

「久しぶりね〜。ここは相変わらず綺麗」
「霊勢が少しずつ無くなってきてはいるけど、ここはまだまだ寒いんだろうね」

ミュゼが懐かしそうに微笑みながら飛び回っているのを見ながら、ジュードが言った。

「ノール灼洞にはここからどうやって行くんだ?」

ルドガーがジュードに聞く。
ジュードはここからザイラの森を抜けたところにあると言い、地図を出してきて確認しだす。

「クマたのしみだな〜!あとクーチューカッシャも!」
「遊びに来たんじゃ無いんだからね」
「わかってますー!」

エルとミラは相変わらず仲が良い。
セレナは手持ち無沙汰になり、店の商品を眺めていた。

「……ガイアスまんじゅう?」

そこには、可愛らしいまん丸に膨れた、リーゼ・マクシア王の顔をかたどった菓子が並べられていた。

「しかも国王公認!?」

セレナにはガイアスがよくわからなくなった。

「お土産に買って帰るかな……」

そうこうしているうちに男2人が道を確認してくれたらしく、声がかかる。
そして一行はカン・バルクを発つこととなった。


「あつい〜!とけちゃう〜!」

エルが唸る。
それもそのはず、つい先ほどまで歩いてきた屋外はこれでもかというほどの寒さだったのにも関わらず、ノール灼洞は正反対の灼熱地獄だった。

「リーゼ・マクシアの自然ってすごいね……」
「ああ……」

初めて訪れるセレナとルドガーも顔を見合わせ、辟易としていた。

セレナは羽織っていたストールを外し、パタパタと扇いだ。
まさか防寒対策がここにきて仇になるとは思っていなかった。

「全部脱いじゃえば?」
「はい!?」
「げほっ、ごほごほっ!」
「ちょっと、汚ないわよルドガー……」

セレナの様子に気付いたミュゼがとんでもないことを口走る。

それを聞いたセレナは素っ頓狂な声をあげ、何故かルドガーはむせた。
ミラが呆れた顔でルドガーの背中をさする。

セレナは気を取り直すと隣で今だに咳き込んでいるルドガーとさすり続けてあげるミラを横目に見て、口元に笑みを浮かべた。

ちなみに元凶であるミュゼがそのセレナを意味深な表情で見ていたが、それには誰も気付かなかった。

「こんなところにクマ住んでるのかな〜?」
「うーん、その熊ってさ……」

エルが首を捻ると、ジュードが眉を険しく寄せながら呟く。
しかしここまで来たからには引き返すわけにもいかず、一行は先を急いだ。

しばらく歩くと開けた場所に出た。
そこは先程まで歩いてきた細長い道の入り組んだ洞窟とは違い、地下に空いた縦長の空洞といった感じで、所々溶岩が噴き出して滝になっている。

「すごー!あつー!」
「ここは溶岩湖だよ」
「ジュード、こんなところに来たことあったなんてな」
「あはは……ちょっと、色々あったからね」

ルドガーが労いの表情でジュードに言うと、ジュードは苦笑いした。

とりあえず一行は手分けして”クマ”を探すこととなった。

しばらく辺りを探し回るものの、簡単に熊が出てくるわけもなく、エルは一度ルドガーの元に駆け寄って来た。

「クマ、いたー?」
「いや、こっちにはいないな……」
「ミラはー?」
「こっちも……きゃあっ!」

ミラが辺りを見回しながらルドガー達の元へ歩み寄ろうとしていると、足元の窪みに気付かず躓いてしまった。
しかしミラが転倒する前に、ルドガーが慌てて駆け寄りその身体を抱き留める。
なおこの際ルドガーはミラの胸に手が当たってしまっていたのだが、事故だと主張している。

背後からミラの悲鳴があがり、セレナは弾かれたように振り向く。

すると彼女の目には、ルドガーがミラを抱き締めている様子が飛び込んできた。
実際にはただ支えているだけなのだが、セレナのいる位置からだとその様に見えてしまうのだった。

(あ……)

セレナは一瞬だったが、その姿に思考が停止してしまう。

おそらく悲鳴から、ミラが倒れそうになったのをルドガーが抱き留めたのだろうということは想像がつく。
しかしセレナからはミラの背に隠れてルドガーの顔が見えなかった為、その後ミラがルドガーの頬を殴ったのは見えなかった。

ただ、ルドガーから離れて後ろを向いたミラが顔を真っ赤にしていたのは見えて、ああやっぱりなと自らの予想に確信を持ったのだった。

なおジュードもその一連の事故を複雑な顔をして見ていたが、ミュゼがニヤニヤと面白がっているのを見て、ここ最近で培われた勘からおそらくロクでもないことであろうと切り捨てた。

ルドガーは未だにミラに平謝りしておりミラは怒っていたが、セレナはそこから目を背けていたため、ミラの背後に迫ってくる大きな影に気づかなかった。

エルの叫び声がしてセレナが何事かと視線を戻すと、巨大な熊型の魔物が、ミラの後ろで両手を広げて立ち上がっていた。

「やっぱり僕の思った通りだった……」

ジュードがやれやれといった調子で拳を構えたのを合図に、ルドガーとミラが剣を取り、セレナも銃を構えながら走り寄った。
ミュゼは早くも詠唱をはじめている。

「ミラごめん!私、気が付かなくて……」

言いながらセレナは弾丸を撃ち込んでいく。

「いいから!口動かす余裕があるのなら早いとこ倒すわよ!」

ミラは一瞬だけセレナを見たが、すぐ前を見据えて魔物に斬りかかった。

さすがに時歪の因子や大精霊を相手にして来たルドガー達の前に、魔物はあっさりと倒される。
魔物が地に伏して動かなくなったのを確認すれば、岩陰に隠れていたエルが駆け寄ってきた。

「エルが思ってたクマとちがう……モコモコしてない」
「この熊?の手、取るのか?」

エルが恐る恐る魔物を覗き込むと、ルドガーがかがみ込んで魔物の手を指差し、ミラに振り返った。

「この魔物の手を使うの……?」
「見た目はこんなんだけど、味は絶品なのよ。我慢しなさい」
「どの部分を使うんだ?」

エルは魔物をまじまじと見てから心底嫌そうに言った。
ミラは溜息をつきつつ、手を取るから離れていろと仲間達に告げた。
ルドガーは食に対する拘りからなのか、意外にも熊の手のダシに興味があるようだ。
これが本当にその熊の手なのか、それ以上聞ける者はいなかったが。

無事素材を手に入れたミラはルドガーに向け、ビシッと音が聞こえてくるような勢いで人差し指を向けた。

「よし。あとはとっておきの秘密兵器ね」
「秘密兵器って、なんだ?」
「馬鹿ね、それを言ったら秘密にならないじゃない!絶対1番美味しいって言わせてやるんだからね!」

自信満々に言い放ったミラは、ルドガーとエルの顔を順番に見た。

「あらあら、仲良しねぇ」

それをミュゼが遠巻きに微笑みながら見ている。
ジュードは何も言わず、ぼうっと3人を眺めていた。

ジュードは複雑なのだ。
“このミラ”は自分の良く知っている“あのミラ”とは、もはや別人物である。
しかし当たり前だが見た目は”あのミラ”と瓜二つなのだ。

そんな彼女とルドガーたちのやり取りを見ていると、彼女が仲間に馴染んでくれてよかったと思う反面、ルドガーに嫉妬してしまうことも無くは無かったからだ。
そしてそれ以上に、この世界のミラへの渇望が日に日に大きくなっている自分に気付くのだ。

「はぁ」

ジュードが溜息をつく。
それに気付いたミュゼが寄って来て、慰めるつもりなのか無言でジュードの肩に手を乗せた。

セレナはと言えば、ただ心ここに在らずといった表情で、ルドガーとミラの横顔を見つめていた。



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ルドガーがムッツリとラッキースケベの人みたいになってしまった。



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