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「助けて!」

叫び声がして、私は目を覚ました。

「助けて!お姉ちゃん!」

ああ、この声は……


Chapter10 雷鳴の遺跡


「お姉ちゃん!」

妹が泣いている。

お母さん、どうして?

どうして、妹に銃を突きつけているの……?

「お母さん、やめてよ!」

妹が叫ぶ。

「お母さん、あなたたちを置いていけないの!」

お母さんも泣きながら叫んだ。

置いていく?

どうして?

お母さんは、どこに行ってしまうの?

私は2人に向かって手を伸ばす。

――やめて!

なんとか止めようと、叫ぼうとした。

――お母さん!やめてよ!

けれど、声が出ない。

「お母さんと一緒に、みんなでお父さんのところへ行きましょう……」

お父さんのところ?

でも、お父さんはもう……

「あああああああ!!!!」

突然お母さんが叫び出す。

真っ黒に染まった顔、首、手。

――待って!!!!

叫びたいのに、喉が詰まったように声が出なかった。

――お願い、やめて!

――殺すなら、私からにして!!!

せめて、妹は助けて……

『いいかいセレナ。大切なものは迷わず守るんだぞ。失ってから後悔したって遅いんだ。』

ごめんなさい、お父さん……
私、お父さんとの約束、守れなかった。

鳴り響く銃声。

鮮血が飛び散る。

妹はその場に崩れ落ちて、お母さんは目を見開いて肩で息をしている。

「セレナ、こっちにきなさい」

――嫌!

「次は、あなたよ」

お母さんが、瞳孔が開き切った目を向けてくる。

そして、ゆっくりと銃を持ち上げた。

――お母さん、やめて!!

「あなた、シータ、セレナ……ごめんなさい……」

それが最期の言葉だった。

私は諦めて、目を閉じる。

2回目の銃声。

私、死ぬんだな。

これでまた家族みんなで昔みたいに暮らせるのかな?


でも、いつまで経っても痛みも衝撃も何も来なかった。

恐る恐る目を開けると、目の前に広がる赤い海。

その中に沈む、妹とお母さん。

寄り添うように折り重なる2人の側には、血の様に赤いコートを着た男の人が立っていた。

手には拳銃。

男の人がゆっくりと振り返る。

その鋭く蒼い瞳と目が合う。

「君のお母さんは、私が殺した」

――嫌だ!

「そうしないと君が殺されるところだったんだ」

――嫌だよ!

「分かってくれるね?」


「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「セレナ!」

セレナは飛び起きた。
身体中がびっしょりと汗で濡れている。

浅い呼吸を繰り返し、激しく脈打つ鼓動を落ち着かせる。

「セレナ、どうした?俺が誰だかわかるか?」

微かに震えるセレナの手を、優しく包む手があった。

「る、ルドガー……?」

セレナはゆるりと顔をあげ、今だに焦点の会わない目で、目の前にあったエメラルドの瞳を見た。
ルドガーは眉を下げ、心配そうにセレナの顔を覗き込んでいる。

「もう大丈夫だ」

安心させる様にもう片方の手でセレナの背中をゆっくりとさする。

「……ここは、私の部屋?」
「そうだ」

セレナはようやく落ち着きを取りを取り戻しつつある。
一つ一つ、現状を確認しているようだった。

「私、何か夢を見てたみたい……」
「かなりうなされてた」
「うん……思い出せないけど、すごく恐ろしい夢だった気がする」

セレナは目を伏せた。
右手に、自分のものよりも大きな手が重ねられているのが視界に入る。

「昔の夢だった気がする」
「昔の夢?」
「うん。妹の声が聞こえた」
「……そうか」

ルドガーはただ頷くことしかできなかった。
セレナは、分史世界でその妹を殺してきたばかりなのだ。
先ほどまでのセレナの姿を思い出す。

しばらく眠っていたセレナだったが、だんだんと険しい表情になっていき、
ついには小さく呻き声を上げ出した。

“嫌だ!どうして?”

そう繰り返しながら唸るセレナの額には汗が滲んでいった。
何事かと名前を強く呼ぶと、セレナは叫び声をあげながら飛び起きたのだった。

チラリと彼女を見れば、夢の内容を思い出そうとしているのか虚空を見上げていた。

「無理に思い出さなくていいさ」

背中をさすっていた手をセレナの頭に乗せ、汗で額に張り付いた前髪を除けてやる。
くすぐったそうに目を伏せたセレナの表情に、少し前に気付いてしまった気持ちがこみ上げてくる。

(今はそんな場合じゃないだろ)

自身を叱咤し、何事も無かったのようにそのまま乱れたセレナの髪を手で梳いた。

セレナはしばらくされるがままになっていたが、思い返すようにぽつぽつと話し始めた。

「私、分史世界を破壊したよね?」
「そうだよ」
「あの後、戻ってきてからどうなったの?」
「セレナは倒れたんだ。ジュードがすぐ診てくれたから大事無かったけど」
「そっか……」
「突然”あんなこと”になって、負担が大きかったんじゃないかって言ってた。しばらく休めば回復するって」

「私……骸殻化、したんだよね」
「……ああ」

セレナは左手を持ち上げて、掌を見つめた。

「もう、できないのかな?」
「セレナ!」

その言葉に、珍しくルドガーが声を荒げる。

セレナが顔を上げると、ルドガーは険しい表情で頭を横に振った。
セレナは困ったように笑う。

「私ね、ずっと骸殻能力者が羨ましかったの。
両親共に分史対策エージェントだったし、今も父の下で働く何人もの分史対策エージェントを知ってる」

ルドガーはセレナの髪から右手を引き、自分の膝の上に戻す。

「その人たちは命をかけてこの世界を守っている。でも、同じクルスニク一族の末裔なのに私にはその力が無いでしょ。
だから”あんなもの”を作ってまで、少しでも近付こうとしてた」

視線を横に動かしたセレナの目の先には、サイドテーブルに置かれた時歪の因子発見装置”タルボシュの月”がある。

「でも結局は自力で分史世界に侵入することもできない。ただ、守られているだけだったの」

セレナは手元に視線を戻し、今だに重ねられているルドガーの左手と自分の右手を見た。

「妹一人守れなかったのに、世界を守るなんて、できるわけないのにね……」

ルドガーは、ぽたぽたと左手に落ちてくる暖かい滴に気付いた。

「それなのに、また殺してしまった……あの世界の私には、私と違ってあの子を守る力があったのに……」

セレナは、瞳から零れ落ちる涙を拭うこともせずに独白を続ける。

「でもこの力があれば、みんなみたいに世界を守れるって思っちゃったんだよ」

セレナの言葉を黙って聞いていたルドガーが、突然重ねていた手を握って自分の方へ引いた。

とすん、と音がしてセレナの顔がルドガーの肩にやんわりと当たる。

「そんな辛い思い、もうしなくていい」

ルドガーはそう言うと空いていた右手をセレナの背中に回し、まるで赤子をあやすかのように、トントンと音を立てながら優しく規則正しいリズムで叩きはじめた。

「ルドガーだって、沢山辛い思いをしてるのに」
「俺には、セレナがいてくれるだろ?」

セレナの瞳からは、堰を切ったように涙が溢れ出る。
ルドガーはセレナの髪に頬を寄せ、言い聞かせるように呟いた。

「前にセレナが言ってくれた、俺の心が傷付いて腫れ上がったら冷やしてくれるって約束。
あれがあるから俺は辛くても頑張れてるんだ。だからセレナは今まで通り、俺を支えてくれ」
「ルドガー……」

「セレナが無理に骸殻化してこんな風になる方が辛い」
「……ごめん」
「ま、あれは偶然だっただけだから、お前のせいじゃないけどな」

セレナはいくらか落ち着きを取り戻すと、ルドガーから身体を離し、涙を拭った。

「ずっと、骸殻化したいと思ってた私に、あの世界の私が遺してくれたのかもね、あの時計」
「そうかもな」
「でももう、あの世界と一緒に消えちゃったんだね」
「セレナにはもう必要無いってことじゃないか?
時計が無くても俺が分史世界に連れて行けるし、一緒にいてくれれば世界を救えるから、大丈夫ってことだよ」
「そうなのかな……?」
「そうだよ」

ルドガーは子供を諭すように言いながら、優しく微笑んだ。
その様子にセレナは、優しかった両親を思い出す気がした。

「ルドガーはいなくならないでね」

セレナが俯きながら小さく言った。

「分史世界から帰らないエージェント、少なくないから……」
「心配いらないさ。セレナがいるし、みんなもいてくれる」
「……うん」
「俺はセレナの傍から、いなくなったりしないよ」

ルドガーはセレナがゆっくりと頷いたのを確認すると、立ち上がった。

「セレナが目覚めたら教えてくれって執事さんに言われてたんだった。呼んでくるよ。ジュード達にも連絡しないとな」
「ごめん、みんなに心配かけちゃったよね」
「こういうのはお互い様だよ。じゃあ呼んでくるから、ちゃんと寝てろよ?」

そう言ってルドガーはニコリと笑うと部屋から出て行った。

セレナはルドガーが出て行った後のドアを見つめてから、今だに温もりが残る右手を、そっと握りしめた。



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あれ?雷鳴の遺跡……?
という展開が続きます。



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