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ルドガー達は近くにいたようで、すぐに走ってきてセレナ達に追いついた。

「時歪の因子、見つかったのね?」
「うん。そうなんだけど……」

ミラの問いに答えたジュードだったが、その言葉は歯切れが悪い。
それを見たセレナが、意を決してルドガー達に伝えた。

「私の妹が時歪の因子だった」
「えっ!?」
「セレナのいもうとって確か……」

ルドガーが驚きに目を見張る。
エルも驚いた顔で記憶を辿った。

「正史世界ではもういない。代わりに、この世界では私が死んでしまっていたの」
「何ですって……!」
「正史世界と最も異なるもの……それはあの子が生きていることだったんだよ」

ミラはセレナの妹の話を知らなかったので、つい大声をあげてしまった。
セレナは拳にぐっと力を入れ、声が震えそうになるのを抑えた。

「行こう。学校はこの近くだから、もしかしたらまだ近くいるかもしれない」

そう言ってセレナはすぐに歩き始めてしまった。
しかしその横顔は今にも泣き出しそうで、誰も声を掛けることができなかった。

セレナ達が学校の前までやって来た時にちょうど昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。
校門は閉められていて、さすがに入るのは後ろめたい。

「間に合わなかったね……どうしよう」
「事を荒げたくない。放課後まで待とう」

ルドガーの言葉にセレナは視線を彷徨わせたが、仕方ないと溜息をつくと頷いた。

セレナ達は学校のすぐそばにあるカフェに入り、時間を潰すことにした。

しばらくの間ルドガー達が街で聞いてきたこの分史世界の噂話などを話していたが、その間もセレナはぼうっとしていて心ここに在らずといった状態だった。
他の仲間達もセレナの心境を考えると明るい話をすることもできず、重い空気が漂っている。

「そう言えばあの子、懐中時計を持ってたよね」

ふと、ジュードが思い出したようにセレナに問いかけた。

「それってまさか……」
「あり得ないことではないよ」

ルドガーがエルの胸から下げられている金色の時計を見ると、セレナもそれに視線をやりながら答える。

「私の両親、2人とも分史対策エージェントだったから」
「そうだったのか!?」
「うん。もう亡くなってるけどね」

それからセレナは、ぽつりぽつりと話し始めた。

「私の元の苗字はカトリアで、カトリア家もクルスニクの末裔を名乗る一族なの。
両親は骸殻能力者で、クラン社のエージェントだった。
でも父は、本社に過激派組織が襲撃した時に殉職したの。
それから母はだんだん弱っていって……」

セレナはテーブルの上に組んだ手を見つめながら話し続ける。
その様子を、エルを含めた他の全員が息を飲んで見守っていた。

「母は多分精神を病んでしまっていたのね。しばらくは私達のこともあるし仕事を続けていたんだけど、ついに身体まで壊してしまった。それで……」

セレナの手には、自らの爪が食い込んでいた。

「妹を殺したの」
「えっ……」
「殺した……って、あなたの母親が?」

ジュードは言葉を失い、ミラは険しい表情で問いかけた。

「そう。それから私を殺そうとした。子供達だけ残していけないと思って、無理心中するつもりだったみたい」
「なんてことを……」
「セレナのママが、セレナを……」

ミラもそれ以上続けられなかった。
エルは今にも泣き出しそうな顔でルドガーの手をぎゅっと握り締り、ルドガーもそれを握り返した。

「でもそこに、お父様……ビズリー社長が駆け付けてくれたの」
「ってことはセレナの母親は……」
「お父様が、殺した」
「っ、そんな……!」

ルドガーは最後まで続けることができず言葉尻を濁したが、セレナがそれに続けた。
あまりに悲しい結末に、ジュードが悲痛な声を上げた。

「そうしなければ、私が殺されてた。私は父の友人でもあったお父様に命を救ってもらって、そのまま養子に迎えてもらったの」
「だからあなた、恩があるって言ってたのね」
「そう。エージェントが任務先で殉職することも、怪我が原因で亡くなることもそこまで珍しくないのに、私だけが残された子供達の中で一人だけお父様に引き取ってもらったから」
「そんなことがあったのか……」

ミラは複雑な表情のまま黙り込んでしまった。
ルドガーもあまりの内容にかける言葉を失ったままだった。

「正史世界では私と同じで妹も時計は持っていなかったから、あの子が本当に骸殻能力者かは分からないけど。
苗字はバクーになってたし、この世界の私は去年亡くなったって聞いたから、二人とも助けてもらって一緒にお父様に引き取られたのかもね」

そこまで言うと、何故かセレナは微笑んだ。

「こういう未来もあったんだな、って思ったよ」

その表情があまりに悲しげで、しかし妹の生を心から喜んでいるようにも見えて、誰も何も返すことができなかった。

「あの子が出て来たら、私が足止めするね。それで隙ができたら、ルドガー、お願い」
「いいのか、それで……」
「うん。世界を壊す、ってこう言うことでしょ?」

ルドガーが歯切れ悪く聞くと、セレナは横目でミラを見てから答えた。
そして困ったように笑って見せた。

「欲を言うと、少し話をしてみたくなっちゃって」

その目は少し潤んでいた。

「エルと同じくらいの時に亡くなってしまったけど、あの子はジュードやレイアと同じくらいだよね。
あんなに大きくなったんだなって思ったら、嬉しくなっちゃって……」
「セレナ……」
「私も"お姉さん"なんだなって、自分で思っちゃった」

その言葉に、ルドガーとミラはそれぞれ自分の兄や姉の顔が浮かんだ。
彼等もこんな風に、自分の成長を喜んでくれていたのだろうか。

その時、終業を告げる鐘が遠くに聞こえてきた。

「終わったみたいだね。みんなは離れたところで待っててくれる?」

セレナはすっと立ち上がると、先にカフェから出て行った。
ルドガー達はすぐに追いかけることができずにいたが、互いに顔を見合わせると頷き合った。

一人外に出たセレナは、ゆっくりと校門の方へ歩みを進めた。

すると、何人かの生徒とすれ違った後に、目的の人物が歩いてくるのを見つけた。

「あ……」
「また会ったね」

セレナの顔を認識したシータが立ち止まる。
それを見たセレナは微笑んだ。

「あなたと少しお話ししてみたくなっちゃって」

セレナが言うと、シータはしばらく時が止まったかの如く動かなかったが、一緒にいた友人が怪訝な顔でシータの顔を覗き込むと、慌てて友人に告げた。

「ごめん、先帰ってて」
「いいけど、誰?」
「ちょっと知り合いで。また明日!」
「あっ、シータ……じゃあ明日ね!」

そしてシータは友人におざなりに手を振ると、セレナの元へ走ってやってきた。

「シータちゃん、少し歩こっか」
「……はい」

セレナはシータを伴って、友人達が歩いていったのとは別の方角へ歩き出した。

そしてしばらく2人は無言で歩くと、小さな公園に入り、ベンチに腰掛けた。

「突然ごめんね」
「いえ……友達とは毎日会えるので」
「そっか」
「私も、もう一度お話ししたかったんです」
「私と?」

シータがゆっくりと頷いた。

「お姉ちゃんの話、聞いて欲しくて」

その言葉に、セレナはシータを見る。彼女は遠くを見ているようだった。

「お姉ちゃんは、私を庇って亡くなったんです」
「あなたを庇って……?」
「はい。知りませんか?去年起こったクランスピア社のエージェント母子無理心中事件」
「それって……」

セレナはシータの言葉に目を見開いた。
おそらくセレナが体験したものと同じようなものだろう。
この世界では事件が起こったのが去年のことらしい。

「お父様が無理矢理マスコミを抑えたみたいだから、あんまり知られてなくても当然か……
うち、父が亡くなってから母子家庭だったんですけど、母は病気で、だんだんおかしくなっていって……」
「それで、あなたと無理心中しようとしたのね……?」
「お姉ちゃんも今年の春からエージェントになる予定だったんです。
それが、お母さんから私を庇って……」

そこまで話し、シータは黙ってしまった。

「辛かったね……」

セレナは自然とシータの頭を撫でた。
するとシータは驚いたようにセレナに顔を向ける。

「お姉さんは、あなたを守れて幸せだったと思う」

セレナだって、本当はそうしたかった。
でも、あの頃の自分はまだ子供で、その力が無かった。

シータは懐かしそうに目を細め、ポケットからピンクゴールドの懐中時計を取り出した。

「私、そのあと助けてもらった人の養子に迎えてもらって、普通の生活ができてるんです。
お姉ちゃんはこの時計を使って、お父さんやお母さんと同じ仕事をする予定だったのに、私にはその力が無いから」
「えっ!?」

そこまで聞いて、セレナは意外な言葉に驚きを隠せなかった。
シータはさほど気にした様子も無く、手に取った時計を大事そうに撫でた。

「今のお父様が、これは私には使えないけれど、お姉ちゃんの遺品だからってくれたんです。
本当は、かなり大事なものみたいだけど」

(この世界の私は、骸殻能力者だったんだ……)

大切な妹を守って死んだ姉。
憧れていた両親や恩人である養父の為にどんなに頑張りたくても、自分には無い骸殻能力。

セレナはつい、本音をこぼしてしまった。

「羨ましい……」

すると言葉の真意が分かるはずのないシータが、突如大声をあげた。

「あなたに何がわかるんですか!!」

そしてシータは立ち上がると、セレナを睨みつけた。

「お姉ちゃんにそっくりだけど、あなたはお姉ちゃんじゃない。
死んじゃった人を羨ましいなんて……お姉ちゃんはもう、いないのに!」

シータはセレナの言葉がかなり気に障ったのだろう、時歪の因子化の影響で精神に支障をきたしていたのかもしれないが。

「ご、ごめんなさい!」

セレナが慌てて謝るが時すでに遅く、シータは怒りからくる興奮により時歪の因子特有のどす黒いオーラを発していた。

「まずい!」
「セレナ!」

その時、離れたところで待っていたジュードとルドガーの声が聞こえてきた。
ミラはその後ろでエルを守っており、男2人がセレナの元に走ってくる。

「そんなに羨ましいならあなたが死んで、代わりにお姉ちゃんを返してよ!」

ルドガーが骸殻化しようとしたのと同時に、シータが叫びながらセレナに向かって手にしていた懐中時計を投げつけた。

時計がセレナにぶつかった瞬間、光が溢れだした。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

セレナが悲鳴を上げ、眩い光に包み込まれる。

「セレナ!!!」

ルドガーが叫ぶと、光の中から、顔周りから腕までの一部が異形の姿となったセレナが現れたのだった。

「骸殻化!?」

ジュードは驚きのあまり足を止めてしまう。
ルドガーも骸殻化したまま立ち尽くしていた。

「シータ……ごめんね」
「お……ねえ……ちゃん……?」

骸殻化したセレナは手にした鎖鎌で、シータの体を貫いていた。

「私はあなたを守れなかったから、あなたを守ることができた"私"が羨ましかったんだよ」
「じゃあ、あなたは……」
「さようなら。たった一人の、私の大切な妹……」

セレナが刃を静かに引き抜くと、シータは目を見開いたままその場に崩れた。

「お姉ちゃん、ごめんね。ありが、とう……」

最後に残したシータの言葉が風に消えていくと、辺りの景色が割れ、世界は崩れ去った。



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夢主、骸殻化しました。

武器は銃だとちょっと骸殻と合わなそうですし、ワイヤーが変化した形ということで(?)鎖鎌にしてみました。
刃が無い武器にするとなかなか時歪の因子破壊の描写が難しそうです。



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