08-03  [ 16/72 ]



「ここがキジル海瀑なの?」
「そうですよ。綺麗なところでしょう?」

分史世界に侵入したセレナ達の眼前には、美しい砂浜と浅瀬が広がっていた。
目を輝かせてエリーゼに問えば、彼女は自慢気に頷いた。

「うん、水がすごい透き通ってる」

セレナは生まれて初めて見るその絶景にはしゃぎだしたい気持ちを抑えつつも、正史世界に戻ったらそのうちプライベートで訪れたいと考えていた。

「ユリウスさん、どこにいるのかな」
「わー!変なキレーな貝殻!」

突然エルが波打ち際に向かって走り出した。
エルにとってもこの景色は初めてで、いつも綺麗な石や貝殻を拾ってはリュックに集めているエルが反応しないわけがなかった。

「あ、エル!危ないですよ!」

エリーゼが止めたがエルは夢中になっているようで聞こえていない。

「私がついてるよ。みんなはユリウスさんと時歪の因子を探して?」
「セレナだけで大丈夫なの?」

ミラがセレナに向けて腕組みしながら言った。
セレナはポケットから”タルボシュの月”を取り出すと目の前に掲げた。

「こっちに時歪の因子が出たらこれで分かるはずだから、任せて。実践済だし」

それだけ言うと、セレナもエルの元に歩いて行ってしまった。

「もう、子供連れでこんなところに来るなんて気が知れないわ」

軽くルドガーを睨むミラ。ルドガーは目を伏せた。

その時、ルドガーの耳に聴き慣れたメロディーが流れ込んで来る。
しかもその歌声も、よく聴き慣れた人物のモノだった。

「兄さん……!」

ルドガーが突然走り出す。呆れたミラがその後を追った。


セレナは波打ち際で、エルが貝殻を拾うのに付き合っていた。

「エル、これは?」
「んー、エルが見つけたののほうがキレーだけど、これももらってあげる」

言葉の割りに目を輝かせているエル。
セレナはそんな少女の姿を笑顔で見つめた。

(思い出すな、あの頃のこと)

セレナが子供の頃から既に、エレンピオスにこんな美しい自然が栄えた場所などは無かった。
しかし公園や街の入り口の街道などで、よく妹と一緒に綺麗な形の石や鳥の羽などを集めたものだった。

(エルがあの子じゃないのは、分かってるんだけど……)

セレナはどうしてもエルに、今は亡き妹の影を重ねてしまっていた。

「セレナ、手がとまってるー!”はたらかざるものくうべからず”だって、パパが言ってたよー!」
「ごめんごめん。ちゃんと働くから、たまには一緒にご飯食べたいな」
「しょーがないなぁ。じゃあルドガーに頼んであげる!」
「ルドガーの手料理?楽しみだな〜!」

ここは分史世界だけれど、少女の笑顔は本物で。
嬉しそうに手を動かすセレナだったが、水中から2人の姿をじっと伺っている二つの眼には、まだ気付いていなかった。


「ルドガー、あの娘……エルをこちらに渡せ」

一方で弟と対峙したユリウスは、冷たい声色でルドガーに告げた。

「何故そこまでエルにこだわる?」

そう続けるユリウス。

「一緒にカナンの地に行くって約束したんだ!」
「よせ、誰も幸せにならない」

ルドガーはユリウスを睨みつけた。

「それから、セレナともあまり関わるな」
「なんでだよ!」

ルドガーは先程からユリウスが何故そんなことばかり言うのか、理由も分からず苛立っていた。
ユリウスは相変わらず険しい表情だ。

「セレナとお前が親しくなっているのは完全に予想外だった……」

ユリウスは数歩歩み寄り、溜息をついた。
それをただじっと見つめるルドガーと、腕組みしているミラ。

「あの子の父親が誰か知っているだろう」
「誰が父親だろうが、セレナはセレナだ!」
「このままだといずれはエルかセレナ、どちらか選ばなければいけなくなるぞ!」
「どう言うことだよ?いい加減教えてくれよ!兄さん!」
「エルを渡さないなら力ずくでも……」

興奮したルドガーに、ユリウスが双剣を突き付ける。
ルドガーの方も双剣を取り出した。

しかしその時――

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「エル!?」

海瀑中にエルの悲鳴がこだました。
ルドガー、ミラ、ユリウスは一斉に声のした方へ走り出す。

すると先程の波打ち際で、セレナがエルを抱えたまま倒れこんでいるのが見えた。

「セレナ!しっかりして下さい!!!」
「セレナ!!セレナーーー!!!」

傍らではエリーゼがセレナとエルに駆け寄り治癒術を施していた。
セレナに覆われたままのエルは、腕の中で彼女の名を叫びながら泣きじゃくっている。
その後ろで、ミュゼが波の向こう側を睨みつけていた。

「これは……呪霊術だわ」
「何なんだそれは」
「命を腐らせる精霊術よ。だんだんと弱らせて、獲物が動かなくなった後に血を吸いにくるの。
術者を倒さない限り解けないわ……」

ユリウスが辺りを警戒しながら問うと、ミュゼが一層険しい顔をして答えた。
エリーゼがセレナとエルに治癒術をかけながらミュゼに振り返る。

「術者って、さっきの魔物ですか!?」
「そう……”海瀑幻魔”。正史世界では絶滅した変異種よ」
「それってカナンの道標!」
「海瀑幻魔が現れたのか!?」
「水の中へ消えてしまったけどね。それがあの魔物のやり方だから」

ミラとユリウスが反応する。

「エリーゼ……私はいいから、エルを……」

その時セレナがゆるりと顔を上げて、か細い声でエリーゼに言った。
おそらく呪霊術のせいだろう、セレナは全身が黒い靄のようなものに取り憑かれており顔色が青い。
しかしセレナが少し腕をどかすと、その中にいたエルも片腕だけ少し靄がかかっていた。

「エル……ごめん……ね、守り切れなくて……」
「そんなことないし!セレナがいなかったらエル、やられてたもん……!」

セレナが眉を下げて、すまなそうに腕の中のエルを解放した。
すかさずルドガーが駆け寄ってセレナからエルを受け取る。

「ルドガーも……ごめん……任せてって、言ったのに……」
「いいから、喋るな!」

ルドガーはエルを背中の後ろにやると、セレナを抱き起こした。

「もう少しこれの反応が遅かったら、危ないところだったよ……」

そう言ったセレナの手の中で"タルボシュの月"が青白く光を放っていた。

「あれが時歪の因子なんでしょ……?早く、倒して……カナンの道標を……」
「セレナ!しっかり!!」

エリーゼが治癒術をかけ続けながらセレナに声をかける。
セレナはだんだんと血の気が引いて行き、ぐったりと力が抜けていく。

「うっ……」

その時ルドガーの後ろで、エルが術をかけられた手をもう片方の手で押さえ込んだ。
エルの方も少しずつ呪霊術の効果が回ってきてしまったのか、時折苦痛に顔が歪む。

「エルも、頑張って下さい……!」
「エリーゼ、あなたも霊力野をそんなに駆使したら……」
「でも2人が!」

エリーゼはセレナを治癒しながらも時折エルの腕にも治癒術をかける。
しかしエリーゼ自身にもかなり負担がかかっており、見かねたミラが少し休ませようとした。
それでもエリーゼは、セレナとエルを見捨てるわけにはいかないと治癒術をかけ続けた。

「私を……囮にして、あいつを……。このままだと、エルまで……」

セレナが弱々しい声でうわ言のように呟く。
ミュゼの話を聞いていたのだろうか、”あいつ”とは、まさしく海瀑幻魔のことだろう。

「だめだよセレナ!エルならガマンできるから、エリーゼはセレナにチユジュツ使ってあげて!」

エルが泣きながらセレナに縋り付いた。
しかしその顔は紛れもなく苦痛の色を浮かべている。

「……俺が幻魔をおびき寄せる!」

その様子を歯噛みして見ていたルドガーは決心したようにそう言うと、双剣の片方を手に持ちもう片方の腕を突き出した。

「ルド……ガー……だめ……!」
「ダメですセレナ!動かないで!」

セレナはルドガーがしようとしている事に気が付き、体を起こそうとする。
しかしそれをエリーゼが必死で止めた。

ルドガーは歯を食いしばり、一思いに自らの腕を斬りつけた。
血が滴り、白い砂浜に赤い染みができていく。

「すごい血だよー!」
「そこまでして……大事なんだな、2人が」

ティポがあわあわと辺りを飛び回る。
ユリウスはルドガーの横顔を見ると、今度はセレナとエルに目をやった。

セレナは今だに荒い息で目を開けているのもやっとといった風だし、エルも遂に腕を抑えて座り込んでしまった。

するとルドガーの血のにおいに釣られた幻魔が、目論見通り水底から上がってきた。
幻魔はルドガーに向けて、一直線に向かってこようとする。

その時、駆け出したユリウスが双剣を投げて幻魔の触手を一本切り落としてルドガーの前に躍り出た。
そしてルドガーの手に、ニ・アケリア霊山で手に入れたカナンの道標”マクスウェルの次元刀”を押し付けた。

「大切なら守り抜け!何に代えても!
選べないならどちらの手も離すな!」

そう言い残すと、跳び上がってきた海瀑幻魔の攻撃からルドガーを庇い弾き飛ばされたユリウスは波間に消えてしまった。

「兄さん!!」
「来るわよ!」

ルドガーはユリウスの姿を探そうとしたが、ミュゼの叫びによって視線を幻魔に戻さざるを得なかった。

襲い掛かる幻魔に、腕から血を流しながら斬りかかるルドガー。
ミラがその脇から飛び出て共に斬りかかる。

「腕!止血くらいしたらどうなの!?」
「そうしたらこいつがセレナ達の方に行くかもしれないだろ!?」
「……なら早く仕留めるわよ!」

ルドガーの覚悟を目の当たりにしたミラは、それ以上何も言わなかった。
後ろからはミュゼが精霊術を放ち、エリーゼはセレナとエルの様子を確認しながらも、できる限りの援護をしてくれた。

しばらく攻防は続き、ルドガーの一閃で幻魔が一瞬たじろいだ。
しかしその瞬間、エルがうめき声をあげた。

「うっ……ううっ……!」
「エ……ル……しっかり……!」

腕を抑えて悲痛の声を漏らすエルに寄り添おうと、横たわっていたセレナが手をついて身体を起こした。

その瞬間、海瀑幻魔がその触手を使い大きく跳び上がり、セレナ達に襲いかかろうとした。

「エル!!」

セレナは持てる力を振り絞ってエルを抱き締めた。
本当は突き飛ばしたかったが、そんな体力は残っていなかったからだ。

(私は、また守れないの?)

セレナは死を覚悟し、思い切り目を瞑った。

しかしその時、ルドガーの咆哮が砂浜にこだました。

「うおおおおおおお!!!!!」

ルドガーは骸殻化し、槍を構えて幻魔まで一直線に飛びかかる。
そのルドガーを光が包み、骸殻化が少し進んだ段階に変化した。

「マター・デストラクト!!!!!」

幻魔の触手がセレナに触れる寸前、ルドガーの叫びと同時に幻魔に槍が刺さる。
そして今度は海瀑幻魔の断末魔が、砂浜に響き渡るのだった。



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ユリウスとの再会シーン、どうしてもエヴァのカヲル君思い出します……


  


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