08-02
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イラート海停に無事到着した一同は、すぐに港の端で待っているリドウとイバルを見つけた。
「げえ……リドウがいる」
エルは相変わらず素直だ。
しかし今朝の出来事もあり、セレナも今は内心エルと同じ気持ちだった。
イバルがルドガー達の姿を見つけ、偉そうに鼻を鳴らした。
「リドウ室長がお待ちだぞ」
「来たか……おやおや、これはセレナお嬢様。まさか貴女までご協力いただけるとは。
今度は自分自身が捕まらないようにお願いしますぞ」
“今度は”の部分を強調するリドウの嫌味たらしい言葉がセレナに刺さる。
彼女は言い返すこともできず小さくなっていた。
そんなセレナの前にエルが歩み出る。
守ってくれているつもりなのだろうか、エルは腰に手を当て眉を釣り上げた。
その様子を見たリドウはただ鼻で笑っただけだった。
「なんでサングラス?ここ、まぶしくないよ?」
リドウの顔を見ていて違和感に気付いたエルは、腕組みしながら小首を傾げた。
その横にイバルが屈んでエルに耳打ちする。
「ユリウスが逃げた時に踏んづけられたんだ。顔にでかい足跡がついたのを隠してるんだとよ!」
「ぷぷっ、みたーい!」
エルは堪えることもせず噴き出した。
イバルは耳打ちしたが、周りにもバッチリ聞こえている。
「そう言えば踏み台……いや、ジャンプ台にされてた」
「ジャンプ台!?」
セレナがボソリと呟くと、ルドガーが驚きを隠せず大声を出した。
それに釣られてその場にいた全員がリドウの顔に注目した。
リドウは眉をヒクつかせている。
やたらと大きなサングラスのせいでよく見えなかったが。
「ここでユリウスの目撃情報が途絶えた。なんとしても探し出せ!生きたまま捕らえるんだぞ」
“生きたまま捕らえる”なんて当たり前の事なのに、わざわざ言うところがリドウの性格を表している。
しかしそのまま留まって怒っているわけにもいかず、
ルドガー、エル、セレナ、ミラ、エリーゼはハ・ミル方面を、残りのメンバーはサマンガン街道方面を探すことになった。
イバルとリドウは海路を探すことにするらしい。
「女の子ばっかりですねー」
「ルドガー、ハーレムぅ〜!」
「エルしってる!ハーレムって、オンナズキのオジサンが作るやつだ!」
「えっ!?」
エリーゼが楽し気に言うとティポがくるくるとルドガーの周りを飛んでからかった。
エルは相変わらずどこでそんな事を覚えて来たのだろうか。
当のルドガーは今更気付いて顔を赤くしている。
「女の子、って年でもないんだけど……」
「全く……遊びにいくんじゃないんだから」
セレナは頭を掻き、ミラは興味なさそうにスタスタと歩き始めた。
ミラはエルのいる方についてくるだろうし、そのエルはルドガーと常に一緒だ。
セレナも本来の目的の為にはルドガーと行動を共にする必要がある。
エリーゼはハ・ミルで暮らしていたことがあるらしく、案内役と言ったところだ。
しかし、確かにはたから見れば異様な集団であることに間違いない。
ちなみにもう一組の方は、レイアが紅一点の逆ハーレム状態だった。
イラート間道を抜けハ・ミルに到着すると、そこは長閑で小さな村だった。
「ハ・ミルはパレンジやナップルと言ったフルーツが特産品なんですよ」
「フルーツかぁ。あ、アルヴィンが売り込んで来たの、ここのフルーツかな?」
エリーゼが村を案内してくれる。
セレナは自己紹介してもらった時のアルヴィンの言葉を思い出していた。
「美味しかったら、グロッサリー部門の同期に買って行ってもいいかも。あくまでお土産としてだけどね」
「セレナは仕事熱心だな」
新鮮なフルーツの味を想像して顔を綻ばせたセレナを見てルドガーが笑った。
「そうそう。まずは仕事だね……って今の声は!?」
セレナがルドガーに向き直ろうとした瞬間、女性の叫び声が聞こえてきた。
すると村の奥から、あの分史世界で時歪の因子として殺してしまった精霊”ミュゼ”が飛んできたではないか。
咄嗟にセレナは身構える。
しかしルドガーがセレナに、こっちのミュゼだよと教えてくれた。
どうやらルドガーは彼女に既に会ったことがあるようだった。
ミラは目を見開いて固まってしまっている。
「ミュゼ!」
エリーゼがティポを伴ってミュゼの元に駆け寄っていく。
「村の人をいじめてるの!?」
「そんなことしないわよ〜」
ティポが避難するように言うと、ミュゼはにこりと笑って2人の前に降り立った。
そして後ろにいるルドガー達を見回した。
「ミラ?……じゃないわね。あなたはだあれ?」
「……元マクスウェルよ」
「……何があったの?」
ミュゼはここにいるミラがこの世界のミラではないことをすぐに見抜いた。
さすが大精霊だなと、セレナは口にはしなかったがそう思った。
でももしかしたら彼女がミラの”姉”だからかも知れない、そうも思っていた。
それからミュゼにこれまでの顛末を話した。
どうもルドガーが以前ミュゼに会った時から、彼女はこの世界の妹を探しに精霊界から出て来ていたらしい。
その時ルドガーのGHSが鳴った。
電話はヴェルからで、どうやらユリウスが分史世界に侵入した形跡を発見したらしい。
しかもその分史世界は、カナンの道標がある確率が高い、と。
「もしかして、キジル海瀑……?」
『その声はセレナ様ですか?データ上では確かに”分史世界のキジル海瀑”となっていますが……』
ヴェルの言葉にルドガーとセレナが顔を見合わせた。
「行こう」
「いいの?そのユリウスって人、誘ってるみたい」
電話を切ったルドガーがGHSの画面を開いたまま仲間達に振り返る。
ミュゼが真剣な面持ちで問いかけたが、ルドガーは黙って頷いた。
「分史世界のキジル海瀑にて待つ。そう言っていたの、ユリウスさん」
セレナがルドガーの代わりにミュゼに答えた。
するとミュゼは少し考えてからミラに近寄った。
「私も行っていいかしら?この子が心配なの。危なっかしいところが”ミラ”にそっくり」
そう言うとミュゼはミラににこりと微笑みかけた。
ミラは複雑そうな顔をしたが、拒否はしなかった。
と、そこへ。
「見つけた、パレンジ泥棒!お代は払ってもらうよ!」
カンカンに起こった村人が走ってきた。おそらく先程の叫び声の主はこの人だろう。
「ミュゼ……何やってるんですか……」
「だってお腹が空いてたんだもの〜」
「セーレーもおなか空くんだね」
「気持ち的に、ね?」
エリーゼ、エル、ミュゼがやりとりしている中、ルドガーが項垂れながらも財布を出す。
しかしセレナがそれを制した。
「私が払うよ、ルドガーはお金、大事にしないと……」
しかしたった100ガルドを年下の女性に払わせるのもシャクだったルドガーは、セレナが財布からコインを出すよりも先に、荒々しく100ガルドを取り出して村人に半ば押し付けるように支払った。
「ルドガー、ミエッパリ?」
その様子を見ていたエルが呟き、ルドガーはエルの頭を押さえつけたのだった。
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1ガルドも積もれば山となる?
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