07-05  [ 8/72 ]



ローエンとエリーゼを除いた一行は、トリグラフまで電車で戻ってからトルバラン街道へ出て、ヘリオボーグ研究所を抜けたルサル街道までやって来ていた。

アスコルドでの出来事や街道に出てからの戦闘からくる疲労感により、道中は皆口数も少なく、ただひたすら前へと足を進めて行くしか無いと言う雰囲気が漂っている。

「もうすぐ次元の裂けた丘だぜ」

アルヴィンが道の先を指差した。

「そうだね……」

皆口数は少ないが、特にジュードは上の空と言った感じであった。
アルヴィンの言葉にも歯切れ悪く返しただけで、いつものジュードらしさは無い。
そのジュードを特に気にしていたのがレイアで、時折ジュードの横顔を盗み見ては溜息を漏らしていると言った有様だった。

その様子には背丈が小さくて見えないであろうエルを除いた当の本人達以外全員が気付いており、一層その場の空気を重くする原因となっている。

「ルドガー。この世界を壊すって、つまり……」

何度目かの溜息の後、レイアがぼそりとルドガーに呟いた。
ややあってからルドガーは険しい表情で答える。

「レイア達は気にしなくていい」
「気にしなくていいって……分かってるの、ルドガー!?」

レイアは弾かれたように大声を上げた。

「分かってるよ」

しかしルドガーは変わらない調子でそう返すと、再び前を向き歩みを早めた。

例え分史世界であろうとも、この世界にも確かに沢山の人達が暮らしている。
世界を壊すと言う行為は、一瞬にしてその人達の存在を消し去ってしまうこと。

言い換えれば、殺してしまうという行いである訳で。

「ルドガー……」
「全部、背負うつもりなのかな」

それ以上ルドガーにかける言葉が見つからないレイアに、セレナが言った。

「私も、一緒に背負うよ」

セレナが零した言葉にアルヴィンも続ける。

「ああ、俺達みんなでな。背負いきれなくても……だ」

背負うと簡単に言っても、沢山の命を奪ってしまう行為が許されるわけでは無い。
例え理由があろうともそれは変わらない。

セレナは前を行くルドガーを追いながら、この険しい荒野が、まるでルドガーが歩む骸殻能力者としての道の様に思えてならなかった。


「見えて来たぜ」

しばらくして発せられたアルヴィンの言葉に、重い空気が軽くなった気がして、セレナは少し安堵する。

「次元の裂け目が無いよ?」
「確か、この世界ではリーゼ・マクシアの存在が知られていなかったよね?」

レイアが驚いていると、セレナは街中で聞いた話を思い出しながらそう言った。

「考えてみろよ、この世界ではジランドがエレンピオスに居たんだぜ?」
「断界殻が解放されていない世界、ってことか……」

アルヴィンの言葉に、ジュードが一つの仮定を出す。

ルドガーだけは、その後ろからエルに「本当にわかってるー?」と突っ込まれて、図星だったらしくエルの頭をわしわしと揺らしていた。

「ルドガーあのね、要は……」

セレナはルドガーにも分かりやすく説明してあげようと歩み寄った瞬間、異質な雰囲気を感じて口を噤んだ。

「あちらもこうであれば、"彼の地"へ手出しできないものを」
「髪の長い精霊!?」

褐色の肌に白銀の長髪を携えた長身の精霊が、崖の上に浮かんでいた。

「あれも、精霊……?」

セレナは人生初の精霊との邂逅の、まさか同日にまた精霊と相見えることになろうとは思っていなかった。

「ねえ、それってカナンの地のこと!?」

エルは子ども特有の度胸があるのか、臆せずに銀髪の精霊に向かって叫ぶ。

しかし精霊はエルに一瞥くれてからその手をかざし、突然精霊術を放った。

「エル!!」
「きゃああああああ!!!!」

ジュードが走り出そうとしたが間に合わず、エルの姿は精霊術による爆炎にかき消されてしまう。
しかし煙が収まると、エルの前で骸殻を発動したルドガーが膝をついている姿が現れた。

ルドガーは間一髪で骸殻化し、エルの代わりに精霊術を受けたらしかった。
しかしまともに受け身を取る暇がなかったようで、かなりダメージを受けてしまったらしい。

「クルスニクの一族。あきもせず“鍵"を求めて分史世界を探りまわっているのか」

精霊はルドガーの骸殻を見て呟く。
それに向かってアルヴィンが銃を打ち込んだ。
しかし精霊はいとも簡単に銃弾をつまみとって見せたのだった。

「一体あなたは何者なの!?」
「……"箱入り"か。
我はカナンの地の番人、大精霊クロノス」

セレナの問いかけに、彼女を見下ろしながらつまんだ銃弾を放り投げたクロノスが答えた。

「大精霊クロノス!?」

レイアが驚いてその名を復唱する。

その名はセレナにも聞き覚えがあった。
養父曰く、大精霊クロノスは時空を司り、分史世界を増やし続けている元凶だと。

「貴様らも時空の狭間に飛ばしてやろう。
人間に与する、あの女マクスウェルと同じようにな!」
「マクスウェルだって!?」

クロノスの言葉に過剰に反応したのはジュードだった。
周囲の制止を振り切って、ジュードがクロノスに殴りかかる。

「ジュード!」
「仕方ない、援護しよう!」

レイアが叫んだが、ジュードは見向きもせずクロノスに拳を繰り出していく。
しかし冷静さを欠いたそれは、容易く避けられていってしまう。
セレナは右手にワイヤーを、左手に銃を構えた。

アルヴィンとセレナは後方からジュードに当たらないよう銃弾を撃ち込んでいく。
ルドガーはハンマー、レイアは棍を握りしめ、左右からクロノスを挟み撃ちにした。

「ジュード、一旦下がれ!」

飛ばしすぎたせいだろう、早くも動きの鈍り始めたジュードにルドガーが叫ぶ。
しかしジュードは拳を緩めなかった。

「仕方ない……レイア!」

ルドガーはジュードの様子にただならないものを感じ、フォローすることに決めた。
そしてレイアに合図し、交互にクロノスに畳み掛ける。

しかし相手も大精霊。
巧みに攻撃を避けながら、あらゆる属性の精霊術を放つ。
一同は何度もその妨害に遭いながら段々と体力を消耗していった。

特に限界を迎えつつあるジュードが、風の精霊術により、遂に後ろへと弾かれてしまう。

クロノスがジュードに追い打ちをかけるべく再び手を振りかざした時、セレナがワイヤーを放った。
ワイヤーはクロノスの腕に絡みつき、食い込む。

クロノスが一瞬気を取られた隙に、アルヴィンが銃弾の雨を浴びせた。
そしてそれが止んだと同時にレイアとルドガーが一緒に、懐に飛び込む。
ルドガーのハンマーがクロノスの胸、レイアの棍がその足に叩き込まれた。

その衝撃で後ろに跳んだクロノスだったが、すぐに体勢を整える。

「皆さん!」
「大丈夫ですか!?」

その時ローエンとエリーゼが駆け付けた。
クロノスはそれを横目で見ると、肩についた埃を払うような動作を見せた。

「汚れてしまった」

「効いてない!?」
「あれだけの攻撃で無傷だって!?」

クロノスがつまらなそうに呟くと、セレナは悲鳴に近い叫びをあげた。
アルヴィンも冷や汗が流れるのを感じながら続ける。

そしてクロノスは一層不快感を露わにした顔で、更に強力な精霊術を放った。

セレナ達は今度こそ避けられないと感じ、思わず目を瞑る。

ややあって眼前に光が溢れたが、いつまでも衝撃は訪れなかった。

「ユリウスさん!」

ジュードの叫び声で、セレナはうっすらと目を開けた。
隣ではルドガーが目を見開いている。

ルドガーの前に立ちはだかってクロノスの精霊術を受け止めたのは、彼の兄にしてクランスピア社の有名エージェント。
現在は指名手配中の、セレナも良く知るユリウス・ウィル・クルスニクその人だった。

ユリウスは骸殻化してかろうじてクロノスの術を防いでいるが、その顔にはいつもの余裕が無い。

「……探索者か」
「お前の時計を!」

クロノスに睨みつけられたことも気にせず、振り向いたユリウスが叫ぶ。
ルドガーは一瞬躊躇していたが、悩む暇が有るわけでもなくユリウスに自分の時計を差し出した。

ユリウスがルドガーの手を取った瞬間、彼の骸殻は先程までよりも強化される。
そして術を跳ね返すと、その弾みで空間に裂け目が現れた。

「ルドガー!と……君は!?」

ユリウスは弟の腕を掴みながら、その隣にいたセレナの顔を確認して目を見開く。
しかし反対の手でセレナの腕も掴んで、2人を引っ張って走り出し空間の裂け目に飛び込んだ。

「俺達も逃げるが勝ちだぜ!」

エルを抱えてアルヴィンが走り出す。
其の後にローエン、エリーゼが続き、ルルを掴んだジュードとレイアが最後に飛び込んだ。



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バトルシーンは苦手です。


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