Epilogue  [ 72/72 ]




Epilogue 未来への選択


オリジンの審判から半年が経った。

あれからルドガーは、クランスピア社の新社長として忙しい毎日を送っている。

就任してから彼はまずビズリーとユリウス、そしてリドウの社葬を執り行った。
そして分史世界のことや精霊たちとクルスニク一族との取り決めに関することを含めた今回の騒動について、世間に公表したのだった。

はじめ、社の機密を知る者たちは皆この事実を世間は信じないだろうと踏んでいた。

しかし発表してすぐにエレンピオス、リーゼ・マクシア両国の首脳がクランスピア社への労いとこれを事実として捉えると言うコメントを出したことや、デイリートリグラフ紙が時系列を追った詳細な記事を載せたことで世間は賑わい、その予想は裏切られることとなった。

それを以って亡き兄にかけられた汚名は晴れ、人知らず世界を守り続けた分史対策エージェント達も報われたことになる。


それからクランスピア社は、マティス博士をはじめとしたバラン所長率いるヘリオボーグ研究所に出資し、資金難に陥っていた源霊匣開発を一気に進めさせることに成功した。
これには専務となったセレナの功績が大きい。

彼女は自身の出身ということもあり各開発部門の上席に顔が利いたため、積極的にプレゼンテーションの仲介を行ったのだ。

今はまだ試作の段階だが、近い将来必ずジュードは源霊匣の実用化を成功させるだろう。

セレナ自身も相変わらず開発部門の仕事もしており、時歪の因子探索用の黒匣に用いた技術を応用した魔物探索レーダーを開発した。
これは現在商人や旅人達の間でヒット商品と化しており、この収益も源霊匣研究費用に一部回されている。


そんなセレナの自宅には、現在エルが共に暮らしている。

屋敷で働いている使用人達の生活もあることや、何より本人達が望んだため、セレナもバクー邸で変わらず生活していた。

最近、エルは学校に通い始めた。
クラン社が出資している学校なので、家族のことなど色々と融通がきくのは大いに助かっている。
彼女は持ち前の明るい性格ですぐに馴染み、友人を連れて帰ってくることも増えた。

セレナ以上にエルに対して過保護になりつつある使用人達は、それをいつも心からの笑顔で迎えてくれている。

アルクノアの襲撃や主人の死など、この屋敷も一時期暗い雰囲気が支配していたこともあった。
だがそれが今のように明るさを取り戻したのは、エルの存在に依るところが大きいだろう。

そんなエルは念願の自分用GHSをセレナからプレゼントしてもらい、リーゼ・マクシアに戻ったエリーゼやデイリートリグラフ紙にて一大スクープとも言える分史世界の記事を書いたレイアとメル友になったようだ。


「セレナ、明日からエリーゼの学校もチョーキキューカなんだって」

夕食時、今日もいつものようになるべく早く仕事を切り上げて帰ってきたセレナに向けてエルが話しかけた。

「もうそんな時期だっけ?」

セレナはGHSを取り出しスケジュールを確認しながら答える。
早く帰ってくる代わりに日中の仕事がたてこんでおり、すっかり頭から抜けていたようだ。

「そうだよ。
明日エリーゼが迎えにきてくれて、しばらくドロッセルのおうちにおとまりする約束って言ったし!」
「そういえばそうだったね。もう支度は済んだの?」
「チョーヨユー!」

エルはVサインを作ると、にかっと笑って見せた。
その笑い方がルドガーにそっくりだな、と一人思いながらセレナは微笑んだ。

「じゃあ来週まで会えないんだね」
「さびしいと思うけど、泣かないでね」
「うん、頑張る」

「セレナも明日はおやすみなんでしょ?」

ふと思い出したようにエルが首を傾げる。
セレナは少しだけ照れたようにはにかんだ。

「そうだよ」

その様子を見て、エルはニヤリと笑った。

「てゆーか、このあと行くんでしょ?」
「そ、そうだけど……なにその悪い顔!」

セレナはエルの顔をまじまじと見てわずかにたじろぐ。
しかしエルは楽しそうに笑ったままだ。

「明日一日、楽しめるといいね!」

その言葉に、セレナもふわりと微笑んだ。

「……うん。ありがとう、エル」
「エルはいないから、のんびりしてきていいよ!」
「別に、エルがいたって構わないのに」
「えー、エル、ルドガーに怒られちゃう」
「そうかなあ?」
「そーだよ!
ルドガーきっと、久しぶりだからセレナにべったりだと思う!」
「ええっ!?」

セレナは素っ頓狂な声を上げた。
しかしエルが神妙な顔つきで頷くと、それがおかしかったのか小さく噴き出した。

「次はエルも一緒にね。
ルドガー、エルとも会いたいはずだから」
「うん、エルも久しぶりにシンマイシャチョーのくたびれぐあいを確認したい!」
「ふふ。でも、明日お見送りできなくてごめんね?」
「いいって。
そのかわり、ちゃんと楽しんできてよね!」

そう言葉を交わし、2人は笑いあ合う。

今では姉妹のように仲が良いセレナとエルを、執事頭やあの時ユリウスによって救われたメイド達が微笑ましく見守っていた。


「ただいま」

ルドガーは一人、薄暗い部屋の灯りをつけた。
ソファの上で丸くなって眠っているルルを起こさないよう、そっと横切る。

ジャケットをハンガーにかけてから、洗面台の前でネクタイを緩める。
ふと顔を上げると、疲れた顔をした男がこちらを見つめていた。

(今日も忙しかった……)

もっと早く帰って来たかったのに、気付けばあと小一時間で日付が変わってしまう。

新米社長のルドガーは、半年経った今も毎日多くのことを勉強し、新しい人脈を作り、大きな責任を負う判断を下す日々を送っている。
時にその重圧に潰されそうになりながらも、自らの選んだ未来に向かって懸命に走り続けていた。

しかし忙殺される毎日は、ルドガーの生活を180度変えてしまった。
食事だけはなんとか三食とっているものの、以前に比べるとゆっくり食べる時間もなく、家事も最低限しかできていなかった。

それでも、ヴェルが代行サービスの手配をしてくれたり、時には見兼ねたセレナが屋敷の使用人を派遣してくれることもあり、なんとか乱れることなく生活を送ることができていた。

しかしそんな忙しかった日々も、全ては今日の為にある……
そうとすら思えるのだった。

「やっと、ちゃんとセレナに会えるぞ」

鏡に映った自分に向けて励ましの言葉を送る。
社内で顔を合わせる事は多々あっても、なかなか恋人としてのプライベートな時間を過ごすことができないままここに至っていたのだ。

しかし2人共そのことに愚痴などはこぼさなかった。
周りの方が心配していたくらいで、当の本人達は自分達の選択の結果だからと弱音を吐かなかったのだ。

それも、ルドガーにとってはある目標のためだった。

半年間ずっと、ロクに休暇も取らず必死に社長業をこなしてきた。
そんなルドガーに、いつもは一度帰って寝てからまた出社するよう助言するヴェルも、昨日だけはとことん片付けてから帰ったら良いと言って付き合ってくれた。

だが結局思うようには片付かず今日までかかり、彼女との約束ギリギリの時間になってしまった。

髪を整え、ネクタイを締め直す。
アルヴィンオススメの大人のブランド、フィシマージュの新作だ。

緊張感からか、少しだけ手が震える。
だが昔はよく兄が締め直してくれたことを思い返すと、ルドガーは自然と微笑んだ。

「ちゃんとするって約束したからな、兄さん」

鏡を見ながら、そうひとりごちる。

その約束を交わしたのは厳密には自分と自分の兄ではない。
だが、消してしまった“あの世界の自分”が“彼の兄”に誓った約束は、やはり自分が背負うべきだと考えていた。

「ナァ〜」

主人の気配に気付いたルルが近寄って来て、足元であくびをした。
ルドガーは一度しゃがむとルルの頭を撫でる。
昔から変わらないそのやり取りが、ルドガーの心を落ち着かせてくれた。

「ルル、応援してくれよな」
「ナァ?」

ルルが首を傾げる。
しかしルドガーは気にせず、希望に満ちた表情で今度は喉を撫でてやる。

その時家の呼び鈴が鳴った。
ルドガーは弾かれたように立ち上がると、玄関に向けて駆け出した。


「ごめん、もしかして帰ったばっかりだった?」

ドアを開ければ、顔を覗かせたのは心配そうな表情のセレナ。

遅い時間だから迎えに行くと言い続けたのに、疲れているだろうから待っていてくれと固辞したのは彼女だった。

「少し前だよ」

そう言ってルドガーはセレナを招き入れる。
セレナは部屋の中を見渡して、ルドガーが送ってきた忙しい日々に想いを馳せた。

セレナ本人もかなり忙しく、それこそルドガーの分まで取引先に赴くことも多かったため、なかなかルドガーの部屋に顔を出すこともできていなかった。
エルのこともあり、なるべく夜は早めに家に帰っていたのもその理由のひとつだ。

ふとセレナの身体が抱き締められる。
力強く、しかし優しく包み込んでくれる相手は、確認するまでもない。

頬に当たる、少し伸びた彼の髪がくすぐったい。

「……久しぶり」

ルドガーの、肺の底から絞り出されたような声に、セレナの心臓がドキリと跳ねた。
ゆるゆると腕をまわし、ルドガーの背中に沿わせる。

「うん。会いたかった……」

一分、一秒でも早く会いたかった。
だから、明日になる前にこうして仕事帰りのルドガーの元へ駆けつけたのだ。

「ずっと待たせてごめんな」

ルドガーは顔を上げ、優しい表情でセレナを見つめた。

「ううん。頑張ってたの、見てたから」

セレナも釣られるように優しく微笑む。
ルドガーの努力は誰の目にも分かるもので、特にセレナは近くでそれを見てきたのだ。

ルドガーはもう一度セレナを強く抱きしめてから、その身体をゆっくりと離した。

「エルのためとか、俺が消した世界に生きてた人達のためとか、兄さんのためとか、ミラのためとか……“あいつ”のためとか。
他にもたくさんの人のためって思ってなんとかやってきた」

そして片手はセレナの腰に添え、もう片方の手をその頬に当てる。

「でも、一番はセレナのためだ」

エメラルドの瞳に、セレナの顔が映っている。

「セレナが俺のために頑張ってくれてるの、知ってたから」

ゆっくり顔を近付け、唇を寄せた。

彼女の唇に小さく音を立ててから、今度は額に口付けを落とす。

「だから頑張れた。ありがとう」
「私は、全然……だよ」

セレナはルドガーを見上げた。

少しでも彼の負担を減らしたいと、自分で引き受けられそうな仕事を回してくれとヴェルに頼んでいたセレナ。

ルドガーもそのことは知っていて、だからこそその想いに応えようと頑張ることができたのだ。

ルドガーはそっとセレナの手を引き、ソファに座らせる。
それから向き直る形になり、ルドガーは彼女の手を握った。

「明日、兄さん達のとこに行くだろ?」
「うん。久しぶりだね」

ルドガーの問いに、セレナはにこりと笑った。
それは、前々からふたりで決めていた約束。

休みが取れたら、ユリウスやビズリーの眠っている場所に顔を出そう。
ちゃんとやれているよと報告し、安心させに行こう、と。

「その時に、もうひとつ報告したいと思って」
「うん?」

セレナが首を傾げる。

ルドガーは一呼吸置いてから、隠していた小さな箱を差し出した。

セレナは、突然目の前に出されたビロードの小箱をきょとんと見る。

それがゆっくりと開かれると、中にはキラキラと輝く小さな指輪。

セレナが目を見開いていると、ルドガーが心なしか上ずった声で、しかしはっきりと告げた。

「俺と、結婚してください」

一瞬の静寂の後、セレナの瞳がみるみるうちに潤んでいく。

「私で、いいの……?」

か細い声でかろうじて答えれば、ルドガーが柔らかな表情を浮かべながらその指輪を片手に、もう片方の手でセレナの左手を取った。

「当たり前だろ?」

そう言いながら、その薬指にそっと指輪を嵌める。

「セレナがいい。
……セレナじゃなきゃ駄目なんだ」

そして、恭しくセレナの左手を持ち上げ、指輪の上にキスを落とした。

顔を上げながら、ルドガーはほんの少しだけ自信なさげに、上目遣いでセレナを見上げた。

「受けてくれる、よな?」

その言葉に、セレナは涙を零しながらも、懸命に頷いた。

「もちろん、です……!」
「良かった」

ルドガーが顔を綻ばせる。
そしてセレナの涙を指で掬ってから、強く抱きしめた。

「セレナ、愛してる。
随分遠回りしたけど、これからはずっと一緒だ」

セレナはルドガーの背中に手を回し、その肩に顔を埋める。
涙混じりの声だが、そこに悲しみは無い。

「私も、愛してるよルドガー。ずっと、そばにいるね」
「ああ、約束だ」

それからふたりは身体を少し離し、少し照れてはにかむ。
自然と頭に浮かぶのは、エメラルドの瞳をした太陽のように笑う少女の顔。

「エルも、ね」
「もちろん」

セレナが確認するように微笑めば、ルドガーも満面の笑みを浮かべる。

不意に、セレナの鼻先までルドガーの顔が近付く。
セレナはゆっくりと瞳を閉じ、唇に降りてくる暖かい感触に身を委ねた。

再び丸くなって寝ていたルルが身じろぎした音が聞こえてきたが、きっと夢でも見ているのだろう。

大好きな、白いコートのご主人様と遊んでいる夢だろうか。
それとも、ぺこぺこにお腹を空かせたところに美味しいスープを出してもらっている夢かもしれない。

そんなことを考えながら、セレナはルドガーの背中に回した手に力をこめた。

――もう迷わない。

迷うことのないように、背中を押してくれた人達がいるから。

何より、手を引いてくれる人がいるから。

ここに至るまでに、随分と彼を傷つけてしまった。
けれどふたりとも、そばにいられない方がつらいのだ。

――見ててね、みんな。

セレナが心の中でそう呟けば、失ってしまった大切な人達が、皆笑顔で祝福してくれているような気がした。
その中にはおそらく、あの分史世界でルドガーの為に身を引いてしまったセレナもいることだろう。

彼らの願いを胸に、ルドガーとセレナは歩いていく。

この選択の行く末は、きっと明るい未来。



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これにて長編夢小説Tertiusは完結となります。
夢主とルドガー、エルを幸せにすることはできましたでしょうか。

ここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。



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