C5-3
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翌朝、たくさん寝たことですっきりと目覚めたエルがルドガーの部屋から出る。
するとソファで寄り添って眠りこけている、ルドガーとセレナの姿が目に飛び込んできた。
起こさないように静かにその前まで歩み寄れば、2人が指を絡ませて手を繋いでいるのが見える。
エルは、顔を寄せ合い穏やかに寝息を立てる2人の顔を準々に見て笑みをこぼした。
そんなエルの足元に、目を覚ましたらしいルルが寄り添ってきた。
「ナァ?」
「ルル、しーっ」
首を傾げたルルに、エルが人差し指を口に当てて静かにするよう促す。
「2人とも、やっとすなおになったんだね」
ルルにそう耳打ちして、エルは顔を洗うためにバスルームへ向かって行った。
「ん……朝……?」
しばらくして、セレナがゆっくりと身体を起こす。
窓から差し込む日差しにより部屋は明るくなっており、時間を確認しようと重たい瞼を押し上げた。
ふと鼻をくすぐったのは、間違えることのない大好きな人の香り。
そして右手に違和感を感じて視線を落とすと、自分よりも大きな手がそこに絡んでいた。
「る、ルドガー!」
セレナはその事実に一気に頭が覚醒する。
跳ねるように身体を起こし焦ったようにその名を呼ぶと、ルドガーが身じろぎした。
「ううん……セレナ、どうした?」
「どうしたって、その……」
半分まどろんだままのルドガーが少しだけ目を開く。
セレナはたじろぎながら、何と言ったらいいのかと言い淀んでいた。
「もうちょっと」
返事が返って来ないことに痺れを切らしたのか、ルドガーは再び瞼を閉じると繋いでいる手を引いた。
すると身体を起こしていたセレナがソファの背もたれにぼすんと音を立てて身を沈める。
ルドガーは再びセレナが隣に来たことに満足して口の端を上げると、彼女の肩に頭を預けた。
「ちょ、ちょっと、ルドガー!?」
セレナは一連の流れに顔を赤くして口をぱくぱくと開いたり閉じたりしている。
ようやく言葉を発することに成功すると、ルドガーが今度は心外だと言わんばかりに眉を顰めた。
「眠れないだろ?静かに」
「静かに、って、これ!」
「んん?」
気だるそうにルドガーが目を開く。
あくまで頭を動かすことはしなかったが。
「いいだろ?俺たち恋人同士なんだし」
「こっ!こい……びと……!?」
その単語にセレナは跳び上がりそうになる。
しかし肩を押さえられているためそれは叶わなかった。
セレナの指に絡んだルドガーのそれに力がこもる。
「違うのか……?」
ルドガーが僅かに顔を動かし下からセレナを覗き込んだ。
その目に射抜かれてしまったセレナは、全身が熱く煮えてしまったように感じた。
「ちっ、ちがわ、ない……けど……」
昨夜、ようやく2人の気持ちは通じ合ったのだ。
あの後、その安心からか怒涛の展開からくる疲れなのか、2人ともそのままここで眠ってしまったのである。
「ならいいだろ?」
ルドガーはセレナの様子を伺う。
どうやら自分の方が早く順応できているらしいことに少しだけ優越感を覚えつつも、物足りなさも感じていた。
「ああ。じゃあ、こっちの方がいいか」
一瞬だけ思案してから、ルドガーは頭を上げる。
肩が軽くなったセレナが何か言うより早く、空いている方の手で彼女の肩を引き寄せた。
それにより、先程とは逆に、セレナの頭がルドガーの肩に乗る形となる。
「うん。こっちの方がしっくりくるな」
ルドガーは再び満足そうに笑うと、そのままセレナの唇に口付けを落とす。
「早く慣れてくれよ?」
目を見開いたまま固まってしまったセレナに苦笑し、ルドガーはソファの背もたれに身体を預けた。
実は内心自分もかなり浮き足立っていることは秘密だ。
しかし、もしかしたらこの強い鼓動は、彼女に伝わっているかもしれない。
セレナはしばらくしてから、ぎこちなくではあるもののルドガーに寄り添った。
「しばらく、無理かも」
だがその顔には微笑みが浮かんでいる。
ルドガーも同じように緊張しているのが分かったからなのか、それは分からないが。
「少しずつ、ね」
そう言って、幸せそうにルドガーの胸板に頬ずりした。
「ナァ〜!」
「あっルル!だめだよ!」
セレナが大好きなルドガーの香りに包まれてゆっくりと瞳を閉じた瞬間、扉の開く音と共にルルの鳴き声が聴こえてきた。
そしてその後にはエルの焦ったような声。
ルドガーもセレナも弾かれたように跳び上がり、一瞬にして距離を取る。
驚きに目を丸くしている2人の前では、エルがルルを抱えて罰が悪そうに口を尖らせていた。
「もー、ジャマしちゃったし!」
「ナァ〜……」
ルルは叱られたのが分かったのか、申し訳なさそうにひと鳴きした。
ルドガーがあわあわとその場で右往左往しながら、上ずった声でエルに話しかける。
「エ、エル……おは、おはよう!」
「おはようルドガー。それからセレナも!」
「お、おはよう……」
元気良く挨拶をされ、セレナもどもりながら返事を返した。
エルはルルを床に置くと、腰に両手を当ててハキハキと話し始めた。
「もー、2人ともネボウなんだからね!
エルはクーキを読んで待っててあげたけど、おなかペコペコだよ!」
そう言ったエルは、よく見れば既に着替えている。
髪はルドガーが結ぶためまだ下ろされているが、もう眠そうな顔はしていなかった。
「エル、まさか……」
「み、見てたの……?」
ルドガーとセレナが口を揃えて顔を青くする。
エルはそんな2人を、赤くなったり青くなったり忙しいなと思いながら見ていた。
「だいじょうぶ。エル、口かたいから!」
「そういう問題じゃない!」
ルドガーが頭を抱えて叫んだ。
しかしエルは2人の顔を眺めてから、それぞれの片手を取った。
「エルは、2人が一緒にいてくれてうれしいよ」
その言葉に、ルドガーもセレナも素に戻り少女を見た。
エルは嬉しそうにはにかみ、両手を軽く揺らす。
「ルドガーもセレナも、だいすきだし」
「エル……」
セレナが呼びかけると、エルの真摯な瞳と目があった。
「セレナが、エルのこと友達って言ってくれてうれしかった」
年は離れているけれど、2人の間の絆は親友と言うのが一番近いだろう。
「“大切なコ”って言ってくれたのも……」
エルは照れたように笑う。
「エル、ここにいてもいいのかなって、思えたから」
「当たり前だよ」
「ああ、当たり前だ」
セレナとルドガーの2人が、それぞれエルと繋いだ手に力をこめた。
包み込まれたその手のぬくもりに、エルは心の奥からじんわりと温かいものが満たしていくのを感じた。
「ルドガーは、パパと同じ人だけど、パパじゃないんだよね?」
「ああ、そうだ」
「エルもそう思う。
だから、ルドガーはセレナとしあわせになれると思うよ」
そう言ってエルは両手を自分の前に寄せ、2人の手を握らせる。
そしてその上に、小さな自分の手を乗せた。
ルドガーもセレナも嬉しそうに微笑み、見つめあってからエルに視線を向けた。
「俺も、ここにいるエルだけが俺のエルだと思ってるし、セレナともずっと一緒にいたい」
「私も、エルのこともルドガーのことも大切だから」
その言葉を受け取って満面の笑みを浮かべてから、エルは突然2人の間に飛び込んだ。
「うわっ!」
「きゃっ!」
ばふっと音が鳴り、ルドガーとセレナがソファに背中から倒れこむ。
突然のことだったが、ルドガーはなんとかセレナの背中に腕を回し抱きとめながら着地した。
そんな2人の上に、エルが両手を広げて乗っている。
はじめこそ何が起こったのかわからず戸惑った2人も、すぐに笑顔になる。
そして、3人は額を合わせ笑い合った。
本当の家族ではないけれど、家族以上の絆で結ばれた3人。
その誰が欠けても本当の幸せは訪れないだろう。
彼らは自分たちの手で選んだ未来へと進んでいく。
たくさんの可能性の中からただ一つだけを選び取って。
まだどうなるか分からないけれど、その結末もたったひとつしかない。
もう分史世界は無いのだから。
(ミラ、ヴィクトルさん、ユリウスさん。それに、お父様……)
笑い合いながら、セレナは目を閉じた。
失ってしまった人たちに心を馳せながら。
(お父さん、お母さん、シータ)
たくさん、本当にたくさんの大切な人を失ってここまで歩いてきた。
けれど、その全ての人たちは、ずっとこの胸の中にいる。
「私は、ルドガーと生きていくよ。エルも一緒に」
その誓いに迷いはない。
胸の奥に、たくさんの大切な人たちへの想いを抱きしめて。
セレナは腕の中のエルと自分を抱きとめているルドガー、2人の頬にキスをした。
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ようやく3人が向き合うことができました。
そしてこの長編は、残すところあと1話となります。
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