C5-01  [ 69/72 ]



激闘の末願いを叶え、エルを救い出したルドガー達。
彼らはカナンの地から戻った後、マクスバードにてそれぞれ別れを告げ合った。

ガイアスとローエン、エリーゼはリーゼ・マクシアの各方面へ行く船にそれぞれ乗り、残りの面々は駅に向かった。

それからアルヴィンはドヴォールで商売仲間のユルゲンスと落ち合う為別の列車に乗り込み、ルドガー達はトリグラフ行きの列車に乗車する。

ひとつの大きな役目を果たし、本来ならば皆でゆっくり過ごしたい気持ちもあったが、皆それぞれ日常にも為すべきことがたくさんある。
それは、ルドガーも同じだった。


Character episode5 心繋げて


ルドガーはヴェルから、トリグラフに戻り次第クランスピア社に来て欲しいと連絡を受けていた。

ビズリーとユリウス、リドウすらいなくなってしまったクラン社の行く末を考えると頭が痛くなる。
だがこれはルドガー達の選択の結果でもある為、その責任を放棄するわけにはいかない。

列車の座席に背中を預け、ルドガーは外の景色を見る。
いつもと変わらないそれが、本当にこの世界が守られたのだということを実感させた。

マクスバードでは全員が近日中の再会を誓い、希望に満ちた表情で別れの挨拶を交わした。
それを胸に、ルドガーは選んだ未来を真っ直ぐに歩いて行こうと心に誓ったのだった。


トリグラフ中央駅でジュードとレイアと別れ、ルドガーとセレナとエルにルルの3人と1匹は、クラン社の本社ビルを訪れた。

エントランスではヴェルを初めとした分史対策室の面々がルドガー達の帰りを待っていた。
詳しい事情を知らない一般社員達は何事かとその様子を遠巻きに見ていたが、ルドガー達の顔を見た途端ヴェルが涙を流したのを目撃し、皆口々に驚きの声を上げていた。

「ルドガー……おかえりなさい」

はじめ、ヴェルは秘書としてではなく、一人の友人としてルドガーを迎えた。
涙混じりの声で、悲しげにルドガーの顔を見上げる。

ユリウスが橋になったこと、そしてビズリーが戻ってこないことから、聡い彼女は彼の地で何があったかを悟ったのだ。

ルドガーは少しだけ困ったように微笑む。
ヴェルは涙を拭って眼鏡を掛け直すと、次の瞬間にはいつもの彼女に戻っていた。

「全ての分史世界の消滅が確認されました。
お二人とも、任務の達成本当にお疲れ様でした」

それからヴェルは一行を40階の社長室に通した。
そして、ビズリーが万が一自分が戻らなかった時の為にと用意していた書類を差し出した。

「おい、これって……」

その概要を確認したルドガーが声を上げる。
ヴェルが黙って頷くと、ルドガーはその書類をセレナにも目を通すように手渡した。

その内容は、ルドガーを副社長から社長に昇格させることと、セレナを対外的な交渉役にするため専務に任命するという辞令だった。
そして分史世界に関する情報や今回の騒動の顛末について公表するかどうかはルドガーに一任すると記載してあった。

「ルドガー社長。あなたは我が社の希望なのです。
全ての道標を集め、オリジンの審判を終わらせた……この世界を救った方なのですから」

ヴェルが凛とした声で、動揺しているルドガーに告げた。
それから彼女はセレナにも声をかける。

「セレナ専務。ビズリー元社長のご息女として、あなたにしかできないことがたくさんあります。
ですからどうか、ルドガー社長と共にこの辞令をお受けくださいますよう、一社員としてお願い申し上げます」

そう言ってヴェルは深く頭を下げた。
それを見たセレナは慌てて顔を上げるよう言う。

ヴェルは、これまでビズリーの元でずっと彼らのことを見てきた。

時には真実を話さず、半ば騙すようなことも行った。
それを詫び、これからはルドガー達の為に力を尽くすと言った。

「我が社はこれから大事な局面を迎えます。
ですが、あなた方がいればきっとそれも乗り越えていけるはずです」

ヴェルが少しだけ微笑んでみせる。
ルドガーとセレナは顔を見合わせたが、やがて2人とも大きく頷いたのだった。


「ルドガーもセレナもすごいね!シャチョーとセンムなんて!」

今日のところはもう帰って休んで良いというヴェルの言葉に甘えて3人と1匹はルドガーの家に向かう。

その道中で、エルが2人の間を歩きながらキラキラと目を輝かせた。
セレナはそれに苦笑いで答える。

「お父様、今まで私をあんまり同席させたりしなかったのに。
きっとルドガーの為にこうしたんだね」
「俺の為?」

ルドガーは首を傾げた。

「エージェントとしてはたくさん任務をこなしたと思うけど、これからルドガーは経営者になるんだよ?
勉強しないといけないことがありすぎるから、その間はなるべく私が代われるところは代われってことなんじゃないかな」

いくらあまり社交的な場に連れて行かれなかったとは言え、ルドガーよりはセレナの方がそう言った経験はある。
それに彼女の名前は有名であり、そこそこの取引先であれば当面セレナが接待などを担当しても平気だろう。

「迷惑かけます……」

ルドガーが後頭部を掻きながら項垂れる。

しかしそれは当然のことなのだ。

突然エレンピオス有数の大企業の社長に抜擢されたということは、多くの社員の生活を背負うことになるということで。
下手に会社を傾けることなどできない。
ルドガーはこれからその役を担うのだから。

「他の重役達には私も一緒にお願いしに行くね。
これからよろしくお願いしますって」
「ありがとう」

2人の為すべきことは、この先も山積みのようだ。


「ただいま」

静まり返った部屋に、ルドガーの声が響く。
もう二度と帰ることのない兄の部屋も、まだそのままだ。

それから3人は、今後のことについて話し合った。

当面の間、エルはセレナの住むバクー邸で預かることとした。
ルドガーは社長として忙しい毎日を送ることが確定していたし、日中エルを一人にしておくのは不安だった。

セレナがすぐさま家に連絡を入れれば、クラン社からもビズリーの訃報やセレナとルドガーの今後について連絡を受けていた執事頭は、全て言う通りにしてくれると約束してくれた。

「セレナ、本当にいいの……?
エル、じゃまじゃない?」
「何言ってるの、エル」

不安そうに呟いたエルの髪をセレナが撫でる。
そして優しい声色で語りかけた。

「私もあの家に引き取られた子供だから、みんな昔を思い出して懐かしく感じるんじゃないかな?
それに、あの家に私だけっていうのも、張り合いないだろうし」
「エル、居ていいのかな」
「勿論だよ。
私も寂しいから、エルが来てくれると嬉しいな」

そう言い聞かせれば、エルはやがて安心したようにはにかんだ。


その間にルドガーが簡単にだが夕食を用意してくれた。
食事を終え空腹が満たされると、それまで忘れかけていた疲労感がどっと押し寄せてくる。

エルは既にテーブルに着いたままふらふらと船を漕いでいる。
ルドガーはエルにシャワーを勧め、エルも気力を振り絞ってバスルームへと向かって行った。

バスルームのドアが閉まる音がすると、皿を洗っていたセレナの横にルドガーが並んだ。

「セレナと話がしたい」

ルドガーはセレナから洗った皿を受け取って拭き上げながらそう呟く。
その表情は穏やかだ。

セレナは前を向いたまま、無言でこくりと頷いた。

「泊まっていっても、いいかな」

それからセレナは、ルドガーの顔を伺うようにゆっくり視線を上げた。
不安そうな、しかしどこか照れているような表情で。

そうすれば、今度はルドガーが頷く番だった。


心身ともに疲れ切っていたため、エルはすぐにルドガーの部屋で眠ってしまった。

エルが寝たことを確認したルドガーが自室から出てくる。
静かにドアを閉め、ソファに座ってルルを撫でていたセレナの隣に腰をおろした。

しばらくの間2人の間に沈黙が訪れる。
ルルが気持ち良さそうに喉を鳴らす音だけが部屋に響いている。

しかし、そのルルの何度目かのあくびのあと、ついにその静寂が破られた。



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さて、いよいよこのおはなしも大詰めです。



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