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門が開かれると、その奥では暗闇の中で炎が燃えたぎっていた。
そしてその前に、白い光を纏った少年の姿が浮かび上がる。

「こいつが、大精霊オリジン……」

後ろでその様子を見ていたガイアスが呟く。

すると、その少年の口元に笑みが浮かんだ。

「そうだよ。こんにちは、ガイアス王」
「俺を知っているのか」
「勿論さ。魂達が世界中の色々なことを教えてくれるからね」

「随分人に興味があるようだな」

いざということがあれば人間達を守るためにと、ミラが一歩前に出た。
オリジンの顔は口しか伺うことができないものの、その表情は柔らかいものだった。

「君ほどじゃないけどね。はじめまして、新しいマクスウェル」
「早速だが、分史世界の消去を頼みたい。
もし魂の浄化に助けが必要ならば手を貸そう」
「待って、ミラ……!」

その言葉に、傍らにいたジュードが驚く。
しかしミラの言葉に嘘偽りはなく、それが彼女の“らしさ”でもあるのだ。

ミラは何千年も瘴気に身を焼かれることすら承知の上だと告げたが、オリジンはやんわりとその申し出を断った。

しかしそこに、少し気力を取り戻したらしいクロノスが割って入った。

「ふざけるな!まだオリジンに浄化を強要するつもりなのか。
貴様らは自分の不始末をオリジンに押し付けているだけではないか!」

だがその言葉も、オリジンに制される。
代わりにオリジンはクロノスに手を翳し、回復不可だった致命傷をあっという間に治癒した。

「ありがとう、クロノス。
ずっと僕のことを心配してくれていたんだね」

そしてクロノスに微笑みかける。
クロノスは罰が悪そうに、ただ人間達に己が罪状を思い知らせなければならないだけだと答えた。

「ふふふ」
「……何がおかしい」

オリジンが声をあげて笑えば、クロノスは訝しげにその表情を伺った。
オリジンは数千年来の友人に向けて、彼の意にはそぐわない言葉をかけた。

「だって君のそういうところ、そっくりじゃないか。
僕の大好きな、人間にね」

そしてオリジンは、扉の前で手を取り合っているルドガーとエルに顔を向けた。
その後ろで既に敗北を認め、セレナに支えられて座り込んでいるビズリーも視界に捉えながら。

「そして、そんな人間の代表……ルドガーとエルに、願いを叶える権利がある」
「エルたちに……」

エルがおずおずと顔を上げ、オリジンを見た。
オリジンは2人の後ろに視線を投げかける。

「それでいいね、ビズリー」

ビズリーはただ無言でオリジンを睨んでいる。
しかし異を唱えることは無かった。

「それと、セレナも」

名指しされたセレナは、何故だか分からずにすぐ言葉を発することが出来ずにいた。
オリジンはそんなセレナに微笑みかける。

「2人の争いを止めて、僕を呼んだのが君だったからさ」
「声、届いてたんですね」

セレナはそうとだけ返すと、養父を支える手に力を籠めながら大きく頷いた。

「さあ、2人でひとつの願いを決めて。
望むなら、時歪の因子化だって解除できるよ」

僅かにルドガーが身じろぐ。

しかしそんなルドガーにエルが毅然と言った。

「ダメだよ。分史世界のこと、お願いしないと!」

オリジンはそんな2人の様子を伺ってから、一呼吸置いて問いかける。

「さあ、君たちの願いはなんだい?」

ルドガーの脳裏に、ビズリーの言葉が蘇った。

『時歪の因子化は上限に達し、進行中の時歪の因子化は解除されるだろう』

ルドガーはハッと気付かされる。
そして、意を決して強い意志を込めた瞳でオリジンに告げた。

「分史世界を、すべて消してくれ」

仲間達全ての視線を背中に感じながら、ルドガーは拳を握り締めた。

「エルのことは、良いんだね?」
「ルドガー……?」

オリジンの更なる問いかけと、それに続いてセレナが震える声でルドガーを呼んだ。

しかしルドガーはハッキリと答えた。

「エルは……俺の命で助ける!」
「え……?」
「ルドガー、まさか……」

エルはその言葉に目を見開き、ジュードがルドガーの背中に問いかけた。
そしてその問いの答えを示すため、ルドガーは骸殻化した。

「まさか、自分を先に時歪の因子化させてエルを助ける気か!?」
「やめて、やめて!
そんなことしたら、ルドガーが……!」

ミラが告げた言葉を受け、エルがルドガーの足に縋り付く。
瞬間、強大な力の反動ですぐに時歪の因子化が進行し始めたルドガーがよろめいた。

「ルドガー、消滅が怖くないのかい?」

オリジンが確認するように聞けば、ルドガーは頷いて見せた。

「消滅より、怖いことがあるんだ」

それは、大切な存在を失ってしまうこと。

「ルドガー……ダメだよ、そんなことしたらセレナが……」

エルがルドガーを揺さぶりながら、セレナに振り返った。
彼女は、目の前で繰り広げられている出来事に呆然とし、ただルドガーの姿を見つめているだけだった。

しかし声をかけられたことで意識を呼び戻されたセレナは、自らの時計を握り締めて立ち上がった。

「ルドガーは、エルと一緒にいてあげないと駄目だよ」
「セレナ、ちょっと……」

レイアが恐る恐るその背中に声をかけた。

だがセレナは振り返らずに骸殻化した。
彼女からも、微かに黒い靄が立ち昇っている。

「大精霊オリジン。私が時歪の因子になれば、2人は助かるんですよね?」
「そうだよ。君も……かなり時歪の因子化が進行しているようだね」
「やめろセレナ!」

しかし今度はルドガーがそれを制する。

ルドガーかエルかセレナ。
3人はそれぞれが互いを救いたい。

その想いは同じだった。


だが、そこに割って入る声があった。

「お前達には、まだ早い」

それはビズリーの物だった。

「お父様!いけません、立ち上がっては……」

セレナはよろよろと立ち上がるビズリーを止めようと駆け寄る。
しかしビズリーは娘の肩に手を置くと、黄金に輝く時計を掲げた。

「私がお前に助けられ、幾ばくかの残り時間を得たのもこの為だろう」

ビズリーからは、ルドガーやセレナ以上に多くの靄が発せられていた。

「ルドガー、セレナ……お前たちはまだ若い。
この先の未来を歩む権利がある」

ビズリーはもう体力がほとんど残っていないはずだったが、朗々たる声で告げた。

「お前たちに未来を託す。
最後の時歪の因子には……私がなろう!」
「ビズリー!?」
「お父様……そんな……」

ルドガーとセレナがそれぞれビズリーに声を掛けるが、彼はそれには応えずオリジンを見た。

「さあオリジン。
ここで誰かが時歪の因子化し審判が失敗するのを待つほどお前の性根が腐っていなければ、早くルドガー達の願いを叶えるがいい!」

その言葉を聞いたクロノスが横から非難の声を上げようとしたが、オリジンがそれを諌めた。

「分かったよ、ビズリー・カルシ・バクー。
一族の悲願を背負い続けた、君がそう言うなら」

「お父様、やめてください!私が……」
「セレナよ。この命はお前達親子に二度も救われたものだ。
お前の家族を奪ったのは、この“俺”だと言うのに」

ビズリーは普段の様に威圧感のある話し方ではなく、どこか素に戻ったような口調でセレナに語りかけた。

「さあ、ルドガーもセレナも骸殻を解け。
お前達にはまだ為すべきことがあるはずだろう」

その有無を言わさない強い眼差しに射抜かれ、セレナもルドガーも遂に骸殻化を解く。

ビズリーはそれを見届けると満足そうに頷いた。

「それでいい。お前達の望む未来は、俺の考えとは少し違うものだ。
だが俺は、そんなお前達の歩む道を作ろう」
「ビズリー、お前は……」

ガイアスがビズリーを呼びかける。
2人は馴れ合うことは決して無かったが、同じ様に沢山の命を背負って生きて来た者同士だった。

「俺の役目は終わった……ただそれだけだ。
こんなことで、これまでの罪を滅ぼそうなどと考えているわけではない」

ビズリーは横目でガイアスを捉え、そう答えた。

「セレナの想いが、お前を変えたのだな」

ミラの言葉には、ビズリーは瞳を閉じただけで答えることはなかった。
しかしその表情は穏やかなもので、肯定しているように見えた。

「これが人間なんだね、マクスウェル」

オリジンがミラに問う。
ミラは力強く答えた。

「人は、どんなことでも為せる」
「……信じられぬほど愚かなこともな」

クロノスもルドガー達のやりとりを見て何かを感じ取ったらしい。
ずっと天敵として戦い続けてきた男の変貌に、心を動かされたのかもしれなかった。

「よもや、ここまで愚かなことすら……な」
「そうだね。でも、そんな魂の“負”こそ人間の力そのものなんだ」

オリジンが友に返した言葉に一同が驚く。

それに対してオリジンは、自分は“負”などは浄化していなく、ただ魂の循環の際に発生する瘴気だけを取り除いて押さえ込んでいるのだと答えた。

「そうか……欲望も言い換えれば夢となる。
意思も見方を変えればエゴとなる。
単に善悪として分けられるものではないのだな」

ガイアスが腕組みしながらそう言うと、まさにその通りだとオリジンが頷いた。

「だが、それでは再現なく瘴気が生まれるだけだろう?」
「だから試したのさ。“負”を持ったまま魂を浄化できるかどうか。
……人間の選択をね」

ミラの問いかけに答えたオリジンはビズリーに視線を戻す。

「まさか、一番僕達を憎んでいた人がそれを成し遂げるとは、僕にも想像がつかなかったよ」
「ふっ。精霊風情に予測されてたまるか」

ビズリーは口の端を上げた。
オリジンはそれを満足そうに見てから、再び人間達に問う。

「でも、示し続けなければ意味がない」
「できます。
だってそれが……お父様が私達に残してくれた道だから」

そう返したのはセレナだった。
そして彼女の横にルドガーが立つ。

「ああ。兄さんやエル、セレナが証明してくれた。
それに……“父さん”が」

ルドガーと手を繋いだままのエルも、大きく頷いていた。

「ルドガー……お前……」

ビズリーはそんなルドガーの顔を驚いたように見る。
ルドガーは黙って、ビズリーを見つめ返した。

「……我の妨害より厳しい試練だ。
それを超えられては是非もない。
瘴気は今しばらく我らが封じよう」

そんな父と息子の姿を見たクロノスが、オリジンの隣に並んだ。

「世話をかけるね、クロノス」
「時間はある。
小言は、あとでゆっくり言わせてもらう」

オリジンがそう言えば、クロノスはむすっと顔を歪めたがそれ以上語ることは無かった。
それに笑みをこぼしてから、オリジンはルドガー達の姿を真っ直ぐに捉えた。

「それじゃ、ルドガー達の願いを叶えよう。
全ての分史世界の消去を……!」

そしてオリジンが両腕を広げると、白い光が放たれ、空間を突き破り広がって行った。

その光が収まると、一同は言葉に出来ない感覚ではあったが、それが分史世界の消滅だと理解することができた。

それから、次は自分の番だと言わんばかりに、ビズリーがセレナ達に向き直った。

「おとう……さま……」

今にも泣き出しそうな娘の前に歩み出たビズリーは、右手を彼女の頭に優しく置いた。

「父親らしいことなど何一つしてやらなかった俺を、まだ父と呼ぶのか」
「何を言っているんですか。
あの日私を助けてくれて、今日まで育ててくれたではありませんか……」

「ふっ……初めはただ亡くした友への罪滅ぼしのつもりだった。
その内、お前を利用しようとすら考えていた。
……だが、今となってはお前を娘に持てたことを誇りに思うぞ。
強くなったな、セレナ」

ビズリーはセレナの頭を一度だけ撫で、手を引いた。
それから次にエルに視線を向ける。

「君にもすまないことをした、エル」
「ううん。おじさんのおかげで、エルもルドガーもセレナも助かったから……」
「そうか。
お前もまた、強い意志を持つ者であったな」

エルの、ルドガーと同じ色の瞳を真っ直ぐに見つめ、ビズリーは少しだけ表情を和らげて見せた。

そしてルドガーに向き直る。

「まさか、お前に超えられるとはな」

そして、じっと見つめてくるルドガーの胸の辺りに軽く拳を当てた。

「娘を……セレナを頼んだ」
「……ああ」

ルドガーは静かに頷いた。
ビズリーはその意志を確かに確認し、最後にセレナに視線を戻した。

「最後にあの歌を歌ってくれ。
お前の父親が好きだった、あの歌を」

セレナは涙が零れ落ちないよう拳を握りしめた。
すると、その手をルドガーがそっと包み込む。

そしてルドガーは先導するように、兄も愛したその歌を口ずさみ始める。
そうすればセレナも一緒になり、2人のハミングが響き渡った。

「“あいつら”に、報告することがたくさんできたな」

その歌を耳にしながら、満足そうな笑みを浮かべてビズリーは両手を広げた。

「さあ、これからはお前達の世界を作るんだ!」

その瞬間、門に備えられたカウンターが動き始める。
そして二千年の間に蓄積されたその数字がリセットされると同時に、ビズリーの姿が光りに包まれ、虚空に消えた。

後には、彼の意志を引き継いだ2人の歌声だけが残っていた。

「今まで、ありがとうございました。お父様……」

セレナが呟く。
その腕に、もう黒い痣は無かった。

エルの顔からも痣は消えており、ルドガーももう身体が痛むことは無かった。

「俺たちは、俺たちの未来を作るよ。
兄さんや……父さんの残してくれた、世界で」

ルドガーが、ビズリーがいたはずだった空間に向かってそう言った。


「これで、魂の浄化も元に戻るんだね」

その様子を見届けてから、ジュードがミラに問いかける。
ミラが微笑みながら肯定すれば、ジュードも笑みを浮かべながら大きく頷いた。

「ああ。人と精霊の世界は続く」
「……続けて見せるよ、必ず」

「さようなら、人と精霊たち。
また会う日が、今日より少しだけ良い日でありますように」

ジュードとミラの様子を眺めていたオリジンが、少しずつ遠ざかって行く。

そして門が閉ざされ、その姿は完全に見えなくなった。

それから、ミラとミュゼの姿が光りに包まれた。
精霊界からやってきていた2人とも、別れの時間がやってきたのだ。

「ルドガー、セレナ、エル。
君達に出会えて良かった」
「ミラ、ひどいこといってごめんね……!
来てくれて、うれしかったよ!」

エルが、上空に舞い上がったミラを見上げる。
ミラはその言葉に笑顔を返した。

「ミラ、ありがとう!
私、ちゃんと自分に素直になるから!」
「ああ。“彼女”の為にもな」

セレナもエルに続いてミラに向け声を上げた。
ミラは“彼女”と同じ表情で、セレナに頷いた。

「ミュゼも、ありがとう!」
「楽しかったわ。
私達、お姉さん同士仲良くできたしね」

セレナはミュゼにもそう伝える。
ミュゼはいつものように優しく笑いながら、上空から手を振った。

そして2人の姿が消えると同時に、残った仲間たち皆の身体が光りに包まれる。

「帰ろう、みんなで」
「ああ、俺たちの世界に!」

セレナとルドガーがどちらからともなく手を差し出し、握る。
そして2人とも空いた方の手をエルに向けた。

エルは2人の顔を交互に見てから、嬉しそうにその手を取った。

「うん、いっしょにかえろー!」

エルの言葉を最後に、辺りに光が溢れる。

それが収まった後カナンの地にはただ、巨大な門が静かにそびえ立っているだけだった。



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まず最初にこの結末を考えて、このお話を書き始めました。
誰も犠牲にならないのが本当は一番良いのですが、少しでも多くが助かるために、ここではこのような選択肢を作り出しました。

さて、審判も終わり、いよいよ最後のエピソードに向かいます。



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