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「……時計と直接契約したか」
自分と同じ、フル骸殻に覆われたルドガーの姿を見たビズリーが呟いた。
ルドガーは無言でエルを降ろし、離れているように促す。
そして槍を構え、ビズリーに向き直った。
「楽しませてくれる!」
覆われているために表情は伺えないが、ビズリーの声は高揚しているようにすら感じられた。
それは、自らの野望を邪魔をされてはいるものの自分と同じ力を手にした“息子”に対する、純粋な喜びともとれる。
槍と拳がぶつかり合い、何度も衝撃波が飛び散る。
ミラやジュード達はその様子を伺うことはできても、2人の骸殻能力により生まれた異空間に割って入ることはできなかった。
ふと、ジュードの隣に身を横たえていたセレナが身じろぎした。
彼女の顔を見れば、眉を険しく寄せ、うわ言のように何かを呟いていた。
「おとう……さん……おか……あ……さん……」
意識を取り戻しつつあるセレナの脳裏に、幼い頃両親から聞かされた言葉が蘇る。
『いいかいセレナ。
自分の手の届くところにある大切な物は、何に代えても守らなければきっといつか後悔することになるんだ』
それは、強く優しかった父の声で。
『もう、貴方ったら。
セレナはまだ子供なんだからそんな危険な事を教えては駄目よ』
それは、いつでも父を支え娘達の幸せを願った母の声だ。
――お母さん。私はもう、子供じゃないよ。
家族を失ってから、今日までの間に大切な人達ができた。
――お父さん。私も、大切な人たちを守りたい!
ふっと意識が浮上し、セレナは目を開いた。
目の前には、心配そうに覗き込むジュードの茶色の瞳がある。
「セレナ!気が付いたんだね!」
「ジュード……?あれから、どうなって……」
セレナはジュードに支えられながらゆっくりと上体を起こす。
すると眼前には異空間が広がっており、その中で2人の骸殻能力者が死闘を繰り広げていた。
「あれは、まさか……」
「ビズリーさんとルドガーが戦ってるんだ!」
セレナは目を見張った。
2人とも頭から足の先まで骸殻に覆われており、セレナの見たことがある姿とは違ったからだ。
「ルドガーは直接時計と契約したんだ」
「エルを……たすけるために……」
そこへエルを伴ったミラがよろよろと歩み寄ってきた。
先程受けた衝撃が、やっと少し和らいできたらしい。
エルが俯きながらそう言うと、セレナは全てを察し、ゆらりと立ち上がった。
そして止めようとするジュードを制し、エルの頭をふわりと撫でた。
「エルは、大切なコだからね」
その言葉にエルが戸惑いがちに顔を上げる。
目が合うと、セレナは優しく微笑んだ。
「ルドガーにとってだけじゃないよ。私にとっても」
「セレナ……エル、あんなこと言ったのに……」
『セレナなんて大嫌い!』
あれはエルの本心では無かった。
ルドガーとセレナが自分の存在のせいで引き裂かれることを良しとせず、ヴィクトルが望んだ未来のために告げた言葉だった。
確かに父の心の底にしまわれていた想いはエルにとって辛いものだったが、エルにとってもセレナは大切な人になっていたのだ。
「エル、セレナが何回も守ってくれたから、今ここにいるんだよ」
エルは瞳に涙を貯め、セレナの服の裾を握り締めた。
セレナはその手を掬い上げて握り返してから、そっと離す。
「エルのこと、ちゃんと守り抜くから。ルドガーと一緒に」
それだけ言うと、セレナは自分の時計に触れた。
「やめろ、無茶だ!」
ミラが手を伸ばしたが間に合わず、セレナは骸殻に覆われた。
「それにあの2人も、私の大切な人だから」
そう言い残し、セレナは異空間に飛び込んで行った。
ビズリーもルドガーも、彼女にとってはどちらも大切な存在なのだ。
そこに、後発隊のメンバーが到着した。
どうやらクロノスの術が解けたおかげで、全員でここまで辿り着くことができたようだ。
その誰もが、目の前の光景に息を飲んだ。
「ここまでとはな……!」
ルドガーの、予想を上回る骸殻の力に押され気味なビズリーが口の端を上げた。
焦りもあるが、なぜか心が踊る感覚の方が強かった。
自らの血を分けた息子に超えられる。
本来ならば喜ばしいことだった。
「だがここで終わるわけにはいかん!」
一族の悲願の為に。
乗り越えてきた数々の命の為に。
志半ばで倒れることのできない自分を生かすため、犠牲になった友の為に。
ビズリーは渾身の力を込めて拳を振りかぶる。
そこに、同じく全身全霊を込めた槍を掲げ、ルドガーが突っ込んできた。
「はあああっ!絶拳!!!」
「うおおおおおおお!継牙・双針乱舞!!!!」
しかしその拳と槍がぶつかり合う直前、2人の間に飛び込んできた影があった。
ガキィン!!!
「お前は……!」
「セレナ!?」
2人は驚きに声を上げた。
ビズリーの拳は鎖に絡め取られ、ルドガーの槍は鎌の刃に防がれていたのだ。
「2人とも、やめて!」
2人の間には、歯を食いしばるセレナが居た。
両側からそれぞれの最強とも言える力の攻撃を受け止めたセレナの四肢は震えていたが、それでも必死にその場に立っていた。
「……大切な人が傷つくのなんて、もう沢山だよ」
その言葉にルドガーもビズリーも力を緩めた。
するとセレナはその場にふらふらと座り込み、骸殻化が解ける。
その腕には、うっすらと黒い痣が浮かんでいた。
「セレナ、しっかりしろ!」
「時歪の因子化か。無理をしおって!」
ルドガーが槍を放り出して骸殻化を解き、セレナを支える。
ビズリーが苦々しくその腕を見て怒声をあげた。
しかし、セレナはビズリーを見上げるとふわりと笑いかけて見せた。
「2人こそ、そんな強い力を使い続けたらすぐ時歪の因子になってしまうのではないですか?」
「お前という奴は……」
闘志を削がれたビズリーの骸殻化も解けた。
「お父様、私達の希望を……未来を信じてください」
セレナはルドガーの手を借りて養父の前に立った。
「確かに私もクロノスの事は憎いです。
ですが、ミラとジュードと見ていれば、分かり合える道もあると思えてくるんです」
そう言ってセレナは後ろに目をやる。
心配そうに3人を見ているミラとジュードの姿が目に入った。
「私は、これからはその為に尽力しようと思います」
「……ならば、ルドガーと共に私を殺せば良かっただろう」
「いえ、それはできません」
セレナはすっかり戦意の削がれたビズリーに向け手を伸ばした。
そして養子に迎えられたあの日から初めて、養父にそっと触れた。
「あなたは私の“父”が、命をかけて守った人ですから」
その言葉にビズリーは僅かにだが呆れたように笑った。
「お前達は本当に……似た親子だな」
そう言い終わるか終わらないかの内に、ビズリーはくっと呻き声を漏らしその場に膝をつく。
その身体からは黒い靄が立ち昇っていた。
「お父様、まさか……」
セレナがビズリーの横に屈む。
ビズリーは無言だったが、その額には似合わない汗が滲んでいた。
「お前が止めてくれたおかげで、すぐにとはいかんが……時間の問題だろう」
「なら、もう無理に喋らないでください!」
セレナは自分よりも数回り大きいビズリーの身体をゆっくりとその場に座らせ、背中を支えた。
そして目の前にある巨大な門に向けて叫んだ。
「いつまで黙って見ているつもりなの!?オリジン!!」
するとその声に応えるように、ゆっくりと門が開かれた。
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いよいよ選択の時です。
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