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「見苦しいぞ、クロノス」
「なぜだ!またしても結界が破られるとは……!」

時空の狭間に囚われていたはずのビズリーの声が響く。
タイムエセンティアの発動を遮られ、クロノスが苦虫を噛み潰したような顔で振り返る。

その瞬間クロノスの胸を、ビズリーが手にした槍が貫いた。

ビズリーは赤と黒で染め上げられた骸殻に、頭から爪先まで全てが覆われていた。
それはまるでヴィクトルのものと同じように見える。

そして手にした槍長い槍の柄には、なんとエルが連なっていた。

「エルっ!」

ルドガーが大声で呼びかけるが、エルはぐったりとしており反応を示さない。

よく見れば、エルは貫かれているのではなく槍と同化しているようだ。
それこそが少女の持つ、クルスニクの鍵の力が具現化されたものだった。

ビズリーはクロノスを貫いたまま、槍を何度もその身体にねじ込む。
クロノスは堪らずに苦痛の声を漏らした。

「ぐああっ……!なぜ、なぜだ……!」
「これこそが、時空を超えるオリジンの“無の力”だ」
「まさか……その娘が……」
「そう。本物のクルスニクの鍵だ」

ビズリーが更に力を籠めると、槍からエルだけが離れ、その場に崩れ落ちた。

残された槍は未だクロノスに深く刺さっており、燃えたぎるような巻き戻し不可能の傷を与え続けている。

「なんと……醜悪な……」
「ふっ。それはどちらの台詞だ?」

クロノスは途切れ途切れになりながらも悪態をつく。
しかしビズリーはそれを鼻で笑うと、槍の切っ先を45度回転させ、クロノスの内臓を抉った。

「ぐあああっ!!!」
「人間の……勝利だ!」

遂にクロノスの四肢からガクリと力が抜け、槍に刺されたまま意識を失ったようだった。

しばらくその様子を呆然と見ていたルドガーだったが、我に返るとエルの元へ駆け寄る。
身体を抱き起こせば、半面が黒く染まったエルが薄っすらと目を開けた。

「ルドガー……どうして、ここに?」
「約束したから、な」

エルはその言葉に涙を浮かべる。
あの日目を見て交わした大切な約束を破ってしまったのに、ルドガーはこうして駆けつけてくれたのだ。

ルドガーはそっとエルの手を握る。
エルもその小さな手を僅かに動かして握り返した。

「こんな風にエルを利用するなんて!」

ジュードがビズリーに非難の声を上げる。
しかしビズリーはジュードに視線を向けると、ルドガーから託されて彼が支えている、気を失ったままの養女の姿を見つけた。

「クロノスを倒すにはこれしかなかった。
お前達かて、セレナを犠牲にしようとているではないか。
まさか、あの時計で骸殻化してしまうとは予想外だったが」
「犠牲になんかしてない!セレナは共に戦ってくれたんだ!」

エルを抱えたままルドガーが怒声をあげる。
ビズリーは一瞬だけルドガーを横目で見て、それから腕の中のエルを見た。

「だがこの悲劇は無駄ではない。
おかげで精霊から意思を奪い去り、人間だけの世界を築くことが出来るのだからな」
「そんな願いを、オリジンが叶えるわけない!」

ジュードが再び声を荒げる。
そんなことは、彼にとって許し難い野望であった。

「オリジンの意思など関係ない。
このオリジンの審判自体が、始祖クルスニクと精霊オリジンが契約した一個の精霊術。
条件が満たされれば、オリジンはその力を発動せざるを得ないのだ」

しかし告げられたその言葉は、ジュードを呆然とさせるのには十二分だった。

精霊術としての儀式がすべて整ってしまっており、あとは発動するだけだと言う。
そしていかなる願いすら叶えるということも、全ての始まりであるオリジンの力を持ってすれば可能なことなのだ。

その時、ルドガーの腕の中でエルが呻き声をあげた。
それはまるで、ユリウスが左手を抑えた時のような痛がり方だ。

「諦めろ。その娘はもう助からん。
オリジンに願えば……話は別だがな」

ビズリーが少しだけ哀れんだような声色で言う。
しかしエルは必死に声を絞り出す。

「ダメ……分史世界、消さなきゃ……」
「そうだ。叶えられる願はただひとつだけ」

ビズリーの蒼い瞳が、再びルドガーを捉える。

「助ける方法があるとすれば、その娘より先に別の時歪の因子が生み出されることだ。
そうすれば時歪の因子は上限値に達し、進行中の他の時歪の因子化は解除されるだろう」

しかし自分でそう言いつつも、ビズリーは首を横に振った。

「たがそれでは、審判は失敗となる」
「くそっ……!」

ルドガーが地に拳を叩きつけた。

エルを救えば世界は救えない。
しかし世界を救ってもエルが救えないなど、到底受け入れられる話ではない。

「お願い……分史世界を消して?
ルドガーが、消えないように……」

エルのか細い声が耳に届く。

するとルドガーは、この幼い少女がここまで自分を犠牲にするのは世界の為ではなく、まさしく自分のためだと言うことに気付いた。

「俺はオリジンに、エルを助けてくれと願う!」
「ルドガー!?」

ルドガーはビズリーを睨みつけながら叫ぶ。
これにはジュードが驚きの声を上げることとなった。

「冷静になれ、ルドガー。この娘は分史世界の人間だぞ?
例え、お前の娘だろうとな」

ビズリーは貫くような視線を向けられつつも怯むことなくルドガーを見返す。
エルの手に力が籠められるのを感じ、ルドガーは視線を腕の中に戻した。

「そうだよ、ルドガー。エルは……ニセモノ……だし……」

エルはよろよろと立ち上がると、心配そうに見上げてくるルドガーの手を引く。
つられて立ち上がったルドガーは、エルの手を決して離すまいとその手を強く握り締めた。

「ニセモノなんかじゃない。
ここにいるエルだけが、俺のエルだよ」
「ルドガー……」

優しくそう語りかければ、エルが涙を零した。

しかしそこへ、2人の間を邪魔するように、突如ビズリーが拳を叩きつけてきた。

「だが、願いの権利は私にある!」
「かはっ……!」

まともに腹部への一撃を喰らい、ルドガーは後ろへ飛ばされた。
しかしなんとか受け身を取ると、鋭い眼差しでビズリーを見上げた。

「お前を止めるのは、セレナの願いでもある!」

そう言ってルドガーはすぐに立ち上がると双剣を構えた。

「ビズリー!
お前の娘は、お前が罪を犯そうとしているのを止めたい一心でここまで力を使ったのだぞ!
それが分からぬか!」

ミラがそう叫ぶが、ビズリーは不快感を露わにし吐き捨てるように言う。

「マクスウェル如きに何がわかる。
セレナかて何も分かっていない。
この馬鹿げたゲームのせいで、家族を失ったと言うのにな!」

それからビズリーは、背後にそびえ立つ門を指差した。

「所詮は精霊に付き従う犬どもか……
見ろ。私は、あれだけの屍を踏み越えてここに立っている」

――99万9999。

その数字こそ、この二千年間争い続け、犠牲になった一族の魂の数だ。

ここまできて引いてしまえば、顔こそ知らぬが同じ呪いを受けた先祖達、かつての友、そして妻……その全ての悲願を無駄にすることになってしまうのだ。

「邪魔をするなら容赦はせん!」

ビズリーは傍でクロノスを刺したままにしてあった槍を引き抜くと、それで自らを貫く。
すると激しい炎がビズリーを包み込み、彼を再び骸殻化させた。

元のフル骸殻に合わせてオリジンの無の力を手に入れたビズリーは、周囲の空気を一変させるほどの威圧感を放っていた。

そして瞬時にルドガーの懐に飛び込んでくる。

「行くぞ、絶拳!おりゃあああああああ!」
「ぐあああっ!!」

突き上げられた拳がルドガーの身体を宙に舞わせた。
さらにその一撃から生み出された衝撃波が辺りに波及し、エルとセレナをそれぞれ庇ったミラとジュードも背中に大きなダメージを受けてしまった。

地に落ちたルドガーのポケットから、二つの時計が転がり落ちる。

ビズリーはそこまで歩み寄ると、ルドガーを見下ろした。

「やはり、ユリウスの魂で橋を架けたか」
「ルドガー、メガネのおじさんを……」

銀色の時計を視界の端に止めて言えば、エルが僅かに動揺した声を上げた。

「セレナをここに連れてくることで時歪の因子化の危険に晒しただけではなく、己が兄の命も犠牲にしたとはな」
「……っ!」

ルドガーは声を詰まらせる。
本人達が望んだことではあったが、他者に言葉にされたことでその事実は彼の胸を締め付けた。

「お前の判断ミスが、全ての死を無意味にしたのだ」

ビズリーは力の抜けたルドガーの髪を掴み持ち上げる。
吊るされる形となったルドガーが呻き声を上げた。

「ユリウスの死も、お前自身の死も」

ビズリーの声は怒りを含んでいた。
それは自分の意思に反した行動を取られたからなのか、それとも……

「……セレナの死も」

そう吐き捨て、ビズリーは真鍮の時計を踏みつけた。
パリンと音がして、蓋も風防も、文字盤すら砕ける。

その瞬間エルの胸元に、あの日ヴィクトルから託された懐中時計が現れた。

(パパの時計!?)

エルはハッと顔を上げルドガーを見る。

分史世界の物は正史世界の同じ物の前では存在することができない。
だが正史世界の物が壊れてその力を失ってしまった今、消えてしまっていたこの時計が再び出現したのだ。

「ルドガー!」

弾かれたようにエルが走り出す。

「あの娘の死もだ!」

ビズリーは片手でルドガーを掴んだまま、エルに向けてもう片方の手を翳す。
具現化された力が光弾となりエルに降り注ぐが、エルは果敢にそれをかいくぐっていく。

その姿に僅かに力を取り戻したルドガーがビズリーに蹴りを入れ、その手から抜け出した。
そして彼もエルの元へ駆け出す。

「ルドガー!!!」
「うおおおおおおお!!エルーーーっ!!!」

エルは時計を持った手を差し出し、ルドガーもそれに手を伸ばす。
あと少しで光弾が当たりそうになったところで、2人の手が重なり、辺りに光が溢れた。

そしてその中から、全身が黒を基調にした骸殻に覆われたルドガーが、エルを抱えて現れたのだった。



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2人が名前を呼び合ってルドガーがフル骸殻で出てくるシーン、いたく感動した記憶があります。



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