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何度か魔物との戦闘を経て、ルドガー達は遂にカナンの地の最深部へと辿り着く。

宣言通り、ルドガーはセレナに骸殻化させる必要もないくらいに戦った。
強い意思のおかげもあるが、彼らはここに至るまでに、だいぶ実力をつけていたのだ。

最後の空間の歪みを抜けると、開けた場所に出る。

そこには人の背丈の何倍もある門がそびえ立っており、その前で死闘を繰り広げている二つの影があった。

「クロノス!」
「お父様!」

その二つの影に向けて、ミラとセレナが声を上げる。

ルドガーは、その後ろで俯いている小さな少女の姿を見つけた。

「エル!!」

しかしエルの元へ向かおうとしたルドガーの前に、クロノスが立ちはだかった。

「クルスニクの鍵……切り札のつもりか?」

クロノスはそう言いながらビズリーを睨みつける。

2人がいつから闘いを繰り広げていたのかは分からないが、どうやら実力は互角であるようだった。

「さてな」

ビズリーは眉ひとつ動かさず、クロノスに心中を察されないよう答えた。
クロノスは未だに、ルドガーがクルスニクの鍵だと思い込んでいるようだ。

エルが力なく顔を上げる。
顔の半分は黒く染まっており、片目が赤く変色してしまっていた。
まるでそれは、彼女の父親の最期の姿のようで。

「ルドガー……?」

エルの視点の定まらない瞳がルドガーを捉えようとした、その瞬間。
クロノスが手を翳し、ビズリーとエルを結界術に閉じ込めてしまった。

「エル!お父様!」

セレナが2人を呼ぶが、クロノスはその声すら不快だと言わんばかりに、吐き捨てるように告げた。

「ふたり掛かりなら勝てると算段したのだろうが、残念だったな」
「エルに何をした!」

ルドガーが今にも飛びかかりそうな勢いで食ってかかる。
しかしクロノスは意にも留めない。

「異空間に閉じ込めた。
あの娘には時歪の因子化してもらわねばならないからな」

そう言ったクロノスは、背後にそびえ立つ門に視線を投げた。
よく見るとその扉はカウンターになっているようで、「999999」の文字が示されていた。

原初の三大精霊と始祖ミラ=クルスニクとの間の約束。
時歪の因子化したクルスニクの一族が100万に達した時点での審判の失敗まで、あと1人ということになる。

「なんて卑怯な!」
「オリジンに己が魂が生んだ瘴気の始末をさせておいて、どの口でほざく!」

ジュードが非難するが、クロノスもそれに対して声を荒げた。

「オリジンは人間に進化の猶予を与え、その身を焼きながら魂の浄化を続けて来た。
だが貴様らは自らの不浄を顧みず、魂の昇華を思うことすらせぬ!」

クロノスの目には、はっきりと人間への憎悪が見て取れた。

「もうたくさんだ!我は浄化を止め、我が友を救い出す!」

「本当に、それがオリジンの願いだと言うのか!」
「貴様に何がわかる、マクスウェル!」

ミラがクロノスに投げかけた言葉は、クロノスによって拒絶されてしまう。
同じ精霊からの言葉ですら、彼には届かない。

「しかし、このままでは世界中に瘴気が溢れ出るぞ!」
「それこそが我の望み」

ミラが食い下がるが、クロノスは一同を震撼させるような野望を告げた。

「さすれば人間は瘴気で魂を侵食され、マナを生むだけの物体になるだろう。
そしてしかる後に我が力で瘴気を封じ込めば、世界は精霊だけのものとなる」
「なんだって!?」

その恐ろしい企みに、ジュードの拳は怒りに震えた。
ビズリーが精霊を憎み道具にしようとしたのと同じように、クロノスも憎い人間たちを道具にしようとしていたのだ。

「さあ、これで愚かな人間共の悪あがきは終わりだ!」

そう言ってクロノスが両手を広げた。
それを合図にして、彼の周りに大きな歯車と複数のビットが現れる。
マクスバードにて対峙した時と同じものである。

「お前の思い通りにはさせない!!!」

ルドガーが真っ先に双剣を構えて走り出す。
そしてミラ、ジュード、セレナもそれに続いた。


4人は代わる代わるクロノスへと攻撃を繰り出し、クロノスもビットを操って反撃していく。

何度も攻防を繰り返した末にジュードとミラが力を合わせて技を繰り出すと、それはクロノスの身体を貫き、思わずクロノスが膝をついた。

「やったか!?」

高く跳び上がっていたミラが着地しながらクロノスの様子を伺う。

しかしクロノスは時空を司る大精霊であり、自らの身体の時間を巻き戻すことで瞬時に傷を回復させてしまった。

「マクスバードの時と同じだ!」

ルドガーが愕然とした表情で仲間達に注意を促す。
しかし彼等は攻撃をやめることができるわけでもなく、再びクロノスに攻撃を仕掛けた。


「何度やっても同じだ」
「うおおおおおおおおおおお!」

何度目かの巻き戻しを行うクロノスにルドガーが斬りかかった。
しかし既に体力をかなり消耗しており、クロノスの攻撃に弾き飛ばされてしまった。

「ぐあっ!!」
「ルドガー!!」

すかさずセレナが駆け寄る。
背中から地面に叩きつけられたルドガーは苦痛に顔を歪めた。

その時ルドガーのポケットから銀色の懐中時計が転がり落ちて、セレナの足元で止まった。

その時計を見たクロノスがルドガーをあざ笑う。

「己がために兄を踏み台にしてくるとは。
実に人間らしく、実に愚かな!」
「違う!ユリウスさんは希望を繋いでくれたのよ!」

セレナは時計を拾い上げると、クロノスを睨みつけた。
しかしクロノスはそれを無視し、再び攻撃を仕掛けてくる。

そして再び死闘が始まった。


「このままじゃ……」

一旦後ろに下がり、肩で息をしながら体勢を整えているセレナは、ふと先ほど拾ったままルドガーに返しそびれていたユリウスの時計に視線を落とす。

「ユリウスさん、私達はどうしたら……」

すると転げた弾みできちんと閉まり切っていなかったらしい蓋が開き、その裏に何かが刻まれているのに気付いた。

――時を巻き戻す針は、お前の槍で止めろ。

その文字を読んだセレナは、弾かれたようにルドガーの方を見る。
しかしルドガーにそのことを伝えようとするも、今まさにクロノスは時間を巻き戻そうとしているところだった。

(気を逸らさせなきゃ!)

セレナは咄嗟に反対の手にピンクゴールドの時計を取り出す。

そしてそれを前に掲げながら、クロノスに向かって走り出した。

「はああああああああああっ!」

走りながら、セレナは光に包まれていく。
そしてその光ごとクロノスに突っ込んだ。

クロノスは自分に飛びかかってきた影に気付き、首を掻き切られる寸前でそれを防いだ。
何事かと目を見開けば、眼前には骸殻化したセレナの怒りに満ちた瞳が迫っていた。

反射的に術を中断したクロノスの傷はまだ塞がっていない。

「貴様、まさか骸殻化したのか……!」
「セレナ!?」

セレナの後ろで膝をついていたルドガーが驚愕する。
ミラとジュードも体勢を立て直しながら言葉を失っていた。

なぜなら、前に分史世界で骸殻化してしまった時よりもセレナの骸殻化は進んでいたからだ。
彼女が本来の自分の時計で変身したのを見たのは、これまでユリウスだけだった。

「ルドガー!クロノスに対抗するには、あなたの骸殻しかない!」

そう言ってセレナはクロノスから目を逸らさず、後ろ手でルドガーにユリウスの時計を差し出す。
それを受け取ったルドガーも、ユリウスが掘ったメッセージに気が付いたのだった。

クロノスに対抗するには、クルスニクの鍵の力が必要だということに。

「探索者め……小賢しい真似を!」

一瞬にして闘気を纏ったクロノスが腕を横に振る。
セレナは後ろに跳んでそれをかわしたが、着地すると同時に腕に強い痛みを感じうめき声をあげた。

「うっ……」
「大丈夫!?」

近くにいたジュードがセレナを支えた。
その骸殻化は解け、じっとりと汗が滲んでいた。

「無理もない。壊れた時計の力をこじ開けたのだからな」

クロノスがセレナを見下ろす。
セレナはジュードの肩を借りながらも、負け時と睨み返した。

「セレナ、やっぱりもう骸殻化するな!」

2人の間にルドガーが立ち、クロノスの視線からセレナを隠した。

「ふん。その薄っぺらい馴れ合い、反吐が出る!」

そう吐き捨てたクロノスは、またビットから光線を放ち始めた。

「怯むな!奴の弱点は分かったのだからな!」

ミラが仲間達を奮い立たせる。
セレナもジュードに治癒術をかけてもらったことで持ち直し、ルドガーの元へ駆け寄った。

その2人の周りをビットが囲む。

「セレナ!」
「まかせて!」

ルドガーが銃口を宙に向けながら叫べば、セレナはルドガーと背中合わせに立ち銃を構えた。
それぞれの銃に搭載されている黒匣が起動される。

「ルドガーの背中は私が守るよ!」
「セレナの背中は俺が守る!」

2人は背中を預けながら周りのビットに向かい、無数の火炎や雷撃を撃ち込んでいく。

最後に右手に持った銃をそれぞれが上に掲げ、天に向かって引き金を引いた。
その瞬間、ルドガーは左手に持っていた銃をホルスターに仕舞い、セレナの左手を握る。
そしてセレナもそれを握り返した。

ーー薄っぺらい馴れ合いなどと、そんなわけがない。

「誰にも邪魔させない!」
「降り注げ!」

ルドガーと、それに続いてセレナが叫ぶ。
そして辺り一面に光の雨が降り注いだ。

――ふたりは残酷な運命に立ち向かうことのできる程の、強い絆で結ばれているのだから。

「フォルティスウィンクルム!!!」

2人の声が重なる。
それと同時に、全てのビットが光弾に貫かれて消え去った。

「チッ、図に乗るな!」

ビットが消え去った向こう側で、ミラとジュードの相手をしていたクロノスが舌打ちした。

そしてまた時間を巻き戻そうと腕を掲げた。
しかしもう、それは無駄な足掻きとしかならなかった。

「させるか!!」

ルドガーが真鍮の時計に触れ、一瞬で骸殻化する。

手にした槍でクロノスの周りに浮かび上がった術式を薙ぎ払い、時間巻き戻しの術“タイムエセンティア”の発動を止めた。

だがクロノスは今だ戦意を失っておらず、ルドガーに向けて畳み掛けるようにレーザーを放つ。

ルドガーはそれを弾きながらも前に出ることができずに苦戦していた。

(くそっ、この変身でトドメを刺さないと!)

エルのことを考えれば、何度も骸殻の力を使う訳にはいかない。
彼女が時歪の因子になってしまうだけではなく、それはオリジンの審判の失敗に繋がるのだ。

骸殻によってクロノスと2人きりの異空間に閉じこもっているルドガーは仲間の援護を受けることができない。

なんとかするしかない。
そう腹を括って刺し違える覚悟を決めた。

しかしその時ルドガーの耳に、先程まで背中合わせで戦っていたセレナの声が届いた。

「クロノス!忘れないで、私もいるよ!」

クロノスを挟んだ向かい側に、再び骸殻化したセレナが現れたのだ。

「ルドガーもエルも命を賭けてるのに、黙って見てられるわけない!」

そう言いながらセレナは鎖鎌を構える。
そして鎖分銅を繰り返し放ち、クロノスを攻め立てた。

「どこまでも小賢しい小娘が!!」

クロノスがセレナに向け術を放とうとする。
しかしそれはルドガーの槍が振るわれたことで妨害された。

「セレナ、無理するなって!」

ルドガーはクロノスに槍を向けながらセレナを後ろに庇う。
しかしセレナはその背中に微笑みを返した。

「守られてるだけじゃ嫌だから」

ルドガーが言ってくれたことは嬉しかったが、それだけでは駄目なのだ。

「私は、ルドガーと一緒に戦いたい!」

その言葉にルドガーは驚く。
だがその短い言葉の中から、セレナの気持ちが伝わってきた。

母が完全にこの時計を壊すことができず大事にとっておいたのも、ビズリーがそれを預かり続けていたのも何かの縁だろう。
せっかく力があるのにそれを使わず、ルドガーだけに任せておくことはできなかった。

「行こうルドガー。エルのためにも!」

そう言い終わらない内に、セレナは鎌を振り上げてクロノスに飛びかかった。

「絶鎌!はあああああああっ!」

セレナは叫びながらクロノスを斬り上げる。
クロノスはまともにその一撃を受け、僅かに怯んだ。

ルドガーはワンテンポ送れたがそのセレナの様子を見て再び槍を構え直し、自らもその後に続く。

クロノスは2人からの猛攻に押されつつも、さすがは原初の大精霊だけあってなかなか倒れない。
ルドガーもセレナもかなり体力を消耗してきており、特にセレナは骸殻化の負担からもう長くは戦っていられそうにないと感じていた。

そしていよいよ骸殻化が解けてしまうその寸前、セレナがクロノスの身体を鎖で捕らえた。

「ルドガー!決めて!」

ありったけの力で叫ぶ。
そうすればルドガーもそれに応え、槍を握る手に力を込めた。

「ふたり一緒にだ!」

そしてルドガーはセレナが鎖で締め上げているクロノスに向け、思い切り振りかぶった。
槍が振り下ろされる寸前でセレナは鎖を解き、ルドガーの声に応えるために自らも鎌で薙ぎ払った。

「絶臥・滅交斬!!!!」

ルドガーが正面からクロノスを斬り下ろし、セレナはその背中を斜めに斬った。

クロノスは深手を負い、遂に攻撃の手を止める。

しかし2人の骸殻が解けると、セレナがその場に倒れこんだ。

「セレナ!」

ルドガーがセレナを抱きとめる。
セレナは腕の中で、気を失ってしまっているようだった。

「力を使い過ぎたか……」

駆けつけたミラが苦々しい表情で呟く。
幸いにも、まだ時歪の因子化は始まっていないように見えた。

「認めぬ……これ以上オリジンを苦しませるなど……」

クロノスも肩で息をしており、ふらふらと今にも倒れそうだった。
しかしルドガーとセレナがすぐに骸殻化できなそうだと悟り、再度タイムエセンティアを行おうと手を掲げた。

彼とて、唯一の友の為に信念を曲げるわけにはいかないのだ。

しかしそこに、堂々たる男の声が響く。

「見苦しいぞ、クロノス」

クロノスだけではなくルドガー達皆が声のする方へ顔を向ける。

すると結界術の中から、ビズリーがエルを連れて現れたのだった。



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ここにきて2種類の共闘秘奥義を出してみました。
骸殻の共闘秘奥義は原作にはありませんが、ルドガーとユリウスのものなど見たかったです。



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