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ルドガーは膝を着いたまま地に手をつけた。

そこには銀色の懐中時計が転がっている。
蓋には傷が入っていて、ルドガーのもの比べると随分くたびれて見えた。

ルドガーはそれを大事そうにすくい上げ、右手の中に収める。

ふと、背中がふわりと温かい感触に包まれ、ルドガーは顔を上げた。

両肩からは、自分のものと比べると細い腕が回されている。
少しだけ顔を後ろに向ければ、覚えのある香りが鼻を掠めた。

「ルドガー…おかえりなさい」

ルドガーは無言で首を後ろに向けたまま、肩口にあった彼女の頬に自分のそれをつける。

後ろからルドガーを緩く抱き締めているセレナの頬は涙に濡れていて、ルドガーの頬にもその温かい涙が伝った。

「…ただいま」

絞り出すような声でルドガーがそう答えると、セレナの腕に籠められた力が僅に強まる。

少しの間身を委ねていたルドガーだったが、やがてセレナの腕を外して彼女に向き直った。

そして手の中の銀色の時計を見せる。
セレナは少しだけ躊躇したが、ルドガーの目を見てから遠慮がちに自らの手をその上に重ねた。

「ユリウスさん、お疲れ様でした」

傷ついた上蓋に触れると、まぶたの裏側にユリウスの顔が浮かんでくる気がした。

その時、ルドガーの背後に術式が浮かび上がる。

そしてカチカチと歯車の音を立てながら、人ひとり包み込むくらいの大きさの空間の歪みが現れた。

「これが、魂の橋か」

いつの間にか2人の横までやってきていたミラが呟く。
その隣にアルヴィンが並んだ。

「急ごうぜ。さっきの橋みたいに、すぐ消えちまうかも」

彼らは少し前に、ビズリーがリドウの命を使って架けた橋を目撃していた。

そんな彼の言葉にやんわりと首を振ったのは、目に涙を溜めたままのティポとエリーゼ。

「消えないよー」
「ユリウスさんが、支えてくれてるんですから」

エリーゼに釣られて他の仲間達も“魂の橋”から延びる光の先を見上げた。
相変わらず空の向こうに浮かんでいるのは、気味の悪い球体。

「行こう、ルドガー」

ルドガーを支えながらセレナが立ち上がる。

「ルドガーが1番に渡って。
これは、君のための橋だから」

その後ろから顔を出したジュードが言った。

ルドガーは一度、仲間達全員の顔を見渡す。
未だにレイアやエリーゼは涙ぐんでいたものの、皆希望に満ちた表情をしていた。

それが、この橋を架けた人の願いだからだ。

ルドガーは背中に手を当ててくれているセレナの顔を見る。
その頬にもまだ涙の筋が残っていたが、もう新しい涙は出て来ていなかった。

「セレナは、いいのか?」

この橋を渡ってカナンの地に行くということ。
それは、彼女の養父との決別を意味する。

セレナはルドガーの目を真っ直ぐに見つめて答えた。

「うん。エルが待ってるし、私はお父様を止めたいの」

その意思を確認したルドガーは、再び仲間達に目をやる。

「行こう…エルを助けに!」

ルドガーの力強い声が響く。
それを受けて、全員が大きく頷いたのだった。


その後ルドガーは、もう支えは必要無いとセレナの手から離れる。
それから彼女と向かい合い、その両肩に手を置いた。

突然向き合う形となったセレナは驚いて目を丸くしている。
その頬に残った痕が、ルドガーにはとても愛おしく感じられた。

「セレナ」

静かに名前を呼ぶと、セレナの瞳が揺れた気がした。
構わずに、一呼吸置いてから続ける。

「全部終わったら、ちゃんと話してくれ」

今はまだ、その時ではないのだ。
もどかしいようで、しかし焦りは無い。

「ちゃんと話して、セレナの気持ちを分かりたい」
「ルドガー…」

セレナはルドガーの瞳を見つめ返した。
身長差があるため、下から覗き込むような形になってしまったが。

「…うん。全部終わらせて、そしたら私…ちゃんと話す」

『本音を曝け出すのは怖いか?』

セレナの脳裏にユリウスの声が響く。
しかしセレナは目を閉じて少しだけ首を横に振ると、今度はぎこちなくだったが微笑んでみせた。

「私の気持ち、今度こそちゃんとルドガーに伝えたい」
「ああ」
「エルにも、分かってもらえるようにしたいの」
「きっと、大丈夫さ」

ルドガーも、やっと少しだけ柔らかい表情になる。

仲間達はその様子を少し離れたところで見守っていた。
誰ひとりとして茶化したり邪魔をしようとする者は無く、皆2人の行く末を見守ることを心の中で誓っていた。

もうこれ以上、残酷な運命に翻弄された2人がすれ違わないように。


ルドガーとセレナはしばらくの間互いの気持ちを確かるように見つめ合う。
口には出さないけれど、きっともう本心は伝わっているのだ。

目の前にある希望の橋と同じように、ふたりの心を繋げようとしてくれた人がいるから。

そしてルドガーは前を向く。

大きく一歩を踏み出して、兄の遺した未来への道を踏みしめた。

『行け、ルドガー』

その瞬間、15年間自分を見守り続けてくれた兄の、優しくも力強い声が聴こえてきた気がした。



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少しだけ、歩み寄り始められたでしょうか。



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